第11話 腹立たしい現状
「魔導具の設計図を起こしても、協力してくれる鍛冶師さんがいないんです」
正確にはユナさんが作ろうとしている魔導具の外装や細かな部品を作ってくれる鍛冶師がいないとのこと。
魔導技術に関する主要な部品や核となる部分はユナさんが自ら製造するらしいが、それ以外の部分を担当してくれる人がいないという話らしい。
「いや、ちょっと待って下さい。協力してくれる鍛冶師がいない? そんなことあります?」
ここはアルフレッド殿下が運営する特別開発室であり、ユナさんは唯一の技術者だ。
殿下の真下にぶら下がる組織の頼みを聞かない鍛冶師なんてこの世に存在するのだろうか?
普通ならあり得ない話だ。
「こういった国防に関わる兵器や道具の製造は王宮鍛冶師に依頼するはずですよね?」
国防兵器、あるいは国営組織が使う道具の製造は国に認定された鍛冶師――王宮鍛冶師と認められた者しか製造することができない。
王宮鍛冶師は例の名剣を作った『匠』に似た存在と言えばいいだろうか。
我が国において、民間で腕を磨いた鍛冶師の到達点とも言える称号であり職業でもある。
厳しい試験を合格した者だけがその称号を手に入れることができ、毎年何百人もの受験者が王都に集まってくるのだ。
王宮鍛冶師の称号を手に入れた者は国防関連の製造に従事することになり、同時に機密保持契約を結んだ彼らは王都北区にある王立研究所で槌を振るう。
彼らの打った武器や防具は騎士団に供給されることになり、騎士達はそれらを身に着けて日々の平和を維持するのだ。
王宮鍛冶師も我が国の平和を担う職業の一つ、と言えるだろう。
他にも王宮鍛冶師の錬金術師版もいるし、薬師だっている。
少し話が逸れてしまったが、とにかく『国防』に関わる物を作るなら『王宮』を冠する彼らは拒否できないはずなのだ。
だって、それが王宮鍛冶師だから。
「彼らが手伝ってくれないってことですか?」
「は、はい。手伝ってくれません。……なんと言いますか、やんわりと断られてしまいます」
彼女自身に肯定されても俺はまだ信じられなかった。
「魔導鎧は? 魔導鎧を製作した際もユナさんが設計して、鍛冶師に部品を作ってもらったんじゃ?」
「魔導鎧とヒートブレードはアルフレッドさんが直接依頼して……」
さすがに殿下直々の命令とあれば拒否はできないようだが……。
すれば首が飛ぶどころの話じゃないからな。
「べ、別件で私がお願いしたら無理だと言われてしまって」
以前、ユナさんは前任者の女性騎士と共に王宮鍛冶師に製造依頼を出したそうだが、誰も引き受けてくれる人がいなかったらしい。
露骨に突っぱねるのではなく、遠回しに「今は忙しいから手が回らない」的な文句を理由に断ってきたという。
「そんな馬鹿な話がありますか! ちょっと待ってて下さい!」
俺は塔を飛び出し、アルフレッド殿下の執務室まで直行。
殿下に面会を求めて入出許可を頂いた。
「どうしたんだい? 随分と苛立っているようだけど」
どうやら表情に出ていたらしいが、今はそれどころではない。
「ユナさんが新しい試作品の設計図を完成させましたが、部品を製造してくれる人がいないと仰っております」
「ああ……」
俺の一言で殿下は察したようだ。
ため息を吐きながらも、殿下は「面倒な話をするよ」と前置きした。
「我が国の兵器開発はユナ君が来るまでは王立研究所が行っていた。研究所に勤める研究者達が国防を支える装備を作り出していたのだよ」
研究者達――先ほど語った王宮鍛冶師や王宮錬金術師など、技術者を纏める者達のほとんどは貴族で構成されている。
彼らは鍛冶師や錬金術師達を使い、既存の技術を用いて騎士団や近衛騎士が使う防具や武器を作り出していたが、今となっては時代遅れとなってしまった。
その理由はこの国に『魔導技術』が入ってきたからだ。
「魔導具の製造は難しいものの、性能に関しては従来の装備よりも群を抜いている。兵器という名称に相応しい」
これに関しては研究者達も歓迎していた。
新しい技術が普及することで更なる発展、今まで作れなかった物が作れるようになると。
「しかし、ここでユナ君が登場する。君も既に聞いているかもしれないが、彼女は魔導技術を復元させた男の孫だ。その血と技術は彼女へ確実に受け継がれている」
技術革命の到来は歓迎する。
だが、自分達より優れた技術者はいらない。
自分達よりも発想力に優れた者もいらない。
これが王立研究所の本音である、と殿下は語る。
「そんな馬鹿なことが……。そんな馬鹿なことがまかり通るのですかッ!? 国防ですよ!? 我が国の平和を守るための、民の安全に繋がる話なのですよ!?」
つい口を荒げてしまい、俺はハッとなって「失礼しました」と謝罪した。
