第38話 対結晶化個体
「結晶化個体がどうして!?」
突然の出現にキルシーさんは焦りの声を上げた。
彼女の驚きも当然だ。
フォルトゥナ王国内で結晶化個体の出現は稀である。
過去に出現した例は十年以上も前だし、建国以降に記録されている事例も片手で数えられるほどしかない。
「……中央から流れてきたのか?」
逆に結晶化個体が頻出する地域は大陸の中央付近。
クロフェム帝国帝都跡地である、瘴気地帯だ。
もしくは、クロフェム帝国時代に作られた『遺跡』が残っている地方。
原因は不明であるが、この二つの地域にて結晶化個体の出現が確認されている。
「何にせよ、これはまずそうだ」
今回現れた結晶化個体はサンダーディアが変異したもの。
胴体と脚の一部からは、肉を突き破って魔石のような結晶が露出している。
角に至っては完全に結晶化しており、青白い角の内部に雷が走っているような状態となっていた。
「とにかく、二人を安全なところに――」
シエル隊長が指示を出したと同時に結晶化したサンダーディアの角が「バヂン」と弾けた。
視線を逸らした彼女に向かって、帯電した角を突き出しながら走り出したのだ。
「危ない!」
それを視認した瞬間、俺は彼女の肩を押しながらヒートブレードを抜いた。
射線に割り込み、突き出された角を剣で受け止める。
「ぐっ」
受け止めた瞬間、鈍い感覚が腕に走った。
それは火花を散らすヒートブレードから伝わってくるような、何とも奇妙な感覚だ。
痛くはない。腕が動かないわけじゃない。
しかし、絶対にこのままではマズいと確信するような感覚。
剣を上へ弾くようにして角との鍔迫り合いを終えると、腕に走っていた鈍い感覚が徐々に薄れていく。
強化されたサンダーディアの雷が及ぼす影響だろうか。
「面白い」
ただ、同時に俺の体には妙な高揚感もあった。
――この感覚は普通の魔獣相手では味わえない。
ならば、味わっておく必要がある。
俺がもっと強くなるために。もっとユナさんの力になるために。
今、ここに現れたこいつは乗り越えるべき壁だ。
「ここで仕留めるッ!」
額が割れ、肉の一部が結晶化している頭部目掛けて剣を振る。
利口な魔獣は剣を受け止めるか、あるいは避けるか。
「キルルッ!!」
受け止めるつもりか。
結晶化個体は実に自信満々と見える。
肉体が変異し、自分が強化されたことを認識しているのだろう。
「だが、人の知恵に勝てるか」
振り下ろす剣の軌道を途中で変え、同時に一歩深く踏み込む。
角の先端に当たるスレスレで剣は横へ流れていき、狙うは胴体。
まだ結晶化していない部分を狙ったが、向こうも向こうで魔獣らしい反射神経を見せるが……。
剣の先端が肉を捉えた。
ヂッ!
ヒートブレードの先端から魔獣の肉を斬った際に出る独特な音が聞こえる。
浅くはあるが、確実に傷を負わせた。
「キルルッ!!」
一撃を受けたサンダーディアは横へ飛ぶように間合いを作り、直後にそれを物凄い勢いで埋めてきた。
ピョンと軽く飛んだような動作であるが、鋭利な角を武器にした突き刺し攻撃。
ヒートブレードの腹でそれを受け止めると、火花と同時に薄緑色の粒子が飛び散る。
そして、また腕に鈍い感覚も伝わってきた。
「鍔迫り合いは十分だ」
手首を捻り、刃を角へ引っかけるようにして固定。
そのまま一瞬だけ上へ持ち上げた後、相手の下顎に膝蹴りを見舞う。
身体強化の入った膝蹴りはどうか? 魔獣も脳が揺れるだろうか?
