第25話 変わる決意
ジャクソンは鍔迫り合いを嫌い、大きく後ろへバックステップ。
その直後、再びヒートブレードを振り上げて突っ込んで来た。
「死ね! 死ねえええッ!!」
魔導鎧による身体強化を頼った、力任せの連打。
俺が彼の剣を受け止める度にヒートブレードからは激しい火花と薄緑色の光が散る。
火花と一緒に散っている薄緑色の光はマナジェルによるコーティングだと聞いた覚えがあるが、魔導具同士の衝突は果たして何度耐えられるだろうか?
ヒートブレードの耐久値を予想しながらも戦闘プランを組み立てる。
ただ、こいつへ引導を渡す前にいくつか確認しておきたい。
「お前は昔からクズだったな。俺が殺した魔獣を自分が倒したと上に報告したり、平民出身の騎士に嫌がらせしたり。ここで直接手を下せることを幸運に思うよ」
まずは挑発。
こいつのような人間は頭に血が上れば上るほど余計なことを喋るタイプだ。
「黙れッ! 黙れッ!! 貴様らのような薄汚い平民は高貴な人間のために働けばいいのだ! 貴族のために死ぬのが平民の役目だろうがッ!!」
何という偏った考え方か。
しかし、貴族の中にはジャクソンと同じ考えを持つ者が一定数存在することも事実である。
所謂、貴族主義と呼ばれる考え方だ。
平民は貴族のために生き、貴族のために死ぬ。
何故なら貴族という血筋は優れているから。流れている血の色は同じでも、質が違うと彼らは考えているからだ。
「貴族か。お前は確か三男だったな? 貴族家の生まれではあるが、家を継げないし、自ら功績を立てて爵位を得る必要がある。だから必死だったんだろう?」
兜の中でニヤリと笑いながら現実を突きつけてやった。
図星だったのか、ジャクソンが振るう剣の力が増す。
「だからどうしたッ!! 私は貴族だ!! 貴族であるべき人間だッ!! 努力して何が悪いッ!!」
「正当な努力なら文句は言わんがな。貴様の言う努力は努力と言わない」
ただひたすらに魔獣を狩り、功績を積み立てるなら良し。
魔獣被害に苦しむ者を救うために体を張るなら良し。
街の治安を守るため、日夜警邏に勤しむのも良し。
正当な努力をしている者ならここまで言わないし、俺だって敬意を示すさ。
しかし、こいつの努力は騎士団内に蔓延する『騎士らしからぬこと』だ。
同じく出世しようとする他者にも強要し、正当に努力している者が報われない組織を作り上げかねない。
組織を腐敗させる行為の一つと言える。
腐った組織の完成は、巡り巡って守るべき人達が被害を被ることになってしまう。
「それを嫌ったまま転属を受け入れた俺にも罪はある」
俺もそれを受け入れてしまい、諦めてしまった人間の一人だ。
平民出身だが組織を変えてやろうと奮起しなかったことは、俺も俺でズルい人間だという証拠になり得る。
「だが、今のお前を見て決心したよ。俺は俺なりの方法で組織を変えてやる」
組織の外に出て気付いた。醜い人間を見て気付いた。
このままではいけない、と。
「誰かが変えなければお前のような人間が増えてしまう。他者を蹴落とすだけじゃなく、更なる悪に身を堕とす人間がな」
前者だけならまだ救いようがあった。
しかし、ジャクソンは更なる悪事に手を染めた。
人攫いという最悪の犯罪を犯したのだ。
「爵位欲しさに焦ったか? 汚れ仕事を請け負うことで将来の地位を約束されたのだろう?」
あくまでも推測。
小物で小心者なジャクソンが自らの頭で今回のような事件を計画するとは思えなかった。
――裏に誰かがいる。
「……フフフッ。そうさ! そうだとも! あの御方は私を評価して下さった! 確実な地位と権力を用意すると約束して下さったのだ!!」
鍔迫り合いになりながらも、ジャクソンの口からは遂に『黒幕』の影が漏れた。
こいつがどれほど馬鹿であろうと、黒幕の正体は口にしないだろう。
しかし、こいつは確かに「あの御方」と言ったのだ。
この言い方は自分よりも上位の存在であることを示唆している。
……こいつの背後にいる影は予想よりも大きいぞ。
貴族主義に染まったジャクソンがそのような言い方をするくらいだ。
相当上の人間なのではないだろうか?
