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第1話 転属先は魔女の塔


 俺の名はニール。


 フォルトゥナ王国王都騎士団に所属する騎士だ。


 平民出身、今年で二十七になる俺は夢を抱いて騎士生活を送って来た。


 功績を積み立てて爵位を得るという、夢。


 貴族の一員となって裕福な暮らしをしようと。綺麗な嫁さんをもらって幸せな生活を送りたいと。


 平民なら誰もが抱くであろう、大きな夢を抱いていた。


 だからこそ、入団して以降は積極的に任務を果たす毎日を送っていたし、日々の訓練も欠かさなかった。


 王都の平和を守るために犯罪者を縛り上げ、王都の外に跋扈する危険な魔獣を殺しまくった。


 魔獣の氾濫に襲われた村を救うため、魔獣の群れへと躊躇なく飛び込むことも。


 無茶な状況に対しても恐れず、夢のためにしぶとく生き残りながら功績を積み立ててきたのだ。


 結果、俺は王都騎士団内の部隊序列の中でも上から四番目となる、王都騎士団四番隊副隊長に至るまで必死に走り抜けてきたのだが――


「ニール。お前には転属してもらう」


 魔獣討伐の任務から戻って早々、我が隊の隊長様――ジャクソン隊長から転属を言い渡された。


「転属ですか」


「そうだ。ああ、先に言っておくが拒否はできない。これは命令だ」


 ニタニタと笑うジャクソン隊長――いや、普段から嫌味ったらしく人の邪魔をするこの男の狙いは容易に想像できた。


 彼は俺を蹴落とすつもりだ。


 自慢じゃないが、俺はこいつよりも強い。それに討伐した魔獣の数も遥かに多い。


 このまま俺が功績を積み立てると、自身の地位が危うくなると判断したのだろう。


 何度か俺の戦果を自分のものにして上へ報告するなど、昇進への道を妨害してきたこともある。


 しかし、そういった妨害も長くは続けられないと判断したか。


 だったら別の部署に飛ばしてしまえ。そんな魂胆に違いない。


「いえ、特に異論はありません」


 ただ、俺はこの命令を拒否するつもりもなかった。


 この男の思い通りになってしまうことだけは癪に障るが……。


 むしろ、良い機会だとも思った。


「ほう?」


 こいつもこいつで「随分素直だな?」と思っているような表情を見せてくる。


 向こうは俺が断固拒否することを想定していたみたいだが、正直言うと俺はもう……疲れてしまっているのだ。


 野心を抱く者達によって繰り広げられる蹴落とし蹴落とされの争いに。


 ――世の中、夢を目指してただ走るだけでは成功を掴み取れない。


 上へ行くためには苛烈な競争や政治的な腹の探り合いが必要で、時にはこの男のような姑息な手段も使わねば最短ルートで出世することはできないと思い知らされた。


 俺と同じような夢を抱く平民出身の騎士だけじゃなく、ジャクソンのような貴族家出身の騎士とも政争もどきを死ぬまで繰り返し続けなければいけないのだ。


 その現実に正直参ってしまっていた。


 魔獣をぶっ殺すだけで出世できたら、人を守るために戦うだけで出世できたら、どれだけ楽だっただろうか。


 体をいくら鍛えようとも、先に精神がすり潰されてしまう。


 騎士団の制服に袖を通して十年。


 もう俺には限界だ。


「転属先はどちらでしょう?」


「転属先は第三王子殿下の管轄となる、特別開発室だ」


「特別開発室……」


 特別開発室という単語を聞いた瞬間、俺の脳裏に浮かんだのは『魔女』の文字。


 第三王子殿下は魔女を飼っており、王城敷地内にある塔を与えて好き勝手させている。


 魔女は塔の中で怪しい研究を続けている――という噂。


 そんな噂が聞こえてくる部署が俺の転属先となるようだ。


 ただ、繰り返しになるが今の騎士団よりはマシだろう。


 一週間前、酒場で友人に『ゆるい内勤に転属してのんびり暮らしたい。貴族暮らしは諦めて、心の豊かさを優先したい』『もう田舎に引っ越した方がいいかも』と愚痴を漏らした俺にはぴったりかもしれない。


