第12話 大物鍛冶屋
これからユナさんを連れて行く鍛冶屋は俺がプライベートで世話になっている場所だ。
ちょっとクセのある親父が経営する鍛冶屋であるが腕は確か。
仕事は早いし丁寧で傭兵界隈でも人気の高い店だ。
「こちらです」
「ほ、本当に鍛冶屋ですか?」
ユナさんが疑問に思うのも当然だ。
西区の端っこでひっそりと佇む二階建ての店は一階が店舗になっている。
だが、店の外観だけ見れば少々ボロい。
一階にある窓ガラスは曇ってしまっているし、店のドアにどんな店かを示す看板もなければ、開店・閉店を告げる札もなし。
確かめるにはドアノブを握って開くか開かないかを試さないといけないパターンの店だ。
「大丈夫です」
俺はそう言いながらもドアノブに手を掛ける。
ドアを開けると最初に見えるのは武器が乱雑に入れられた大樽だ。
大樽の中には斧や斧槍といった大きな武器ばかり。
所謂、大物と呼ばれる馬鹿みたいに大きくぶっとい大剣、丸太みたいな腕を持ってなきゃ持ち上げることすら難しい両刃斧。
他にもハルバード等のとにかく大きな武器しか無く、初心者でも扱いやすいスタンダードな剣や短剣などの類は一切ない。
この店で扱う剣は大剣のみだし、弓に限っては取り扱いすらないのである。
「た、大砲?」
店の奥には誰が買うんだと言いたくなる大砲がドンと鎮座していて、その奥にはパーツ単位にバラされたバリスタまで置かれている。
「この店は大物しか扱っていないんです。この店を知る者は皆、ここを『大物鍛冶屋』と呼びます」
「ど、どうして大きな武器だけしか扱っていないんですか?」
そういった武器を専門とする経営方針? とユナさんは首をかしげるが……。
「いえ、店主の趣味です」
そう、ここは経営のケの字もない。
ただ単に店主が趣味で作った武器を売る店。
最初は趣味で作った大物武器を展示していただけだったようだが、噂が広がって大物好きが寄って来るようになってしまった。
彼らは店主の作る武器に惹かれ、売ってくれと交渉されたのが『鍛冶屋』としての始まり。
今では知る人ぞ知る、大物専門店扱いだ。
「店の手前にあるのは、店主曰く『つまらない品』だそうで。本領はこっちです」
店の壁に飾られている武器。
こちらも大物ばかりなのだが、こっちは店主の趣味が存分に練り込まれた武器である。
「お、大鎌? こっちはつるはし……?」
「つるはしに見えるのはウォーピックですね」
ウォーピックにしては大きすぎるし、形状も特殊すぎるが。
店の商品を眺めていると、階段の上から足音が聞こえてきた。
俺達の声に気付いたらしい。
「おおん? やっぱりニールか」
現れたのはつるっぱげの大男。
身長百九十もあるスキンヘッドの厳つい親父だ。しかも、カイゼル髭付き。
着ているシャツは筋肉でパッツンパッツンだし、腰に巻くエプロンは汚れっぱなし。
まさに職人といった風貌の男――名をグレンという。
「今日はどうした? めんこい女なんざ連れて。いつもの包丁研ぎか?」
グレンの親父はムッキムキの腕を組みながらも、ユナさんを足元から頭のてっぺんまで視線を流す。
その後、ニカッと笑うのだが……。
ユナさんは筋肉ムキムキの大男を怖がってしまったのか、俺の背に隠れてしまった。
「いや、今日は仕事の話をしにきた」
早いとこ慣れさせようと思い、俺は本題を進めることに。
まずは俺の所属先とユナさんの正体を明かす。
王宮鍛冶師が協力してくれない旨は伏せつつ、外部の協力者として試作品の開発に協力してくれないかを問うた。
「……なるほど。話は分かった」
「協力してくれるか?」
「いや、作る物を見てからだ。第三王子殿下直属の組織とはいえ、俺は趣味に合う物を作りてえ。何より、それ以外のモンはやる気が出ねえ」
中途半端に協力するのも失礼だろう? とグレンの親父は厳つい顔のまま言った。
「あ、あの……。こ、これを作りたいんです」
俺の背に隠れていたユナさんがおずおずと設計図をカウンターに広げる。
未だビクビクしているが、グレンに作りたい物の説明を語っていくと――
「面白いじゃねえか」
彼はユナさんに向けてニカッと笑う。
「ただ単に顔がよくて乳のでかい嬢ちゃんかと思ったが、面白いモンを思いつくじゃねえか。俺の好きな大物にはサイズが足りねえが、機能が漢らしくて好きだぜ」
「あ、ありがとうございます」
とんでもない暴言が出たように聞こえたが、ユナさんはあまり気にしていない様子。
「受けてくれるのか?」
「おお。さっき言ったように大きさは足りないけどな。こういった火力マシマシで真っ向勝負な武器も好きだぜ」
俺はまだ詳細をしっかり聞いていないが、次の武器は火力マシマシなのか?
