第16話 耐久試験と貴族研究者達
グレンの親父が元貴族だと判明してから三日後、俺達は王城敷地内にある『第二試験場』に場所を移して試作品の耐久試験を行っていた。
今いる試験場は国が正式に設置した場所であり、主に使用する人達は王立研究所の面々である。
過去には量産化が決定した魔導鎧やヒートブレードを試験した場所であり、塔の隣に案山子を設置した『簡易試験場』とは訳が違う。
広さは騎士団が有する訓練場と同じくらい広く、用意されている案山子の種類も藁から鋼まで様々。
しかも、ストックされている数は百を超えるし、壊れても即補充されるというのだから驚きだ。
余談だが、第一試験場は王立研究所の敷地内にある。
こちらは『ほぼ完成した』魔導具を陛下や他の貴族にお披露目するために設置された意味合いが強い。
「フッ!」
さて、耐久試験の方に話を戻そう。
振るった左腕の杭デール君が鋼の案山子を粉砕し、これで十体目の案山子を破壊するに至った。
改修された左腕も問題なく、ここまではかなり順調と言えるだろう。
見守るユナさんとグレンの親父も特に心配していなさそうだが……。
「…………」
問題は二人以外の見物人。
本日、俺達が試験するにあたって王立研究所側には事前に通告が入ったそうで。
『本日、特別開発室が第二試験場を使用します。使用時間:十時~十二時』
恐らく、こんな感じ。
時間まで通達されたからか、遠巻きに俺達の試験を見守る面々が十数人ほど存在する。
半数以上は白衣を身に着けた人達。五十代から若い人まで様々。
彼らは王立研究所に勤める研究者達だ。
残りはドワーフやら獣人やら、王宮鍛冶師として働いている人達だろう。
彼らがどうして俺達を見守っているのか。
答えは明白だ。
ユナさんの試作品を見に来た――いや、偵察しに来たと言うべきだろう。
『またとんでもない物を……』
『野蛮と表現した方がいいのか、何というか……』
『しかし、あの火力は目を見張るものがあります。騎士団からももっと威力をと求められていますし――』
『けしからん! 実にけしからん! 彼女のような国外から来た者に頼るなどあってはならん!』
偵察に来た研究者達は堂々と語り合っている。
ユナさんにも聞こえているだろうが、そんなことお構いなしだ。
特に最後の人。
ぴっちりと七三分けになった髪にカイゼル髭を生やした中年の研究者は……。恐らく貴族だと思うのだが、激しくユナさんを否定している。
ただ、目線がどうにもユナさんの顔じゃなくて胸に向かっているように見えるんだが……?
『あの人、やっぱりスイオンの筆頭じゃ?』
『確かに似ているが……』
『どうしてフォルトゥナに?』
こちらの声は鍛冶師達のもの。
やはり彼らが注目しているのは、スイオン王国国家認定鍛冶師元筆頭の親父らしい。
「――十二発目ッ!」
そんな声を聴きながらも、俺は十二体目の案山子を粉砕。
相変わらず鋼の塊である案山子の頭部が木っ端みじんになるのは爽快の一言に尽きる。
ただ、ここで問題が発生した。
「お二人とも!」
俺はユナさんとグレンの親父を手招きし、左腕に装着された試作品の先端――攻撃のキモである杭の部分を見せた。
十二体目の案山子を粉砕したところで、杭の先端が砕けてしまっている。
「杭の方が壊れたか。それでも想定していた以上は耐えたんじゃないか?」
「そ、そうですね」
続けて杭全体をチェックするべく、一度試作品を取り外して解体を行う。
「……杭の交換をもう少し容易に行えるよう改良すべきですかね?」
「どうだろうな。内部機構にヘタリが出てなきゃそれでも良いんだろうが」
詳しく調べてみると杭の先端部分がダメになっている以外に、射出する杭のガイドレールとなるパーツへの摩耗が確認できた。
ガイドレールの摩耗は現状だと許容範囲であるが、杭のみの交換を行っての連続使用を続けるといつか破損するかもしれないと二人は結論を出す。
「安全性を考慮すると、杭がダメになった時点で全体のメンテナンスを行うべきじゃねえか?」
「そうですね。メンテナンスを怠って変な方向に飛び出しても危ないですし、最悪の場合は暴発や動作不良を起こす原因になりそうです」
