精霊はフィギュアと一緒
「この辺り……だよな?」
約一週間がかりで到達したその場所を見渡し、あまりの静けさに『あの【掲示板】でのやり取りは全部悪戯だったんじゃあるまいか』と今更な不安に襲われる。
霊峰サザンピーク。
大陸南東部を支配する連邦の更に東の端にそびえ立つ標高四〇〇〇メートル級の峻岳。最寄りの集落から麓まで徒歩で二日、踏み入ろうとする者などいない秘境中の秘境だ。
指定された待ち合わせ場所は麓から道なき道を半日ほど登った五合目ほどにある泉。
時間は正午頃というざっくりとした指定しかなく、太陽を見上げると少しばかり早かったやもしれないが──しかし自分以外全く人の姿が無いというのはどうなのだろう。
最後に補給のため立ち寄った村で怪訝そうに自分を見る村人の目を思い出し、これで悪戯だったら“先輩”に大笑いされるなと溜め息を吐いた。
童帝に協力してもらい、キャラロストのリスクを抑えた上で精霊と契約を結ぶ。
その案が【掲示板】で持ち上がった際、協力にあたって童帝から俺たちにいくつかの条件が課せられた。
一つは童帝が住むこの霊峰サザンピークまでやってくること。童帝は女に会うリスクを避けてわざわざ山奥に隠遁しているのだから、こちらから出向くのは当然と言えば当然であった。だがその結果、教国や帝国に住む者、また家庭や仕事があったりで長期の休暇を取ることが難しい者がこの時点で対象から弾かれてしまう。
更に女は問答無用で拒否された。これも童帝の事情を考えれば予想できた──が、予想外だったのは童帝が来るのは「非童貞」だけにして欲しいと言ってきたこと。
これは童帝の都合というよりは契約を希望する転生者たちを気遣ってのことで、俺たちの中に万が一にも地母神アルマス好みの清らかな童貞がいた場合、その身の安全を保障できないということらしい。
この他にも非転生者の知人を連れてくるなとか、滞在費はいくらだとか細々した条件が課せられ、それでも構わないという者が俺を含め一定数いたため、童帝は俺たちへの協力を応諾した。
なお、条件から弾かれた聖女ちゃんは猛りに猛ったが、今回はあくまで第一弾。今後直接会わなくても精霊と契約できるような段取りも検討するという童帝の言葉で一先ず納得した。
一方で帝国在住の管理人は自分がその対象でないことに特段の不満は見せなかった。あれは恐らく第一弾の俺たちがどうなるかを見て、リスクを確認してからでも遅くないと考えているのだろう。
「……場所や時間は合ってるよな?」
三〇分ほど泉のほとりで待っていたが、他の転生者や童帝がやってくる気配は全くない。
ひょっとして自分のミスかとも考えたが、待ち合わせの予定は何度も確認したし間違いはない筈だ。
それでも不安を消せなかった俺は自らに刻んだ三つの刻印の内、【生命感知】を起動させ、周囲に人の気配がないかを確認する。ひょっとしたらすぐ近くまで来ているのかもしれないし、仮に自分が間違えているとしても童帝のいる場所が分かればなんとかなる。
──生命反応多数。オーラ量で絞り込みをかけて、明らかな人外は除外、と……んん? 麓の方から近づいてきてるのが御同輩だとして、山頂のこれは……?
【生命感知】を使用し返ってきた想定外の反応に顔を顰める。
麓から近づいてくる五、六体の反応、これはいい。オーラ量や移動速度から見て恐らく人間で、自分と同じ目的の転生者だろう。
問題は自分たちを招いた童帝が住んでいるであろう山頂方向から返ってきた反応──生命反応が皆無だ。いや、単純に童帝がいないというだけなら、自分たちが騙され揶揄われただけなので、問題はあっても想定の範疇。しかし山頂方向はある地点より上では全く生命反応が無い。人間がいないだけかとフィルタを外してみるが、大小問わず生命反応が感じ取れない。
──見る限り生命を寄せ付けぬ秘境ってわけじゃなさそうだし……結界、いや異界か……?
