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第34話 イングラム家の女当主


 二日後にシエル隊長との強制評価試験が決まったところで、俺はアルフレッド殿下へ報告を行うことに。


 執務室を訪ねると、にこやかな笑顔を浮かべるいつものお姿があった。


「やぁ、今日はどうしたんだい? 検討会の報告かな?」


「そちらもございますが……。いえ、順を追って報告するために検討会の方から語らせて頂きます」


 検討会で見た、聞いたことを漏らすことなく全て報告。


 会議の流れから研究者達の言動全てを。


 まずはシエル隊長が乱入してくる寸前までを報告した。


「……なるほどね。ギブソン所長以外はお話にならないか」


 検討会で自己紹介がなかったせいもあって、俺は研究所の所長が『ギブソン・ヒュラー』という名だと初めて知った。


 ヒュラー家は確か侯爵位を持つ家だったはず。


 詳しい成り立ちや経歴は知らないが、研究所の所長をしているくらいだから本人は元魔法使いか魔法研究者だろうか?


「他の研究者達は所長の指摘に乗る形で反対していましたね」


 ただ、ここで俺は「所長の指摘は難癖ではなかった」と付け加えておく。


 あれは厳しくとも正しい指摘だ。


「彼は物事にも他人にも厳しい人間だが、道理の通った人間でもあるよ」


 殿下としても高評価な人間、と言えるのだろうか? 殿下の言葉からはそんな印象を受ける。


「しかし、他の者達は論外だ」


 論外と口にする理由は、やはりクレデリカ王国の切り札を欲しがっているところ。


「エレメントエンジンとエレメントコアの製造方法は絶対に明かされない。僕はそれを前提に技術の提供を約束してもらったのだからね」


 曰く、当初のクレデリカ王国は魔導技術を教えることさえ渋っていたようだ。


 それを殿下はしぶとく交渉を重ね、相手の信頼を得ることで成功へ導いた。


「妻の故郷を裏切ることはできない。それ以上に僕を信頼してくれたクレデリカ王国に失望させたくない」


 国と国の約束は互いの利益関係で結ばれることも多いが、それらの約束は途中で反故になることも多い。どちらかが裏切る形で終わることも多々ある。


 しかし、そこに『信頼』があったらどうだろうか?


