管理人救出作戦③
★管理人救出作戦実況スレ part8
32:名無しの観戦者
……あのクソ野郎いつまで戦ってんだよ。
33:名無しの観戦者
ホントそれ。マジ飽きてきた。
34:名無しの観戦者
上級国民死なねーかな。
35:名無しの観戦者
気持ちは分かるが今やないやろ。
管理人と戦闘班に迷惑がかかる。
36:名無しの観戦者
管理人たちもとっとと逃げりゃいいのに。
あいつらが逃げないせいで、俺らが上級国民の塩バトルを延々見物するハメになってるんだが?(理不尽な憤り)。
37:童帝
いや、さっきから何度も逃げようとしてるよ。
でもその都度、敵が包囲の密度を高めてそれを牽制してる。
38:名無しの観戦者
ドッペルさんは上級国民の相手で手一杯なんじゃないの?
39:童帝
優勢に見えるけど上級国民には決定打というかまともな攻撃手段がないんだよ。
敵の物量攻撃に対して、ひたすら無効化・妨害してるだけだもん。
40:名無しの観戦者
じゃあ逆にドッペルゲンガーはなんで上級国民を無視して管理人たちに攻撃を集中させんのや?
41:童帝
させようとはしてるよ。
ただその都度、それを上級国民に妨害されてる。
42:名無しの観戦者
あ~。向こうからすると上級国民とはお互いに攻撃が通じないから無視したい。
だけど無視しようとすると妨害がウザいから牽制に手を割かないといけない。
そんで残りの戦力じゃ管理人たちを攻め切れない、と。
──ホント塩。
43:名無しの観戦者
一方で戦闘班は管理人が足手纏いで強行突破ができない。
無理に突っ切れば管理人にダメージが行くかもしれないし、派手な技を使えば衛兵が集まってくるかもしれない。
人目に触れたくないのはお互い様だしね。
結果、上級国民がドッペルさんの戦力を削るまで様子見してる感じかな。
44:名無しの観戦者
ほえ~、なるほどなぁ。
──で、結論として今どっちが有利なの?
45:名無しの観戦者
どっち……
46:名無しの観戦者
いや、こういうのは一概に白黒つけれる話じゃなくて……な?
47:童帝
戦況だけ切り取ってみれば上級国民かな。
持久戦なら体力はドッペルゲンガー有利だろうけど、上級国民も一日、二日この状況を維持できるぐらいの体力はある。
いくら何でもその前に敵の死体が尽きるでしょ。
48:名無しの観戦者
童帝……ワイらの立場……
49:名無しの観戦者
でも上級国民も攻められっぱなしだし、うっかりミスで致命傷ってこともあるんじゃない?
50:童帝
ない。
あそこにいるのは多分、上級国民の本体じゃないからね。
51:名無しの観戦者
ふぁっ!?
つまり死体か何かを遠隔で操ってるってこと?
52:童帝
うん。初めて会った時と姿が別人だから多分ね。
53:名無しの観戦者
…………多分?
54:童帝
俺もみんなの手の内全てを把握してるわけじゃないよ。
特にコテハン持ちは特定分野じゃ既に俺を超えてる人間も多い。
上級国民は何度死んでも姿を変えてひょこっと現れるから、多分そうなんだろうなって推測してるだけ。
実はとっくに上級国民の肉体は滅んでて、死霊になって肉体を渡り歩いてるとかでも驚きはしないよ。
55:名無しの観戦者
マジか……コテハン持ちやべー。
56:名無しの観戦者
さっきから致命傷喰らってる筈なのにケロッとしてるし、他にも色々隠し玉がありそうだな。
57:名無しの観戦者
あ~……でも、なら何で敵は不利な削り合いにいつまでも付き合っとるんや?
助けを呼ぶなり撤退して体勢を立て直すなりすればええやろ。
58:名無しの観戦者
う~ん……戦いながら助けを呼ぶ余裕がない、とか?
そもそも帝国にこの人外バトルに首突っ込めそうな人材がいない気がする。
59:名無しの観戦者
にしても不利なのは本人も自覚しとるやろうし、普通なら一時撤退を選びそうなもんやけどな。
60:童帝
つまり敵には、それを選ばない理由があるってことだろうね。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──いい加減しつこいですね……
既に上級国民と鏡面魔神との攻防は一時間近くにも及んでおり、上級国民は表面上余裕を取り繕ってはいたが、内心このやり取りに辟易していた。
氷弓兵に推薦され、管理人に取り入る切っ掛けになればと参加応諾したこの作戦。当初は思惑通り自分の有益性を示す展開となり満足していたが、敵が無駄に粘るせいでいつまで経っても決着がつかないでいる。
体力的には全く問題ないが、肝心の管理人がダレて“有能な自分”の印象が薄れてしまいそうなのはいただけない。むしろこの泥仕合のせいで無能なボクサーのような印象を与えていまいかと不安さえ感じ始めていた。
──とっとと一時撤退すれば済む話でしょうに。まさか本当に援軍のあてでもあるのか……?
事前に氷弓兵から敵の援軍はなく、万一援軍があれば撤退していいと言質を取っているが、上級国民としても極力その選択肢は避けたい。
何せ撤退となれば、帝国くんだりまでやってきて管理人に恩も売れずただただ見捨てたことになってしまうではないか──上級国民はタダ働きという言葉が納税と同じぐらい嫌いだった。
──仮に援軍が来たら合流の隙を突いて敵の統制を乱し、管理人たちを逃がす……可能かな?
援軍への対策がないわけではないが、敵の陣容や対応次第で失敗する可能性が高い不確実なもの。上手く進まない状況に舌打ちをしそうになり、上級国民はギュッと奥歯で頬肉を噛みしめた。
──何時になったら……っ!