「承知しました。いつからですか?」


「明日からだ」


「そうですか。では、本日は荷物を纏めて転属の準備に当てます」


 俺は騎士礼を行ってから扉まで向かい、最後にジャクソンの表情を見てから退室した。


 彼は最後まで俺を疑っているような顔をしていたが、特に舞い戻って来る気はないよ。


 精々、最後まで幹部にゴマを擦りながらエリートコースにしがみつくんだな。このクソザコ貴族め。


 そんなことを内心思いながらも、扉を閉めて廊下を歩き始める。


 すると、廊下の先にいたのは親愛なる友人、ジャンゴの姿があった。


「よう。転属しろって言われた?」


 茶の短髪と片目に傷を負った男は、悪戯好きな子供のようにニマニマと笑いながら言ってきた。


「耳が早いじゃないか」


 一週間前、酒を飲みながら愚痴を聞いてくれた友人はこいつだ。


 俺の愚痴が現実になったことが余程面白かったのだろうか。


「あいつが上から降りてきた人員募集を真っ先に受け取ったって。事務のレナちゃんが言ってたからな」


 さすがはジャンゴ、素晴らしい情報網ではないか。


 嘘か誠か、事務勤めの女は全員抱いたと豪語するだけはある。


「不死身のニールも貴族には勝てないか。魔獣相手なら敵なしだってのにねぇ」


「ああ、貴族は殺せないからな」

 

 殺せばこちらがあの世行き。処刑確実だ。


 さすがにあのクソザコ貴族騎士と結果的に相打ちとなるのは避けたいところ。


「俺があいつと刺し違えたら、お前は俺の首無し死体を前に爆笑するだろう?」


「当然。一週間は思い出し笑いするだろうぜ」


 ははは! と今も笑うジャンゴ。


 絞め殺してやろうか。


「まぁ、落ち着いたら酒でも飲もうや。転属先の話でも聞かせてくれよ。俺もそこそこのところで抜けるつもりだからよ」


 ジャンゴは「お前みたいに上から睨まれたくない」と言いつつ俺の肩をポンポンと叩くと、俺とは逆方向に進んで行った。


 彼の後ろ姿を見送った後、俺は私物を回収するべく自分のロッカーへ。


 私物の剣や予備のシャツを箱に詰めつつ、ロッカーをパタンと閉める。


 箱を持ち上げて部屋を出る際、壁に設置されていた大きな鏡に映った自分の姿を見て足が止まる。


「明日からは別の制服だろうか?」


 鏡に映る赤髪と赤い瞳を持つ男は着慣れた騎士服を着用しているが、明日からは別の制服を着用することになるのだろうか?


