第36話 正しい騎士の振舞い
遂に約束の日が来た。
今日はシエル隊長が自ら杭デール君を試す日だ。
俺達特別開発室は朝から塔に集合し、彼女が訪れて来るのを待っていたのだが……。
――コンコンコン。
「……来ましたね」
玄関のドアがノックされ、俺はユナさんとグレンの親父に顔を向ける。
二人が無言で頷くと、俺はドアを開けるべく玄関へ向かう。
俺がドアを開けると――
『やぁ、おはよう』
そこには完全装備状態のシエル隊長がいた。
第一部隊隊長専用にカラーリングされた、白銀の魔導鎧を着た彼女の姿があったのだ。
彼女の纏う魔導鎧はカラーリングの他にも少し形状が違う。
特に違うのは胸部分と兜部分だ。
胸部分は女性らしい形状になっており、兜は指揮官を表す特別仕様となっていて角のような装飾が施されている。
「……どうしてもう魔導鎧を装着しているんです?」
『待ちきれなくて』
兜のバイザーを上げていないせいで声まで篭っているし……。
子供か! とツッコミたくなったが我慢だ。
後ろに控える侍女兼副隊長のキルシーさんが頭を抱えていたから。
たぶん、この人は出発する前からずっと頭が痛くて仕方なかったのだろうな……。
「では、早速本題に入ろうじゃないか。試作品はどこに!?」
シエル隊長はようやく兜のバイザーを上げ、素顔を晒しながら言った。
彼女の目はキラキラ輝いており、声からも興奮が伝わってくる。
……会議室に乱入してきた時もそうだが、この人ってこんなにも子供っぽい人だったのか。
「外で取り付けますよ」
「おお、そうか! 頼むよ! ああ、そうだ! あとで時間があれば魔女殿の研究室も見学したいなぁ!」
だめだ。
だんだん隊長が工房へ社会見学に来たチビっ子にしか見えなくなってきた。
「すいません、すいません……!」
俺が隊長を塔の横へ招く際、キルシーさんは何度も頭を下げてくる。
心労、お察しします……。
というわけで、外に設置した簡易作業台を前に取り付け作業開始。
ここではユナさんと親父が活躍する場となるのだが――
「しかし、特別開発室に極上の鍛冶師が協力しているとはね。さすがはアルフレッド殿下直属の組織だ」
「え?」
彼女は今、親父のことを言ったんだよな?
親父の素性を知っているのか?
俺は思わずグレンの親父とシエル隊長の顔を行ったり来たりしてしまう。
その際、グレンの親父は「俺は言っていないぞ」とばかりに首を振り、対照的にシエル隊長はニンマリと笑みを浮かべる。
「魔導技術を復元させた男の血を引く魔女、それに協力する筆頭国家認定鍛冶師まで。そんな二人が作った兵器に対して心が躍らないわけがないだろう?」
やはり、彼女は知っている。
「前からご存じだったのですか?」
「いいや。うちには優秀な情報通がいてね」
つまり、イングリット家には独自の情報網――いや、情報を収集する『鴉』のような存在を抱えているということだろうか?
「それと私の部下に彼のファンがいる。店に通っているらしくてね、新しい武器を購入する度に話してくれるんだ」
「うちの常連? どいつだ?」
グレンの親父が首を傾げると、シエル隊長は「モジャモジャ髭にモヒカンのドワーフだ」と部下の特徴を明かした。
「ああ、モジャ公の野郎か」
モジャ公って……。
もう少しマシなアダなつけてやれよ。
「あの野郎、ドワーフのくせして武器を作らねえんだよな。そのくせ、武器を振るうのが好きなんだ。おかしな野郎でお気に入りの客だぜ」
「ふふ。彼が聞いたら喜ぶだろうね」
グレンの親父とシエル隊長は二人で大笑いしてしまう。
……しかし、なんかサラッと怖い話も出たよな。
やっぱり上位の貴族ってのは恐ろしいものを隠し持っているんだと改めて感じたね。
そんな一幕がありつつも、作業台の上に杭デール君を乗せる。
それを目の当たりにしたシエル隊長は大興奮。
「おおっ! これは素晴らしい見た目じゃないか! この杭なんて殺意満々でたまらない!」
なんちゅう感想だ。
「と、取り付けますね」
感想を受け止めつつも彼女の魔導鎧に杭デール君を装着していく。
完了すると、彼女は左腕を軽く動かし始めた。
「……なるほど。取り回しも悪くない」
ここからは貴重な第一部隊隊長様の使用感が得られる時間だ。
ユナさんはメモを用意しながら一言一句逃すまい、といった姿勢を見せた。
「使用方法を説明しますね」
俺が杭デール君の使い方を説明すると、シエル隊長は静かに頷きながら聞いてくれた。
説明を聞く彼女の顔は真剣だ。
「使用方法は理解した。さっそく魔獣で試したい」
「いきなりですか? 先に案山子相手に使い心地を試した方がよろしいのでは?」
シエル隊長の提案に待ったをかけるも、彼女はフッと笑い声を漏らす。
