第29話 検討会の準備と姉
ユナさん誘拐事件から一週間。
この一週間は何かと忙しい日々が続いていた。
事件後にアルフレッド殿下から事情を聴かされたものの、今度は騎士団の方からも「事情を聞かせて欲しい」と願われたりと俺もユナさんも日常からは少々外れた生活を送っていたと言えるだろう。
俺の方はアルフレッド殿下から聞かされた事情を伏せつつ、窃盗団についての情報と一部の騎士が関与していたという情報だけを提供。
その他は『他言無用』となっているので誤魔化すのが難しかった、という感想しか出てこない。
ただ、これらの情報を得た騎士団は確実に焦っていたと印象を受ける。
俺の事情聴取を行っていた騎士は「そんな馬鹿な」と狼狽していたし、同席していたお偉いさんは何も言葉を漏らさなかったが確実に顔色が悪くなっていたし。
これをきっかけに少しでも騎士団の内情が変わってくれればいいのだが……。
それはともかく、一週間が経過した今、ようやく特別開発室にも日常が戻ったというわけだ。
「ユナさん、紅茶をお持ちしました」
「あ、ありがとうございます」
部屋のドアを開けると、ユナさんは椅子の上で膝を抱えながらウンウンと唸っている最中であった。
紅茶を置く際にチラッと机の上を見ると、杭デール君の仕様書と設計図が広げられ、その隣には書きかけの意見書があった。
「検討会で伝えることに悩んでいるんですか?」
事件が終わった今、俺達の目の前に迫るのは『新開発魔導具の検討会』である。
ユナさんが作った杭デール君が正式採用されるか否かを決める、王都研究所での話し合いだ。
王都研究所に勤める研究者達だけじゃなく、王都研究所のトップである所長をも前に「杭デール君を量産するとこんなメリットがあります!」とプレゼンせねばならない。
もちろん、ユナさんが。
「い、一応、コスト面などの説得材料は用意したのですが……。決め手に欠けるような気がして」
「なるほど」
杭デール君を量産するメリット、その決め手か。
「やはり、火力じゃないでしょうか? 自分がやってみせたように、王都周辺に生息する魔獣は簡単に屠ることができます。硬い鎧を纏うロックラプトルも余裕でしたし、その点を押すのが良いと思いますが」
俺はユナさんに「ロックラプトルを一撃で倒せるのは大きい」と強く主張した。
これはロックラプトルと対峙した経験を持つ騎士ならば、絶対に驚くはずだ。
現場に出ている騎士達の驚きと期待が研究者達にも伝われば、それは大きな魅力の一つだとも必ず感じてくれると思う。
もちろん、俺も当日に隙あらばこの点をアピールするつもりだが。
「討伐が難しい魔獣が討伐できる、この点は現場で戦う騎士にとって非常に重要な要素です。なんたって希望が湧きますから」
誰もが倒せないと語る魔獣にも恐怖を感じるが、それ以上に『倒せるけど被害者続出』という魔獣の方がよりリアルな恐怖を感じる者は多いだろう。
対ロックラプトルは被害の実情が記録に多く残っていることも、対峙する騎士達の想像力を掻き立てる要因になっているかもしれないが。
「な、なるほど。ためになります」
ユナさんは俺の意見を元にシャカシャカと紙へ書き込んでいく。
「検討会は明日でしたよね」
正直、不安だ。
ユナさんの現状を鑑みると王都研究所の連中から心無いことを言われてしまうんじゃないか。それを受け止めたユナさんが傷ついてしまうんじゃないか、と。
前回はアルフレッド殿下も同席したようだが、今回は同席しないという点も不安要素の一つである。
高貴な方がいないことにより、相手側の言葉がより鋭利になってしまわないだろうか……。
日程を確認しながらも、俺の口からは自然とため息が漏れてしまう。
「ふ、不安かもしれませんが、が、頑張りますから!」
俺がユナさんのプレゼンを心配していると勘違いしたのが、彼女は「は、発表の練習もしてます!」とやる気満々。
「いえ、ユナさんの仕事に不安はありません。心配なのは王都研究所側です」
「あっ……。い、いじわるなことを言ってくるかもって?」
「ええ」
またしてもため息を吐くと、ユナさんは苦笑いを浮かべた。
「い、いじわるな質問をするのも検討会の一つですから。そ、それに反証して納得させるのも」
そういったやり方も確かにあるのかもしれないが、俺としてはもっと前向きで協力的な検討会の方が心に優しいと思うのだが……。
「ああ、そうだ。ユナさん、本屋はいつ行かれますか?」
気が滅入る話は一旦終わりにしつつ、ユナさんの「楽しみ」に話題を変えた。
たぶん、ユナさんは俺以上に緊張しているだろうし。
口にしてしまった分だけ、気を紛らわせた方がいいと考えたから。
「何なら、今日行きますか? 夕飯を屋台で買ってもいいですし」
誘拐事件が起きてしまった分のやり直し。
ユナさんも希望していた外出を提案してみた……のだが。
「き、今日は屋敷に帰らないと行けないんです」
「屋敷? アルフレッド殿下の?」
「は、はい。お姉ちゃんから食事に誘われて」
お姉ちゃんというと――アルフレッド殿下の奥様である『ダイア様』か。
「じ、事件のこともありましたし、ゆっくり話がしたいと」
なるほど。
事件の聴取等も終わったタイミングだし、彼女を気遣っての食事会といったところなのかな?
