第33話 魔女の目標
検討会を終えて塔へ帰ってきた俺とユナさんは、紅茶を飲みながら一息ついていた。
「はぁ……。緊張しました」
「そうですね……」
温かい紅茶を飲んでホッと一息、というよりも揃って盛大なため息が漏れてしまう。
「ただまぁ、杭デール君の少数製造が決まったのは喜ばしいことでしょうか?」
「そ、そうですね。少しでもお役に立てるのであれば」
騎士団全体は救えなくとも第一部隊の任務がより効率的になれば、それはそれで効果はあるはずだ。
「そういえば、ちょっと聞きたいのですが。王立研究所側が言っていたユナさんへの要望である『誰でも使える魔法』ってなんですか?」
魔法は奇跡の技術だ。
しかしながら、この世の誰もが使えるわけじゃない。
魔法使いとしての素質と才能を持った人間だけが使える、特別な技術なのである。
「そ、そのままの通りです。全員が魔法使いと同等の魔法を扱えるように。そ、それを可能とする魔導具を王立研究所は求めているんです」
『魔法 = 最強』
恐らく、この図式はこの先も変わらない。
魔獣対策においても、人類同士の戦争においても、争い事以外のことについても魔法は万能な技術として扱われるだろう。
故に王立研究所は『誰もが魔法使いになれば全てが解決する』と考えているらしい。
「確かに魔法使いが増えれば魔獣との戦いも楽になるでしょうね」
「ま、魔導鎧やヒートブレードなど、様々な魔導具を駆使しないで済みます。さ、最強の魔導具が実現したとしたら、製造も一本化されるのでコスト面でも助かります」
状況毎に適した魔導具を用意するのではなく、どんなシーンでも適している万能な魔導具――魔法を手に入れられたら。
まさしく、完璧と言える物の誕生だ。
「しかし、可能なのですか? 魔法使いと同レベルにまで押し上げるのは難しいような……」
「た、確かに完全再現は難しいかもしれません。ただ、魔法を使うというレベルではほぼ達成しています」
「ほぼ達成している?」
「は、はい。杭デール君はガス圧の力で杭を射出していますが、この構造には風属性魔法や火属性魔法が併用されています」
裏を返せば、とユナさんは言葉を続ける。
「これって魔法を使っていることと変わりませんよね?」
「あ、そうか。結果を得るために魔法を使っているんですからね」
杭を発射するために魔法の力を利用する。
探知魔法を利用した探し物サガース君も同様に言えるだろう。
これらは魔法使いが魔法を発動する行為と、そう変わらないのではないだろうか? ということだ。
「い、一方ですね、魔導具では単一の結果しか得られません」
同じじゃない? と思う一方で、魔法使いは「どんな魔法でもその身一つで再現できる」という部分は未解決。
魔導具は単一の結果・効果しか得られず、複数の結果を得るにはそれぞれの魔導具を用意せねばならない。
「な、なので、研究所は一つの魔導具で全ての魔法を扱える効果を持つ物――人間が魔法使いになれる魔導具を目指しているんです」
「なるほど……」
それは究極すぎて難しいのではないか? と改めて感じてしまう。
「ほ、他にも課題はありまして」
「と、言いますと?」
「ま、まずは魔法へ指向性を持たせる素材が見つかっていないんです」
「指向性と言いますと……。仮に魔法を再現できたとしても、魔法を任意の方向へ飛ばせない?」
「そ、そうです」
魔法使いが扱う魔法の種類は多いが、特に戦闘用として扱われる『ファイアーボール』『ファイアランス』など、ボール系・ランス系と呼ばれる魔法は魔法使いが任意のターゲットへ狙いを定めて飛ばすものだ。
仮に魔導具でファイアーボール――火の玉を再現できたとしても、それを飛ばすという結果へ導けない。
「ほ、他には、魔導具で魔法を再現してもエネルギー供給が途絶えた瞬間に魔法は消失してしまいます」
魔導具にはマナジェルというエネルギーが必要だ。
これは魔法使いに例えると『魔力』と同じ働きをする物質であるが、魔導具が発生させた効果はマナジェルの供給が切れた瞬間に消失してしまう。
それは当然の結果であると思えるのだが。
「ま、魔法使いはファイアーボールを飛ばしますよね?」
「ああ、そうか。魔法を飛ばす魔法使いも、自身の手元から魔法を放していますね」
魔法使いは魔力を糧に魔法を顕現させ、それを自身の手元から解き放つ。これによって魔獣へダメージを与える。
それはどうやって維持しているのか? 魔獣へ命中するまで魔法が魔法としての形を維持しているのはどういう仕組みなのか?
