第23話 奪還へ
前方には騎士二人、後方には最近の王都を騒がしていると思われる組織の一員。
罠に誘われ、見事にはまってしまった状況だが……。
しかし、何よりショックなのは騎士が絡んでいることだろう。
どうして悪党共に騎士が協力しているのか?
どうしてユナさんの誘拐に騎士が絡んでいるのか?
騎士団は正義の味方であるはずなのにどうして。
そもそも、どうしてユナさんを誘拐したのか――など、考えが頭の中をぐるぐると周る。
いや、待て。
考えを巡らせるのはこの窮地を脱出してからだ。
「悪いが、お前にはここで死んでもらう」
剣を抜いた騎士の一人が俺に向かってそう言った。
「騎士とあろう者が、どうして悪党に手を貸すんだ?」
「仕事だからさ」
なるほど、仕事ね。
人を罠にはめて、女性を誘拐し、その護衛を殺すのが仕事か。
なるほど。
――殺す。
俺は剣に手を伸ばしながらも、自分の頭が急激に冷めていくのが分かった。
対魔獣戦に似たヒリヒリ感。
魔獣とは違う種類の違った殺気を浴びながらも、感覚が研ぎ澄まされていくのが分かる。
「ィヤァァァッ!!」
妙に気合の入った声を出しながらも、騎士の一人が俺に斬りかかってきた。
剣を上段に構え、上から叩き斬ろうと。
しかし、その動作はまるでダメだった。
素人に毛が生えた程度と言わざるを得ないほど、訓練不足が滲み出ている。
「なんだお前」
誰が対峙しても俺と同じ感想しか出ないだろう。
なんだこいつ? 本当に騎士か? ってな。
俺は容易く一撃を躱し、脇をすり抜けて行く。
「あっ!」
躱された騎士は焦りの声を上げた。
恐らく、逃げられると思ったのだろう。
馬鹿が。違う。
脇をすり抜けた俺は剣を抜き、後方でスタンバイしていたもう一人の騎士に狙いをつける。
「お、おお!」
こいつもこいつで動作が遅い。一つ一つの動きに迷いと焦りが見える。
……そんな仕上がりでは生き残れない。
「うわああ!!」
振り下ろされた剣を軽く受け止めて一瞬だけの鍔迫り合い。
体重を相手に掛けながら剣を弾き返し、相手の腕が完全に上がったところで剣を下からすくい上げるように振り上げる。
俺の剣は相手の顔面と捉えた。
「ぎゃあああ!?」
顔面を斬られた騎士はたまらず剣を落とし、両手で顔を覆いながら地面に転がる。
フン。
マシな顔になったじゃないか。
「お、お前えええッ!!」
もう一人の騎士が怒声を浴びながら突っ込んで来るが、背後からの一撃をまたしても躱す。
バレバレな軌道など想像するに容易く、ただ力任せに振られた剣にはフェイントなどという高等技術を挟む余裕もないと見える。
「悪いな」
「あ」
返しに首元へ剣を一突き。
首から噴き出した鮮血が建物の壁を汚す。
残りは一人。
だが、ここで想定外の事態に。
「おいおい……」
路地の先から追加で三人の騎士がやって来たのだ。
「おい! もっと呼べ!」
悪党が声を掛けていることから、警邏中の騎士が駆けつけてくれたとは思えない。
つまりは援軍だ。
「チッ」
二人の騎士を無力化したことで逃げ道は確保できた。
だが、このまま逃げて逃げ切れるか?
援軍もこれだけとは限らないし、時間が経てば経つほど不利になるのは俺の方。
騎士団本部か城に逃げ込めれば何とかなるかもしれないが距離がありすぎる。
加えて、何も知らない騎士からしてみれば、追われている俺の方が「悪」と勘違いされる可能性もゼロじゃない。
ここから最速でユナさんを追うにはどうしたらいい?