「で、ですので……。ほ、本屋さんと屋台は別の日でもいいですか?」
ユナさんはモジモジしながら上目遣いで問うてくる。
「もちろんです。自分はいつでも構いませんよ」
俺はそう言いつつも「そうだ」と言葉を続ける。
「今夜、お屋敷に帰るのであれば送って行きますね」
アルフレッド殿下のお屋敷は王城敷地内にある。
貴族の屋敷は丘を降りた先にある北区に集まっているが、やはり王族は警備の面でも立地は大切だ。
貴族達の屋敷が建つ中にポンと建築できるはずもない。
逆に言えば王城敷地内なのだから警備は十分。ユナさんが独り歩きしても構わないと思うかもしれないが、誘拐事件とその背景を考えると一人で歩かせるわけにもいかないだろう。
「あ、ありがとうございます」
ユナさんはニチャッと笑ったところで「あっ!」と何か閃いたような声を出した。
「ニ、ニールさんも参加しますか!?」
「いえ、自分は結構です。というか、自分のような人間が気軽に参加はできませんよ」
このあたりの発想はユナさんがお嬢様だからだろうか?
さすがに平民騎士の自分が貴族どころか王族の食事会に参加できるはずもない。身分も格も違い、それっぽい肩書も無いのだから。
「そ、そうですか。残念です」
いや、滅茶苦茶シュンとされてしまうと……。
「自分との食事会は屋台飯でお願いします。楽しみにしておきますから」
そう告げると、彼女の顔がパッと輝く。
「そ、そうですね! 私も楽しみです!」
王族の食事会に参加することはできないが、二人だけの食事会なら構わないだろう。
むしろ、こっちの方が俺とユナさんの日常らしいと言えると思う。
◇ ◇
夕方、俺はユナさんをアルフレッド殿下のお屋敷までお連れする。
殿下のお屋敷は敷地内の西側に位置しており、華やかな庭園を有した実に王族らしい屋敷と言えよう。
敷地の入口から全てが整っており、地面に敷かれた石畳一つに小さな欠けすら存在しない。
屋敷自体も常に清掃がなされているようで綺麗だし、ユナさんを出迎えるために登場した使用人の数も十人を超えている。
たぶん、使用人は屋敷の中にもっといるんだろうな……。
そして、何より――
「ユナ、おかえりなさい」
「た、ただいま。お姉ちゃん」
使用人と共に登場した超絶美人――アルフレッド殿下の奥様であり、元クレデリカ王国第二王女様であるダイア様がご登場。
この御方はユナさんとどこか似た雰囲気を持っているが、何と言えばいいのか……。
不敬ながらも、ユナさん以上に色気が漂うと言えばいいだろうか?
こちらも不敬な表現になってしまうが、ユナさんよりも高貴さが完成していると言えばいいのか『上品で完成された美』といった感じ。
だからといって、決してユナさんが劣っているというわけじゃないのだが。
簡単に言えばユナさんよりも大人っぽい美人エルフだろうか?
アルフレッド殿下が「僕の妻が世界一美しい」と自慢するのも納得だ。
「あら? そちらの方は?」
「ハッ! 自分はユナ様の護衛騎士であります!」
不意に視線を向けられ、俺は内心慌てながらも騎士礼をとった。
「あらあら。ご苦労様です」
ダイア様の微笑みはまさしく『女神の微笑み』だ。
そのお顔を見ただけで俺の緊張感がギュンギュンと上昇していく。
これは早く退散した方が身のためだな。
「ユナ様、明日の朝はお迎えにあがりますね」
ダイア様の前で、いつもの「さん付け」はよろしくない。
「は、はい。よろしくお願いします」
若干ながらユナさんの表情に不満の色が見えたが、そこは分かって欲しかった。
この御方も一言で俺の首を飛ばせるのだから……。
『まぁ! 私の可愛いユナをさん付け!? 死刑!』
なんて言われたら終わりだよ、俺は。
「それでは」
俺は再び騎士礼を行い、その場を後にした。
◇ ◇
ニールが別れの言葉を口にした後、ユナは彼が敷地から出るまでその姿を見つめてしまう。
対し、その横にいるダイアは――
「ふ~ん、ふんふん」
ニンマァと口元が笑っていたのである。
ユナの顔を観察するその表情は、大好物な草食動物を見つけた肉食獣のようであった。
「彼がユナを助けてくれた騎士さんかしら?」
「え? あ、うん」
ダイアの質問にユナは軽く頷きながら答える。
「あらあら、そうなのね。仲良しさんなのかしら?」
返答を聞いたダイアは若干ながらも興奮しながら更に質問。
「仲良し……。仲良しかな?」
「仕事以外で付き合いはあるの? 前に本屋に行ったと言っていたわよね? 他にもどこか行ったり?」
「や、屋台のご飯を食べに行ったり」
やや押され気味になりつつあるユナが答えると、ダイアは更に興奮しながら「あらぁー!」と声を上げた。
「も、もしかして! 今後も一緒にお出かけしちゃう感じ!?」
ダイアはフンスフンスと鼻息を荒くしながら詰め寄ってくる。
「え? あ、うん……」
「ひゃー! いいじゃなぁい!! ちょっと中で詳しく教えてくれる!?」
ダイアはぐいぐいとユナの背中を押し、屋敷の中へと押し込んでいく。
「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!」
「もうやだ! この子ったら! 今夜はとことんお話するわよ!」
――貴族令嬢とはロマンスを喰って生きているものである。
貴族令嬢以上に高貴で自由の無い王族ならば、猶更その欲求は強くなる。
これまで技術と知識を探求してきたユナは知らないかもしれないが、彼女達にとってユナの存在はまごうことなき『ご馳走』なのだ。
身分違いの恋、そんな予感を感じさせる二人の雰囲気はどんなに腕の良い料理人が振舞うフルコース料理よりも『美味』なのだ。
「楽しくなってきたわぁ!」
小さい頃から見守ってきた存在から漂う恋の気配ならば猶更だ。