「ニール、私を誰だと思っている。私は第一部隊を率いる隊長だぞ。数々の修羅場を潜り抜け、数多くの魔獣を屠った私に不可能はない」
おお……。何とも自信たっぷりで貫禄のある言葉だ。
片手を腰に当てて誇り高く言い切った様は、まさしく王国最強の称号に相応しい人物と言わざるを得ない。
そうか、そうだったな、と俺は納得しかけたのだが――
「騙されないで下さい。この人は早く戦いたいだけです」
キルシーさんがメガネをクイと上げながらも、冷ややかな声音で言った。
「大丈夫だから! 私なら大丈夫だから! 先週も西でフォートタートルを倒したんだよ!? そんな人間がヘマすると思うかい!?」
フォートタートルとは体長三メートルもある大亀の魔獣だ。
砦の如く頑丈で堅牢な甲羅を持ち、ラプトル種の攻撃すらも容易に耐える防御力極まった相手。
もちろん、重量を活かした突進攻撃なども繰り出してくるので攻撃力も馬鹿にできない。
それを倒したのは素晴らしいの一言に尽きるが、初めて使う兵器の試し打ちをしない理由にはならないと思うのだが……。
「とにかく準備したまえ!」
仕方なく彼女の要望を聞き入れ、俺も外へ出るために魔導鎧を装着することに。
「このまま外まで行くんですか? 目立ちません?」
王都の外へ出るには王都の街中を歩いて行かねばならない。
前回の実戦試験では殿下もいたので、外まで馬車で移動したのだが今回はそのまま姿を晒して歩いて行くことになる。
魔導鎧を着た人間が二人、それも一人は左腕に厳つい装備まで取り付けた状態で。
街の人達が変な誤解を起こさないだろうか? と心配になる。
「何を言っているんだい。魔導鎧は強さの象徴。今や騎士団の象徴でもあるんだ。国民の皆も逆に安心すると思うけどね」
シエル隊長的には「もっと見せるべき」と考えているようで。
「騎士にとって剣は誇りだ! そして、現代では魔導鎧という更なる誇りが加わった! これは素晴らしいことだよ!」
丘を下りながら語るシエル隊長は胸を張りながら断言する。
「だから、それを作り出した魔女殿も胸を張るんだ! なっ!」
「ひ、ひぃ! わ、私は、は、恥ずかしいですよぅ!」
生みの親であるユナさんに「さぁ、さぁ!」と促す彼女だが、ユナさんは耳を赤くしながら首をブンブンと振る。
「はっはっはっ! 謙虚な魔女殿だ!」
大笑いしながら北区に降り立ったシエル隊長は、そのまま胸を張って堂々と中央区へと進んでいく。
案の定、俺達は目立ちすぎていた。
街を行く人もベンチで休んでいた人も、全員が全員俺達に視線を向けてくる。
更には警邏中の騎士達でさえ、シエル隊長の魔導鎧姿を見て仰天した表情を見せるのだ。
「やぁやぁ! どうだい!? 素晴らしい装備だろう!?」
しかし、それでも彼女は態度を変えない。
それどころか、王都民に身に着けた魔導鎧と杭デール君を自慢気に見せつけ、まるで子供が買ってもらったばかりのオモチャを見せびらかすように振舞う。
そうして注目を集めていると、小さな子供達が数人駆け寄ってきた。
「わー! すっげー!」
「かっこい~!」
子供達はシエル隊長を見上げて、目をキラキラと輝かせる。
そんな子供達に対し、彼女は更に胸を張ってみせた。
「そうだろう、そうだろう! この装備があるからこそ、怖い魔獣をいとも簡単に倒せるのだ! 子供達よ、安心しなさい! この世に怖いモノなどありはしない!」
我ら、騎士団がいる限り!
キリッとポーズを決めると、子供達は大盛り上がり。
それを見た大人達にも笑顔が浮かぶ。
「さぁ、行くぞ! 我らが特別開発室の作った新型兵器で魔獣を始末してくれよう!」
大声で言葉を続け、高らかに笑いながら俺達は中央区を抜ける。
背後から拍手が聞こえてきて、横を見ればユナさんは恥ずかしそうに耳を赤くしていた。
しかし、俺は何となくシエル隊長の振舞いに対する意味がわかった気がする。
「騎士団とは希望でなければならない。これは私の父が言っていた言葉だ」
シエル隊長はフッと笑う。
「外で剣を振るうだけでは与えられないものがある」
騎士としての職務を全うするだけでは、国民に真なる安心を見せてやることはできない。
「私達の仕事は見えないところで行われているのだからな」
だからこそ、時には『見える』ことも必要だと彼女は言った。
「傍から見れば道化のような振舞いだったとしても、それが民達へ希望と安心を与えるならば。少しでも不安を拭えるならば、私はいくらでも演じよう」
これがイングラム家の『騎士』という考え。
誇りを大事にしながらも、守るべき者の命だけじゃなく心も守る。
「それこそが真の騎士だ。平和を作る者の仕事だ」
彼女は晴天の空から降り注ぐ太陽の光を浴びながら、綺麗な笑顔を浮かべて言う。
まさしく、彼女は『騎士』なのだと思い知った。
 




