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第32話 嵐のよう去る!


 会議室に乱入してきたのは王都騎士団第一部隊隊長、シエル・イングラム。


 獣人種・人狼族の女性であり、更には珍しい『銀狼族』の血筋を持つ方だ。


 銀狼族は他の人狼族よりも優れた身体能力を有しており、性別問わず生まれながらにしてエリート戦士の道を歩むと有名な種族である。


 ただ、一番目を惹く特徴はやはり『銀の髪』だ。


 セミロングに整えられた銀の髪は、一本一本が名高い美術品に匹敵するほど美しい。


 それが女性ならば特にと言えるし、どこか艶めかしい雰囲気を持つ彼女の魅力を倍増させている。


 目立つ外見的な特徴を持ち、同時に美貌も兼ね備えた彼女であるが、正真正銘『第一部隊の隊長』であることは無視できない。

 

 簡単に言えば『強くて美しい』人だ。


 騎士団の中でも選りすぐりの猛者共を従える実力は確かであり、王都騎士団の中でも最強の称号を持つ女性でもある。


 そんな彼女が率いる第一部隊は長く遠征に出ていて、俺が騎士団を抜けた後も戻って来ていなかったはずだが……。


 昨日今日で帰還したのだろうか。


「……シエル隊長、またかね?」


「ふふ。ここで新しい魔導兵器の話し合いをしていると聞いてね。私の嗅覚と耳からは逃れられないよ」


 実に銀狼らしいセリフだ。


 そして、美と強さを兼ね備えた彼女らしい艶やかな笑みも浮かべる。


「それで? 新しい魔導兵器はどこに?」


 彼女は興味津々といった感じで、キョロキョロと室内を見回す。


「ここにはありませんよ。まだ実機を見て検討する前の段階ですから」


「なんと無駄なことを。君達は相変わらず時間を浪費するのが得意だね。うちには何でもかんでも回せと言っているじゃないか」


 シエル隊長はわざとらしく驚いてみせると、中年研究者達の顔が一斉にピキッと歪む。


 別のリアクションを見せたのは所長だ。


 こちらはイラつくのではなく、大きなため息を吐いて心底呆れているといった感じ。


「それは無理だといつも仰っているでしょう。研究所の資材も時間も有限なのです。我々は無駄にしているのではなく、無駄をしないよう努力しているのですよ」


「それは結構。しかし、研究者ともなれば何事も実際に検証しなければ正しい答えを出せないのではないかな? それとも紙切れを前に答えを出すのが研究者の正しい解の求め方なのかい?」


