第17話 実践試験 1
遂に実戦を想定した試験が開始される。
場所は王都の外。
試験対象は王都周辺に跋扈する魔獣だ。
「しかし、本当によろしいのでしょうか?」
俺は一番前を歩きながらも、斜め後ろを歩いていたユナさんとグレンの親父へ振り返った。
振り返りつつも視線を向けるのは、最後尾に続くアルフレッド殿下と護衛のランディ氏である。
試験の日程を報告した際、殿下はノリノリで「僕も行こうかな」と仰っていたが……。
まさか本当に参加なさるとは。
しかも、護衛はランディ氏の一人だし。
ランディ氏は近衛騎士仕様の魔導鎧を身に着けているが、さすがに護衛の数が少なすぎないか……?
「……ご、ご本人の希望ですし」
「次期主力兵器の開発に王族の一人が熱心なのはいいことじゃねえか」
俺達はヒソヒソと話し合う。
正直、もっと護衛を増やしたかったのが本音だ。
試験中、俺は魔獣と対峙することになるのでユナさん達を守る人がいなくなってしまう。
それを懸念し、殿下には「試験当日だけでも護衛を増やしてくれませんか?」と進言したのだが……。
ランディ氏が加わるのは良しとしても、護衛対象が増えるのはどうかと思うよ。
「あの近衛騎士が滅茶苦茶強いんじゃないか?」
「確かにその可能性はある。近衛騎士は第一と第二部隊から選出されると聞いているし」
主に王族をお守りする役目を与えられた近衛騎士は最強揃いと名高い騎士団第一部隊、あるいは第二部隊から選出されることが多い。
恐らく彼も近衛騎士に見合った実力の持ち主であり、同時にエリート中のエリートと称すべき人物なのだろう。
とはいえ、万全を期すならあと一人は欲しかったというのが本音である。
「ユナさんも気を付けて下さいね。魔獣が出たらすぐにアルフレッド殿下の元へ走って下さい」
「わ、分かりました」
俺の指示に何度も首を振るユナさん。
「俺は?」
「親父は腕一本で魔獣を殺しそうだから心配していない」
その太い腕で絞め殺しそう。
――街道沿いに東へ歩いていると、小さな林が見えてきた。
本日の試験場はこの辺り。
すると、早速とばかりに林の中から魔獣の鳴き声が聞こえてきた。
「これはブラウンボアの鳴き声だな」
王都近郊に出没する主な魔獣は二種なのだが、特に数が多いのが猪が魔獣化したブラウンボアだ。
体長一メートル半の巨体と強靭な脚の筋肉、口から反るように生えた太い牙を武器に体当たりしてくる。
人を見つけたら手当たり次第突っ込んで来るという狂暴性の持ち主。
こいつに破壊された馬車の数は、王都近郊だけでも年間で百を超え『行商人の天敵』とも呼ばれている。
馬車職人の刺客、とも言われているが。
「二人とも下がって」
俺は後ろに「停止」のハンドサインを送りつつ、ユナさん達に下がるよう指示した。
上げていた兜のバイザーに手を掛けつつ、試作品が装着された左手を強く握る。
林を睨みつけていると――来た!
林の中から聞こえる鳴き声が徐々に近くなっていくのと同時に、邪魔な木々をなぎ倒しながら突っ込んでくるブラウンボアの姿を確認。
確認した瞬間、バイザーを下ろす。
「ブモォォォッ!!」
本当に手当たり次第突っ込んで来るな。
まぁ、人間に狩られ続けている存在だからか『やられる前にやれ』と相手が判断するのも無理はないのだが。
当然、俺も狩り慣れている。
こいつの対処法は実に簡単。
ギリギリまで引き付けた上で足を狙う。機動力を失ったところでトドメ。
これがベターなのだが、今回はちょっと違う。
「ブモォォォッ!!」
「き、来てますよ!?」
遂にワイルドボアは林から飛び出してきて、俺との距離は残り十メートル弱。
殿下の近くに退避したユナさんが俺に向かって警告するが、まだまだ動かない。
残り八メートル。まだだ。
残り五メートル。まだだ。
残り三メートル――ここで俺は横へ小さく飛ぶ。
直線的な突進をギリギリ回避できる距離、その分だけ横に飛んだ後。すぐに攻撃に転じるべく踏み込む。
「フゥンッ!!」
横ステップ、からの杭デール君。
突進を避けながら左腕を伸ばし、腹へ杭を撃ち込む。
バゴンッ!! と強烈な射出音が街道へ響き渡った後、腹に一撃を喰らったブラウンボアの体が吹っ飛んでいく。
白煙が排出される中、俺の目は確かに見た。
血肉を撒き散らし、断末魔すら上げられず、あの厄介なブラウンボアが一撃で絶命した瞬間を見た!
ようやく地面に接して転がっていくブラウンボアの体は二つに分かれてしまっていた。
「あ、圧倒的……」
既に鋼製の案山子で試しているにも関わらず、改めて杭デール君の威力に身が震えてしまった。
恐怖からではない。
これがあればどんな魔獣にも勝てるのではないか? と思える自信からだ。
「…………」
見学していた面々の反応はどうだろう?