ヒートブレードを上回る武器なのだろうか?
「あ、あの! こ、こちらの部分を作って欲しくて」
ユナさんが話を進めようとすると、グレンの親父が待ったをかける。
「ちょいと待ちなよ。俺は確かに協力するつもりだが、お嬢ちゃんは納得してくれるのかい? 俺の腕を見ずに話を進めちまうのか?」
大物馬鹿な鍛冶師であるが彼は良心的だ。
彼の言う通り、まずは彼の作る物のクオリティが特別開発室に見合うかを確認するべき――だと思っていたのだが、ユナさんはブンブンと首を振る。
「必要ありません。飾られている武器を見れば分かりますから」
「ほう?」
「どれも丁寧です。少しの妥協もしないことが見るだけで分かります」
ユナさんは壁に飾られているウォーピックを指差す。
「大きな武器が好きと仰っていますが、どれもバランスがとれています。自分の趣味を体現しつつも使い手が不便でないよう緻密に計算されています」
……確かにそうだ。
この親父が作る武器はどれも大きくて取り回しが悪いように見える。
しかし、いざ手にとって振るってみると『使い心地がいい』ものばかりなのである。
これが大物好きな傭兵から贔屓にされる最大の理由だろう。
「貴方は間違いなく一流です」
ユナさんは真っ直ぐ、親父の目を見ながら告げる。
「ガッハッハッ! 気に入った! 嬢ちゃん、俺は気にいったぜ!」
大きく笑ったグレンは腕組みを解き、ゴツゴツとした手を彼女に差し出す。
「顔がいいとか色々言っちまって悪かったな。お嬢ちゃんも間違いなく一流だよ。お嬢ちゃんにならどんなモンでも作ってやらあ」
「あ、ありがとうございます」
二人は握手を交わす。
「どんなモンでも作ってやるが、なるべくサイズが大きなモンだと嬉しいぜ。そっちの方がやる気マシマシになるからよ!」
ガッハッハッ! と再び笑うグレンに、ユナさんは「ぜ、善処します」と控えめに言った。
その後、二人は製造を頼みたい部分について話を詰めていく。
その話が終わった後は、いよいよ報酬の話になるのだが……。
「仕事の報酬なんだが」
俺は相場が分からないのでユナさんに「いくらにする?」と目で合図したが、それに待ったをかけたのはまたしても親父の方だった。
「報酬は物を見てからでいい。俺が作ったモンを見てから決めてくれ」
良ければ良い金額を。悪ければ悪い金額を。中途半端なら中途半端な金額を。
実に男らしく、自分の腕に自信を持っている者の交渉だ。
「わ、分かりました。で、でもあまり心配していません。グレンさんの腕に見合う金額を用意しておきます」
「はっ! 気合の入る一言じゃねえか。任せておきなよ。俺が嬢ちゃんの作品に合う最高の部品を仕上げてやるぜ!」
二人は最後にがっちりと握手を交わし、俺とユナさんは店を後にした。
「……良い人でしたね」
西区のメインストリートを歩いている途中、俺の服をちょこん摘まむユナさんが嬉しそうに言った。
「ユナさんが気に入ってくれて何よりです」
これで試作品を完成させる目途はついたか。
どうにかなって良かったと心底思う。
「これでパーツの製造には目途がつきましたが、次はどうするんですか?」
「つ、次は内部パーツを作ります」
今回、グレンの親父に頼んだのはあくまでも外装など一部のパーツのみ。
内部パーツに関してはユナさん本人が作るとのこと。
明日からはユナさんが誇る魔導技術が目撃できそうだ。
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