第35話 次の試作品
殿下への報告を終えて塔へ戻ると、丁度訪ねてきたグレンの親父と遭遇した。
彼を呼んだのは俺達だ。
二日後の試験にはグレンの親父も帯同してもらわないといけないので、その打ち合わせをしようと思って。
「おう、何だかとんでもねえお貴族様に目をつけられたんだって?」
「いや、別に悪い意味じゃないんだがな」
ガハハと笑う親父を塔の中に招く。
「ところで、その箱は?」
俺は親父が小脇に抱えている箱を指摘した。
「ちょいとお嬢ちゃんに見せたい物があってな」
という彼の要望もあり、二人で研究室にいるであろうユナさんの元へ向かう。
「グ、グレンさん。わざわざすいません」
「良いってことよ。それに製造も決まったみてえじゃねえか。おめでとさん」
「あ、ありがとうございます」
グレンの親父には事の次第を事前に軽く伝えてあるが、ここで更に詳しく報告。
検討会などの雰囲気も含めて語ると、親父は「なるほどなぁ」と頷いた。
「話を纏めるとよ、お嬢ちゃんの目標は『誰でも使える魔法』ってことだな?」
「そ、そうなりますね」
親父は腕を組みながら「う~ん」と悩み始める。
「魔導技術なら出来なくもない……ってところなのかね?」
親父としての感想は「可能性はあるけど、現状では見えない」といったところ。
完全に無理だ、と言わないだけ、他の技術者から見ても希望がある目標なのだろうか?
「錬金術じゃ無理だが、魔導技術はまだまだ発展の余地ありなんだろう? 可能性は捨てきれねえよ」
「錬金術じゃ無理って言い切ってしまうのか?」
魔導技術が今後新しい理論などが確立されるように、錬金術も錬金術で新しいアプローチなどが確立される可能性はないのだろうか?
そう問うと、親父は「限りなく無い」と言った。
「ひと昔前の錬金術はスゲー技術だったよ。今の魔導技術みたいな立ち位置だったわけだが、錬金術はあくまでも基礎技術だと判明しちまったからな」
魔導技術が復元されるまでは、錬金術が世界の技術力を支配していたのは間違いない。
「錬金術で魔石を利用するってのは凄いことだったんだぜ。お前どころか、俺が生まれる前までは魔法使いしか扱えない技術とも言われていたんだ」
錬金術の歴史は長い。
クロフェム帝国が滅亡して以降、生き残った人間達が新たな国を築き、そして技術もまた広まっていく。
これが新しい錬金術の始まり、と言っても過言ではない始まりの一歩だったろう。
「錬金術の根底には魔石がある。魔石を溶かし、それを素材とすることが錬金術における初歩中の初歩だ」
錬金術とは魔石の使用を基本としつつ、そこに金属素材や植物由来の素材を組み合わせて完成させる技術だ。
初歩中の初歩である魔石の取り扱いは錬金術の基礎であり、同時に錬金術を錬金術たらしめる行為でもあった。
「魔法使いしか扱えないって言っていたが、今は魔法使い以外も錬金術師を名乗っているよな?」
俺は真っ先に思い浮かんだ疑問を口にする。
「お、大昔の錬金術師は、ま、魔力で魔石を溶かしていたんです」
「魔力で?」
「は、はい。魔法使いが魔法を使うように、魔石へ魔力を当てることで溶けるんです」
魔法使いが魔石に魔力を当て続けると、魔石は徐々に形を崩して液状化していく。そして、液状化した魔石を素材として使うのだ。
大昔はこれこそが錬金術の基礎、と言われる技術だったらしい。
「ただ、それはすごく疲れるみたいで。一日中魔力を当ててないといけなかったようです」
基礎となる素材であり、絶対に使う素材を作るために一日掛かる。
しかも、魔石を溶かし終えた時点で魔法使いは疲労困憊。回復に二日も掛かるくらい精神的にも肉体的にも疲れ果ててしまっていたらしい。
「んで、大昔の魔法使いは思ったわけよ。自分は新しいモンをどんどん作りたいから、材料である魔石を溶かすのは弟子にやらせようってな」
作りたい物があるのに前提素材を揃える度に疲れ果ててしまう。
これでは効率が悪すぎる。
よって、錬金術師は弟子に魔石溶かしを任せるという行為が始まった。
これが『錬金術師としての基礎技術』と後に言われるようになった理由であるそうだ。
「んでよ、弟子がせっせと魔石を溶かして、その師匠がバンバン新しい物を作り上げていくだろ? 当然、賞賛を受けるのは師匠ばっかり。弟子は毎日のように疲れ果てて文句を言う気力すらないわけだ」
しかし、どんな時代にもずる賢いというか、ある意味天才的というか、そういった発想を思いつく者は少なからずいる。
「魔石溶かしに飽き飽きした弟子がな、魔石を砕いてすり潰したんだよ」
溶かさず、粉末化させたというわけだ。
これでは魔石を素材として使用できない――と、思いきや。
弟子が魔石を粉末化させたのを見て、師匠は「面白い」と素材としての使用を試みた。
すると、意外なことに……。
「液状化した魔石よりも粉末化させた魔石の方が使いやすい、と判明したんだ」
この出来事こそ、現代の錬金術に至った切っ掛け。
錬金術としての常識をひっくり返した『デボニー&マッケランの発見』と今でも讃えられる出来事だ。
余談であるが、デボニーの方が弟子。マッケランの方が師匠である。
二人は後に数々の錬金術作品を生み出し、時代の発展に貢献した偉人達と後世に名を残した。
「なるほど、だから今は魔法を使えない人も錬金術師になれるのか」
「そういうこった」
ただ、とグレンの親父は話を続ける。
「話を戻すが、色んな発見を経て成熟した錬金術も基礎技術であると判明しちまったわけだ。応用技術である魔導技術の発見でな」
