第31話 乱入者
「では、始めよう」
威圧感も貫禄も兼ね備えた王都研究所所長の宣言により検討会が開始された。
「ケベック殿、まずは試作品の説明をお願いできるかな?」
「は、はい」
今回の検討会は現物の持ち込みは無し。
まずは仕様書や設計図など、書面と口頭説明だけのプレゼンとなる。
ここで所長を含む研究者達が興味を示せば実物の稼働を見ることになるのだが……。
果たしてこれは普通なのだろうか?
正直、俺からしてみると「どうせ却下になるんだから無駄に時間を取るな」と言っているようにしか見えない。
「こ、今回開発しました試作品は高威力の一撃に重点を置いた兵器です」
ユナさんは全員に仕様書と設計図を配りつつも、口頭で説明を開始。
「つ、使い方だけじゃなく、魔導具の機構としましても、シ、シンプルな作りを念頭に置きました」
まずは魔導具の利点を語っていく。
高火力な一撃はロックラプトルの鎧を容易く貫けること。
使い方もシンプルで変に迷わないこと。
実際に評価試験を行った俺の感想を交えつつ、杭デール君最大の特徴をアピール。
「こ、構造もシンプルにしたことで製造に必要なパーツ点数も減りました。これは製造コストの低下も見込めると思います」
同時に前回開発したヒートブレードよりも製造コストが下がっている点も強調。
魔導回路の構築もシンプルになったことで量産に対するハードルも低下している。
これらの利点をユナさんは十分に語ったと俺も感じられたのだが……。
「……魔導具のスペックや製造に関する利点は理解できた」
そう言った所長は鋭い視線をユナさんに向けると、それを真正面から受け止めた彼女の肩が若干ながら跳ねる。
「しかし、これを新人の騎士が扱えるのかね?」
「し、新人ですか?」
「ああ、そうだ。入団したての騎士がこれを使ってロックラプトルを討伐できるのかね?」
無理だ。
俺は即座に心の中で首を振った。
訓練すらまともに行っていない新人がロックラプトルと対峙すれば餌になるのは必至。
「使い方はシンプルだと言っているが、使い手の技量が必要になるんじゃないかね? そういう意味では使いやすいと言えないのでは?」
それは確かにその通りかもしれない。
まぁ、そもそも新人がいきなりロックラプトルと戦うか? と問われれば否なのだが……。
これは前にユナさんが言っていた「いじわるな質問」に入るのだろうか?
「で、ですが! ヒートブレードよりも威力の高い兵器があった方が、騎士団も幅広く対応できるんじゃないかと……!」
ただ、ユナさんも退かない。
使える兵器のバリエーションは騎士団の対応力を底上げすると反論。
「フン。君に実際の戦いが理解できるとは思えんがね」
割って入って悪態をついたのはカイゼル髭を生やした研究者だった。
「扱いが難しい兵器を作っても意味がないのではないか? ヒートブレードだけでも魔獣の討伐率は上がっていると聞いているが」
彼は更に言葉を続ける。
「それよりも君の母国にエレメントエンジンの製造方法を明かすよう、直接言ってくれた方が我が国に貢献できるのではないかね?」
「それは……」
無理です、とユナさんは小さく呟く。
そりゃ当然だ。
エレメントエンジンとエレメントコアの製造方法はクレデリカ王国の切り札。
他の国と経済的にも国防的にも差をつけるための要である。
それを同盟国だからといって簡単に明かすことはできない。
身内であるユナさんが頼んでも無理なのは確かだが、ユナさんがそれをクレデリカ王国に言ったら裏切り行為と捉えられてもおかしくはない。
「大体だねえ! 魔導鎧に使うエレメントコアすらもクレデリカ王国から輸入せねばならんのだ! その状況で数を増やせと言われる我々の身にもなってくれんかね!」
騎士団からせっつかれている現状の愚痴をユナさんにぶつけるのはお門違いだと思うが、彼も分かっていて言っているのだろう。
そう考えると単なる憂さ晴らしにしか聞こえない。
それに同調するよう首を縦に振る研究者も同罪だ。
「待ちたまえ。この場は試作兵器の検討会だ。他の話題は他所でやってくれんか?」
ただ、その文句を制したのは所長だった。
彼はユナさんに「失礼した」と謝罪しつつも、言葉を続ける。
「我々は常に、貴女へ一貫した要求をしていたはずだ。それは誰でも扱える『魔法』を作り出してほしいと」
……誰でも扱える魔法?
