第39話 しっぽぶんぶん
「ニール! 君はなんてやつだ! 私と子作りしよう!」
「は?」
この人、なんかとんでもないことを言い出したぞ?
「君はなんて男なんだ! 気に入った! 私は君のような男を探していたんだ!」
いいよな!? いいよな!? と、シエル隊長は鎧から露出する尻尾をぶんぶん振りながら迫って来る。
「え? え、ええ……?」
「だから、私と子作りしよう! 知ってるか? 子作り!」
「いや、それは、知っていますが……」
目をキラキラさせるシエル隊長の口から『子作り』が連発されると、その度に思考が停止しかける。
なんで? なんで子作り?
「子作りって気持ちいいらしい! キルシーが言っていた!」
そして、爆弾発言は続いていく。
俺の視線は自然とキルシーさんへ向かってしまうと、彼女は顔を真っ赤にしながらズンズンと大股でこちらへやって来る。
「お嬢様! 何言っているんですか! 何言っているんですか!?」
顔を真っ赤にしたキルシーさんは物凄い勢いでシエル隊長の兜を脱がせ、露わになった彼女の口を片手で挟む。
というか、掴んで口を封じたと言えばいいだろうか……。
「ひゃにするんだ」
「何するんだ、じゃないでしょう! 何を口走っているんですか!?」
むにぃ~! と挟まれる口から辛うじて声を漏らすシエル隊長だが、キルシーさんは「馬鹿! 馬鹿当主!」と罵倒の連打。
そして、キッと目を鋭くしながら俺へ顔を向ける。
「私は未経験ですからね!?」
いや、それも聞いていませんが……。
自ら墓穴を掘っているんじゃないか、とは怖くて言えなかった。
「い、いやですね、それよりもどうして、その……。こ、子作りしたいなどと……?」
とにかく、俺としては意味がわからない。
意味が分からないが、求められる理由が知りたいところだ。
「私は強い子を産みたいからだ!」
胸を張って言い切ったシエル隊長だったが、答えになっているようで答えになっていない。
「……イングリット家のためです。世継ぎが必要なので」
未だ顔が赤いキルシーさんが大きなため息と共に補足してくれた。
「ああ、そうだ。イングリット家を存続させるためにも強い子供が欲しい。我が家の伝統に則り、当主は『強い騎士』にならねばならないからな!」
なるほど。
強い子を産むため、強い伴侶が欲しいということか。
「なら、自分以外にもっと優秀な人がいると思うのですが?」
特に彼女が指揮する第一部隊の人間。
騎士団最強部隊の一員ならば強さは保証されているだろうし、選り取り見取りだと思うが。
「あいつらはダメだ! 獰猛さが足りん! 私好みじゃないっ」
シエル隊長はぷいと顔を背けてしまう。
「しかし、君は良かった。戦う姿は獣人さながらの獰猛さ。男ならば君くらい獰猛じゃなければならないなっ」
「そ、そうですか……」
何だか逆に恥ずかしくなってきた。
もうちょっと紳士的に戦った方がいいんじゃないか、と考えさせられるくらいに。
「故にだ。ニール、私のモノになれ」
シエル隊長は獲物を狙うような、鋭い目つきを俺に向けて来る。
「イングラム家の一員になり、私と共に戦おう」
「だ、だめです!」
彼女が俺に手を伸ばした瞬間、割って入って来たのはユナさんだった。
彼女は俺の腕に抱き着くと、涙目のまま俺に密着して離れようとしない。
「だ、だめです! ニールさんを連れて行かないで下さい! こ、困ります! 困りますぅ!」
イヤイヤ! と子供のように首を振って拒否するユナさん。
「はぁ……。お嬢様、ニールさんの気持ちも無視して勝手に話を進めないで下さい。それに彼はアルフレッド殿下の部下なんですよ? 王族相手に勝手するなど許されません」
そこに再び大きなため息を吐いたキルシーさんも加わる。
「……むぅ。だが、彼が良いと言えばいいだろう?」
シエル隊長はぷくりと頬を膨らませて言い、お前はどうなんだ? と言わんばかりに俺を見てきた。
「……いきなりすぎて頭がついていけてません」
これは本当。
何もかもいきなりすぎて考えることすらできない。
「そうか、ならば考えておいてくれ」
