第28話 鴉
ニールがアルフレッドの執務室から退室して数時間後、新たな客がアルフレッドを訪ねて来た。
彼は客を快く部屋に招き、ソファーに座らせた上で酒まで用意する。
王子である彼がそこまでする相手とは――
「今回は上手くいったな」
ジャンゴだ。
ニールの友人であり、騎士団情報部に所属しているはずの騎士。
平民出身の彼は高級な酒を一気に呷ると、足を組みなおしながらも今回の成功にニヤリと笑う。
「取調べはどうだい?」
対するアルフレッドもジャンゴに態度に文句は言わない。
それどころか、全く気にしていない様子だ。
「野郎の爪が全滅しかけているが、依頼方法については喋ったぜ」
今回、ユナを誘拐するよう依頼した貴族は秘密裏に取調べを受けている。
現状では『依頼方法』までは喋ったようだ。
「やっぱり引き込み方は同じだ。屋敷に突然、手紙が届いたんだとよ」
差し出し人は『オルフェン』という名であり、真っ黒な封筒に金の文字が描かれている。
中の便箋には「選ばれし者へ」と題名から始まり、特別なオファー――『貴方が今、最も欲しい物をご用意します』と記されている。
続けて、オファーを受ける際は指定された場所まで来るようにと。
「他の野郎と同様、最初は悪戯だと思ったらしい。だが、好奇心に負けて誘いに乗ったんだとよ」
好奇心に負けた貴族は指定された場所に向かった。
場所は王都南東区にある倉庫の一つ。記入されていた倉庫番号を訪ねると、そこでは夜な夜な闇競売が開催されていたという。
「人、物、なんでもござれだ。参加者は三十人を超えていたらしい」
加えて、倉庫に入る前は必ず仮面をつけるよう言われる。
仮面をつけて入場した後、どういうわけか本人の声まで変わってしまったそうだ。
顔を仮面で隠した上、声まで変わるプライバシー保護にはジャンゴ達も「徹底しているな」と驚いたという。
「野郎は競売に参加せず、依頼用の連絡員と対面。そこでエルフの嬢ちゃんが欲しいと要望を伝えたんだと」
結果、彼の要望は叶う寸前だった。
ユナは確かに誘拐されてしまったのだ。
「だが、そこまでだ。連絡員も顔を隠していたようだし、声も変わってたんだろうな」
組織に誘拐を依頼した貴族も黒幕とは直接会っていない。
手の爪を全て剥がされ、足の爪も半分剥がされても、彼は「依頼しただけで誰が仕切っているからは知らない」と泣きながら繰り返すのみ。
当然、件の倉庫は綺麗さっぱり撤収された後。倉庫の中には何も残されていなかった。
「オルフェンという名も組織名なのか、それとも黒幕の名なのか……」
「さてな。どっちにせよ、用心深いのはいつも通りだ」
ジャンゴはハンッと鼻で笑う。
「しかし、彼女が無事で良かったよ。失敗すれば妻に殺されるどころじゃ済まなかった」
「最初から上手くいくって言ったじゃないか。殺害目的じゃないと予め情報は掴んでいたんだし、何より傍にはニールがいた。あいつがあの程度の悪党に負けるかよ」
ジャンゴは「ジャクソンの野郎は準備が雑だ」と鼻で笑い、酒のボトルを掴んでグラスに注ぐ。
彼らが予め情報を掴めたのは、ジャクソンを動きを追っていたからなのだろう。
「確かに彼は優秀だ。間近で彼の戦いっぷりを見てよくわかった」
アルフレッド本人もその目で見た通り、ニールの戦闘能力はピカイチだ。
度胸もあるし臨機応変に対処できる冷静さも持ち合わせている。
これはお付きであるランディも同様の評価を下していた。
「放っておけば第一部隊の一員にはなるのは確実だったろう」
「だろう? だから早めに手を打ったんだ」
ジャンゴは悪戯好きの子供に似た笑みを浮かべる。
「しかし、もっと詳細な情報をくれても良かったんじゃないか? 早めに言ってくれれば面談もスムーズに終わらせられたろうに」
「はは。ちょっとしたサプライズさ」
実のところ、ニールの転属にはジャンゴが関わっている。
ニールは上司であるジャクソンから妬まれ、邪魔者と認識されていたのは事実。ジャクソンがどうにかしてニールを排除したかったのも事実だ。
ジャンゴはこれを知っていた。
ニールが酒の場で彼に愚痴を漏らす以前から。
故に彼はジャクソンの手元に『人員募集』の書類が届くように細工したのだ。
ジャンゴの細工にまんまと乗ったジャクソンはニールに転属を強制するも、ニールはニールで転属を自ら受け入れるという形に。
仮にニールが渋々転属していたとしても、ジャンゴにとっては計画通りであったのだ。
「前々からジャクソンの野郎は怪しいと思っていたがね。やはり駒の一つだったわけだ」
ジャンゴは「ニールを早々に切り離しておいて良かった」と安堵の息を漏らす。
「偵察部隊の一員として潜り込むのは正解だったようだね」
「ああ。睨んだ通り、騎士団にも悪党が紛れ込んでやがる。まだまだ鴉には戻れないだろうな」
ジャンゴの正体は鴉だ。
所属を隠し、騎士団内に潜り込んで『駒』を探す。
これが彼の正式な任務でもあった。
「……どれだけの人間が関わっているのだろうね?」
「さてね。貴族平民問わず、敵の駒は多そうだが……。まぁ、こっちもニールを引き込めたんだ。今のところは引き分けだと思っているよ」
ジャンゴはまたしても鼻で笑いながら酒を呷る。
「……君は本当に彼を信頼しているね。君がそこまで信用する人間も珍しいんじゃないかい?」
「俺は間近であいつを見てきたからな」
それに、とジャンゴは言葉を続ける。
「命の恩人には良い人生を送って欲しいじゃないか」
ジャンゴはグラスの中に残っている酒を見つめながら呟いた。
ただ、詳しくは語らない。
彼はそう言った後、顔を上げて言葉を続ける。
「とにかく、まだ内偵は必要だ。俺がやりやすいよう、まだまだ引っ掻き回してくれよ?」
「もちろん。道楽王子らしくハチャメチャに引っ掻き回してやろうじゃないか」
二人はニヤリと笑い合う。
「期待しているぜ、兄貴」
ジャンゴは楽しそうに酒を飲み干した。
ここまで読んで下さりありがとうございます。
今回の投稿で一章は終了です。
二章に関しては執筆中で、遅くとも4月下旬までには投稿開始できると思います。
次の投稿まで少々お待ち頂ければ幸いです。
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