いや、魔法ってのは魔法使いとしての素質を持った者しかなれない代物だろう?
「この試作品は我々の要望に沿う物と言えるのかね?」
「そ、それは承知しております。この試作品は要望を完成させるための一環で……。研究の過程で出来た副産物でもあります」
「君がそう言うのであればそこは信じよう。しかし、先ほど指摘した通り、使用者へ技量を求める物であると思えるがその点については?」
「た、確かに使用者の技量が必要となる魔導兵器かもしれませんが、実力のある方なら扱えます。現に試作品の試験を行ったニールさんは完璧に使いこなしていました」
ユナさんが俺に振り返ると、所長を含めた研究者全員の視線が俺に集まる。
「……実際に使った君はどう思う? 国防のためにも忖度無しに答えてくれたまえ」
贔屓するな、と。
もちろん、そんなことはしない。言われなくとも素直に言うさ。
「火力は申し分なく。実際に私はロックラプトルを一人で仕留めました。ただ、新人が扱えるかと言えば否となります」
そもそも、新人がロックラプトルと対峙することは現実的ではないことを前置きしつつも、杭デール君を他の魔獣に使用するにも十分な訓練は必要な点を告げる。
「しかし、現場を経験した騎士の意見としては、試作品のような高威力の兵器は魅力です。今まで苦労し、何人もの被害を被った魔獣が楽に倒せるようになるという点は希望に繋がります」
「希望か」
「ええ、希望です。仲間も自分も死ぬかもしれない。報告書から簡単に想像できてしまう凄惨な状況を避けられる。騎士にとってこれほどありがたいことはありません」
今日一日を無事に生き残れる。誰も死なずに帰還できる。
現場に出る騎士達にとって、これほど希望に満ちた言葉は無いだろう。
「それを可能とする兵器であれば、量産する価値はあると自分は考えます」
俺は所長の目を真っ直ぐ見て言った。
彼の威圧的な目つきに真っ向から挑戦するような気持ちで。
「……なるほど。続けて聞きたい。量産した後に優先配備するならどの隊からかね?」
「第一からでしょう。魔導鎧とセットで運用する兵器ということもありますが、第一部隊の主な任務は危険性がより増している魔獣の討伐ですから」
第一部隊に配属されている強者なら杭デール君も十分に扱えるだろう。
彼らが普段から相手する凶悪な魔獣――王都近郊に出没する『B級魔獣』じゃなく、より強い『特A級』や『A級』魔獣に対しても効果的なはずだ。
「また第一からか。第一部隊の苦労が増えるのでは?」
「彼らは選りすぐりの騎士で構成されています。討伐速度が早くなれば任務の回転数も上がり、同時に彼らに与えられる休息の時間も増えるかと思いますが」
他にも、と俺は言葉を続ける。
「もちろん、他の隊でも扱える者は少なくとも一人はいるでしょう。そういった人間に装備させ、トドメを刺す者として運用するのもいいかもしれません」
ロックラプトルのような凶悪な魔獣は複数人で当たるのがベター。
数人で気を惹く、足止めをする、そういった仕留められる状況を作った上で杭デール君を装備させた人間が確実にトドメを指す。
「ある意味、選ばれた騎士のモチベーションは上がるでしょうね。新しい花形ポジションの誕生ですよ」
フィニッシャーに選ばれた者は隊の皆から「信頼されている」「実力を認められている」と感じるだろう。
この効果を舐めちゃいけない。
魔獣討伐において必要なのは経験と実力だが、それ以外に精神的な面も重要なのだから。
自分が仕留めてやる。自分が確実に殺して被害を抑えてやる、という気概と決意は何より必要なモノだ。
「……面白い提案だ。考慮しよう」
意外にも所長は頷きながら納得していた。
「ただ、我々がケベック殿に要望している魔導具は変わらない。これをそのまま大量製造するのは難し――」
と、所長がそこまで言ったところで、言葉を遮るように勢いよく会議室のドアが開いた。
「頼もう! ここで新しい魔導兵器の話し合いをしていると聞いた!」
登場したのは狼耳の生えた銀髪の女性。
彼女は第一部隊専用の騎士服を着ており、騎士団に所属している者なら誰もが知る人物。
「シエル隊長……。君はまたかね?」
「ふふ。私の嗅覚と耳からは逃れられないよ」
乱入してきたのは騎士団最強を誇る第一部隊、それを率いる隊長様。
シエル・イングラムであった。