「──お待たせいたしました」
「うおっ!?」
何の前触れもなく、唐突に背後から声をかけられ俺は驚きのあまり飛び跳ね地面を転がる。
慌てふためく俺を気にする様子もなく、ソレは無感情かつ淡々と言葉を続けた。
「まさか待ち合わせの二時間以上も前に到着される方がおられるとは想定しておりませんでした。このような場所に長時間放置する形になったこと、主に代わりお詫び申し上げます」
「…………」
そこにいたのは外見年齢ローティーンほどの、ビスクドールのような小柄でかわいらしい少女だった。
少女が見た目通りの存在でないことは俺にも分かる。何せこの山奥でメイド服など着ているのだ。気配や生命反応を踏まえれば、人間かどうかさえ怪しい。
しかし俺は彼女の正体を誰何するより先に、全く別のことを口にしていた。
「……よく分かんないけど、怒ってる?」
「いえ」
「いや、その反応が既に怒ってるっていうか──」
「怒っておりません」
「これはあれかな──『アポの二時間も前にノコノコ来る奴があるかよ。ちったぁ相手の迷惑考えろ』とか」
「違います。この場所の地理的要因を考慮すれば、不測の事態を考慮し早めに到着される方がおられることは当然想定すべきでした。それを『約束に遅れなきゃそれでいいよ』などとボケたことをぬかした主の対応にこそ非があります」
「…………」
どうやら彼女が怒っていたのは俺に対してではなく、いい加減な指示を出した“主”に対してらしい。
いや、彼女の正体を推察するに、あるいは本当に怒ってはおらず、この態度がデフォルトという可能性もあるか。
「えっと……取り合えず名乗った方がいいかな?」
「いえ。それは直接主にお会い頂いた後で結構です。ですが私は先に名乗るべきでしょうね」
そう言って彼女は無表情のまま完璧なカーテシーを行った。
「私は皆さまが『童帝』と呼んでおられる方に仕える人造精霊の筆頭、地精アーシーと申します。気軽にアーシーちゃんとお呼びください」
やはり精霊か。
下級の精霊は半透明な人型で自我も希薄だが、ゲームでも中位以上の精霊の中には人と見わけのつかぬ外見を持つものがいた。
こちらの警戒を掻い潜って現れたことや、独特の生命反応からその正体には予想がついていたが、それでも一つだけ確認しなければならないことがある。
「……一つ聞いて良いかな?」
「エッチなことと主の秘密以外でしたら何なりと」
「何でメイド服?」
「主の趣味です」
「…………」
その答えは『禁足事項の“主の秘密”に引っかかるのでは?』とも思ったが、そこは何とかスルー。
「童帝って女に近寄れないって聞いたんだけど?」
「はい。我が主は女性が半径五〇メートル以内に近づいただけで股間を押さえ、奇声を上げて走りだす特殊な性癖の持ち主です」
「…………なら、なんで君は女性型でメイド服なわけ?」
「主の言葉を借りるなら『リアルの女じゃなけりゃセーフ。精霊はフィギュアと一緒』だ、そうです」
アーシーちゃんは何でもないことのように言っているが、その目が冷たい光を放ったように見えたのは、決して俺の気のせいではあるまい。
微妙に気まずい空気が漂う中、アーシーちゃんと泉のほとりで他の転生者たちを待つ。
待ち合わせまでの二時間二人きりともなれば気まずいことこの上ないが、幸いなことに三〇分後には登山姿の男が一人合流した。
「あ……」
「ども。例の掲示板の?」
「ああ。君も──いや、聞くまでもないか」
「ええ、まぁ……」
「…………」
「…………」
とは言え、互いの素性もよく分からない初対面同士。本当に【掲示板】で情報交換をした転生者なのかも確信が持てず、微妙に距離を取り、互いに警戒を解けない。
その後もパラパラと他の男たちが合流してきたが、結局微妙な空気感は二時間そのままだった。
最終的に俺を含めて八人の男が待ち合わせ場所に現れ、待ち合わせ時間を十五分ほど経過した頃。俺たちは誰からともなく顔を見合わせ、一人の男が口を開く。
「……そろそろ、いいんじゃないか?」
「いやでも、もし遅れてる人がいたら、こんな山の中に一人取り残されることになりますよね?」
それに気弱そうな別の男がおずおずと反駁する。ただその本人も本気で待つべきだと思っている風ではなく、念のため思いついたことを口にしただけという雰囲気。
「そこは自己責任だろ。大体、待つって言っても何時まで待つんだって話だしさ」
「それは……まぁ」
お互いにどちらが良いとも言えない微妙な空気。俺を含め他の男たちも皆判断しかねる様子だ。
そんな俺たちのやり取りにアーシーちゃんは不思議そうな表情で首を傾げた。
「……待ち合わせの確認なら【掲示板】魔法を使えばいいのでは?」
『…………あ』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
童帝と非童貞が待ち合わせのため語らうスレ
1:童帝
待ち合わせ場所に到着したら迎えを寄越すから書き込みしてね。
もし遅れそうでもここに書き込んでくれたら別途迎えに行くから。
2:名無しの非童貞
ごめん! スレが立ってることに気づかなかった!!