 子供の頃に憧れた騎士服に袖を通して十年。十七歳で入団してから毎日見てきた制服姿は見納めだ。


 それはそれで少し寂しいな、と思いながらも、深呼吸して気持ちを入れ替える。


「明日からは平穏に生きよう」


 心に優しい生活をすると決めたんだ。


 明日からはのんびりと、血生臭いことから離れて生きるんだ。



 ◇ ◇



 翌日、俺は王城へ続く道を歩いていた。 


 今日は眩しいほど快晴だ。


 まるで俺の新しい人生の始まりを祝しているような、気持ちの良い天気と言えよう。


 王都もいつも通り活気に溢れ、様々な種族がメインストリートを行き来している。


 最近はメインストリート沿いに並ぶ建物も改築が進められ、背も高くデザイン性の高い建物が増えてきた。


 近年の流行は非対称なデザインを取り入れた建物で、商業施設だけじゃなく増えつつある集合住宅も多様なデザインが多くなってきている。


 気持ちを新たにして王都の景色を見ていると、国の発展は順調なのだなと改めて認識した。


「しかし、魔女の塔か……」


 城に向かう途中、俺は顔を上に上げる。


 丘の上にある白い城の隣には、魔女が謎の研究を続けていると噂される塔が立っているのが見える。


 謎に包まれた魔女の正体にも興味はあるが……。


「とんでもない人だったらどうしよう」


 魔女についてあまり良い噂は聞こえてこないが、もっと……不敬ながらにも、悪い噂が聞こえてくるのは第三王子殿下の方。


 次の上司となるかもしれない第三王子殿下――アルフレッド・フォルトゥナ様は貴族の間で『道楽王子』と陰で囁かれている御方だ。


 先王陛下が急逝なさって以降、早々に王位継承権を手放し、城で何やら国政に関わっていると聞いているが。


 当然ながら平民騎士風情では第三王子殿下の仕事内容など知ることは出来ず。耳に入ることすらもない。


 ただ、周囲の貴族からすこぶる評判が悪いということだけが噂で聞こえてくるのみ。


「ぶっ飛んだ方だったらどうしよう」


 次の職場は人間性に難あり、かもしれない。


 騎士団の時よりもストレス溜まったらどうしよう。


 ハゲちゃうかも。


 そんなことを考えながらため息を吐いていると、大きな影が差した。


 空を見上げると、空に浮かぶ飛行船が王都上空を通過するところだった。


「……あの飛行船、エルフの国から持って来たのは第三王子殿下なんだよな」


 道楽王子と囁かれる第三王子殿下であるが、エルフの国――クレデリカ王国で開発された飛行船を国内に持ち込んだ時は大いに歓迎されていたっけ。


 同盟国であるクレデリカ王国で開発された『魔導技術』の知識・技術輸入に加え、技術の結晶でもある空飛ぶ船を国内に持ち込んだのだ。


 この時ばかりは、いつも陰で噂する貴族達もぐうの音も出なかったとのことだが。


 そんな噂など関係無い平民も「遂にフォルトゥナ王国にも魔導技術の革命が起きる! 暮らしが豊かになる!」なんて喜ぶ姿は今でも記憶に残っている。


 確かにあれ以降、この国は変わった。


 真っ先に魔導技術が取り入れられたのは騎士団であり、対魔獣用の装備が開発されたのだ。


 そのおかげで凶悪な魔獣を打ち倒すことができるようになったと、騎士団内でも大きな騒ぎなったことを鮮明に覚えている。


「いつか開発者には感謝を伝えたいものだ」


 開発された装備のおかげで功績を積み立てられたし、何度も死ぬかもしれないって状況を覆すことができたんだ。


 感謝してもしきれないね。


「おっと、のんびりしすぎだ」


 王子殿下をお待たせするなど不敬にもほどがある。


 処刑されても文句は言えない所業だ。


 俺は駆け足で城に向かい、遂に第三王子殿下との面談に臨むこととなった。



 ◇



「やぁ、よく来てくれたね」


 そう言って笑うのは、糸目にメガネを掛けた茶髪の男性。


 他の貴族とは種類の違う高貴さが全身が溢れ出るこの方こそ、アルフレッド第三王子殿下である。


 昔、三王子の中でも特に美青年であると有名であったが、男の俺から見てもその美しさは未だ健在であると思う。


 確か俺よりも二つ上の二十九歳であったはずだが、年下にしか見えない若々しさだ。


「ハッ! 王都騎士団第四部隊副隊長、ニールであります! 本日は転属の命を受け参上致しました!」


 ピリッと背筋を伸ばし、キリッと騎士礼。


 完璧だ。


 ただ、執務机の上で両手を組むアルフレッド殿下は……。


 あまりお気に召さなかったのか、眉間に少々の皺が寄る。


「こちらの人員募集に応えてくれたのは嬉しいんだが、男性騎士か……」


 おや? 性別に難がおありか?


