第2話 ニチャッと笑う魔女
魔女が住むという噂の塔、特別開発室に住まう方の正体はとんでもなく美人なエルフだった。
「ふ、フヒッ!」
笑い方がニチャッとしていて独特だが、だとしても美人は美人。
美人は何を着ても美しくなると聞くが、変な笑い方でも美人であることに影響はないんだなと思ってしまうほど。
――ただ、確かにアルフレッド殿下の言う通りだ。
その美貌は女神のように美しく、男にとって相当な武器と言えよう。
だが、もっと凄まじいのはそのお胸である。
「ど、どうしました?」
母なる大地にそそり立つ巨大な双子山は、男に対して攻撃力が高すぎる。
覆う布も緩めのキャミソールだからか、彼女が少し動いただけで双子山が「ブルルルゥン!!」と揺れるのである。
こんなの一撃必殺の武器じゃないか。
しかも、下半身はラフなショートパンツを履いているようだが、キャミソールの丈が長くて履いていないようにも見えてしまう。
無理じゃん。
卑怯すぎるじゃん。
対魔獣戦闘を数多くこなしてきた俺は、瞬時に身の危険を感じ取った。
ここは一旦、戦略的撤退だ。
「すいません、一旦失礼させて頂きますね」
俺はアルフレッド殿下の執務室に向かって全速力で駆けだした。
◇ ◇
「難しいかもしれませんね」
「素直でよろしい」
俺の申し出に対し、アルフレッド殿下は苦笑いを浮かべながら頷いた。
あれは無理だ。
最強の武器を二つも備えているんだもの。
俺は爆乳エルフにムラムラした罪で死刑、なんて御免だ。
死ぬならもっとマシな死に方がしたい。
「しかし、そうなると……。どうするかな」
アルフレッド殿下は頬杖をつきながらもため息を漏らす。
「他に候補者はいないのですか? 殿下の命であれば、女性騎士を引っ張って来ることも可能かと思いますが……」
「それは確かにそうかもしれないけどね。ただ、騎士団は第二王子であるリカルド兄上の管轄だ。無理を言うのもよろしくない」
いくら兄弟仲が良いとしても、線引きはするべきなのだろう。
「僕が直接雇用している女性騎士を配属させる手も考えていたのだが、こちらも少々問題があってね」
アルフレッド殿下も色々と抱えている様子。
これについては王城での立場が関係しているのだろうか?
「本音を言うなら、まずは女性騎士を護衛役として配属させ、次に試作兵器の試験担当として男性騎士を配属させたかったんだ」
それを聞かされた俺も「それが妥当だろう」と内心で頷いてしまった。
「男性騎士に関しては君が適任だと思えるのだけどね」
アルフレッド殿下はそう言いながらも一枚の紙を取り出して視線を落とす。
「討伐した魔獣は百体以上。今は第四部隊に所属しているが、近いうちに上の隊へ上がってもおかしくはない功績だ」
え!? そうなんですか!?
あのクソザコ貴族、それを隠してたのか!
「むしろ、うちに応募してくれたのが奇跡みたいな功績の持ち主だと僕は評価している」
「こ、光栄であります」
いや、でもな。
俺は騎士団を離れて心に優しい生活を送ると決めたんだ。
出来れば王城の警備部隊とか。田舎領地の駐屯地勤務もアリかもしれない。
「どうしても無理かね?」
「お恥ずかしながら……。独身男性は全員無理かと思われます」
そう考えると、猶更この任務は難しい。
試作兵器の試験要員としてならまだしも、護衛対象者と常に同じ空間にいるのは。
だって、ムラムラしたら死ぬんだもん。
「ん~。そうだなぁ……」
アルフレッド殿下は椅子の背もたれに寄りかかりつつ、天井を眺めながら何やら悩み始めてしまった。
「よし! ならば、給金を上げよう! これでどうだい!?」
「給金アップですか」
魅力的な話である。
普通の転属ならね。
ただ、ここでふと気付いた。
この任務の給金はいくらなのだろう? 元々の給金はいくらだったのだろう?
「一ヵ月に金貨十枚はどうだい?」
「じゅっ!?」
第四部隊に配属されていた際の給金は月に金貨四枚と銀貨五枚。
これでも結構な高給取りと言えるレベルだ。
平民四人家族なら一月で金貨二枚もあれば暮らしていけるし、独身なら猶更余裕がある。
前よりも倍以上となる給金は非常に魅力的だが、やはり命には代えられ――いや、待てよ?
