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第3話 エプロンと魔導鎧


 何故、エプロン?


 そう思いながらも、俺は彼女から大人しく受け取ってしまった。


「ぜ、前任者の方が、次の人にって」


「前任者が?」


「ま、前の人は私のご飯も作ってくれていて……」


「食事ですか?」


 どうして食事を?


 確かに塔の一階には小さなキッチンが備わっているが……。


 あれか? 小腹が空いたら何か作って欲しい的な?


「こ、今夜の夕飯はシチューが食べたいです」


 ガッツリ食事。マジでガチな食事の要望が飛んできた。


「あの、失礼ですが……。お屋敷に帰って食事をなさるのでは?」


「や、屋敷には帰りません。私はここで暮らしています」


「え、ええ!?」


 曰く、ユナさんはアルフレッド殿下夫婦が住まう屋敷に居候する予定でフォルトゥナ王国へやって来た。


 しかし、居候二日目で彼女は思い知ってしまったのだ。


「……気まずいです」


 新婚であるアルフレッド殿下と奥様は、家にいる間ずっっっっっとイチャイチャしているらしい。


 帰って来てからずっと。出勤前の朝もずっと。食事中も。


 毎日毎日ちゅっちゅっちゅっちゅしているらしい。


 そんな二人が住まう屋敷の一室を間借りするのも悪いと思い、以降はこの塔で暮らしているという。


「な、なら王城の使用人は? 使用人か料理人に頼んで食事を作ってもらうのは?」


 次の提案を口にすると、ユナさんは露骨に恐怖する表情を見せた。


「し、使用人さんは怖いです」


「使用人が怖い?」


「ま、前に頼んだらすごく怖い人で……」


 アルフレッド殿下経由で使用人の派遣を頼んだそうだが、やって来た使用人は不良使用人だったようで。


 殿下や上司の目がないと知ってか、仕事は雑に済ませて好き放題。ユナさんが要望を出すと舌打ちして威嚇してくる始末。


 使用人との日々はユナさんにとってトラウマ級な経験となってしまったようだ。


「それは酷い……」


 王城で働く使用人の中には貴族家の三女四女もいるって話だからな。


 殿下の庇護下にあるユナさんに嫉妬して嫌がらせをしてきたのかもしれない。


「な、なので、あまり頼りたくないです」


 結果として、前任者の女性騎士が配属されたことでその問題は解決された。


 しかし、その前任者は結婚を機に退職してしまって今に至るというわけだ。


「お、お願いします」


 ユナさんは涙目になりながらも、何度もペコペコと頭を下げ始める。


「わ、私は魔導技術しか、と、取り柄の無い女なのでご飯も作れません。ですから、ニールさんにお願いする他無くて……」


 彼女を見ていると、胸の奥がキュンとしてしまった。


 これが庇護欲というやつなのだろうか。


「分かりました。しかし、自分は平民出身なので貴族の方に満足して頂けるような食事は作れないのですが」


「か、構いません! 焦げた料理を出されないだけマシです!」


 ……これは殿下に通報せねばならない案件なんじゃないだろうか? 