考えを巡らせていると、頭上に影ができた。
上を見上げれば、黒いローブを纏った何者かが落ちてくるではないか。
上からも敵の援軍が!? と、思ったのだが。
黒いローブを纏った人物――悪党共が身に着けているローブとは明らかに質が違う。
黒色はより濃く、肩の部分には見たこともない紋章が黒色の糸で刺繍されている。
「護衛騎士ニール、ここは私に任せろ」
フードを被り、口元はシュマグで隠しているが声は女性だった。
しかも、フードの耳の部分がやや膨らんでいることからエルフだ。
最低限露出している肌は褐色であり、この人物がダークエルフであることを察することができた。
「貴女は」
「いいから行け。お前は殿下の元に。お嬢様を救え」
……色々と気になることは多いが、彼女の申し出に甘えさせて頂こう。
「感謝する」
俺は一言告げ、その場から走りだす。
後方からは「追え!」などと聞こえてくるが、直後に金属同士がぶつかる音が聞こえてくる。
そのまま路地を抜け、表通りに出たら全力で城へ。
彼女の言っていた通り、頼るべきはアルフレッド殿下だろう。
「…………」
殿下に報告して救出部隊を結成してもらいつつ、俺は魔導具を使ってユナさんの場所を探す。
間に合えば救出部隊と共に突撃。間に合わなければ単身で突っ込む。
「シンプルに行こう」
探して、助けて、悪党共を殺す。
速攻性の求められる作戦はシンプルな方がいい。責任うんぬんは彼女を助けてからだ。
俺が処刑されようがどうなろうが、まずは彼女を救う。
考えを固めながら王城へ駆け込む。
その足で殿下の執務室まで行こうと考えていると、王城の門番が「エプロン騎士!」と声を掛けてきた。
そして、彼は塔の方向を指差す。
「殿下がお呼びだ」
塔に殿下がいるってことか?
ならば丁度良い。
俺は門番に会釈しつつ、塔へと方向転換。
塔の前には殿下とランディ氏の姿が。
「殿下! 緊急事態です!」
俺が殿下に駆け寄ると、彼は真剣な顔で頷く。
「ユナ君が攫われたのだろう?」
どうして知っているんだ? と、思ったが、俺に助太刀してくれたダークエルフの女性を思い出す。
もしかして、彼女は殿下の配下だったんじゃ?
「気になることは多いかもしれないが、まずはユナ君の救出が第一だ」
俺は彼の言葉に頷きを返した。
「どんな目的で攫ったかは不明だが、すぐに殺されることはあるまい。ただ、時間はあまりないだろう。彼女の居場所に心当たりは?」
「殿下、ユナさんの居所を探る案がございます」
俺は研究室から探し物サガース君を持ってくると、殿下の前で魔導具を使う。
ユナさんがまだ王都内にいるならば魔導具が反応するはずだ。
ピコン!
光った!
「ユナ君はまだ王都内にいるということだね」
「はい。ですから――」
「ならば、救いに行きたまえ」
殿下は俺の考えを読んだかのように言う。
「彼女の護衛である君に挽回のチャンスを授けよう。無傷で彼女を救え。護衛としての任務を果たし、僕に君の価値を改めて示してみろ」
「承知しました」
即答を返す。
だが、いくつか許可を願いたい。
俺は殿下の前で膝をつき、頭を垂れて乞う。
「殿下、自分に魔導鎧の装着許可を」
戦闘になれば一対多は必至。
だが、魔導鎧さえあれば俺は負けない。
絶対に負けない。
「いいだろう。許可する」
「最後に、ユナさんを攫った者達の撃滅許可も頂きたく」
最後に敵の殺害許可を求めた。
「許可する。犯人については生死問わず。思う存分にその力を振るえ」
「感謝致します」
俺が顔を上げると、殿下の瞼がぴくりと動くのが見えた。
「……怒り狂ったオーガのような顔だ。自分の任務を邪魔した敵が憎いかね?」
言われて、俺は自分の中にある感情と向き合う。
この感情の正体は自分への不甲斐なさと恐怖だ。
「……自分に対しての不甲斐なさも感じますが、何よりユナさんが攫われたことに恐怖しています」
どうして彼女が? どうして平和のために尽力してきた彼女が酷い目に遭うんだ、と。
もう二度と会えないのではないか? もう二度と俺の作った料理を食べてくれなくなるんじゃ? という恐怖すら感じる。
そんな状況を作った敵、そして護衛である自分が憎い。
「ですから、敵を殺します。八つ当たりのように」
内に秘める恐怖と憎しみが殺意に変わり、殿下のお言葉という免罪符を得て。
自分の罪を払拭するため、ユナさんを攫った悪を徹底的に叩くのだ。
八つ当たりもいいところ。なんと自分は小さな人間だろうと思う。
しかし、戦うことしかできない俺にはこれしかない。
敵を撃滅し、ユナさんを救う。
また彼女の笑顔を見たあと、素直に処罰を受けようじゃないか。
「初めて面談した時もそうだったが、君は本当に正直者だね」
「申し訳ありません」
「いいや。嘘や虚勢で身を固められるよりはいい。君は扱いやすい部下で助かるよ」
アルフレッド殿下はため息交じりに言った。
「さぁ、準備したまえ」
「はい」
俺は塔の中に入り、研究室にあった試作型魔導鎧を身に纏う。
右手にはヒートブレード。左腕には杭デール君。
現状の最強兵器を全て揃えて塔を出た。
「では、行って参ります」
「ああ。捕らわれのお姫様を救ってきたまえ」
殿下とランディ氏に見送られつつも、俺は魔導具を頼りに走りだした。
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