第22話 事件発生
ユナさんと共に買い物へ。
中央区に入ったところで一時休憩するのは相変わらずだが、彼女の様子を見ていると前と違うことに気付く。
「あまり息が上がらなくなりましたね」
前はちょっと歩いただけで疲れ果てていたが、最近は試験などで出歩くことが多かったためか。
うっすらと汗は掻いているものの、肩で大きく息を繰り返すというほどじゃない。
「あ、歩き慣れてきました」
それは良いことだ。
このまま人並みの体力まで持っていきたいところではある。
彼女の息が整ったあと、まずは本屋へ向かうことに。
お目当てはやはり恋愛小説だったようだ。
「前とは違うシリーズですか?」
「は、はい。こっちも面白いので」
前のシリーズは追放された令嬢と騎士が旅をしつつも愛を深めていくという内容だったようだが、こちらは冷徹と噂される侯爵夫人が夫から溺愛される話らしい。
英雄譚的な要素はなく、夫婦愛を主軸とした恋愛物語のようだ。
……ユナさんって恋愛に憧れているのだろうか?
いや、彼女も年頃の女性なわけで。
恋愛したい! と内心思っていてもおかしくはない話だ。
ただ、毎日のように塔に籠って仕事してるし、身分が身分だし。そう簡単に「恋愛したい!」などと言えない立場だからこそなのかな?
「つ、次はニールさんの用事ですね」
本屋を出たあと、購入した本を大事に抱えるユナさんがニチャッと笑った。
――彼女の言葉を聞いて、ふと考える。
俺の用事は市場だ。
あの激しい戦いの中にユナさんを連れて入ったらどうなってしまうのだろう?
彼女、死んでしまうんじゃないか?
そんな考えが脳裏に過った瞬間、ゾッとした。
今、目の前で「大好きな恋愛小説を早く読みたいな~」なんて考えているであろう、ニチャッと笑うユナさんが耐えられるはずもない。
貧弱すぎる彼女が歴戦の猛者に敵うはずがない。
……ダメだ。
起こりうる事態を何度も頭の中で想定するが、ユナさんを連れた状態だと対処できない。
必ずユナさんが「うう"ぁー」と断末魔を吐いて死んでしまう!
「――行けない」
行けない。
市場には絶対に連れて行けない。
戦略的撤退しか選択肢は無い!!
俺は浅はかだった数十分前の自分を呪うことしかできなかった。
「ユナさん、今日は屋台飯にしますか?」
作戦変更。
悟られないよう、彼女が好きな屋台飯で釣ることに。
「え!? いいんですか!?」
食いついた! 計画通り……!
俺もなかなかユナさんのことを理解してきたな、と内心で自画自賛してしまう。
「はい。外に出ましたからね。今日は骨付き肉にしますか?」
「え!? 手がギトギトになるからって禁止されていた骨付き肉を!?」
別に禁止した覚えはないのだが。
俺が「あまり淑女らしくない」と漏らしたせいか、彼女の中では勝手に禁止メニューになっていたらしい。
しかし、解禁と知った途端に目の輝きが増した。
「あとはフライドポテトも買いましょうか。今夜はユナさんの大好きな屋台飯ばかりを揃えましょう」
「うわ、うわぁ……!」
目を輝かせ続けるユナさんはフラフラと俺に近付いて来て、感動のあまりか俺の腕を触り始めた。
「た、食べますぅ。ぜ、絶対ですよ!?」
撤回はさせないぞ! と言わんばかりに俺の腕を掴んで引き寄せるのだ。
その瞬間、俺の腕には驚くほど柔らかな感触が走る。
一瞬で理性を失って逝きそうになったが、俺は血が出そうなほど強く唇を噛んで理性を保った。
「じゃ、じゃあ行きましょうか」
「はい!」
どうしよう。
ユナさんが腕を放してくれない。
意図せず、彼女と腕を組みながら歩くことになってしまった。
「ふんふん! 骨付き肉! ポテト!」
しかも、彼女は鼻息荒くしながら目を輝かせて俺を見つめてくる。
口から漏れ出る言葉が子供のようだが。
ぎこちなくも歩き続け、市場の前を通過しようとした時だった。
「あら? ニール君?」
俺を見つけて声を掛けてきたのはスチュワートさんだ。
彼女は俺の状態を見るなり、露骨にニヤニヤと笑みを浮かべだす。
「あら~? あらあら? もしかして、今日はデートかしら? 若いっていいわねぇ~!」
まさしく平民のおばちゃんらしい言葉だ。
盛り上がりっぷりも。
「いえ――」
「で、でぇと」
彼女の勘違いを正そうとすると、横からボフンと大きな煙が噴き出した……ような気がした。
視線を向ければ顔どころか耳まで真っ赤にしたユナさんが、腕を掴んだまま小刻みに震えてらっしゃる。
恥ずかしさからだろうか?
