第26話 魔女と騎士の約束
ユナさんを連れて塔に戻ると、彼女のお腹がグゥと鳴った。
「お腹が減りましたか」
「……はい」
ユナさんは恥ずかしそうに俯いてしまったが、兜の中にある俺の顔にはつい笑みが浮かんでしまう。
数十分前の緊迫した状態から打って変わり、日常が戻って来たことを教えてくれた気がして。
「魔導鎧を脱いだら何か作りますよ」
「お、お願いします」
研究室で魔導鎧を脱いだ後、キッチンに向かうがあまり食材が残っていない。
そういえば買い物に行った途中だったな。屋台で夕飯を買うつもりでもあったな、と思い出す。
ユナさんに断りを入れ、今晩は簡単な料理で勘弁して頂くことに。
「お、美味しいです」
「それは良かった」
料理を食べながら微笑む彼女を見守り、彼女が完食したタイミングで……。
「ユナさん、申し訳ありませんでした」
俺はテーブルに額がくっつくほど低く頭を下げた。
「ど、どうして謝るんです!?」
「貴女に怖い思いをさせてしまいました。護衛対象を誘拐されるなど、護衛騎士失格です」
まさしく自分が言った通り、あり得ない失態だ。
クビになった上で処罰されてもおかしくはない。
「わ、私が行こうと言い出したのが切っ掛けですから。ニ、ニールさんに落ち度はありませんよ! と、とにかく顔を上げて下さいっ!」
俺がようやく顔を上げると、彼女はそっと俺の手に触れた。
「た、助けてくれた時にも言った通り、ニールさんが来てくれるって信じてましたから」
彼女は優しく微笑む。
その笑顔は慈愛に満ちた女神様のように美しかった。
思わず見惚れていると、みるみる彼女の顔が赤くなっていく。
「そ、それよりも! ま、また買い物に行きたいです!」
ユナさんは恥ずかしそうに目を逸らしつつ言った。
「買い物ですか?」
意外だ。
てっきり今回の件で外に出るのは嫌がる――トラウマになってしまったんじゃないかと心配していたが。
「か、買った本は落としてしまいましたし」
「ああ、そうでしたね」
誘拐された際に落としてそのままだったな。
ただ、やはり俺としては心配だ。
「しかし、無理はしていませんか? 今回の件がトラウマになっていたら……」
過保護すぎるかもしれないが、護衛騎士としてはこれくらいが丁度良いように思える。
「だ、大丈夫です。ニールさんがいますしっ」
彼女は触れていた俺の手をぎゅっと掴み、顔を赤らめながらブンブンと上下に振る。
彼女なりの「大丈夫」というアピールみたいだが。
「そ、それにですねっ! わ、私がまた誘拐されても、ニールさんは助けてくれるでしょう?」
掴んだ手を離さないまま、彼女は潤んだ瞳を真っ直ぐ俺に向けてくる。
「……誘拐などさせません」
「え?」
「もう二度と誘拐などさせない。もう二度と貴女に怖い想いなどさせません」
自分への戒めも込めて。
今回の件でよくわかった。
俺は今の生活を気に入っていると。この日常を壊されたくないと思っている。
だからこそ、絶対に二度と同じことは起こさせない。
「必ず。約束します」
真っ直ぐ見つめてくる彼女に対し、俺も真っ直ぐ見つめ返しながら言った。
「……ふひ!」
どうしてそこでニチャッと笑うのだろうか。
「と、とにかくですねっ! ニ、ニールさんが一緒なら怖くないです。だ、だから、また買い物に行きましょう?」
ここまで言うってことは大丈夫なのかな。
「分かりました。じゃあ、落ち着いたら行きましょうか」
「はい! 本屋さんと屋台ご飯! 約束ですよ!」
「ええ、約束です」
満面の笑みで頷く彼女を見て、俺は改めて安堵した。
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