第13話 魔女の試作品
グレンの親父に製造依頼を出した翌日、ユナさんは早速内部パーツの製造に取り掛かった。
そこで、俺も少々見学させて頂くことに。
「魔導技術と錬金術の違いについてはご存じですか?」
専門分野を語るユナさんは相変わらず饒舌だ。
「恥ずかしながら漠然としか知らなくて。錬金術は魔石をそのまま使い、魔導技術は複数の魔石を材料に製造したエレメントコアやエレメントエンジンを使う、その程度しか知りません」
たぶん、専門家じゃない人達は俺と同じ認識を持っているだろう。
「大まかには合っていますね。ですが、一番の違いは金属パーツや植物由来の素材以外に魔獣由来の生体パーツも多く使うことです」
「生体パーツですか?」
「はい。おっしゃった通り魔導具の核たるエレメントコアは複数の魔石を使って製造します。魔獣から採取される魔石も立派な生体パーツと言えますよね」
魔石は魔獣の体内で生成される物質だ。
魔獣が生まれつき持つ魔力の残滓が体内で凝固し、結晶化した物と言われている。
魔獣の体内のみで生成される物質のため、厳密には魔石も生体パーツとしてカテゴライズされるということだ。
採取されたばかりの魔石は歪で色付き半透明な物体となっていて、錬金術は魔石を一切加工せず直接魔法文字を刻むことで魔法効果を発動させる。
しかし、魔導技術は魔石にもっと複雑な加工を行い利用するのが魔導技術の第一歩。
魔導技術による加工の代表的な例は魔導具のエネルギーになっている『マナジェル』だ。
あれは魔石を溶かし、更に溶剤を添加して作られたものだという。
「他にもこういった素材を使います」
ユナさんが取り出したのは魔獣から採れた素材の数々。
鋼のように硬い甲羅と骨を持つ『ハガネガメ』の骨だったり、伸縮性と耐久性に優れた『ゴムフロッグ』の皮、他にも魔獣の牙やトレントから採取される樹液などもあるようだ。
これらは一次素材の代表例に過ぎず、他にも錬金術の技術を一部利用して薬品と組み合わせて製造する二次素材も存在するという。
「ハガネガメの骨とゴムフロッグの皮は魔導鎧にも使われていますよ。骨はフレームに、皮は間接部分に使用しています」
逆に錬金術は鉱石素材や植物など、大昔から使用してきた既存素材のみを使用。魔石に関しても魔石単体で使用している。
つまり、魔導技術は使用する素材の範囲をウンと広げ、錬金術よりも応用の幅を広げている。
これが魔導技術の特徴だと彼女は語った。
「特に重要なのはこれです」
続けて取り出したのは銀色の板だ。
「これは魔銀と呼ばれる鉱石から作った板ですが、こちらに魔導回路を書き込みます」
「魔導回路?」
「魔導回路は魔導具がどんな動きをするか、どんな働きをするかを決定付けるパーツなんです」
ヒートブレードを例に挙げると、鞘の部分に魔導回路が仕込まれている。
魔導回路には『火属性魔法を発動させ、接触している刃に熱を伝達する』という働きが書き込まれているそうだ。
これにより鞘に収納された刃が熱せられ、抜刀した際に赤熱した刃が現れるという仕組みになっているとのこと。
「ということは、魔導鎧にも回路が仕込まれているんですか?」
「はい。複数使われていますよ。たとえば、胸の部分に格納されたエレメントコアが動き、全身にエネルギーが行き渡るようにする働きとか」
ユナさんは執務机の上にあった赤色の魔石を掴んで言葉を続ける。
「錬金術の発展で自動化は進みました。水を生み出し、水の力で何かを動かすとか。ですが、魔導回路のおかげでより複雑な動きを可能にしたということですね」
「なるほど……。それを成し遂げたのがユナさんのご家族ということですね?」
「そ、そうですね。えへへ」
ユナさんは恥ずかしそうに笑う。
「た、ただですね。魔導鎧やヒートブレードに関しては他の技術も取り入れているんです」
それはドワーフ族がよく使う金属加工技術だ。
合金の製造から歯車、滑車など日常にも使われる物を多く生んだ、錬金術と併用して使われる基礎技術の一つだ。
魔導鎧やヒートブレードの中にも小さな歯車などが使用されており、これらも重要なパーツの一つ。
グレンの親父に任せたのはこういった部分のパーツであるようだ。
ユナさんが作りだす物は単に魔導技術だけじゃなく、様々な基礎技術を組み合わせたものということだろう。
「なるほど。基礎技術を応用しつつも、魔導技術を核として使っているんですね。その核としてポイントとなるのがエレメントコアと魔導回路ですか」
「そ、そういうことになります」
「魔導回路ってどうやって作るんですか?」
「魔導回路には溶かした魔金を使って、魔導文字を書いていくんです」
魔導文字、またの名を『クロフェム魔法文字』とも呼ぶ。
大昔に滅んだ帝国の魔法使い達が使っていた文字で描くことで、魔導回路は特別な力を得るという。
「他の文字ではダメなんですか?」
「はい、他の文字だと機能しません。これがずっと謎なんです」
何故か他の文字だと魔導回路は機能せず、クロフェム魔法文字だけが有効。
この謎はユナさんのご家族も解明できず、未だに謎のままらしい。
「たぶん、文字自体に何かしらの秘密があると思うんですけどね。それを確定付ける文献や資料が見つからないんです」
ユナさんは「いつか解けるかもしれませんね」と笑った。
「貴重なお話が聞けました。となると、本日は魔導回路の製作に取り掛かるんですね?」
「そうなりますね」
「分かりました。では、自分は下で食事の仕込みをしております。何かあれば遠慮なく呼んで下さい」
「はい、ありがとうございます」
ユナさんの邪魔にならないよう、俺は研究室を後にした。
◇ ◇
それから三日後、ユナさんが続けていた作業は終了。
そこから更に三日を要したところで、グレンの親父からパーツが完成したとの伝言が入った。
俺達はグレンの店に向かい、店の鍛冶場で組み立て作業を行うことに。
「出来はどうだ?」
親父が全てのパーツを作業台に並べ、ユナさんに意見を求める。
彼女は一つ一つ入念に確認していくのだが……。
今回の試作品、完成後はどんな形になるのだろう?
