第10話 試作品開発開始! の、はずが
「え!? 鍛冶屋のご夫婦、離婚したんですか!?」
今日も市場前で奥様方から情報収集を行っていると、例の盗難事件――名剣スパチーノを盗まれた鍛冶屋夫婦に衝撃の展開が発生したらしい。
「ええ。奥さんってば旦那に愛想を尽かして実家に帰っちゃったみたい」
事件以降、証拠品として預かられていた名剣スパチーノは本来の持ち主に戻された。
だが、手元に戻って以降、店主は店の経営を疎かにして名剣ばかりを愛でていたらしい。
朝から晩までスパチーノを抱き、磨いては飾り、磨いては飾り。それを眺めるばかりで商品である武具を全く打たなくなってしまったそうだ。
「奥さんが剣を取り上げようとしたら、人が変わったかのように怒り始めたらしくて」
奥さんに暴力を振るうまではいかなかったが、それでも怒声はいくつも飛んだらしい。
これはもう無理だと悟った奥さんは、旦那を捨てて実家のある領地へ帰ってしまったんだとか。
「高い剣だったんでしょう? 借金まであるって話だし……。高価な物って怖いわねぇ~」
「そうねぇ。身の丈にあった暮らしをしないと~」
なんとも現実的な奥様方だ。
しかし、あのご夫婦が……。
やはり、あの剣は危ないんじゃ? 名剣なんて呼ばれているが、実は呪いの剣なんじゃないかって思えてならない。
「そういえば、スチュワートさんの旦那さんは? またお仕事に行ったの?」
猫獣人の奥様が問うと、スチュワートさんは少し寂し気に「そうなのよぉ」と言う。
「なんでも王都の近くにロックラプトルが出たらしくてね? 稼ぎ時だーって言って」
「ロックラプトルですか?」
ロックラプトルとは、岩や鉱石を体に纏う防御力の高いラプトルの一種だ。
ドラゴンもどきとも言われるラプトル種の仲間なだけあって狂暴性も高く、主食である岩や鉱石を噛み砕く顎の力と超鋭利な歯は実に驚異的。
人間を殺すことなど容易く、よく訓練した騎士でも死人が出るほどの強さを持つ魔獣である。
それでもスチュワートさんの旦那さんが討伐に向かったのは、ロックラプトルを討伐した際に支払われる報酬金が高いからだろう。
王都の傭兵組合に死体を持ち込めば金貨百枚は支払われるはず。
魔獣を討伐するか戦争に参加することで金を稼ぐ傭兵にとっては、確かに『稼ぎ時』であることは間違いない。
遅れれば騎士団が討伐して金にならないからな。
「家に一人でいると楽なんだけどねぇ~」
あはは、と笑うスチュワートさんの疑似一人暮らし生活を聞きつつも、ちょっと寂しいという愚痴を聞いて。
本日の情報収集は終了。
「ふぅむ。やはり、女性は一人で暮らしていると寂しさが勝るものなのか」
そんな独り言を漏らしつつも、俺は塔へと戻って行った。
塔に戻ると、購入した食材をキッチンに置いて紅茶を淹れる。
もちろん、俺の分じゃなくてユナさんの分だ。
「ユナさん、戻りました。紅茶も持ってきましたよ」
二階に上がって研究室を訪ねると、ユナさんは椅子の上で足を抱えながら「あ、ありがとうございます」と礼を言ってくれた。
紅茶を執務机に置いて、そのまま退室しようと思ったのだが……。
研究室に入る度、俺の視線は『魔導鎧』へと向かってしまう。
「……魔導鎧、好きなんですか?」
「え?」
振り返ると、足を抱えたままのユナさんがニチャッと笑う。
「い、いつも見ているので」
彼女にはバレていたらしい。
「そうですね。自分は魔導鎧が好きでした。これを装着すれば凶悪な魔獣にも立ち向かえたので」
正しく言えば『勇気が湧いた』だろうか?