「互いの信頼を得た約束は固く結ばれる。少なくとも、交渉のテーブルに着いて下さったクレデリカ王国国王陛下と僕が生きている間はね」


 殿下は「信頼の下で結ばれた約束も長い時を経て終わることもある」と付け加えた。


 それでも当人同士が存命の間は崩壊する心配はほとんどないだろう、と。


「因みに誰が最初に言ったかは覚えているかい?」


「はい。名前は存じませんか、特徴は覚えております」


 俺はエレメントエンジンうんぬんを言い出した中年貴族の特徴を事細かく語る。


「ああ、それは……。うん、鴉に監視するよう言っておこう」


 他にも怪しい言動に心当たりがあった人物、と思わせるお言葉だ。


「しかし、少数ながら製造は決定したという話じゃないか」


「はい。ですが、問題と言いますか……。一番の波乱はここからでして」


 続けて、俺は乱入してきたシエル隊長の件を語っていく。


 すると、報告を聞く殿下は「ほう」と面白そうに笑っていた。


「彼女が乱入してくるとはね。よく装備の拡充を求めて王立研究所へ足を運んでいるとは聞いていたが」


 あれは足を運んでいると表現するより突撃している、と表現した方がよさそうだ。


 ただ、殿下は「良い機会だ」とシエル隊長の件を好意的に捉えている様子。


「彼女のことはどれくらい知っている?」


「第一部隊の隊長であり、最強の剣と名高いイングラム家の当主ということくらいでしょうか」


 騎士団勤めだった頃も彼女と話す機会はなかった。


 というのも、まずは部隊が違った点。


 次に相手が貴族であるという点。


 最後に第一部隊は遠征が多いので、単純にシエル隊長が騎士団本部にいる時間がほとんどない点が挙げられる。


「先に言っておこうか。彼女は数少ない味方、と言える存在だろうね」


「味方と言いますと、例の件に関わってない?」


「ああ。彼女と彼女の家はどこを調べても真っ白。まさに正しい貴族だと言える存在だ」


 鴉がイングラム家を調べたものの『黒幕』に繋がる要素は全くと言っていいほど出てこなかった。


 それでも念には念を入れて数か月に及ぶ監視も行ったようだが、黒幕組織と接触する様子も片鱗も皆無。


「我々も疑心暗鬼に近い状態だったからね。念を入れて調べたが、そもそもイングラム家の先代当主は父と親友の間柄だったんだ」


 イングラム家は代々騎士を輩出して出世してきた家系であり、イングラム家先代当主は王族からの信頼も厚い『最強の剣』でもあった。


 この国には騎士を輩出する名家が二つあるが、そのうちの一つがイングラム家というわけだ。


「イングラム家の先々代は近衛騎士隊の隊長でもあったね」


 王族とも密接な歴史を歩んで来たイングラム家を疑うくらいなのだから、当時の殿下方はよっぽど苦労なさったのだろう。


 父親が暗殺された可能性があると知れば、疑心暗鬼に陥るほど精神的に追い詰められてしまうのも無理はないが……。


「とにかく、改めて調べても真っ白だ。僕の中でも唯一信頼できる、全く心配していない貴族家と言っても過言ではない」


 ただ、黒幕も巧妙に暗躍を続けている。


 どれだけ調べても真っ白と言い切るのは難しいのではないか?


 その点を指摘すると、殿下は真っ直ぐ俺を見つめて言った。


「イングラム家の先代当主が亡くなった理由は知っているかい?」


 問われた瞬間、俺の背筋にゾワッとした悪寒が走る。


「まさか。先王陛下と同じく……」


「当たりだ」


 イングラム家先代当主の死因は病死。


 先王陛下と同じ症状を発症しての急死であったという。


 しかも、死亡したタイミングもほぼ同時。


 それを聞いた俺は無意識に自分の手を強く握り締めてしまった。


「これが味方だと断言する理由だね。我々王族とイングラム家の敵は同じだと考えている」


 続けて、殿下はイングラム家の立ち位置を語り始める。


「イングラム家は侯爵家だ。地位は安泰と言えたが、世継ぎの問題があった」


 イングラム家は長く子供に恵まれず、ようやく生まれた第一子は女の子。


 つまり、シエル隊長が唯一の子供であった。


 ただ、イングラム家先代当主は娘を次の当主に据えると考えており、婿をとって二人三脚で歩んで欲しいとも考えていたようだ。


「娘を当主にしたいという考えは固かったのだろう。しかし、女性当主というのはあまり有利とは言えない状況でね」


 フォルトゥナ王国は女性の当主任命も認められているが、貴族界隈では「男子が継いでこそ」という風潮が強い。


 よって、女性当主というだけで不当な扱いを受ける――要は他の貴族からナメられてしまうようだ。


「彼女くらいの家柄と実力があれば、とっくに騎士団の幹部として認められてもいいと思うのだけどね。女性という部分を挙げて反対する者もいるようだ」


 騎士団における幹部とは前線を離れて全体を指揮する者――将校のような立ち位置と言えばいいだろうか。


 各隊の運用から騎士団を統括する第二王子殿下の右腕として働く者であり、緊急時には指揮官としても動くことになる。


 序列としては第一部隊が実行部隊で最上であり、その上に中間管理職として幹部が。最上位に組織を統括する第二王子殿下、という形。


 第二王子殿下としてもシエル隊長には幹部として働いて欲しいようだが、幹部になるには現幹部と王城にある軍務局幹部から複数の推薦がなければならない。


 シエル隊長は一部の幹部達から反対されており、幹部への昇進は保留となっているようだ。


 王族として押し通すことも可能だが、現状では更なる逆風になりそうだと留まっているとのこと。


「彼女はそれも実力で捻じ伏せようとしているようだがね。彼女のような強い女性は王家としても好ましい。個人的にも力になってあげたいと考えているよ」


 向かい風が吹き荒れる状況だとしても、シエル隊長は前を向いて歩いている。


 現に彼女は家の歴史に相応しい実力の持ち主であり、それを認められて第一部隊隊長という地位にいるのも確かである。


「まぁ、そういった背景もあってね。今回の交流は僕としても好ましい事態だ。それに最強の女性騎士と仲良くなっておくのも、今後のためになりそうではないかい?」


「確かにそうですね。シエル隊長と懇意になれば組織としても動きやすそうです」


 緊急事態の時、彼女を頼ることもできるだろう。


 ユナさんの安全を確保するという意味では、実に頼りになる人だと思う。


「試作品を融通してくれ、というくらいなら僕としては問題無い。特別開発室の味方になってくれるよう交流してみてくれたまえよ」


「承知しました」


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