3:名無しの非童貞
うわ、俺ら本気でバカだ。
そもそも【掲示板】魔法って、こういうやり取りをリアルタイムでするためのものじゃん!
4:名無しの非童貞
前世の感覚が抜けてなかった……掲示板っていうかむしろ、L●NEグループとかディ●コードみたく使うのが正解だったのか……
5:名無しの非童貞
そういえば、刻印魔法のカタログにそんなこと書いてましたね……掲示板の名前に意識がいって全然頭に入ってなかったなぁ。
6:名無しの非童貞
お~い! 童帝いる~?
7:名無しの非童貞
…………
8:名無しの非童貞
…………
9:童帝
ああ、はいはい。皆到着したんだ。
俺もどうやって連絡すればいいか最初にしっかり決めとけばよかったね。
10:名無しの非童貞
良かった~、連絡取れた~!
11:名無しの非童貞
それじゃ早速で悪いんだけど、ここからどうすればいいか指示してくれる?
アーシーちゃんに案内してもらえばいいのかな?
12:名無しの非童貞
つーか疲れた~!
案内っていうか、もう童帝が不思議パワーで俺らを拠点まで運んでよ~。
できるんだろ? 知ってるんだからな~?(勝手な願望)
13:童帝
ははは、分かってるよ。
流石にそこから先はプロでも自力で登山するのは難しいからね。
こっちで移動の段取りは整えてるよ。
14:名無しの非童貞
さっすが童帝!!!
15:名無しの非童貞
力と引き換えに未来を売り払った男!!!
16:名無しの非童貞
ははは……やっぱ止めようかな。
17:名無しの非童貞
>>14、15 馬鹿! 今すぐ謝れ!!
18:名無しの非童貞
悪いのは>>14、15だけです!!
僕らはそんなこと思ってないからね!?
19:名無しの非童貞
ひでぇ!? こうなったら一蓮托生だろ!?
20:名無しの非童貞
誰がだ! 勝手にお前らだけ沈んでろ!!
21:童帝
はいはい。冗談だから落ち着いて。
22:名無しの非童貞
ふぅ……焦らせんなよ。
23:名無しの非童貞
それで、具体的にこの後はどうしたらいい?
24:童帝
ああ、それなんだけど。
こっちに来る前に全員その場で脱いでくれるかな?
25:名無しの非童貞
は……?
26:名無しの非童貞
えと……それはどういう?
27:童帝
いや、万が一にも女が混じってたらマズいから、その辺りちゃんと確認しとかないと。
28:名無しの非童貞
いやいや、確認するまでもなく俺たち全員男だよ? なぁ?
29:名無しの非童貞
うんうん。
30:名無しの非童貞
男装女子どころか男の娘だって存在しない。
俺はプロだから分かるんだ。
31:童帝
この世界じゃ天使や悪魔の力を借りれば肉体的な性別はいくらでも誤魔化せるから、外見だけじゃ信用できないんだって。
32:名無しの非童貞
いやいやいや! 警戒し過ぎでしょ!?
33:名無しの非童貞
そうだよ!! つーか、肉体的な性別を変えられんならどうやって本物の男だって確認するんだよ!!
34:童帝
そこはアーシーちゃんに全身身体の中まで精査してもらうよ。
35:名無しの非童貞
ふおっ!?
36:名無しの非童貞
……聞き間違えか?
このメイド服の美少女精霊に、俺らを身体の中までくまなく調べさせるという風に聞こえたが?
37:童帝
だからそう言ってるんだって。
38:名無しの非童貞
ふざけんな!!
こんないたいけな少女に身体をまさぐらせるとか……興奮するだろうが!!
39:名無しの非童貞
>>38 自重しろ、アホ!!
40:童帝
いやいや。アーシーちゃんは精霊だから別に気にする必要は──
41:名無しの非童貞
そういう問題じゃねぇ!!
せめて普通の見た目の精霊連れて来い、拗らせクソ童貞!!
お試し投稿、追加で一話。
凄く書きやすいけど、これニーズがあるんだろうか……?