ニヤリと笑うシエル隊長の目からは、完全に獲物を狙う獣人の本能が漏れ出ていた。
「おーい、話は纏まったか?」
子作りうんぬんが一旦終わりを迎えたタイミングで、グレンの親父が声を上げた。
彼は死体となった結晶化個体の脇に立ち、それを指差しながら言葉を続ける。
「こいつの件、早く王都に伝えた方がいいんじゃないか?」
ごもっとも。
子作りだ何だなどと話している場合じゃない。
「しかし、どうして結晶化個体なんかが?」
先にも語った通り、フォルトゥナ王国内に結晶化個体が出現するなど稀なことだ。
結晶化個体が頻出する瘴気地帯に近いわけじゃないし、近くにクロフェム王国の遺跡があるわけでもない。
「そもそも、国内で結晶化個体が出現したら大騒ぎになりますよね?」
「ああ。別の土地から流れて来たとしたら、国内に点在する騎士団の駐屯地が見逃すわけがない」
シエル隊長も腕を組みながら唸る。
「国内の駐屯地が攻撃を受けたという報告もありませんでしたし、そもそも目撃報告が無いのはおかしいですね」
続けて、キルシーさんも今回の異様さに眉間の皺が深くなる。
――結晶化個体は一体だけでも驚異的な存在である。
通常個体よりも強く、特異な能力を持った個体ならば街を単騎で滅ぼしてしまうことも。
今回、俺が戦った個体はそれほどでもなかったようだが……。
今考えれば無鉄砲すぎた。生き残れたのは幸運だっただろう。
「とにかく、騎士団本部と王城に伝えなければな。死体も回収となるだろう」
騎士団に報告して魔獣への監視を強化。
同時に特異な事例として王城にも伝えなければならない。
死体に関しては王都研究所へ運び込み、魔獣研究の材料となるようで。
国内では珍しい結晶化個体が運び込まれたとなると、研究者達は大騒ぎするに違いないとシエル隊長は語る。
「……うちにも素材が回って来るでしょうか?」
小さく呟いたのはユナさんだ。
どうやら彼女は結晶化個体の素材が欲しいらしい。
「け、結晶化個体は体の一部が変異して、そ、その特異な能力を発揮しているんです。変異した部分を素材に使えれば、もっと優れた魔導具が作れるかもしれません」
「なるほど……。サンダーディアの変異体ですから、角とかですかね?」
ユナさんの話を聞いた俺は角に注目。
既に死亡しているからか、角の内部に走っていた雷は消失している。
「確かに鍔迫り合いをしている時から変な感覚がありましたし」
あれは通常個体と戦う際に感じなかった感覚だ。
そう考えると結晶化個体の素材が、通常個体に比べて特殊な効果を生み出してもおかしくはない。
「ふむ。研究所に回収されたら色々と面倒そうだな。回収される前にいくつか持っていったらどうだ?」
王立研究所とユナさんの関係性を察したのか、シエル隊長は事前の回収を勧める。
「よ、よろしいのでしょうか?」
「何か言われたら、戦いに必死だったとでも伝えておくよ」
知らん、それどころじゃなかった。そう言えば研究者達も追及してこないだろう、と。
「そうだ。誤魔化してあげる代わりに、前言っていた槍の件を頼むよ」
素材との引き換えに以前言っていたシエル隊長専用の槍を作る件、それを本格的に進めて欲しいと願われた。
「わ、わかりました」
ユナさんは大きく頷いたあと、地面に散らばっていた角の欠片をいくつか拾い上げる。
「それだけ? もっと持っていったらどうだね」
シエル隊長は結晶化した角を強引に折り、角一本丸々ユナさんへと手渡す。
「……誤魔化しきれますか?」
片方の角はどこにいった? と突っ込まれるのが目に浮かぶ。
「君が粉々にした、と伝えておこう」
シエル隊長はニヤリと笑う。
……あとで研究者達が俺の元へ聞き取り調査に来ないだろうな?
「さて、戻るとするか。ニール、死体を担いでくれ」
「はい、わかりました」
よっこいしょ、と声を出しながら死体を担ぎ、俺達は王都に向かって歩き出す。
道中、横に並んだシエル隊長が俺の顔を覗き込みながらニヤッと笑ってきた。
「さっきの話、ちゃんと考えておいてくれよ?」
有耶無耶になったかと思われたが、どうやら逃れられないらしい……。




