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第37話 第一部隊隊長様による試験


 王都の街並みを抜けて外に出た俺達は、街道に沿って南へ向かっていた。


 俺達人間の人生において、時々変な現象が起きる瞬間がある。


 何かを求めて彷徨っていたり、何かを探していたりする時にそれが見つからないのだ。逆に求めていない時はウザったいほどそれに遭遇したり。


 そんな奇妙な経験をする機会は人生で何度もあるだろう。


 しかし、魔獣という存在はそういった奇妙な現象とは無縁の存在だと言える。


「早速か」


 ただ街道を歩いていただけ。


 それだけで魔獣と遭遇するのだ。


 むしろ、否応なしに向こうからやって来てくれる。


 街道へ飛び出してきたのは、もはやお馴染みとなっているブラウンボア。


 行く手を遮るように現れ、勝手に興奮しながら前脚で地面を掻く姿は、もはや夜の王都内で眠る酔っ払いを見つけた時くらい見慣れた光景。


「では、試してみよう」


 そして、ブラウンボアを始末するのは眠った酔っ払いに「家に帰って寝なさい」と注意するくらい手慣れている。


 ただ、今回だけはそれも新鮮に見えた。

 

 何故ならシエル隊長がそれを成すからだ。


「よっ」


 彼女は軽く前へ飛ぶように動いたが、その動作に反して移動距離も速度も見合っていない。


 瞬きする間もなくブラウンボアの間合いまで入り、既に左腕を振りかぶる動作まで終了。


 次の瞬間には杭が相手の頭部に接触し、轟音と共に飛び出す。


「あ」


 後ろからユナさんの気の抜けた声が聞こえると、ブラウンボアは視界から消えた。  


 視線を横にズラすと地面をバウンドしながら転がる茶色い物体が見える。


「……素晴らしい」


 ブラウンボアの死体がようやく横たわった頃、シエル隊長は血濡れの杭を見つめながら言葉を漏らした。


「素晴らしい! これは素晴らしい兵器だ!」


 血濡れの杭をそのままに、シエル隊長はキルシーさんの元へ駆け寄る。


「見たか、キルシー! これはすごいぞ! これがあれば我々はもっと活躍できる!」


「え、ええ……。さすがに驚きました……」


 キルシーさんも威力に仰天したのか、未だ驚きの表情が浮かぶ。


「もっと試したい!」


 シエル隊長は新しいオモチャを手に入れた子供のような声音で言うと、彼女の要望へ応えるように別の魔獣が姿を現す。


 現れたのはまたしてもブラウンボア。


 血の匂いに誘われて姿を現したようであるが、仲間の死体に気付いたようでいつもより気が荒くなっている。


「ふはは! さぁ、来いッ! どんどん来いッ! どんどん仲間を呼んで試験の糧となってくれ!」


 そう叫びながらブラウンボアへ肉薄するシエル隊長の背中からは独特な雰囲気が醸し出される。


 威圧感というか、何というか……。


 声を掛けて彼女を制止したらすっごく怒られるだろうな、と躊躇してしまうくらいの怖さがあった。


「ああなったら止まらないので、少しの間だけ好きにさせてくれませんか?」


 キルシーさんは苦笑いを浮かべながら「すいません」と謝罪してくる。


「本人が戦いに満足するか、お腹が減ったら止まるので」


 本当に子供みたいな人だ……。


「じゃあ、こちらはこちらで試験しましょうか」


 満足するまで放っておくのが無難というならば、俺達は俺達で新しい魔導具の試験をしてしまおう。


 対象となるのは先日にグレンの親父が持ち込んだもの。


 ワイヤーが射出されるってやつだ。


 それをユナさんと共に改良し、出来上がったのは「フック付きワイヤー射出機」という試作品。


 その名の通り、ワイヤーの先端にフックを取り付けて射出するものなのだが、正直に言うとまだ使用用途が定まっていない。


「とりあえずフックを取り付けてみたが、どうだろうな?」


 想定としては遠くにある物を掴む。屋根の縁に引っかけ、巻き取り機能を使いながらの上昇移動。


 あるいは先端のフックを別の物に変えて使う、など様々な使用用途が検討された。


 屋根の上に登るという行為は魔導鎧を装着していればジャンプで可能――という、俺の意見も出したが結局のところは「やってみないと分からない」となってしまったのだ。


「適当に剣を地面に刺して、それを引っ張れるか試そう」


 まずは「遠くにある物を掴む」からだ。


 少し離れた場所に剣を刺し、それをフックで引っ張り回収できるかどうかを試す。


「行きます」


 準備ができたところで、俺は射出機の装備された左腕を剣に向ける。


 狙いを定めたら射出機にあるボタンを押して発射。


 ボシュッと音を立てながらフック付きのワイヤーが射出されるも、フックは剣を素通りしてもっと先へと落ちてしまった。


 まだ射出するワイヤーの長さを任意調整できないのもあるが、そもそも狙いをつけるって部分が難しい。


 ただ、行き過ぎてしまった分には問題無いだろうか?