「女性騎士をご希望でしたか?」


「ああ、うん。出来れば女性騎士を希望と騎士団に願いを出したのだがね」


 第三王子殿下は「適任の女性は見つからなかったのだろう」と早くも諦めるような言葉を漏らす。


「……女性騎士でないと厳しい任務内容でしょうか?」


 内心「どうしよう。また騎士団に戻れるのかな? 元のポストに戻れるかな?」なんて焦りながらも問うと、アルフレッド殿下は苦笑いを浮かべた。


「いや、男性でも問題無いと言えるのだけどね。ただ、僕は君が心配でね」


「自分が、ですか?」


「ああ。今回の任務は私の管轄下にある特別開発室の――巷では魔女と呼ばれている女性の護衛とその助手を務めてもらうことになる」


 曰く、魔女は塔の中で魔導技術の研究・開発を行っているとのこと。


 最先端の技術が生まれる場所ともあり、王城敷地内にあれど日中から夜まで付きっ切りで護衛する者が必要となる。


 加えて、護衛と同時に戦闘経験のある者――騎士としてキャリアを積んだ者を試作した魔導具のテスターとして使いたい、とのこと。


「開発品の中には民間へ下ろす予定の魔導具もあるんだがね。我が国が抱える魔獣問題を解決するべく、対魔獣戦闘用の装備も作られているんだ」


 アルフレッド殿下は「むしろ、対魔獣用装備の方を重点に置いている」と仰った。


 確かに、フォルトゥナ王国内には魔獣がウヨウヨしている。


 駆除しても駆除しても魔獣に関する問題が毎日わんさか通報される状態だし、対峙してきた俺自身も「多すぎじゃない?」と何度も自覚してきた。


 目の上のたんこぶである魔獣をどうにかしようと、騎士団も日夜努力しているが……。魔獣という存在はなかなか手強いと言わざるを得ないのが正直なところである。


 そこで魔導技術。


 塔の魔女が開発した試作品のテストを行い、実戦に耐えられる物が完成したら、次は国内最大の研究所である王立研究所へ回されて量産化へと進むことになるとのこと。


 最新鋭の技術が王立研究所で誕生しておらず、実は魔女が作り出していたという事実にも驚きだ。


 だが、猶更「俺にぴったりかも」と自信が湧いてきた。


「なるほど。そういうことでしたか。でしたら、私は適任かと思います」


 自分は何百と魔獣を討伐してきたし、対魔獣戦は熟知している。


 そういった経験を活かすことができるんじゃないか。


 同時に俺の経験を伝えることで、騎士団に残る元同僚達の生存率も上がるのではないだろうか。


 元騎士として矜持もあって、俺は自身を堂々と売りにだす。


「うん。その点は心配していない。心配なのはもっと別のところだ」


「別のところですか?」


「ああ、君の護衛対象である人物は私の妻の従妹でね。クレデリカ王国、ケベック侯爵家の令嬢なんだ」


 塔に住まう謎の魔女。


 その正体はエルフ。


 エルフ種が支配する国、クレデリカ王国に属する侯爵家の次女様だという。


 更に言うと、アルフレッド殿下の奥様はクレデリカ王国元第二王女様だ。その従妹となると、塔の魔女様もクレデリカ王家の血を引く高貴な御方だということになる。


 そりゃ確かに問題だ。


 かすり傷一つでも出来れば、最悪俺の首が飛ぶかもしれない――などと考えていたのだが、アルフレッド殿下は予想に反した言葉を口にした。


「しかもね、すごく美人だ」


「はい?」


「すごく美人なんだ。ああ、勘違いしないでくれよ? 一番の美女は私の妻だよ。私の妻が世界一の美女だ。これは間違いないよ」


 すごい。


 全く話が分からない。殿下が超愛妻家ってことしか分からなかった。


「つまり、だ。護衛対象が王家の血を引く人物であり、私の妻に似て美人であること。これは男性にとって大きな障害にもなるだろう?」


「障害ですか?」


「ああ。仮に君が彼女に心を奪われ、理性を抑えられずに手を出してしまったら……。外交問題は免れないし、君は確実に処刑される」


 アルフレッド殿下は親指で首を斬るジェスチャーを用いながら語る。


 なるほど、そういった懸念があったわけか。


 しかし、王子殿下と言えど、この俺を舐めてもらっては困る。


「自分は平民出身の騎士ですが、常に国への忠誠心を胸に任務を遂行して参りました。それは今でも変わりません。国を裏切ることは絶対にあり得ません」


 護衛対象が絶世の美女であっても、その美貌に目を奪われるなどあり得ない。


 何故なら俺は騎士だからだ。


 騎士として死ぬ、と覚悟した男だからだ。


 たとえ蹴落とし合いが嫌になったとしても、今回の件が破談になって田舎に引っ込んだとしても、騎士として死ぬという覚悟だけは揺るがない。


「殿下、ご心配は無用です。必ずや殿下のご期待に応えてみせます」


「……そうかい? なら、一度会ってみてくれ」


 そう言われ、俺は魔女様に会うべく退室した。


 ふふ。


 アルフレッド様は随分と心配性な御方みたいだな。


『一度会ってみて、ダメだと思ったら戻って来てくれ』


 だって。ふふ。


 まぁいいさ! すぐに証明してみせよう! この俺が女性に惑わされない男だってところを!


 俺は意気揚々と『魔女の塔』へ向かい、ドアをノックした。


 ノックしてから三分後、ようやく中から「バタバタ」と走る音が聞こえてきた。


 そして、遂に塔のドアは開かれ――


「あ、あっ、あ……。ど、どなたでしょう?」


 現れたのはとんでもない美人エルフ。


 金色の長い髪には寝ぐせが残っているが、太陽の光を吸い込んでキラキラと光っている。


 お顔も素晴らしく整っており、確かにアルフレッド様が懸念を抱くのも理解できるほどの美人だ。


「あっあっ、も、もしかして、今日から来るっていう、助手の方? フ、フヒッ!」


 笑った顔がニチャァってしてるけど美人だ。


 ただ、俺の目を奪ったのは彼女の美貌以上に――


「デッッッッ!!」


 緩めのキャミソールから零れそうなほど大きい、そのおっぱいだった。


本日、3話まで投稿します。

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