第24話 突撃殲滅
探し物サガース君を片手に王都内を走る。
魔導鎧を装着しているせいか、住民からの視線がビンビンと感じる。
警邏中の騎士も「何事か!?」と言わんばかりに声を掛けてくる者もいたが、申し訳ないが全て無視させて頂く。
とにかく時間がない。
「地上を走るのは面倒だ」
上を見上げ、そのままジャンプ。
人とは思えないほどの跳躍力を見せつけると、俺を見ていた住民からは「おおー」と声が上がった。
そのまま建物の屋根に乗り、屋根の上を走りながら魔導具を確認。
「……南東区か?」
点滅する光の点はまだ先にあるが、方角的には南東区を示している。
南東区の奥には倉庫街がある。
そこに窃盗団のアジトがあるのか?
繰り返し盗んだ物を保管する倉庫にユナさんは監禁されているのだろうか?
魔導具に従って更に進むと、やはり倉庫街へ近付く度に光の位置も近くなっていく。
「倉庫街なら馬車が頻繁に出入りしてもおかしくはないか」
同じ形の倉庫がいくつも並び、荷運び用の馬車が昼夜問わず出入りしても不審には思われない場所だ。
盗んだ物を隠すには最適だし、人一人を監禁していても気付かれにくい場所だとも言える。
ただ、騎士団も調べているはずだが――いや、倉庫を調べた騎士がそもそも組織の仲間だったのか?
騎士団の人間が関わっていると判明した以上、嘘の報告を挙げていることも確定だろう。
問題は何人の騎士が関わっているかだが、ここは別の人間に任せたい。
俺の任務はとにかくユナさんを救うこと。この一点のみ。
「この辺りか」
点滅する光が中央に位置する場所はやはり倉庫街。
だが、問題は「どの倉庫か?」である。
倉庫街には三十以上の倉庫があり、どれも同じ形をしているのだ。
魔導具を片手に一つ一つ倉庫へ近付いてみても光の位置は変わらない。
大雑把にしか示してくれないという効果が、ここにきて少々痛い状況に。
「……時間が惜しい」
一つ一つ丁寧にドアをノックして確認など以ての外。
ただ、俺には殿下の命令という免罪符がある。
ここは大胆にいかせてもらおうじゃないか。
「壁をぶち抜いて確認すればいいだけだ」
俺は左腕の杭デール君を起動し、倉庫の壁に向かって腕を振りかぶった。
◇ ◇
悪い人に捕まってしまった私は、倉庫と思われる場所に連れて来られた。
悪い人に背後から捕まえられてしまったことにも動揺したけど、拉致の手段にはもっと動揺してしまった。
まさか推測通り、姿を消す魔法が開発されていたなんて。
これは早々にカウンター魔法を開発しないとマズいことになるんじゃ? なんて考えが浮かぶ。
自分が拉致されたのにも関わらず、最初に浮かぶ感想が魔法についてなんて。
私もお爺様に似てきたのかも。
「へへへ。しっかしよう。本当に良い女だよなぁ」
「ああ。こりゃ依頼主も欲しがるわけだわ」
現実逃避するような考えが浮かんでしまうのは、今の状況が最悪だからかもしれない。
私は腕を背中側で拘束され、床に寝かされている。
そんな私を見下ろすのは騎士団の鎧を身に着けた二人の男性。
……この二人が今、私にどんな感情を抱いているのかは簡単に想像できる。
「なぁ。味見しねえ?」
「あいつにドヤされねえか?」
「一発ずつくらいバレっこねえって! こんな上玉を抱く機会を逃す方が損だぜ!」
「……確かにそうかもな」
二人の顔が揃って私に向けられる。ニヤッと笑うゲスな顔が。
その顔にゾッとしてしまい、私は逃れようと体を起こして後退りするが背後の壁まで追い詰められてしまった。
「い、いや……」
ゆっくりと伸びてくる手。
ゴツゴツとした手が私の胸を掴もうとした時――
「おい! 何をしている!」
彼らを制止したのは、またしても騎士団の制服を着た人物。
「ジャクソン隊長! な、何もしていませんよ!」
「こ、こいつが暴れるから静かにさせようとして!」
制止された彼らは慌てて言い訳を口にすると、私から大きく距離をとった。
なんとか窮地は逃れたものの、今度はジャクソンという名の騎士が私に近付いてくる。
「……恐怖で震えていると思ったが、意外にも気が強いのかね?」
「…………」
私は俯くだけで反応しない。
だって、怖いもの。
怖くて仕方ない。怖くて泣きそう。
でも、体が震えないのも、涙を流さないのも――私はあの人を信じているから。
ニールさんが絶対に助けに来てくれる。
そう信じているから。
「誰かが助けに来てくれると甘い考えを抱いているのかな?」
心の中を読まれたような気がして、私は思わず反応しそうになってしまう。
それでも反応しないように体を強張らせて、ぎゅっと目を瞑って耐えた。
大丈夫。大丈夫。
大好きな『追放令嬢と護衛騎士の旅』でも主人公が山賊に攫われてしまうシーンがあった。
あの子も気丈に振舞いながら大好きな騎士を信じていて、ちゃんと助けに来てくれたもの。
『あれは物語の中で起きたこと』
違う!
『現実は物語と違って非情』
違う!
絶対に助けに来てくれる! 絶対にニールさんは来てくれる!
物語と同じように、私の騎士様が助けに来てくれる。
脳裏に浮かぶ嫌な考えを振り払おうと、必死に「違う」と否定し続ける。
「さて、そろそろ時間だ。依頼主に彼女を届けに行こうじゃないか」
目の前にいた男がそう言った時、私はハッとなった。
時間切れ?