「わ、私もお爺ちゃんと実験したことがあるんです。魔法の火で燃える矢じりを装着した矢を飛ばす実験なんですが」
魔法の火で燃える矢じりを発射すると、的へ到達する前に魔法の火は消えてしまう。
それどころか、発射した瞬間――エネルギー供給機構を持った本体と矢が分離した瞬間に魔法の火は弱まり、消えてしまったという。
「魔導具による魔法の再現には、継続的なエネルギーの供給が必要です」
魔導鎧もマナジェルが切れればただの重い鎧になってしまう。
ヒートブレードはユナさん的に「ちょっと惜しい」ものらしい。
こちらは一定時間の効果継続が認められるものの、攻撃魔法と同等は言えない。
再使用に専用の鞘が必要なところも少々目標からズレていると言わざるを得ないと。
『魔法使いはどうして魔法を飛ばせるのか?』
この問題が解決しない限り、魔導具による魔法の完全再現は難しいだろう、と。
「ま、まとめますと……。じ、実現できるようでちょっと足りない、です」
「ただ、未解決部分が解明されれば一気に実現へ辿り着きそうですね」
そこが難しいのだろうが……。
「さ、先ほども言いましたが、あ、新しい素材などが発見されたら解決できる可能性もあるかもしれません」
指向性を持たせる素材なんかが見つかれば一つは解決できるわけだしな。
他にも別の理論が編み出されれば解決されるパターンもある、とユナさんは語った。
「だとしても難しい話ですよね。これって王立研究所側も分かっていて要求していません?」
「そ、そうだと思います。期待されちゃってますね。え、えへへ……」
ユナさんは肩を縮めながらニチャッと笑う。
なんとポジティブな人なのだろうか。
魔導技術に関しては、と注釈がつくけど。
ただ、俺にとっては懸念する点でもある。
「……要望に応えられないと分かっていて、だからこそエレメントエンジンやエレメントコアの製造方法を寄越せと言っているんじゃ?」
先に語った通り、エレメントエンジンとエレメントコアはクレデリカ王国の切り札である。
製造方法が一切明かされず、自国で製造した物を輸入してくれと通達しているのは経済的にも軍事的にも重要な物だからだ。
むしろ、この二つを輸入できていること自体が奇跡と言ってもいい。
そもそも、それを成し遂げたアルフレッド殿下は大成果を挙げたと言える。
道楽王子などと囁かれていること自体がおかしいくらいだ。
そのような苦労も既に忘れ去ってしまっているのか、あるいは検討会で口にした研究者が強欲なのか。
「ま、まぁ、クレデリカ王国から輸入しないといけないのでコストがかさむのは理解できるのですが、こればっかりは難しいですね。わ、私の力ではどうにもできません」
今はフォルトゥナ王国で暮らしているとはいえ、ユナさんはクレデリカ王国の人間だ。
たとえ開発者の孫だったとしても、王家の血を含んだ家系の娘だったとしても、国を売るような行為は出来ない。
むしろ、させてはいけない。
「国王陛下のみならず、アルフレッド殿下もクレデリカ王国との同盟が破綻するのは避けたいでしょう。そのような無理難題は気にしない方がいいかと」
同盟が解消されてしまったら、ユナさんは故郷へ戻ってしまう。
我が国の国防にとってもそれだけは避けたいところだ。
「俺はまだユナさんと一緒にいたいです」
これからも彼女の作る魔導具を見たい。
彼女がもたらす国防への貢献を支えたい。
俺の仕事はちっぽけかもしれないが、それは巡りに巡って国民へ安定的な治安をもたらすことができるはずだから。
心の中で熱い気持ちを滾らせていると――
「そ、そうですか……。い、一緒に……」
ユナさんの頬と耳が真っ赤に染まっていた。
どうしてしまったんだ、一体。
何も変なことを言っていないと思うのだが。
自分の言った言葉を頭の中で思い出そうとした時、それを遮るように玄関のドアがノックされた。
「誰か来たようですね」
ドアを開けてみると、そこにはぴっしりと背筋を伸ばした老紳士が一人。
服装からして執事だろうか?
彼は礼儀正しく挨拶をした後、こちらに一枚の封筒を差し出す。
「当家の当主、シエル様からお渡しするようにと仰せつかりました」
シエル様……。
ああ、シエル隊長のことか。
となると、この老執事さんはイングラム家の。
「確かに受け取りました」
封筒を受け取ると、老執事は「失礼致します」と去っていく。
「シエル隊長から早速お誘いが届いたみたいです」
ユナさんに封筒を渡すと、彼女は中身を確認。
すると、中には――
『二日後の午前中、そちらを訪ねる』
というシンプルな内容だけだった。
「……仰々しい封蝋までして?」
品の良い封筒に品の良い便箋。それにしっかりとイングラム家の紋章が入った封蝋までして、記載されていたのはたった一行というシンプルさ。
「み、短い文ですが、文字から楽しみな様子が伺えますね」
確かに文字の節々が跳ねているというか、ルンルン気分で書いたようにも見えてきた。
「ま、まぁ……。興味を持ってもらえたのは良い事かもしれませんね」
第一部隊の隊長様だし、お貴族様だし。
味方になってくれれば心強い方であることは間違いない……はずだよな?