一方、無表情で淡々と人形を操り、上級国民と管理人たち双方へ牽制を続ける鏡面魔神の内心も、実のところ焦燥と苛立ちで沸騰していた。
彼女は助けを呼んでいない。しかし助けが来ることは確信していた。
彼女が仕える皇太子は傑物だ。その指示は常に的確で判断を誤ったところなど彼女は一度も見たことがない。
今回彼女は皇太子から「研究者の裏の繋がりを探り、それが難しいようなら殺せ」としか指示を受けていない。自己判断による援軍要請や撤退については何ら言及がなかった。
もしその必要があれば皇太子は必ずそこにも触れていた筈だ。だが実際には何も言われていない。彼女一人で対処できない敵が現れる可能性は十分にあり得たにも関わらず。
──殿下がこの状況を把握していない筈がない。なのに援軍どころか指示の一つもないのはどうして……っ?
減り続ける人形の消費を抑えながら、彼女は皇太子の意図に思考を巡らせる。
──まさか見捨てられた? いえ、ここで私を切り捨てても殿下には何もメリットがない。ならば考えられることは……私への監視が途切れたか、殿下に何かあった……?
理由は違えど、この状況に対する主導権を持たない二人はダラダラと膠着状態を続ける。
内心どれほどウンザリしていようと体力と精神力に弛みはなく、本当に一日でも二日でもこの状況を続けてしまいそうだった──が。
──ガラァンゴロォォォン!!
「────!?」
帝都に鐘の音が鳴り響く。
上級国民に鐘の音の意味は分からない。
帝都民である管理人は、その鐘の音が帝都で朝昼夕の定刻を告げるものだと知っていたが、今はそのどのタイミングにも当てはまらず、単純に何かのミスだろうと考えた。
そしてそれが有事の際に皇太子が取り決めた合図の一つだと知っていた鏡面魔神は、
──作戦中止及び撤退の緊急連絡! 今更こんな方法で!?
その合図の意味よりも、皇太子がこんな手段でしか連絡を寄越せない状況に陥っているという事実に驚愕した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──時は少しだけ遡る。
「不敬であるぞ」
皇太子ルードヴィヒは帝城の一角に設けられた宰相執務室で決裁書類に目を落としたまま、短く侵入者に対して言葉を発した。
大陸でも屈指の警備体制が敷かれた帝城に賊が侵入したというのに、その端正な美貌には些かの曇りも見えない。警戒どころか身構えて当然のシチュエーションだが、皇太子はそのようなことは些事と言わんばかり全く気にする様子もなく、書類にサインして決裁済の箱に入れ、また新たな書類を手に取った。
こちらに攻撃する意図がないと理解しているのか、それとも自分が殺されるはずがないと確信しているのか。
恐らくはその両方だろうなと侵入者──氷弓兵はゲームで何度も苦しめられたネームドNPCの胆力に苦笑し、その場で軽く一礼した。
「無礼をお詫びします。ただ私どものような下賤の者が、尊き血筋の御身に拝謁するにはこのような手段しかなく──」
「許す」
氷弓兵の言い訳を遮り、皇太子は短く告げた。
「自らの分を理解しているのならばそれで良い。余は民草にそれ以上の理解を求めぬ。皇族を理解できるのは皇族のみであるが故に」
「……感謝します」
再び一礼。今度は先ほどより少しだけ深く。
恐らく皇太子を殺すことは難しくない。一目見て分かった。彼は今のところただの人間だ。
だが理屈ではなく「殺してはならない」と思わされたことに、氷弓兵はこれが本物かと噛みしめた奥歯を歪めた。
「有能だな」
皇太子の発言は唐突で前置きも何もない。ただ相手が理解するに足る最低限の情報を端的に発する。
「貴様とて平時であればこの帝城に侵入することは叶わなかっただろう。あの化生が連絡が取りやすいよう警備体制を緩めた隙を突いたか」
「……ご賢察の通りです」
「見事だ。小手先の隠密の業ではなく、盤面を見たその目をこそ余は高く評価する」
そこで初めて皇太子は書類から顔を上げ、氷弓兵に視線を向けた。
「余に仕える気はないか? 余は能力ある者を厚く遇する」
「────」
事情を聞くことさえしない一方的なスカウトに、流石の氷弓兵も絶句するしかなかった。
──いや、これはきっと聞くまでもないってことなんだろうな。
「……ありがたいお話ですが」
「そうか」
断られることは予想していたのだろう。皇太子はあっさり頷くと再び書類に目を落とした。
だが氷弓兵の本題はそれではない。出鼻を挫かれてどう切り出したものか言葉を探していると、再び皇太子が口を開いた。
「ここに来たということは、逃げ出した子兎は背信者ではあったが我に弓引く意図はない、ということだな?」
話が早いのは助かるが、度が過ぎるのも考えものだなと苦笑して氷弓兵は頷く。
「はい。少なくとも白き羽の脅威が大陸を覆う内は、という但し書きが付きますが」
「……余が大陸に覇を唱えることを危惧したか」
皇太子はその発言を鼻で嗤い、しかし否定はしなかった。
「求めるものは同盟か不戦か」
「……まずは不戦を」
「よいだろう。いきなり同盟を望むようであれば首を斬るところであった」
──あ、これガチで言ってるな。
殺されるとは思わないが、しかしいざ戦えばただでは済まないという不思議な確信。これが本物のラスボス候補かと氷弓兵は改めて背筋を伸ばした。
「……それでは?」
「うむ。子兎からは手を引こう」
「感謝します」
深々と頭を下げながら、氷弓兵は『果たしてこれは誰の思惑通りなのだろう』と自問した。




