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第20話 友人ジャンゴ


 奥様方から窃盗事件について話を聞いた二日後の夜、俺は友人のジャンゴを酒場に誘った。


 南東区にある平民向けのリーズナブルな酒場。明るい雰囲気で可愛いウェイトレスがいると評判の店だ。


 極端に激安な店と違って酒を水で薄めることもなく、酒のツマミになる料理も美味い。


 しかも、個室席ありなので色んな話がしやすい。


 ジャンゴと飲む時は一軒目として使う、定番の店であった。


「それで? 転属先はどうなんだ?」


 個室席に案内され、最初の一杯目で乾杯したあと。


 ジャンゴは口にビールの泡を付着させながら問うてきた。


「それがなかなか良くてな。給金も良いし、仕事内容も充実しているよ」


「へぇ。ところで、警邏中のやつが『エプロンをつけたニールを見た』って言ってたんだがマジ?」


「見間違いだ」


 ニヤニヤと笑うジャンゴを見る限り、既に確定情報として握られているに違いない。


 だが、簡単には認めてやらないぞ。


「特別開発室って例の魔女様がいるところだよな? おっぱい大きくて美人なエルフの」


「……どうしてそれを知っているんだ?」


 ユナさん = 魔女 という事実はあまり知られていないはず。


 囁かれる噂だって「魔女」としか出てこなかったんだ。ユナさんの詳しい容姿には触れられていない。


 ジャンゴは王都内外の情報を扱う情報部に属する騎士であるが、それでも聞き返さずにはいられなかった。


「前に王城へ伝令へ向かった時、たまたま塔から出てくるところを見たんだよ。すげえデカさに驚きを隠せなかったぜ」


 美人よりもデカい方の印象を強く抱いているのがジャンゴらしいとも言える。


「良い人だよ。現場のことも考えてくれるし」


「へぇ。良かったじゃねえか」


 俺は「ただな」と呟いてからビールを呷る。


「……あの人は無防備すぎる。いつか自分の理性が爆発しそうで怖い」


 手を出せば処刑。理性を失くした瞬間に死亡確定。


 ある意味、魔獣と戦う時よりもスリルのある毎日だ。


「まぁ、あれだけの女ならな。どう我慢してんだよ?」


「週一で娼館。これしかない」


「そこには同情するぜ」


 ジャンゴは「ハハッ」と笑いながらも、質の良い巨乳専門娼館を教えてくれた……。


「お前はどうなんだ?」


 逆にジャンゴへ問うてみると、彼は「いつも通り」と言ってから酒を呷る。


「毎日毎日クソみてえな話ばっかりだ。外に魔獣が出りゃ調べて来いだの、中で事件があれば情報収集してこいってな」


 中でも情報部を賑わせているのは、王都内で頻発している事件なのだとか。


「もしかして、最近続いている窃盗事件か?」


「そうそう。お前が抜けたあたりから発生し始めてよ。そういや、お前が逮捕した鍛冶師いただろ?」


「ああ、例の名剣を盗んだやつな」


 犯人はその後どうなったのだろう? などと脳裏で考えていたのだが。


「当初は頻発する窃盗事件の関係者かと思われていたんだがな、どうにも無関係らしい」


 頻発する窃盗事件の一つとして考えられていた「名剣盗難事件」であるが、これは同時期に起きた全く無関係な事件であると断定されたらしい。


 名剣を盗んだ鍛冶師は確かに盗みを働いたが、盗んだのは名剣のみ。


 被害者側である鍛冶屋の親父が名剣の他にも商品を盗まれたと主張していたが、よくよく調べると他の商品は借金のカタに持っていかれただけだったと判明。


 被害者である鍛冶屋の親父は虚偽による罪で鉱山送りの刑となったそうだ。


 被疑者側である鍛冶師も同じ鉱山に送られているらしく、ジャンゴは「二人とも仲良くやってんじゃねえか?」と鼻で笑った。


「未だ発生している方は?」


「どうにも組織的な犯行らしい」


 情報部が組織的と断定した理由は、同時期同時刻に複数件の被害報告が出ていること。


 加えて、盗まれた物の中には数も大きさも一人の犯行では難しい物が含まれていたこと。


「少なくとも十人以上は実行犯を揃えてやがるな」


 そして何より、実行犯は『手慣れている』らしい。


「どこぞの盗賊団が動いているとか?」


「それもあり得る話だが、今回の野郎共はタブー知らずだ」


 ジャンゴは舌打ちをしてからツマミを口に頬張る。


 彼の言ったタブー知らずとは、有名な盗賊団が絶対に盗まないモノ――手を出さない物にまで手を出していることを意味する。


 主な物は『貴族の所有物』だろうか?