生身で戦うには難しい魔獣であっても、魔導鎧を着ていれば勝てる。勝ち筋が生まれる。
実際、難しい相手にも勝ち続けられたのだ。生き残れたのだ。
魔導鎧を纏った自分に対して、大きな自信を抱いていたのは事実だと思う。
「ただ、自由には使えなかったんですよね」
「ど、どういうことですか?」
「自分が所属していた第四部隊は第一から第三部隊のバックアップ役が多かったので。魔導鎧を装着する命令が出ない限りは好きに使えなかったんです」
魔導鎧は強力な兵器である一方、製造に時間もコストも掛かるという。
騎士団ではまだ十分な数が揃っているとは言い難く、本物のエリート部隊である第一から第三部隊までに優先配備されている状況だ。
よって、第一から第三部隊は任務の度に魔導鎧を身に着けることが出来たが、ギリギリ下にいる第四は『壊されると金が掛かる』という理由で好き勝手使えない状況にあった。
ただまぁ、危険な魔獣が出現した時は使えたし、そういった任務には積極的に参加していたので他の者達よりも装着する機会は多かったと思うが。
「いつか、自分専用の魔導鎧が欲しいと思っていましたよ」
名剣に憧れた鍛冶師の店主じゃないが、俺も俺で魔導鎧に憧れている。
奥さんに逃げられるほどではないがね。
「じゃ、じゃあ、良かったです」
「良かった?」
「え、ええ。これは試験用の魔導鎧なので、今後は装着する機会が多いと思いますよ」
現状、ニールさん専用です――と、言われてしまった。
「本当ですか!」
「は、はい」
ふふ。今年一番嬉しいことかもしれない。
「しかし、魔導鎧はすごいですよね。生身の人間では到底無理な身体能力を現実にするのですから」
驚異的な身体能力を発揮するキモは、内臓されている『エレメントコア』の力である。
飛行船や列車を動かすエレメントエンジンの小型版とも言える物で、最新技術を駆使して作られた発展型。
他の魔導具と同じくマナジェルをエネルギーに動くエレメントコアは、鎧全体に魔法を掛けるのだ。
速度増加、力増加などの基礎的な魔法を持続させることにより、装着者の身体能力を一定水準にまで押し上げてくれる。
己の体と武器が頼りとなる騎士にとっては夢のような代物と言えよう。
「エレメントエンジンもエレメントコアも、クレデリカ王国で開発されたんですよね?」
「か、開発したというのはあまり正しくないかもしれません。実際は『復元した』の方が正しいかも」
「復元した?」
「そ、そうです。魔導技術自体は、数百年前に滅亡したクロフェム帝国の技術ですから」
クロフェム帝国とは数百年前に大陸全土を支配していた大帝国である。
魔法や錬金術など、現代技術の基礎となった技術を生み出し、それを武器に大陸統一を叶えた。
基礎技術を生み出した大帝国は更なる発展を続け、誕生したのは『統合魔法技術』という応用技術――現在の魔導技術と呼ばれる技術体系を完成させたのだが、ユナさんが言った通り『クロフェム帝国』は既に滅亡している。
ただ、滅亡に関してはあまり詳細が残されていない。
というのも、クロフェム帝国は一夜にして『消滅』したと言い伝えられているからだ。
言い伝え曰く、帝国帝都に光の柱が立った。その瞬間、帝国帝都は一切の痕跡も残らず消滅してしまったらしい。
その傷跡は未だに残っており、帝国帝都のあった大陸中央には『瘴気地帯』と呼ばれる生き物が暮らせない土地となってしまっている。
聞いた話だと毒の風が吹き荒れ、足を踏み入れた者は数秒で死んでしまうらしい。
「なるほど。滅んだ帝国の技術ですか」
「は、はい。ですが、統合魔法技術は上級技術でした。限られた者しか学べず、限られた者にしか継承されない技術だったんです」
その理由として、ユナさんの推測は「凄すぎたから」だという。
「魔導技術は応用の幅が広すぎます。理論的には『何でも』現実に出来てしまうんです。発想次第でどうとでもなるんです」
帝国は魔導技術を広く普及されると、いつかは足元をすくわれると考えたんじゃないか? と。
故に皇帝は限られた者のみに技術を使わせ、帝国民の多くは魔導技術の理論すらも知る術はなかった。
その上、帝国は滅亡してしまった。
しかし、帝国人の生き残りが残した資料が後世でいくつか発見される。
それを発見したのがクレデリカ王国だった、とユナさんは語る。
「とは言っても、完全に復元させたわけじゃありません。発見された文献から一部を読み解き、解釈を埋めて現実した……と、私の祖父は言ってました」
「ん? 祖父? お爺ちゃん?」
どうしてお爺ちゃん? どうしてユナさんのお爺ちゃんが出てくるんだ?
……まさか。
「ふ、復元したのは私の祖父です。エレメントエンジンの原型を作ったのも」
「ひええー!」
俺は思わず変な声を上げてしまった。
現代の技術革命を起こしたのがユナさんのお爺さん!? 嘘でしょ!?
「も、もしかして……。飛行船や魔導列車を開発したのも……?」
「あ、あれは私の父が作りました」
「ひょええー!?」
ヤバイよヤバイよ!
天才一家だよ! 技術革命一家かよ!?
「ユ、ユナさんが技術者になったのも、お爺様やお父様の影響を受けて?」
「は、はい。私は小さな頃から祖父の研究室で遊んでいて。遊びながら魔導技術を学んでました」
そして、今がある。
彼女が『魔女』と囁かれ、国防に大きく貢献している魔導鎧とヒートブレードを作り上げたのは必然だったと言うべきなのだろうか。
「ですが、私はまだまだ……」
「何を仰いますか。お父様にもお爺様と同じくらい素晴らしいじゃないですか」
俺は本音を口にしたのだが、それでもユナさんの表情は晴れない。
彼女は握っていた鉛筆をコロンと転がして――その下にあった設計図に視線を落とす。
「次の試作品を作ろうと思っていたのですが……。はぁ……」
ユナさんは大きなため息を漏らしてしまう。
「何か問題でもありました?」
設計図を描いている間に何か欠点でも浮かんだのだろうか?
「……部品を作ってくれる人がいません」
「え?」
「魔導具の設計図を起こしても、協力してくれる鍛冶師さんがいないんです」
俺の口からは「そんな馬鹿な」と声が漏れてしまった。
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