第19話 評価試験終了
本物の魔獣を対象とした試験も終了し、ユナさんによる試作品開発もいよいよ最終段階に入った。
全体的なチェックを行い、実際に戦った俺からのフィードバックを反映して完成となる段階だ。
「それらの工程が終わったら次はどうするんですか?」
「せ、正式な仕様書や設計図を描き直して、け、研究所に提出します」
提出した後、まずは王立研究所に勤める研究者達によって吟味される。
この兵器が有用か、実際に騎士団にとって必要な物なのかが研究者達によって議論されるのだ。
その後、開発者であるユナさんを交えた『検討会』が開かれるという。
「最初は研究者達が決めるのですか」
不安だ。不安すぎる。
ユナさんの技術力に嫉妬して、まともな議論もされないまま否決されてしまったらどうしよう。
訓練場での試験中に聞こえてきた会話から察するに、ユナさんへの嫉妬は確実だろうし。
そもそも、魔導鎧とヒートブレードに対する前科もあるのだ。
むしろ、不安しかない……。
「も、もしかして、嫌がらせで採用されないかもって思ってます?」
「え? あ、いや……」
どうやら顔に出ていたらしい。
彼女に心の中を覗かれてしまい、俺は上手く返すことができなかった。
だが、同時にユナさんが現状についてどう思っているかも知りたかった。
「……その、ユナさんは嫌になりませんか? 他国から招かれた身なのに、どうしてって思ったりしていませんか?」
窮屈に感じていないだろうか? 理不尽さは感じていないだろうか?
他国の人間なのにも関わらず、ここまでこの国の国防に協力してくれている彼女に対し、一人の国民として申し訳なさを感じてしまう。
「さ、最初は思いましたよ。でも、逆の立場だったらどうだろうって考えたんです。そうしたら腑に落ちると言いますか……」
彼女は弱々しくも笑みを浮かべる。
「ぎ、技術者という生き物は嫉妬深いものです。わ、私も逆の立場なら嫉妬しちゃうかもって思って」
「ユナさんもですか?」
「は、はい。どうして自分が先に思いつかなかったんだろう? とか。なんでこんな物を作れたんだろう? とか。そんな経験、挙げればキリがありません」
魔導技術を本格的に学び始めてから、初めて嫉妬したのは自分の祖父に対してだった。
知識も経験も足りないと現実を教えられ、祖父の背中が高い壁のように見えたと彼女は語る。
「わ、私の父も同じ経験をしたようで。父が言っていたのですが、嫉妬する技術者は本物だと言っていました」
「本物、ですか?」
「はい。悔しくて嫉妬しちゃうんですから。それだけ熱中して好きってことですよね」
何かを作ること。何かを発明すること。
それらに対しての対価や名誉を一番とする者もいるが、そういった輩は腹が煮えくり返るほど本気で『技術』に対して嫉妬しない。
彼らが嫉妬するのは、成功者が得た対価にのみ嫉妬する。
しかし、対価ではなく技術に対して嫉妬する者は『本物』なのだと。
この世の発明品を全て自分が生み出したいと思う欲深い者こそ、本物の技術者なのだとユナさんのお父様は仰ったそうだ。
「ユナさんも欲深いんですか?」
「こ、こう見えて、実は」
ユナさんは「てへへ」と笑う。
「で、でも、今は……。純粋にニールさんみたいな人達を助けたいと思っています」
「自分ですか?」
「は、はい。ま、前にニールさんが言ってくれたじゃないですか。わ、私の作った物が人を救っているって。あの言葉が嬉しくて……」
ユナさんは顔と耳を赤らめながらもモジモジとし始める。
「も、もっと役に立ちたいなって……ふひ!」
ニチャッと笑う顔、久々に見た。
いや、この感想は俺が無意識にやってしまった照れ隠しだろうか。
あの言葉は本音だし、心の底から思っていたことを伝えたのは確かなのだが、改めて言われると俺も少々恥ずかしくなってきてしまう。
「……それは良かったです」
今、俺の顔はどうなっているだろう?