「君の言い分も理解できる。君が持つ国への忠誠と愛も王族の一員としてありがたく思う」
だがね、と殿下は言葉を続ける。
「人にはプライドというものがあるのだよ。特に貴族の血を引く人間にはね」
殿下は吐き捨てるように「くだらない」と言った。
その口ぶりからは、殿下もプライドの高い者達に飽き飽きしているように思える。
「王立研究所に勤める研究者のほとんどが貴族家の人間だ。彼らは自身の立場が危うくなるのを恐れ、ユナ君を遠ざけている」
負けん気を出して競争してくれるなら良かったのだが、と殿下は再び大きなため息を吐いた。
「そして、王宮鍛冶師のほとんどが平民出身の人間だ。身分的に委縮してしまい、研究者の方が自然と立場が上になってしまう。彼らからの圧力でユナ君に協力できないんだ」
本来、研究者と王宮鍛冶師は対等という立場が研究所を創設なさった先々代陛下のお言葉によって表明されている。
しかし、それは既に形骸化してしまったようだ。
研究所内では貴族家出身の研究者が幅を利かせ、平民出身の王宮鍛冶師達は逆らえないという構図が陰で蔓延しているという。
「ずっと前は王宮鍛冶師のトップに貴族家出身の人間がいてくれたのだがね。今はもう引退してしまった」
世代交代によってパワーバランスが崩れてしまったらしい。
そのせいで王宮鍛冶師もユナさんに協力したくても出来ない状況、というわけか。
「では、殿下から直接指示して下さることは可能ですか?」
「出来なくはないが、あまりしたくはない」
「どうしてです?」
「ユナ君の立場が悪くなってしまうからね。前回と同じ手を使うと、またユナ君への陰口が増えそうだ」
殿下はフンッと鼻で笑いながら続ける。
「僕が道楽王子、というのは構わないのだけどね」
アルフレッド殿下の評判はよろしくない。
同時に殿下の庇護下にあるユナさんも、先に語った研究者達の一件もあって『道楽殿下が飼う魔女』という扱いだ。
これらの陰口は前回の開発品――魔導鎧とヒートブレードの一件から始まったのだろう。
更にここで殿下が命令を下せば、それと同時にユナさんの評判も落ちるということ。
「僕は何と言われようが構わないのだがね。妻の従妹にあたるユナ君の評判は下げたくない。それにまた態度の悪い使用人が出ても面倒だ」
殿下はついでとばかりに「ああ、例の使用人は処分を下したよ」と怖いことをついでに軽々しく仰る。
「では、どうなさいますか?」
王立研究所と王宮鍛冶師は頼れない。殿下が命令を下せばユナさんの評判が落ちる。
実に腹立たしい話ではあるが……。
というか、どうして毎日研究室に篭って努力しているユナさんの評判が落ちねばならんのだ。
そこが一番腹が立つ。
しかし、王城内や貴族の内情を全く知らん俺には手が出しようのない話でもある。
……ここも腹が立つポイントだな。
「君は腕の良い鍛冶師に心当たりはあるかね? 王宮鍛冶師以外でも構わんよ」
「王宮鍛冶師以外? 民間の鍛冶師ですか?」
「ああ。王都で鍛冶屋を営んでいる者でもいいし、他の街で槌を振るっている者でも構わんよ」
民間の鍛冶師かぁ。
腕の良い、誰か。
数秒ほど考え、頭の中に一人の人物が思い浮かぶ。
「……いますね」
腕は良い。
だが、彼は『大物』ばかりを好む武器馬鹿だ。
無駄な物ばかりを作ると周囲から有名であるが、その熱意と行動力は特別開発室向きかもしれない。
「しかし、よろしいのですか? 国防兵器の試作品を作るのに民間の鍛冶師を使って」
「特別開発室は独立した組織だからね。ある程度の融通が利くし、鍛冶師とは守秘義務契約を結ぶから構わんよ。使えそうならうちで抱き込んで専属の鍛冶師にしてもいい」
大胆なご判断だ。
続けて鍛冶師への報酬の件もちょろっと出たが、作業依頼料は特別開発室の予算から出るとのこと。
金貨百枚までなら即日出す、と殿下は仰っているが、鍛冶師への依頼に金貨百枚も掛かるのだろうか?
ユナさん、相場知ってるかな……?
俺は知らんけど大丈夫かな……。
「承知しました。ユナさんと共に訪ねてみます」
相手側が了承したら、再び殿下にご報告に来る旨を伝えて退室した。
俺はすぐに塔へ戻り、ユナさんに事の経緯をお話する。
「――というわけで、自分の知る鍛冶師に協力を求めてみませんか?」
「い、いいんですが……。こ、怖い人ですか?」
ユナさんの人見知りが若干発揮されるが、俺は首を振って否定した。
否定はしたのだが……。
「いや、怖い人というよりは……。馬鹿です」
「ば、馬鹿?」
「そう。彼は大きな武器が大好きな馬鹿なんです」
ぶったまげるほどの馬鹿。
オリジナルの大型武器ばかりを作る特殊な武器馬鹿なのである。
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