親父は「大物じゃない」とは言っていたが、二分割された長方形で箱型なパーツは人の腕よりも随分と大きい。
それに物騒な長い杭のパーツはどこに使うんだ……?
「はい、完璧です。問題ありません」
「ようし! 早速組み上げちまおうぜ!」
ユナさんの合図が出たからか、親父はもうノリノリだ。
親父が作ったパーツの中に内部パーツを仕込んでいき、途中で天井から伸びる鎖を使って宙に浮かせたり。
ああ、物騒な杭は差し込む穴があるのね。
でも、両端が魔導具からはみ出ちゃってるけど……?
最後は親父の持つ最新式鍛冶師道具の一つ、火属性魔法を利用したフレイムバーナー――錬金術を用いて製造された道具――で溶接して完了。
「完成だ!」
「わぁ!」
親父とユナさんは両手を上げて完成を祝う。
「これ、どんな魔導具なんですか?」
「これは杭を撃ち出す武器です」
「杭を撃ち出す……?」
効果を聞くもピンとこない。
「以前開発したヒートブレードは熱に耐えうる分厚い装甲に弱いとレポートが返って来ていまして。そこで開発したのが、この杭デール君試作一号です!」
「杭デール君……?」
「がっはっはっ! お嬢ちゃんは発想も面白いが、名付けも面白いな!」
親父が俺を肘で突いてくるが、これは「ネーミングセンスをどうにかしろ」と注文しているに違いない。
「ヒートブレードで分厚い装甲を両断できないならば、飛び出す杭で貫けばいいんじゃないかと思いまして」
分厚い装甲を斬れない。
だったら、高速で撃ち出す杭の力で貫いちゃえばいいじゃない。
魔導鎧との併用が必須だが、一点集中の高火力はヒートブレードとはまた違った突破力を出せるんじゃないか? と。
普段のユナさんからは想像もできない発想だ。
ある意味、怖すぎる。
「がっはっはっ! この馬鹿みてえな発想が好きよ! シンプルで高火力! これも俺好み!」
親父曰く、発想は極端に思えるが、実のところ使用者にとっては使いやすいとのこと。
何せ、機構がシンプルだ。
使用者は対象に近付き、魔導鎧の腕に装着された杭デール君を近付ける。
つまり、対象に殴りかかるように動けばいい。
そこで単に殴るのではなく、セットされた杭が高速で飛び出すのだ。
実にシンプル。
使用者側からすれば「殴れる間合いに入ればいいだけ」なのである。
「前に王都周辺でロックラプトルが出没していると言っていましたよね? ロックラプトルが体に纏う、硬い岩の鎧もおそらく貫けると思いますよ!」
それはなかなか良いかもしれない。
あれはヒートブレードだと時間が掛かるし、最低でも三人以上で相手しなければいけない魔獣だ。
仮に杭デール君の一撃で鎧ごと体を貫ければ、当たりどころによっては一人で対処できるかも。
「……ありですね」
「でしょう!?」
俺の一言を聞いたユナさんはニッコニコだ。
使用する側に大きな勇気が求められそうだが、使いこなせれば凄まじい武器になりそう。
「試作品が完成したってことは、次は実際に使用するんですよね?」
「はい。塔の隣に案山子を用意して試験しましょう。ニールさんの出番ですね!」
「承知しました。やってみせましょう」
遂に俺の出番がやって来たようだ。
ユナさんと親父の期待に応えられるよう、鍛えてきた体と戦闘経験を存分に活かしてやろうじゃないか。
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