いや、それも当然か。
平民の護衛騎士を相手に「デートしている」などと勘違いされてしまったのだから。
「…………」
……おや?
どうして腕を離さないんだ? むしろ、ぎゅっと強く引き寄せられてしまったが?
俺の理性がどんどん削れていくんだが?
「おばちゃんは邪魔しちゃ悪いわよね~! 二人とも、ファイト!」
何がファイト! なのだろうか?
結局のところスチュワートさんの勘違いを正すことはできず、嬉々として立ち去る彼女の後姿を見つめることしかできなかった。
「い、行きましょうか」
「……はい」
やばい。
腕越しに感じるユナさんの体温が熱すぎる。
火傷しちまいそうだぜ! なんて、くだらないことを考えながらも、唇を強く噛みしめた。
今度は血が出た。
◇ ◇
ニールさんとお買い物を楽しんでいた私は、おばさまの一言でハッとなった。
『デート』
それは男性と女性が共にお出かけすること!
私が置かれている状況はまさに『デート』であると言っても過言ではなかった。
人生初めてのデートは図書館デートがいいな! とか。
同盟国間で開催される技術展を一緒に見て回りたいな! とか夜な夜な妄想はしていたけど、こうして外を一緒に歩くことは正真正銘正統派な『デート』と言えるんじゃない!?
し、しかも! 私ったらニールさんの腕を掴んじゃってるし!?
骨付き肉とポテトに頭の中を占領されていたとはいえ、私ったらなんて大胆な行動を……。
無意識に行った自分の行動に驚いちゃう。
私は自分を根暗でコミュ症なエルフだと思っていたけど、実は度胸のある女の子だったのかな……?
ニールさんのお顔を見上げると、おばさまの言葉に苦笑いを浮かべてる。
その苦笑いはどんな意味があるんだろう?
根暗な私と付き合っていると思われたくない? それとも勘違いに戸惑っているだけ?
真面目なニールさんのことだから、護衛対象者である私との勘違いは職務上よくないと思っているのかな?
……根暗女と勘違いされるのは嫌だ、って思われるのだけは嫌だな。
ただ、ここでふと自分が思ったことに疑問を感じた。
どうして私は「嫌だな」と思うのだろう? と。
いつも一緒にいるニールさんと気まずい状態になりたくないだけ? お仕事としての付き合いがギクシャクしたくないから?
それとも……。
私はもう一度彼の顔を見上げる。
確かに私は彼を恋愛小説の登場人物と重ねていた。
護衛として私を守ってくれるところも、怖い魔獣を前にしても恐れず立ち向かっていく姿も、私が大好きな恋愛小説に登場する騎士にそっくり。
私は自分が恋愛小説の主人公になったような、そんな気分でいたのも事実。
私は仕事のパートナーとして嫌われたくないのか。恋愛小説の主人公と重ねた自分を嫌われたくないのか。
それとも、本物の私自身を嫌いになって欲しくないから?
……私は私の気持ちが分からない。
答えが出ない。
魔導学なら答えは出せるのに、自分が感じている今の気持ちには答えが出せない。
「い、行きましょうか」
「……はい」
モヤモヤする。
どうしても嫌われたくないって考えだけが前に出てきちゃう。
「あ、あの……。ユナさん、腕が……」
彼は「放してくれ」とは言わなかった。
私もこの腕を放すのは嫌だった。
放してしまったら、二度と掴めない気がして。
自分の気持ちに答えは出せないけど、勇気を出して彼の腕をぎゅっと強く引き寄せた。
◇ ◇
これはマズい。
ユナさんがずっと腕を放してくれない。
腕には柔らかい感触と熱い体温が伝わってくる。
「…………」
ユナさんは顔真っ赤だし……。
それとなく伝えてみたけど、彼女が腕を放す様子はないってことは……。
もしかして、ユナさんは俺を……!?
――いやいや、待て待て。
何を考えているんだ、ニールよ。
そんな訳ないじゃないか。単に恥ずかしさから体が固まってしまっているだけだろう。
放したくても放せない。体が言うことを利かないってやつだ。
ただ、万が一、万が一!!
ユナさんが俺に対してそういった感情を抱いているなら……!?