ここへ来てようやく最初の話に繋がる。
「基礎は基礎だ。技術において支えになる大事な部分だが、裏を返せばこれ以上の発展が難しいと証明されちまってるわけよ」
その証明こそが魔導技術。
錬金術を生み出したかつての帝国は、それらを内包して発展させた上位技術を作り上げた。
つまり、大昔の人達が既に証明してしまっているのだ。
錬金術を使い続けるよりも、それ以上に優れた技術があるぞ、と。
「俺もお嬢ちゃんに資料を借りてな、最近魔導技術の勉強してるんだけどよ。俺みたいな人間でも魔導技術の方が拡張性に優れているってわかるくらいだ」
親父は知れば知るほどたまげる、と肩を竦めて言った。
「その一つに錬金術では魔石を砕いて使っているが、魔導技術では別の方法で魔石を従来より優れた素材に変えちまってる」
「……マナジェルか」
「そうだ。魔石の加工一つとっても、魔導技術では効果性能や効率性を倍以上に引き上げてんだよ」
まさしく上位技術。
基礎技術を応用し、その性能を更に高める技術でもある。
「だからこそ、魔導技術で『誰もが使える魔法』を再現できてもおかしくねえ。可能性はあるって結論を出したんだ」
まだまだ未解析の部分も残され、無限大の可能性を秘めた技術と言えよう。
「だからよ、俺としては研究所がお嬢ちゃんに無理難題を突き付けてくるところも、お嬢ちゃんを嫉妬するのも正直理解できる」
無限の可能性を秘めた技術を使うユナさんへの期待。
自分が今まで培ってきた技術が『基礎』に成り下がってしまったという現実。
「そうか、そういう部分もあるのか」
ユナさんへ様々な視線と感情を向ける研究者達の内心が少しは理解できたように思えた。
逆に王宮鍛冶師達はユナさんへ特別悪い感情を抱いていないはずだ。
彼らは内心で『俺達はまだ生き残れる』と思っているはず。
魔導具の外装を作るには金属加工技術が必要であり、それらはまだまだ需要があると安堵しているからだ。
「わ、私としては、錬金術も大事な技術だと思っているのですが……」
ユナさんの言った通り、魔導技術を完全に扱うには錬金術の知識も必要である。
錬金術は基礎知識として既に成熟しており、魔導技術という拡張した技術へのステップアップを既に満たしていると評価すべきなのだろう。
「でしたら、ユナさんが錬金術の重要性を周知させるのはどうでしょう?」
「え?」
「このままですと、魔導技術が発展した際に錬金術が疎かになりそうな気がします。魔導技術も錬金術も同時に使用し続けていくことが大事に思えますが……」
グレンの親父も「確かに」と頷く。
「この国の魔道技術をけん引しているお嬢ちゃんが錬金術も必要だ! と声高に主張すれば効果もありそうじゃねえか?」
親父の言う通りだ。
これはユナさんが言うことに意味がある。
殿下や他の人達が言っては心に響く度合いが違うと思う。
これでユナさんを「実は味方なのかも? 良い人なのかも?」と思ってくれれば状況も少しは好転するだろう。
加えて、その状況下でも文句を言うやつは……。
ちょっと怪しい、と思えないだろうか?
「次の検討会あたりから主張していきましょうか。ほら、仕様書や評価書に強調して書くとか」
「そ、そうですね。や、やってみます!」
ユナさんは拳を握りながらムフンと気合を入れた。
「ちょいと話が盛り上がっちまったな。次は試作品の試験について聞きたいんだけどよ」
「ああ、試験は二日後だ。シエル隊長と共に王都近郊で対魔獣戦を繰り返すと思う」
親父にも同行して貰いたい旨を話すと、彼は頷きながら了承。
「そりゃ構わねえし、丁度良かったかもしれねえな」
続けて、今回持ち込んだ箱の中身をようやく見せてくれる。
ゴトリと机の上に置かれたのは……何だろう?
金属製のワイヤーを巻き取った巻き取り機かな?
「こいつは勉強がてらに作ったワイヤーの射出機だ」
魔導回路を作る練習の一環として、前に作って放置されていたワイヤーを材料に作り上げた物らしい。
ボタン一つでワイヤーが射出され、またボタンを押せば巻き取りが開始される……という効果を期待して作り始めたそうだが。
「ってモンを作りたかったんだがよ。それがどうにも上手くいかねえ」
魔導技術を学び始めたばかりの親父は「どこが悪いのかがわからない」とドツボにはまっている様子。
それを解決するためにユナさんへアドバイスを求めるつもりだったようだ。
「ついでにこいつを完成させて試験してみねえか? 上手く使えたら別の魔導具に組み込めるかもしれねえ」
「確かにそうですね!」
話を聞いていたユナさんは目を輝かせながら何度も頷く。
「早速、回路を見てみましょうか!」
親父に分解してもらい、ユナさんは彼の作った回路を観察。
「ああ、これはこの部分が足りてませんね」
そして、すぐに問題を解決してしまった。
「なるほどな。もうちょっと改良できそうじゃねえか。武器にもなりそうだし、隊長さんとの約束まで改良してみないか?」
「ええ、そうしましょう!」
と、二人はノリノリで魔導具の改良を始めてしまった。
さて、俺が出来ることと言えば……。
「では、自分は夕食の買い物へ行ってきますね。今日は親父も食べていったらどうだ?」
「おお、そうさせてもらうぜ」
俺は二人のいる研究室を後にし、一階に戻ってウサちゃんエプロンを装備。
片手には愛用の買い物バッグを持って。
今日は三人分だ。気合を入れないと。
「行ってきます」
いざ、市場へ。