 貴族の所有物に手を出せば国が動き出す。それも本気で。


 騎士団の持つリソースのほとんどを盗賊団検挙に割き、威信をかけて逮捕に乗り出すというわけだ。


 そうなればどれだけ優秀な盗賊団も犯行が厳しくなるし、人生詰み確定。


 圧倒的に()が違うからな。


 ただ、今回のタブーは別の方向性らしい。


九号(・・)だよ、九号」


 ジャンゴの口にした九号とは九号事案の略であり、頭の九号は『人』を指す隠語だ。


 つまり、別方向のタブーとは『人身売買』である。


 人を攫い、人に売る。


 人身売買という行為は国際的に禁止されており、この世で最も重い罪になる。


 これを行った者は確実に処刑となるのだが、処刑方法も「もっとも苦しい死に方」が採用されるほどだ。


「しかも、だ。祭り会場がうちにある可能性も高い」


 祭り会場、こちらは『人身売買を含む闇オークションの開催地』を指す。


「……大々的に動いていないのはそういうことか」


「ああ」


 国内の人間が攫われていることも大問題であるが、同時に闇オークションが開かれていることも大問題。


 他国の人間がフォルトゥナ王国内で売られていた場合、被害国側と国際問題に発展するケースも珍しくはないからだ。


 過去にはこれらのいざこざで険悪になった国々もあり、国からしてみれば害悪の一言に尽きる事案である。


 今回、騎士団が大きく動いていないのもこれらの影響であり、フォルトゥナ王国としてはなるべく秘密裏に処理したいということだ。


「ただ、よく分からんのが他に盗まれている物の中身なんだよな」


「ん? 貴金属や高級な商品じゃないのか?」


「まぁ、希少な商品とかもあるんだがよ。有名な杖職人が作った魔法使い用の杖とかな?」


 それこそ、名高い鍛冶師が打った価値の高い剣や美術品として扱われる物なども盗まれている。


 だが、それらの中に混じって錬金術に使う薬品や魔獣の素材、魔石などの「どこでも買える物」まで含まれているという。


 ジャンゴが例に挙げた物は錬金術の知識に疎い俺でさえも聞いたことがある物ばかりである。


「そういったモンが大量に盗まれているって報告もある」


 一般的に販売されている商品は木箱単位で盗まれており、店側としては根こそぎやられているといった感じ。


 それほどまで大量の物資を一度に盗み、かつスピーディーに盗んでしまうのも頻発する事件の特徴であるようだ。


「なるほど。組織的と断定するには材料がありすぎるな」


「だろう? ただ、どこが絡んでるのかがわからねえ」


 情報部がマークしている盗賊団は全て関与しておらず、現状では他国から流れてきた組織の仕業と考えているようだが。


「それによ、相手が消えるんだよ」


「消える?」


「そう。一度、警邏中のやつが怪しい二人組を見つけてな。後を追ったんだが……」


 窃盗事件に関わっていると思われる二人組――黒いフード付きのローブで顔を隠したいかにもな連中を見つけて追跡を開始。


 追跡に気付かれている素振りは見られず、そのままアジトを特定してやろうと目論んだが、犯人が曲がり角を曲がったところで消えてしまった。


 曲がり角の先に姿はなく、どこかに隠れたということもない。


 道の途中にあったゴミ箱をひっくり返しても姿はなく、犯人らしき二人組は忽然と姿を消してしまったそうだ。


「ってわけでよ、こっちも難航してるわけ」


 ジャンゴはため息交じりに串焼き肉へ齧りつき、ストレス発散とばかりに飲み食いを繰り返す。


「とにかく、そっちもなんか情報を掴んだら教えてくれよ」


「了解だ」


 ジャンゴとの飲み会は一軒目で終了。


 彼と店の前で別れ、俺は西区にある自宅へ向かって歩き出した。


 既に時間は夜の十二時を回っており、外を出歩く人の数はほとんどいない。


 いるとすれば、酔い潰れて道端で眠ってしまっている酔っ払いと、それを注意する警邏中の騎士くらいだろうか?


 飲み屋街の近くではよく見られる光景を目にしながらも、自宅までの道を最短で行くべく裏路地を使いながら進む。


 すると、途中で妙な連中を見つけた。


 路地裏で商売する人気の無い店の前に三人ほどの人影が見えた。


 路地裏特有の暗さもあって最初は何をしているのか分からなかったが、すぐ脳裏に「窃盗犯か?」と考えが過る。


 足音を立てないよう近付くと、三人は黒いフード付きのローブを纏っており、店のドアを開けようとピッキングしている最中だった。


「よし……」


 チャンスだ。


 向こうはまだ俺に気付いていない。


 このまま近付いて一人でも捕まえられれば、組織の殲滅に一歩近付けるだろう。


 ジャンゴの心労を軽くしてやろう、と俺は音を立てず影に隠れながら慎重に近付いて行くが……。


『――逃げろッ!』


「はぁ!?」


 一緒にいた一人が何の素振りも見せず、一発で俺の位置を見抜いたのだ。


 目立つような色の服を着ていたわけでもない、音を立てたわけでもない。どうやって気付いたのか逆に教えて欲しいくらい、一瞬かつ一発で見抜いてきやがった。


「待て!」


 諦めまいと俺は全力で犯人を追う。


 犯人も全力で逃げる。


 頭の中で現在地の地理を思い浮かべながら追跡していると、犯人達が曲がり角を曲がった。


 俺はスピードを緩めず、曲がり角を曲がると――


「嘘だろ?」


 そこに犯人達の姿はない。


 そこまで距離を離されていないにも関わらず、道の先に姿が見えない。


 近くに隠れられる場所もなければ、道の左右には背の高い建物の外壁が並んでいるだけ。


 上を見上げても屋根の上に飛び上がれるとは思えないほどの高さだ。


「本当に消えた……」


 ジャンゴの言っていた通りになってしまった。


 犯人は忽然と姿を消したのだ。


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