 ああ言えばこう言う、じゃないが、シエル隊長もニコニコ笑いながら言い返す。


 ただ、彼女の言い分も確かな部分がある。


 仕様書と設計図、稼働試験の評価だけを前にして全てを決定してしまうのは違う。


 俺達が提出した書類はあくまでも参考資料としてだ。


 実際に杭デール君が稼働しているところを見て、効果を見て、総合的に決めて欲しい。


「……別に採用しないとは言っていないでしょう。そもそも、誰かさんが毎度毎度うるさいのでね。第一部隊には少数だけでも配備するよう決めるつもりでした」


「ほう! それは朗報だ! ここへ来た甲斐があったというものだね!」


 シエル隊長は「フフ」と笑いを漏らすと、今度はユナさんに視線を向けた。


「やぁ、貴女が噂の魔女殿だね? 私は王都騎士団第一部隊隊長のシエルだ」


 よろしく、と彼女は手を差し出す。


「と、特別開発室のユナ・ケベックです。ど、どうぞよろしくお願いします……」 


 おずおずと手を差し出したユナさんはシエル隊長と握手を交わす。


「ところで、特別開発室は個人的な要望は受け付けてくれるかな? 魔導鎧もヒートブレードも素晴らしい魔導兵器なのだが、私としては専用の装備というものが欲しくてね」


「せ、専用装備、ですか?」


「ちょっと! シエル隊長!」


 ユナさんが問うたタイミングで所長がさせまいと声を上げるが、シエル隊長はガン無視である。


 視線さえも向けない。


「私は本来、槍を得意としていてね。ヒートブレードと同等かそれ以上の威力を持つ槍が欲しいと常々思っているんだ」


 無視して言い切ったシエル隊長に対し、所長は顔を手で覆いながらため息を吐く。


 たぶん、所長も前々からずっと言われ続けてきたのだろう。


 今回はユナさんと遭遇したからか、直接注文してやろうと思ったに違いない。


「槍、ですか。槍、槍……」


「そう、槍だ。次の試作品を作る時に覚えておいてくれると嬉しいな」


 うーん、と悩むユナさんに対し、シエル隊長はニンマリと笑う。


 これは手応えアリと見たか。


「個人的な要望よりも研究所からの要望を優先してくれると嬉しいですな!」


 これ以上はマズイと思ったのか、所長も所長でやや強引な割り込みで制止。


「さて、話を戻そうか。今回作った魔導兵器はどんな物なんだい?」


 自分のペースを乱さないシエル隊長は目敏くもテーブルの上にあった仕様書と設計図、稼働試験の評価を発見。


 それらを「フムフム」と読み始めて……。


「ほう」


 またしてもニンマリと笑った。


「面白そうな兵器じゃないか。是非とも私の隊に配備して欲しいね」


 こういうのが好きな隊員がいる、と彼女は続ける。


「ロックラプトルの鎧をぶち抜けるのもいいね。あれには魔法を使わねば時間が掛かって苦労する」


 そこまで言ったところで、今度は俺に視線を向けてきた。


「この兵器を評価したニールというのは君かな?」


「はい、そうです」


 頷くと、彼女は俺の体をつま先から頭までじっくりと視線を送り……。


「ふーむ。ふむふむ」


 次は俺の胸や腕をペタペタと触り始める。


「実によく鍛えられた体だ。元騎士団出身か?」


「はい。第四の副隊長を任されておりました」


「第四……。なるほど」


 最後は何故か俺の胸に鼻を近付け、スンスンと匂いを嗅ぎ始める。


 これに一体何の意味があるのか……。


「なるほど、悪くない」


 フフ、と笑った彼女はペロリと自分の唇を舐めた。


 何が、とは怖くて聞けなかった。


「よし、決めたぞ。今すぐ実物を用意してくれ。試験場でその威力を見てみようじゃないか」


「え、え? 今からですか?」


「そう、今からだ」


 驚くユナさんに即答するシエル隊長。


「お待ちなさい、シエル隊長。これ以上の勝手は――」


 さすがに堪忍袋の緒が切れたのか、所長がたっぷりと苛立ちを込めながら言ったところでまたしても会議室のドアが開いた。


「ああ、いた! 隊長、もう勝手にいなくなって!」


 次に飛び込んで来たのはシエル隊長の右腕。


 第一部隊の副隊長である獣人女性だ。


 こちらの方はウサギ耳を持つ女性であり、灰色の長い髪を後ろで結んでいる。


 一番の特徴は赤縁のメガネだろうか?


 名前は確か……。


「ん? キルシーじゃないか。どうした?」


 そう、キルシーさんだ。


 彼女は第一部隊の副隊長としてありながら、シエル隊長の侍女――イングラム家に仕える家系の人間だったはず。


 公私共に彼女を支える人間というわけだ。


「どうした? じゃありませんよ! 戻った後は報告書を書くって約束だったでしょう! それに家のこともあるんですから勝手にフラつかれては困ります!」


 ぷんすかと怒るキルシーさんの耳はピンと伸びっぱなし。


 何だろう、なんだか彼女には親近感が湧いてしまう。


 俺がいつもウサちゃんエプロンを身に着けているからだろうか?


「別に良いじゃないか。しばらくは休暇を取れるんだし、報告書も家のことも後で――」


「よくありませーん!」


 キルシーさんはシエル隊長の首根っこをガッシリと掴むと、そのまま扉に向かってズルズルと引き摺っていく。


「すいません、皆さん。ご迷惑をおかけしました」


 彼女は俺達にペコペコと謝罪。


 その間もシエル隊長を引き摺っているのだから、彼女も彼女でなかなかの腕力をお持ちである。


「特別開発室の二人! 実物を見たいというのは本気だからね。後で遣いを出すからスケジュールを空けといてくれ!」


 シエル隊長はそれだけ言い残し、会議室から引き摺られて行った……。


「…………」


「…………」


「…………」


 そして、残された俺達は互いに顔を見合わせてしまう。


「……あ、嵐のような人」


「確かに」


 先ほどまでユナさんに意地悪を言っていた面々も、この時ばかりは俺達と同じ感想を抱いたに違いない。


「ゴ、ゴホン……。少々邪魔が入ってしまったが、今回の結論をお伝えしたい」


 場を正しい方向へ戻したのは所長だ。


 彼は疲れ切った顔を見せながらも言葉を続ける。


「今回の試作品に関しては、まず少数の製造から始めたいと思う」


 意外にも実物の稼働を見るまでもなく製造が決定。


 少数だとしても、これは予想外の結果と言わざるを得ないだろう。


「よ、よろしいのですか? 正しい評価プロセスを踏んでいませんが……」


 ユナさんも驚いたようで、思わず聞き返してしまったといった感じ。


「……若干一名、非常にうるさい人がいますからな。思う存分使わせて更に判断を決めたいと思う」


 所長は「代わりにフィードバックレポートを義務付ける。絶対に」と開けっ放しになった会議室の扉を睨みつけながら言った。


 先ほど消えていったうるさい人に使わせるだけ使わせて、その使用感などをフィードバックさせる――第一部隊を更なる試験要員にしてやろうという魂胆か。


 ……良い判断かもしれない。


 第一が使えばロックラプトル以上に強い魔獣にも使用するだろうし、それらの相手に対する結果を得られるのは貴重な資料となるだろう。


 特別開発室に結果が回ってくれば、杭デール君の更なる改良にも繋がるだろうし。


「しかし、こちらの要望を優先して頂くことには変わりない。貴女には引き続き、誰でも使える魔法の実現をお願いしたい」


「しょ、承知しました」


 これにて検討会は解散。


 ――一波乱あったとはいえ、杭デール君の製造は認められた。


 これはユナさんにとっても、特別開発室にとっても大事な一歩と言えるのではないだろうか?


「ど、どうなっちゃうんでしょう? た、隊長さんの遣いってなんですか!?」


 ただ、俺達の元には二度目の嵐がやってくると確定している。


 それはそれで不安だ……。


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