私はこのまま連れ去られてしまうの? もう二度とニールさんにも会えないの?
ネガティブな考えが頭の中を支配した時、私は遂に耐えられなくなってしまった。
顔を俯かせて、涙が零れて……。
「助けて……」
小さな声で願った瞬間――壁が轟音と共に弾け飛んだ。
「な、なに!?」
「何事だ!?」
悪い人達が一斉に声を上げ、大穴の開いた壁に注目する。
そこにいたのは。壁を粉砕して現れたのは。
「ユナさん、助けに来ました」
信じていた、私の騎士様だった。
◇ ◇
当たりだ。
壁をぶち破った俺は拘束されているユナさんを目視した。
パッと見る限りは無事で何よりだが、驚いたのは彼女の傍にいた男の方。
なんと元上司であるジャクソンがいたのだ。
「ジャクソン」
「ニ、ニール!!」
名を呼ぶと、彼の顔には怒りの表情が浮かぶ。
どう考えても『騎士団』として動いていた、ユナさんを救出しようとしていたって顔じゃない。
「貴様、ここまで堕ちたか」
怠惰な上に人を妬み、立場が上な人間に媚び諂うだけの男かと思っていたが、まさか人攫いにまで堕ちるとは。
「人攫いは重罪だ。犯した罪の重さは理解しているだろうな?」
俺は左腕の杭デール君を再装填。
今すぐこいつで貴様の体を貫いてやる。
「だ、黙れッ! 黙れッ! お、おい! お前達! こいつを殺せッ!!」
ジャクソンは部下と思われる五人の騎士と下っ端のチンピラ三人に指示を出した。
指示を出して、脱兎の如く逃げやがった。
「どこまでもクズなやつだ」
しかし、面は割れた。
あいつが関わっていると判明したからには、逮捕するのも容易となるだろう。
あいつの逮捕は殿下に任せることにする。
まずは雑魚共を蹴散らさねば。
「う、うおおおおッ!!」
一人の騎士が剣を振り上げながら突っ込んで来る。
勇気がある……いや、無謀なだけか。
「生身の人間は魔導鎧に敵わない。騎士団でも教えているはずだが?」
俺はヒートブレードを抜き、赤熱した刃で相手の剣を受け止める。
力負けうんぬんの前にヒートブレードの熱が相手の剣を溶かしてしまうのだ。
「ユナさん! 目を瞑っていて下さい!」
俺が彼女に向かって叫ぶと、彼女はハッとするような表情を見せてからぎゅっと目を閉じた。
これで良し。
彼女に凄惨な状況を見せたくはないからな。
「悪などに堕ちなければ長生きできたものを」
受け止めていた剣をバターのように斬り裂き、次の一刀で相手の肩口から腕を斬り裂く。
人の体なんぞもっと簡単。
「いぎゃああああ!?」
片腕を失った騎士は地面に倒れて絶叫を上げる。
「う……」
「ああ……」
その声が他の者達の恐怖心を煽るのだ。
武器を抜いたものの、相手は足が竦んで動けなくなってしまう。
「第三王子アルフレッド殿下からの命令だ。貴様らを排除する」
対し、俺は一気に距離を詰めた。
相手にとって、身体強化の乗った一歩は瞬間移動したかのように見えただろう。
「あ」
そんな速度に対応できるはずがない。
一番手前にいた騎士は小さく声を漏らした瞬間に首が飛んだ。
「ひっ」
次の騎士は悲鳴を上げた瞬間、腹にヒートブレードが貫通した。
次の騎士は首を貫かれ、次の騎士は腕を。
鎧を着ていようが変わらない。
魔導具という兵器の前に従来の装備など無力だ。
「う、うわ――」
次々に騎士達が仕留められていくのを見たせいか、下っ端の一人が逃げ出そうとする。
しかし、逃さない。
距離を詰めて腰を蹴飛ばすと、男の体がくの字に曲がった。
男は吹き飛ばされて地面をスライドしていくが、止まっても尚、曲がった体はそのまま戻らない。
「絶対に逃がさん」
ヒートブレードを振るえば体が溶断されて吹き飛び、柄頭で顔面を殴れば顔の骨が粉砕。
――やはり、魔導技術というものは脅威的だな。
改めて魔導鎧やヒートブレードの威力に感心しながらも、倉庫内に存在していた悪党共を全て狩り終える。
「ユナさん。今、助けますからね」
彼女に声を掛け、近付こうとした時だった。
倉庫の奥に積まれていた木箱が弾け、何かが突っ込んで来る。
突っ込んで来るものの正体は魔導鎧。
白と赤のカラーリング。騎士団で正式採用されているタイプだ。
「うわああああッ!!」
魔導鎧の中から聞こえてくる声はジャクソンのものだった。
どうやらヤツは部下に時間稼ぎをさせている間、魔導鎧を装着していたらしい。
「死ねええええ!!」
やつはヒートブレードを抜き、上段から剣を振り落としてきた。
対し、俺もヒートブレードで受け止める。
ヒートブレード同士が接触した瞬間、激しい火花に混じって薄緑色の光が散った。
鍔迫り合いとなり、俺とジャクソンの間には高温の熱が充満していく。
「逃げなかったことは褒めてやる」
兜の中にある俺の顔には笑みが浮かんでいるだろう。
クズな男だとは思っていたが、最後に俺を殺そうとする気概は持ち合わせていたようだ。
そこまでこの悪事が大事だったのだろう。
「私の邪魔を! 何度も邪魔しおって! 殺してやるッ! 殺してやる、平民風情があああああッ!!」
いや、単なる拗らせか?
……まぁ、どちらでも構わんか。
「死ぬのは貴様だ」
元部下として引導を渡してやる。
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