 俺は巻き取り機構を動作させ、ワイヤーを戻しながらフックが剣に引っ掛かればと想定していたのだが……。


 フックが剣に当たったものの、上手く引っ掛からずにフックだけが戻って来てしまう。


「なんか釣りをしている気分だ……」


 その後も何度か試すが難しすぎる。


「うーん、フックの形状が合わないか?」


「いや、そもそも狙いをつけるのは難しい。咄嗟の判断で成功するとは思えないぞ」


 腕を組みながら唸る親父に返すと、彼は「物を掴むのは現実的じゃないか」と早々に判断を下す。


「ひ、引っかけて上昇するのはどうでしょう?」


 次に上昇移動の検証。


 これは近くに生えていた木を使って試験する。


 狙いは高い位置にある太い枝だ。


 頑丈そうな枝の根本に狙いをつけて発射。


「おっ?」


 射出されたフックは木の枝よりも上に伸びたが、今度は枝にくるくると巻き付いた。


 しかも、フックが良い感じに枝に引っ掛かって固定されている。


 引っ張っても外れない。


「引っ掛かりましたね。巻き取ってみます」


 ボタンを押して巻き取りを開始すると、徐々に俺の体が宙に浮いていく。


 すごい。本当に人の体を上昇させてしまった。


 基本的に魔導鎧を身に着けていればそれだけで可能な行為だが、鎧を着た人間を楽々上昇させるパワーは他のことにも使えそうじゃないだろうか?


「成功ですよ! ワイヤーが切れる感じもありません!」


 俺は木の枝に宙吊りとなりながら、下にいる二人へ叫んだ……のだが。


 直後、枝からパキパキとイヤな音が聞こえてきた。


「あ」


 俺の重さに耐えきれなかったのか、枝がバキンと折れてしまう。


 下にいたユナさんが「ひゃっ」と悲鳴を上げるのが聞こえ、一瞬だけ時間が止まったんじゃと思えるくらい遅くなる。


 しかし、その一瞬が過ぎると一気に落ちていく。


「っと」


 ただ、さすがは魔導鎧。


 結構な高さから落ちたとしても、しっかりと着地できる。


 俺の体はビクともしない。


「枝が折れてしまいましたが、この動きは使えそうですね」


 街中で戦う、あるいは逃亡する犯人を追う時とかに使えそうだ。


 ただ、一つ言うならば……。


 魔導鎧を着ていればジャンプ力も強化されるというところ。


 背の低い建物なら簡単に屋根まで飛び上がることが可能なので、魔導具が無くても問題ないシーンが多いかもしれない。


「ううん……。やっぱり微妙か?」


「強度は問題無いんじゃないか? となれば、フックの形状を変えたりして――」


「も、もっと工夫すれば十分に活かせるかと思いますが」


 三人で語り合っていると、背後から足音が聞こえてくる。


 顔を向ければ満足そうな表情を浮かべているシエル隊長の姿があった。


「シエル隊長、満足しましたか?」


「ああ、素晴らしい兵器だ。これは使えるぞ」


 満面の笑みで頷く彼女だが、正直言うと顔以外は酷いものだった。


 繰り返し戦闘したせいか、彼女の纏う魔導鎧には魔獣の血が飛散しているし、杭や左腕からは血が滴っているし……。


 何も知らぬ人が見たら絶叫しそうな姿だ。


「是非ともこれは第一部隊に――ん?」


 話の途中、シエル隊長は勢いよく背後へ振り返る。


「どうしました?」


 キルシーさんが問うも、シエル隊長は背後を睨みつけるまま動かない。


 だが、すぐに真剣な顔を俺達に向けてきた。


「キルシー、ニール。二人を守れ」


「え?」


 どうしたのか? と問おうとした時、街道脇にあった林の中から何かが物凄いスピードで飛び出してくる。


 それは魔獣なのは確かだ、と思った。


 しかし、その正体を見て俺の頭には「マズい」と焦りが充満する。


「――キルルルル」


 林から飛び出してきたのはただの魔獣じゃない。


「サ、サンダーディアー?」


 ユナさんは魔獣の姿を見て口にするが、言葉には疑問と困惑が含まれている。


「いえ……」


 違う。


 確かに姿はサンダーディアだが、これは変異した個体だ。


 肉体の一部が魔石のように結晶化し、同時に通常個体よりも力が倍増した変異魔獣。


 騎士団の間では『結晶化個体』と呼ばれる相手であった。


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