一月に金貨十枚となれば、生活にはかなり余裕が出る。
その余裕を娼館に使うこともできるんじゃないだろうか?
ムラムラしたら巨乳専門娼館に行って解消すればいいんじゃないか?
魔女様の護衛をしつつ、のんびりとした内勤勤務。日々のムラムラは娼館で発散。
残った金は貯金でもして、十分に貯まったら早期退職。その後は田舎領地でのんびりと余生を過ごす。
……完璧じゃないか。
「殿下。私にお任せ下さい。全力で任務を果たします」
「ほう、その心は?」
「騎士と言えど、生きるには金が必要です」
遠回しに「金に惹かれた」と言っているようなものだが、アルフレッド殿下は「はっはっはっ!」と笑う。
「素直でよろしい。ただ、やるからに守秘義務等の拘束力が働くことになる。それは承知しているね?」
「はい。給金に惹かれた男のように見えますが、国への忠誠心は本物です。もしも、私が裏切るような素振りを見せたら躊躇なく殺して下さい」
俺が覚悟を口にすると、アルフレッド殿下は「ふふ」と笑う。
「その言葉を信じさせてもらうよ。君が裏切ったらすぐに首を刎ねてあげよう」
最後の一言、その部分だけアルフレッド殿下の目は笑っていなかった。
◇ ◇
「改めまして、私の名はニールと申します。本日から特別開発室付きの護衛兼助手として配属されました」
「ど、どうも」
扉を開けてくれた魔女様に騎士礼を行い、塔の中へ入らせて頂く。
塔の一階は小さなキッチン付きの広い部屋となっており、壁の傍には地下室へ繋がるであろう扉が見られる。
主となる研究室は二階にあるのだろうか?
「わ、私はユナといいます」
塔の魔女様改め、ユナ様は何度もペコペコとお辞儀を繰り返す。
やめて下さい。
キャミソールから胸が零れそうでハラハラします。中身を見てしまったら俺は処刑されてしまうんです。やめて下さい。
「ユナ様。本日からは私が貴女をお守りします」
しかし、彼女の歳はおいくつなのだろうか。
エルフ種も容姿が老いるには老いるが、他の種族と違って実年齢と比例していないので正直見た目は当てにならん。
ただ、いきなり歳を聞くのも失礼になりそうなので一旦疑問は脇に置いておこう。
「は、はひ……」
彼女は頷くも、モジモジとして何か言いたげだ。
「どうしました?」
「その、様付けはやめて、下さい」
「では、ユナさんでどうでしょう?」
「は、はい。それが良いです」
彼女はニチャッと笑った。
その笑顔は彼女にとってナチュラル笑顔なのだろうか? それとも緊張しているのだろうか?
どちらにしても、俺は気を逸らすために仕事内容について問う。
「主な任務は護衛と助手と窺っていますが、普段はどのように待機していたらよろしいですか? ユナさんのご希望に沿うよう努めたいのですが」
まずは護衛対象者の希望を聞くこと。
彼女が過ごしやすい環境を作るのも護衛騎士の勤めだろう。
集中したい時に俺の姿がチラチラと見えても嫌だろうし。
「き、基本的に私は二階の研究室にいます。ニ、ニールさんには一階で待機してもらって……」
「ふむふむ」
「て、手伝いが欲しい時は……呼んでもいいですか?」
彼女は最後に俺の顔色を窺うように、上目遣いで問うてくる。
やめて下さい。
谷間がガッツリ見えています。
「……貴女の望むままに。私は技術者としての知識はありませんが、体の頑丈さと体力には自信があります。どんなご要望にも応えてみせます」
彼女の胸を見ないよう、俺は天井へ視線を向けて宣言した。
「よ、良かったです。じゃあ、まずは塔の中を案内――あっ! そうだっ!」
「ひゅおう!?」
びくびくした態度を見せているかと思いきや、いきなり大声を出したユナさんにびっくりして変な声が出てしまった。
気恥ずかしさに「コホン」と咳払いをしていると、ユナさんは奥から何かを握って戻って来る。
「こ、これ」
差し出されたのはウサギの刺繍が施されたエプロンだった。
なんで?