暴発による使用者への危険は尤もだが、動作不良による不発はもっと危険だ。
何せ、これを使用する相手は魔獣なのだから。
魔獣の懐に飛び込んだものの、不発に終わって返しの一撃で使用者がダメージを負う。最悪の場合は殺害される、など絶対に避けたい状況である。
「他にも杭を改良するって案もあるが?」
「耐久性のある材質にするとコストが上がりますし、耐久性の高いものは加工も難しいです。杭に関しては完全に消耗品と割り切った方が正式採用されやすいと思うのですが」
「現場を経験した人間からすると、安定性のある物を数多く用意して頂いた方がありがたいです。数があれば現場で交換することも可能ですからね」
ここで俺の意見も進言しておく。
魔導鎧とヒートブレードもそうだが、とにかく魔獣との戦いには数が必要だ。
兵器も人も必要な戦いになる。
ならば、安定供給を第一に考えた兵器の方が使いやすいと俺は思う。
「分かりました。その考えを第一に進めましょう」
現場を経験した人間の意見を重視してくれるのは非常にありがたい。
なんて温かな職場なのだろう、と最近になって痛感してきた。
騎士団にいた頃は増員要望やら装備の拡充案などほとんど通らなかったからな……。
まぁ、騎士団も騎士団で事情があるので絶対的に悪というわけじゃないのだが。
『あれを量産化するつもりか?』
『ナンセンスだ。あんな物より、我々が進めている物の方が優れている』
『でも、現場からは喜ばれそうですよ?』
『あくまでも決めるのは我々だ。我々がよしとしなければ、あの魔女は敗者なのだよ』
聞こえてくる声にため息が漏れそうだったが、彼らの表情を見て抱く感想が変わった。
悔しそうに顔を歪めてやがる。
試作品の性能を認めたいが認められない。自身の持つプライドが許さない。
そんな顔をしてやがる。
正直、外から見ていると滑稽な道化師にしか思えないな。
ただ、彼らの中に一人まともそうな人がいたよな?
たぶん、声からして若い研究者なんだろうけど。
王立研究所の研究者達はプライドの塊らしいが、現場や国防第一に柔軟な考えで物事を進めてくれる人が今後増えるといいな。
『けしからんな! どうにかせねばならん!』
尚も声を荒げる七三分けの中年男が向ける視線は顔よりもやや下だ。
何が「けしからん」のか本音を問いただしてやりたくなる。
「そ、そろそろ戻りましょうか? 試験場の使用時間も終わりますし」
「承知しました」
試作品を台車に乗せ、ゴトゴトと押しながら試験場から退散。
試験場を出る途中、研究者達の悔しそうな表情をもう一度眺めておく。
一方で王宮鍛冶師達はウズウズしているような、落ち着きがない感じ。
あれはグレンの親父に話しかけたいが、傍にいる研究者達の目を気にして一歩踏み出せないって感じだろうか?
「く、杭の予備を増やしてから実戦試験を開始したいと思うのですが……。ニ、ニールさんはどう思いますか?」
「実際の魔獣と戦うってことですか?」
問うと、ユナさんは何度も頷く。
「大丈夫だと思いますよ。行うとしたら王都周辺ですよね?」
「は、はい」
「承知しました。準備しておきます」
今一度、王都周辺に出没する魔獣について調べておこう。
騎士団を抜けてから分布が変わったかもしれないし。
それにユナさんとグレンの親父をどう護衛するかも考えねば。
王都の外へ出る以上は万全に万全を重ねた状況を作らねばならないし、同時に試験も成功させねばならない。
ここからが俺の正念場。
特別開発室に配属となった俺の真価が問われ、自分の実力を示す機会が遂にやって来たというわけだ。
「…………」
自然と「期待に応えてみせよう」と思ってしまう自分がいた。
あれほど現場からは離れてのんびり暮らしたいと思っていたのに。
心情の変化が起きたのは、魔導具作りに懸命な姿勢を見せるユナさんを間近で見ているからだろう。
「ど、どうしました?」
「いえ。久しぶりに楽しくなってきました」
見せつけてやるさ。
俺の価値も、ユナさんが作った試作品の価値も。
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