「人攫いが重罪? だからどうしたッ! 私のような優秀な人間が上に立つことこそ国益に繋がる! 私がこのまま燻ること自体が罪なのだ!!」
自分が優秀な人間であること。
貴族家に生まれた以上はたとえ三男であっても爵位を得なければいけないこと。
幼少期から叩き込まれたであろう貴族としての歪んだ在り方は、ジャクソンに呪いとして纏わりつくのだろう。
ある意味、こいつも狂わされた人間と言ってもいいかもしれない。
「金! 権力! 血筋! これが世の全てだ! 圧倒的な力の前に法の力など無力と化す!」
ジャクソンの言ったことは、平民の俺にとって「確かに」と感じることもあった。
たとえば、貴族の人間が罪を犯しても刑が軽かったこと。
たとえば、金持ちが罪を犯しても金を払うことで解決してしまうこと。
理不尽だと感じる事実は、これまで生きてきた中で何度か見たことがある。
その度に平民の俺は「まぁ、貴族だからな」で済ませてしまっていたことも事実。
他の平民もそうだろう。
お貴族様には敵わない、というのが平民の共通認識なのは間違いない。
だからと言って、ジャクソンが犯した卑劣な犯罪を許してしまうことも違う。
こいつが貴族家の出身だからと納得してしまうなどあり得ない。
「平民風情が世の仕組みを変えるだと? 己惚れるなッ! 貴様のような矮小な人間が足掻いても無駄だッ!!」
何度目かの鍔迫り合い。
この瞬間、俺のヒートブレードが甲高い悲鳴を上げる。
マナジェルのコーティングが剥がれたのか、今の一撃で刃の一部が割れた。
……耐えられてもあと一撃か。
「確かに無駄かもしれないな。俺如きが足掻こうが、大局は変わらないのかもしれない」
しかし、先に決意した通り変えなければいけないのだ。
誰かが変えようと行動しなければ、何も始まらない。
「貴様のような悪に堕ちた人間を一人一人排除していくことだって正しい行動の一つなはずだ。俺のような矮小な人間であっても、国のために出来ることの一つであると信じるッ!」
火花が散る中、俺は真っ直ぐにジャクソンを睨みつけて告げる。
「まずは貴様からだッ!! 平和のために尽くす彼女を攫った罪を償ってもらうぞッ!!」
ヒートブレードを握る手に力を入れ、体重を掛けながらジャクソンを突き放す。
突き放した瞬間、俺のヒートブレードは自壊した。
刃が割れ、魔導具の効果として纏っていた熱が消失する。
だが、それでいい。
俺には次がある。
ユナさんが作り上げた、この新しい魔導具が。
「くたばれ、ジャクソンッ!! あの世で後悔するんだなッ!!」
力強く一歩踏み込み、左腕の杭をジャクソンの胴に向かって押し当てながらトリガーを引いた。
バゴンと破裂するような音が轟き、杭が射出される。
飛び出した杭はジャクソンが纏う魔導鎧の装甲を貫き、中にあった生身を貫き、更には背中側の装甲までも貫いた。
ジャクソンを串刺しにした杭の先には赤い血と薄緑色をしたマナジェルが混じって濡れる。
「グガッ……」
排出口から白煙が噴出する中、ジャクソンは口から大量の血を吐き出す。
両腕は力無く垂れ下がり、握っていたヒートブレードが床に落ちた。
「ク、クク。せ、精々、足掻く、んだな……。どう、せ……。な、なにも、変わら……」
ジャクソンは最後の最後まで呪いのような言葉を吐き出しながら死んだ。
「…………」
俺は杭を引き抜くと、床に落ちたジャクソンの死体を見下ろす。
最後まで嫌なやつではあったが、色々と考えさせてくれる人間だったことには違いない。
これからの人生を見つめ直すいい機会になっただけでも、こいつには俺にとって価値があったのかもしれない。
生かして捕らえれば背後にいる黒幕の情報をもう少し吐かせることができたのではないか、と考えが過るも、今の俺に後悔の念はどうしても湧いてこなかった。
「……ニールさん」
「おっと」
考えている場合じゃないな。
ユナさんを安全なところへ連れて行かないと。
「今、縄を解きますね」
ユナさんを縛る縄を千切って彼女を解放する。
「よっと」
「ひゃわあ!?」
精神的なショックで歩けないだろうと思い、彼女を抱き上げたのだがよろしくなかっただろうか?
「こ、これ……。お、お姫様だっこ……」
「ん? 何て言いました?」
兜を被っているせいか、ユナさんの言葉が聞き取りづらかった。
問い返すも彼女はブンブンと首を振って「なんでもないです!」と言う。
若干ながら顔が赤いのは助かったという安堵からだろうか?
「ユナさん。自分は貴女に謝らなければいけません。怖い思いをさせて申し訳ありませんでした」
謝罪すると、ユナさんはまたしてもブンブンと首を振る。
「いいえ。ニールさんが助けに来てくれると信じていました」
とにかく、彼女に怪我が無くて良かった。
どうにか処刑だけは免れそうだ。
「……無事に救出できたようだな」
背後から聞こえた声に驚きつつも振り返る。
すると、そこには黒いローブを着た五人の姿が。
彼らのローブには特別な紋章がある。
鴉だ。
「……貴方達は」
「殿下が手配した救出部隊というやつさ。不要だったようだがね」
フードで顔を隠しながら喋る者は男性のようだが、後ろに並んでいる人達を観察すると鴉という秘密の部隊は『種族問わず』であるようだ。
俺と喋っている男性はヒューマンだと思うが、その後ろにはエルフと獣人までいる。
「後片付けは我々に任せたまえ。君は彼女を王城までエスコートして差し上げろ」
「そうします」
彼に頷きつつも背を向ける。
「ユナさん、塔に帰りましょう」
「はいっ!」
彼女をお姫様だっこしたまま倉庫を出ると、最後にリクエストが。
「こ、このまま屋根を伝って帰ってくれますか?」
「え? ええ、構いませんが……」
俺はユナさんを抱きながら屋根をぴょんぴょんと伝い帰った。
「ぐ、グフっ! 第二巻、三百六十ページ……。フヒッ!」
腕の中にいるユナさんは終始満足そうにニチャッと笑っていた……。
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