「キルルルッ!!」
ダメージを負ったかは不明だが、確実に怒ったのは鳴き声で察することができた。
雷を纏う角が一瞬だけ強く発光すると、引っ掛かったヒートブレードから「バヂン!」と強烈な音が鳴る。
「ぐっ!?」
同時に腕へ走る鈍い感覚も強くなり、思わずヒートブレードから手を離してしまった。
だが、ここで退いた姿勢を見せれば魔獣が図に乗る。相手は「有利な状況だ」と判断するはずだ。
「舐めるなッ!!」
俺は左手で相手の頭部を掴み、親指を眼球に押し当てる。
そのまま力任せに指を押し込んで片目を潰した。
「キゥゥゥゥッ!?」
悲鳴のような鳴き声が上がる。
「フッ!」
続けて右腕を振り上げ、顔面に何度も拳を叩きつける。
暴れる魔獣を魔導鎧の力で無理矢理押さえつけようとするも、帯電した角が鎧に当たる度に鈍い感覚が体中に走った。
「ギュワッ!」
「チッ!」
遂に俺の拘束から逃れたサンダーディアは、片目から血を流しながらもバックステップ。
そのまま再び攻勢に出るかと思いきや、なんと俺に尻を向けたのだ。
「逃げる気かッ!」
ここで逃すわけにはいかない。
咄嗟に起動したのは左腕のワイヤー射出機構。
当たる、当たらないなど全く気にすることもなく、逃したくない一心でフック付きワイヤーをサンダーディアに向かって射出した。
既に向こうは走り出していたが、ワイヤーは魔獣の胴体にぐるぐると巻き付く。
「フッ!!」
息を吸い、足を踏ん張り、巻き取り機構を使いながら逃亡を阻止。
逃げたいサンダーディアとの攻防が始まるが、俺との距離は確実に縮まっていく。
ワイヤーは完全に巻き取るのではなく、最後は少し余裕を持たせて。
「人の知恵に勝てるか? なぁ、どうなんだ!? おいッ!!」
ワイヤーだって武器になる。
人はなんだって武器にすることができる。
丈夫なワイヤーをサンダーディアの首に掛けると、強化された身体能力を以て絞め殺しにかかった。
「くたばれッ!!」
首に引っ掛かったワイヤーは肉へどんどんと食い込んでいく。
「ギュルル……」
苦しそうな鳴き声を上げ、頭部を暴れさせながら逃れようとする。
角と接触した部分から鈍い感覚が走り続け、徐々にそれは鈍痛に変わっていく。
だが、決して腕の力は緩めない。
「くたばれええええッ!!」
渾身の力を込め続けていると、遂にサンダーディアの体から力が抜けた。
がくんと脚が折れ、魔獣の体が地面に沈む。
だが、ここで油断することもできない。
魔獣に対しては『確実』を徹底することが基本。
騎士団入団後に教わる、最も基本的なことだ。
「フゥンッ!!」
最後の一撃は首目掛けてのストンプ。
首を何度も踏みつけ、相手の骨を踏み潰した。
入念に踏み続けて首を変形させることで、俺はようやく「殺した」と確信する。
「……ふぅ」
安堵の息を吐き出しながらもバイザーを上げる。
この瞬間、脳裏に走ったのは護衛対象であるユナさん達のことだ。
大丈夫だったか? 戦闘の余波が二人に向かっていないか?
それにシエル隊長を無視して戦ってしまったが、無礼ではなかっただろうか? お叱りは受けないだろうか?
一気に嫌な考えが脳裏を駆け巡り、俺は恐る恐る振り返る。
「…………」
振り返ると、呆気にとられたような表情を浮かべるキルシーさんとユナさん。
腕を組みながら「そういう使い方もあるか」みたいな顔をしているグレンの親父。
最後にシエル隊長だが、どういうわけか彼女は内股になりながら俺を見つめていた。
「ニール!」
シエル隊長はオモチャを拾ってきた犬のような表情を見せ、俺に駆け寄ってくると――
「ニール! 君は私と子作りしろ!」
なんて?