赤くなっていないといいのだが。
「と、ところで! 今夜は何を食べたいですか? 夕食の材料を買いに市場へ行くつもりなのですが!」
紛らわそうと早口になってしまった……。
「き、今日はお肉の気分です」
「肉ですか? 昨日も食べませんでした?」
昨晩は牛肉のステーキだったはずだが。
「こ、この前食べたニクニクサンドが食べたいです」
ニクニクサンドとは、平民家庭がよく作る簡単手抜き料理の一つである。
適当な肉を焼いて濃いめに味付け。それをパンに挟むだけという簡単すぎるもの。
挟むものは肉以外にも家に残っている食材を適当にぶち込んでも良し。
世の奥様方がストックする材料を体よく消費できる素晴らしい料理である。
しかも、子供からもウケがいいときた。
そりゃ定番になるだろう。
以前、ユナさんのリクエストを受けて作ったのだが、どうやら彼女も気に入ったらしい。
……いや、彼女の味覚が子供なのか?
まさかな。
「あ、あの甘辛なタレがまた食べたいです!」
いかん、言っていることが世の子供と同じだ。
野菜嫌いな子でも甘辛タレがあれば食べれちゃう! そんな子供と同じ雰囲気が彼女から感じられる。
「分かりました。今日はニクニクサンドにしましょう」
「やった!」
椅子の上で飛び跳ねそうなくらい喜んでらっしゃる。
ただ、ニクニクサンドだけでは楽な自分に対して罪悪感があるからな。
ここはサラダやスープも用意するか。
「では、市場へ行ってきますね」
「は、はい。いってらっしゃい」
◇ ◇
「うおおおおッ! 肉! 親父、牛肉を頼む!」
本日も市場で特売という名の戦争に参加し、無事に欲しかった材料を手に入れることが出来た。
腕に引っかけたバッグから心地良い重みを感じつつ市場を出ると、いつもと同じように同士達の井戸端会議に参加する。
「聞いた~? 西区に住んでるヨジさんのお宅、空き巣に入られたんですって~」
話題を提供するのは常連客であるスチュワートさん。
今日の彼女も実に冴えていた。
自分の力不足を痛感する一日だった、と言わざるを得ない。
「え~? 東区に住んでるマッシュさんのお宅も仕入れた商品が盗まれたって聞いたわよ?」
スチュワートさんの話題に乗っかりつつも、独自の情報を展開するのは市場で出会った新たな同志。
魚を統べる者『フィッシュ・エンペラー』の異名を持つ猫獣人のミケーナさん。
市場における鮮魚店の情報を網羅しており、商品に対する鮮度や仕入れ先を一目で見抜いてしまう猛者だ。
彼女に対し、鮮魚商会は手も足もでない……とスチュワートさんが教えてくれた。
「最近ずっと物騒よねぇ」
話を戻そう。
以前も同士達と窃盗事件について語り合ったことがある。
そこから名剣を巡る事件に辿り着き、名剣に魅了された鍛冶師同士のいざこざを解決したのは記憶に新しい。
そこからは試作品の開発に注力していたこともあって、街の様子をあまり耳に入れていなかったのだが……。
どうやら、まだ窃盗被害は続いているようだ。
「何でもね? マッシュさんのところは黒いローブを着た集団が逃げるところを見たって」
「やだぁ~! うちに入られて襲われたらどうしましょう! 今、旦那が帰って来てるから犯人が心配だわ~!」
スチュワートさんのお宅に犯人が忍び込んだら、傭兵として名を上げつつある旦那さんが殺害してしまうかも。
そうならないことを祈るばかりである。
「しかし、ずっと被害が続いているのですか。騎士団にも通報はされているでしょうし……」
名剣の盗難被害然り、他の被害も含めて騎士団に通報が入っているのは確実だ。
これだけ王都の中を騒がしているならば本腰を入れて捜査しているはず。
それでも犯人が検挙されないのは何か理由があるのだろうか?
「……気になりますね」
最近になって王立研究所の件を知ってしまったからか、俺の脳裏には「騎士団も権力に胡坐をかいているのか?」などと考えが過ってしまった。
そんなことはあり得ないと思いながらも、どうしても古巣の状況が気になってしまう。
「知人に話を聞いてみます。皆さんも戸締りには十分にお気をつけて」
「お願いね~!」
俺は同士達に別れを告げ、その場を後に。
「給金も入ったし、話を聞くついでに酒を奢ってやるか」
王城へ続く緩やかな坂道を上がりつつも、脳裏に友人の姿を思い浮かべた。
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