振り返ってみると、殿下は口を半開きにして固まっていた。
護衛のランディ氏も表情を崩さないよう努めているようだが、目と眉毛がひくひくと動いてしまっている。
ユナさんは口を手で覆いながら目を見開いているのだが、唯一大きなリアクションを見せているのはグレンの親父。
「ガッハッハッ! とんでもねえ武器だ! 魔獣が真っ二つに裂けやがった!」
魔導技術ってスゲーな! と親父は腰に手を当てながら大笑い。
「おもしれえ、おもしれえ! 魔導技術を使った大型武器を作ればもっと面白くなるんじゃねえか!?」
頭の中で「ワシの考えた最強の武器!」を妄想している顔である。
「……いやはや、報告には聞いていたが。実際に見るととんでもない火力だね」
「並の魔獣なら一撃なのではないでしょうか?」
近衛騎士ランディ氏も認める火力マシマシ武器、といったところか。
「ちょっくら死体を確認してくらぁ。お嬢ちゃんは魔導具の状態を確認してくれ」
「は、はい」
親父は俺の横を通りながら魔獣の元へ。
その間、俺は腰に巻いたベルトに挟んでいたタオルで杭を拭いておく。
杭が血まみれだからね。
こんな状態をユナさんに見せたら卒倒しそうで怖い。
「だ、大丈夫ですか? お、お怪我は?」
「問題ありません。慣れておりますので」
体の心配をしてくれたユナさんを迎えつつ、俺は杭デール君を彼女に見せる。
「……杭も無事ですし、機構も問題ないですね」
むしろ、案山子の時より本体へのダメージは低そうに見える。
「もっと試しましょう」
兜で顔が隠れていることをいいことに、俺は言いながらも笑ってしまっていた。
浮かべている笑みをユナさんに見られなくてよかった、とも思ってしまったが。
このタイミングでグレンの親父が戻ってきて、その手には小さな魔石が握られている。
「魔石だけ回収してきたぞ」
「魔獣はどうだった?」
「ブラウンボアには過剰だ。紳士淑女にはお見せできない状態だぜ」
だろうな。
グレンの親父の感想を聞いていると、林から「パチパチ」という何かが弾ける音が聞こえてきた。
「おっと、次が来そうだぜ」
二人を後方へ送り、次の来客に備える。
次に現れたのはサンダーディアという魔獣。
木の枝に似た複雑な形の角を持つ鹿の魔獣である。
最大の武器は鋭利な角であるが、やつらはそこに『雷』を発生させる。
鋭利な角を前に突き出しての突進は生身の人間なんぞ耐えられるはずもない。
しかも、角には雷が帯電しているので触れただけでも致命傷を負ってしまうのは確実。
所謂、魔法を併用して襲い掛かって来るタイプの魔獣だ。
攻撃力とスピード、どちらもブラウンボアよりも上で危険性もサンダーディアの方が上である。
分布している数が少ないことが唯一の救い、とも騎士団内で囁かれる厄介な魔獣でもある。
「キュルルルッ!」
独特な鳴き声を発しつつ、こちらを威嚇するように角と角の間で雷を発生させてきた。
パチンパチンと鳴る音で人間も他の魔獣も威嚇し、こちらが逃げるのを待つのが向こうの常套手段。
しかし、残念だったな。
俺はお前を狩るぞ。
その覚悟を視線に乗せ、こちらも向こうを睨みつける。
すると、退く気がないと察したらしい。
サンダーディアは頭を下げ、鋭利な角を前に突き出す構えを見せた。
突っ込んで来る気だ。
サンダーディアの対処には二人以上の数が必要、と騎士団では習う。
一人が囮になり、もう一人が側面や背後から仕留めるのがベターだが。
「キュルルッ!」
突進速度はブラウンボア以上。距離を刻んでいる暇もない。
加えて、こちらは一人。
では、どうするのか?
答えは簡単。
真正面から仕留めるのだ。
サンダーディアが突っ込んで来た瞬間、俺は腰を深く落とす。
左腕を構えつつも、相手の速度に合わせて――
「フンッ!!」
突き出してきた角に対して体を横へ傾けながらも、サンダーディアの首にカウンターフックを見舞う要領で腕を振るう。
同時に杭デール君、射出。
バゴン! とお馴染みの射出音が響きつつも、サンダーディアの首――どころか、首から先が弾けるように飛び散った。
「あぶねっ」
その際、帯電した角が胸を掠める。
接触したら魔導鎧とはいえどダメージを負っていたかもしれないが、ギリギリ接触しなかったのでセーフ!
どうですか? と言わんばかりに後ろを振り返ると――
「君は戦闘狂なのかね?」
殿下は呆れていたし、ランディ氏もため息をつくようなリアクション。
ユナさんに限ってはまだ顔を逸らしていてこちらを見ていない。
「危ねえな。お前、いつもそんな戦い方してんのか?」
グレンの親父にまで呆れられてしまった。
皆、もう少し紳士的な戦い方がお好みらしい。
面白かったらブックマーク登録と下にある☆を押して本作を応援して頂けると嬉しいです。