脳裏に男らしい妄想が広がってしまう。
頭の中の俺はベッドへ横になるユナさんを前に「うひょー!」と歓喜の声を上げるが――直後に妄想の中の俺は肩を叩かれた。
振り返ればアルフレッド殿下が背後に立っており、邪悪な笑顔で首を斬るジェスチャーを見せるのだ。
『処刑ね』
「――ハッ!?」
一瞬で正気に戻った。
失っていた理性がギュンギュンと充填された。
ゾッとはしたが、むしろ殿下に「ありがとうございます」と言いたい。
「…………」
俺はもう一度ユナさんの顔をチラリと見るが、今度は冷静に彼女を見ることができた。
そもそも、彼女は貴族家のご令嬢なのだ。
恋愛小説が好きなところから察するに、彼女が恋愛に憧れているのは確実だと思う。
つまり、仮に彼女が俺に対してそういった感情を抱いていたとしても、憧れからくる「一時の病」みたいなものなんじゃないだろうか?
近くにいる男が俺だけから、ちゃんとした男性――貴族家の人間で、金も名声も持った男が自分に相応しいことを知らないだけなんじゃないだろうか?
生まれたばかりの雛鳥みたいにね。
……自分で考えていて悲しくなってくるな。
自分で自分を「何もない男」と称しているみたいで悲しくなる。
正直に言えばユナさんを自分のモノにしたいという欲求はあるさ。俺だって男だもの。
しかし、それはただの平民が抱きがちな妄想に過ぎない。
ちゃんと現実を見つめないといけない。
悲しいかな、これがこの世の『生まれ』というものだ。
一時はそれを覆そうともしたが、疲れてしまった俺はそう思うことで簡単に諦められるようになってしまった。
割り切らなきゃな。
今は役得とでも思っておくのが良し。
「ユナさん、そろそろ屋台通りに到着――」
冷静になった俺はユナさんを改めて諭そうとした時だった。
「あ、あのすいません! 貴方は騎士様ですよね!?」
脇道から飛び出して来た男性に声を掛けられた。
「え? ああ、はい」
肯定すると、彼は焦りを見せながら自分が飛び出してきた脇道を指差す。
「む、向こうで家に忍び込もうとしている人を見つけて! ドアの前で何かしているみたいなんです!」
男性は「早く捕まえて!」と尚も焦る様子を見せてきた。
「例の窃盗犯か……? しかし、今は――」
ユナさんの護衛中。
彼女を連れて犯人と向き合うなどリスクが高すぎる。
前の名剣盗難事件のこともあるし。
「ニ、ニールさん、行かないと!」
しかし、その考えをまたしても制したのはユナさん本人だった。
「わ、私は大丈夫ですから! い、行きましょう!」
「しかし……」
「ニ、ニールさんが真面目な人なのは知っています! で、でも! 今、助けないと! ほ、他の騎士さんを呼ぶのでは、ま、間に合いません!」
彼女は俺の腕をぐいぐいと引っ張りながら促す。
「こ、ここで行動しなかったら、ほ、他の人が悲しい想いをするかもしれません!」
だから、行くべきだと。
……ユナさんを危険に晒さない範囲で――犯人を捕まえられなくとも、顔だけ見ておくのもアリか?
そうすれば組織の検挙に繋がるヒントが増えることになるが。
迷った結果、俺は再びユナさんの提案に頷いてしまった。
「……わかりました。ですが、絶対に自分から離れないようにして下さい」
「わ、わかっています!」
話が纏まると、男性は「こっちです!」と俺達を案内し始めた。
脇道に入り、次の角を曲がって。
高い建物の壁に囲まれた直線の道を半ばまで進むと――
「きゃあ!?」
ユナさんの悲鳴が聞こえた。
慌てて振り返ると、そこには黒いフード付きのローブを纏った男が。
男はフードとマスクで顔を隠しつつ、ユナさんを後ろから抱きしめるように拘束している。
「貴様――」
俺はユナさんを助けだそうと手を伸ばす。
「…………」
男は何も言わなかった。
辛うじて、マスクの中にある口元がニヤリと歪むのが分かるだけ。
その余裕の正体は、男の足元に現れた魔法陣にあるのだろう。
「は!?」
男とユナさんは魔法陣の光に包まれ、その場から消えてしまう。
その場に残ったのはユナさんが落とした本だけだった。
「例の魔法か!?」
姿を消す魔法か!? ならば、まだ近くにいるか!?
俺は慌てて手を伸ばしながら、消えた二人を探そうと来た道を引き返し始める。
だが、俺の行く手を阻む者が現れた。
「……何故だ?」
道を塞ぐように立ちはだかるのは、ニタニタと笑う二人の騎士だった。
顔は知らない。
だが、着ている制服は本物だ。
腰に差す剣にある紋章も騎士団を表すものだった。
「どうして騎士が俺の邪魔をする?」
「お前自身が言った通り、邪魔だからさ」
今度は背後から声が聞こえてきた。
チラリと後ろを確認すると、ここまで案内した男が手にナイフを握っていた。
「お前にはここで死んでもらう」
ナイフを握った男が言うと、二人の騎士も剣を抜いた。
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