 使用人の件は後で伝えておこう。


「承知しました。このニール、全力でユナさんの食事を作らせて頂きます!」


「あ、ありがとうございます」


 ニチャァとした笑いと共に、俺は護衛兼助手兼料理人にランクアップした。


「他に前任者の方は何をしていましたか?」


「と、塔の中を掃除してくれました」


「なるほど」


 訂正だ。


 俺は護衛兼助手兼世話係にランクアップだ。



 ◇ ◇



 次の塔の中を見学させて頂くことになった。


 これは単なる見学ではない。


 塔の中を把握しておくことは世話係としても護衛騎士としても重要なことだ。


 特にユナさんが日々過ごす研究室の状況を確認しておくことは必須だろう。


「ここが研究室です」


 扉を開けた先、そこは辛うじて足の踏み場があるほど汚かった。


「…………」


 床には走り書きのメモが散乱していたり、小さなネジが転がっていたり。果てはキャミソールの上に着ていたであろう、上着まで落ちていた。


 まず最初に俺が行ったことは、床に落ちている上着を拾うことだった。


「ユナさん、薄着ではお体に悪い。今日は温かいとはいえ、上着は着ていた方がよろしいでしょう」


「あっあっ、すいません」


 ユナさんはこの時点で自分の恰好に気付いたのか、両手で胸元を隠しながら上着を羽織る。


 恥ずかしいって気持ち、あったんだね。


「しかし、すごい部屋ですね」


 壁沿いに並ぶ本棚には難しそうな本が並んでいるし、ユナさんの執務机の上には作りかけと思われる試作品が。


 反対側の壁には『魔導鎧』と『ヒートブレード』まで飾られていた。


 ――魔導鎧とは、その名の通り魔導技術を取り入れて作られた最新式の鎧だ。


 これを身に着けた者は身体能力が向上し、スピードもパワーも生身の時とは桁違いになる。


 現在の仕様上、稼働時間は一時間が限界だが、生身では難しい魔獣相手にも対等かそれ以上に剣を振るえるのだ。


 俺も対魔獣戦で身に着けることが多いが、この鎧が開発されたおかげで何度も命を救われたと言わざるを得ない。


「この魔導鎧、形が少し違いますね?」


 ただ、研究室に置かれている魔導鎧は騎士団で使用していたものと形が若干違う。


 騎士団が正式採用している魔導鎧は『ナイト型』と呼ばれるものであり、外見は若干ながら丸みを持ちながらも一目で「騎士の鎧だ」と分かりやすい。


 しかし、こちらはどっちかというと角ばった印象だ。


 兜のバイザーも角のような装飾があって形状が違うし、肩のアーマーも形が違う。


 更にはカラーリングが鋼色一色だ。


 騎士団の物は白と赤のカラーリングだったのだが……。


「それは試作型の魔導鎧です」


「試作型?」


「は、はい。正式採用前のモノになりますね」


「ほうほう。ヒートブレードは正式採用されたものと形が同じですね」


 続けて、魔導鎧の隣にあるヒートブレード。


 こちらは専用の鞘とセットで運用する対魔獣戦闘用兵器である。


 簡単に言うと刀身が真っ赤に赤熱し、高熱の刃で相手を斬り伏せる兵器だ。


 ただの剣としても上等だが、火属性魔法を応用した効果も合わさって外皮の厚い魔獣の体も難無く斬ることができるのが素晴らしい。


 両方とも騎士団にとって無くてはならない、必須級の兵器と言えるだろう。


 しかし、こちらは外見こそ同じだが、中身は『試作型』となっているらしい。


「ど、どちらも改良する予定なんです。開発はしたものの、まだ私の想定するスペックを満たしていませんから」


 なるほど、なるほど。


 ……ん? 開発した?


「え!? この二つを開発したのはユナさんなんですか!?」


「は、はひぃ!? そ、そうですぅ!?」


 俺が勢いよく振り返ったせいか、ユナさんを驚かせてしまったようだ。


「し、失礼しました。あまりにも衝撃的で……。まさか、開発者ご本人と会える日が来ようとは」


「ど、どちらも、つ、使った経験が?」


「ありますとも! 私は元騎士団の人間です。魔導鎧とヒートブレードを片手に魔獣を討伐していたのです」


 両方とも大いに助かった。


 これが無ければ死んでいたかもしれない経験もした。


 そのことをユナさんに伝えると、彼女は控えめに笑う。


「そ、それは良かったです。わ、私、みたいなエルフが、人の役に立てて……」


 ユナさんはそう言ったあと、顔を伏せてしまう。


「わ、私は魔導技術しか取り柄がないから――」


 彼女がそこまで言ったところで、俺は彼女の両肩をガシッと掴んだ。


「何を仰いますか!!」


「ひゃうっ!?」


「魔導技術しか取り柄がない? 結構ではありませんか! 私だって体が丈夫なことと体力くらしか取り柄がありません!」


 ユナさんの口から「あうあう」と謎の呪文が漏れだすが、俺は止まれなかった。


「貴女がこの二つを開発してくれたおかげで私は何度も命を救われた! 何人もの同僚が命を落とさずに済んだ!」


 止まれるわけない。


 だって、俺は彼女に命を救われた一人なのだから。


 内勤に転属してのんびり暮らそう、なんて思えるのも彼女が兵器を開発してくれたおかげなのだ。


「貴女は誇るべきだ! 貴女のおかげで俺は生きている! 貴女のおかげで、魔獣被害に困っていた村や街は救われたんだ!」


「わ、私が……」


「そうです。貴女のおかげだ」


 いつか言おうとしていた言葉を、遂に伝える日が巡ってきた。


「ありがとうございます。貴女のおかげで、今の俺があります」


 いつか伝えたかった感謝を伝えると、ユナさんは目尻に涙を浮かべて――


「嬉しいです」


 ニチャッとしていない、綺麗な笑顔を見せてくれた。


 美人が見せる心からの笑顔は、俺に相当なダメージを与えるに十分だった。



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