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幕間:デモンズサイド

ここに一匹の悪魔がいた。

ある多神教の教えでは神の一柱に数えられることもあり、悪魔ではなく悪神、邪神と呼ぶべきかもしれないが、ここでは分かりやすく悪魔と呼ぶ。


この悪魔はアタラ領に悪魔崇拝者を送り込み、アスタ神族と蛮族たちを唆し、生贄を集めて蛇龍を喚び出した今回の事件の黒幕である。


悪魔は今【遠見】の力で数キロ以上離れた場所から蛇龍とそれを封印する人間の一団を観察していた。


「ふ~ん……ひょっとしてあれが、最近噂になってる連中かな?」


ノゥム領においてゴブリンに手を貸し、天使たちとやり合っている謎の一団。直接その一団と彼らを結び付ける物証はないものの、あれだけの力を持った集団がいくつもあるとは考えにくい。疑問符を付けながら、悪魔はその推測に確信を持っていた。


「この分だと当初の目的を達成するのは難しそうだねぇ」


蛇龍はほぼ完全に封じ込められており、このままでは何も果たすことが出来ず力を使い果たしてしまうだろう。


そもそもあの一団の力を以ってすればいつでも容易く蛇龍を滅ぼせそうなものだが、取り込んだ餌に止めを刺すことを躊躇っているのか封印するだけに留まっている。悪魔は有象無象の雑魚どもなど切り捨てればいいのにと彼らの対応に呆れつつ、同時にだからこそ揶揄いがあるとほくそ笑んだ。


──さて、どうしたものか。


目的を優先するならば、自分が手を貸してあの一団を皆殺しにし、蛇龍を開放すべきなのだろう。確かにあの一団は人間としては中々の物だが、それでも悪魔からみればまだまだ格下だ。一人実力を図り切れない老人が交じっているが、悪魔は自分の力に自信を持っていた。


それを実行に移さずにいる理由は三つ。


一つ目は単純に面倒。彼ら悪魔が現世で力を振るうのは消耗が激しい。


二つ目は力技が好みでないということ。悪魔はトリックスターに分類される邪神で、この程度の状況で自分が表に出て力で彼らを蹴散らすというのは、全く好みとは程遠い展開だった。


三つ目はこの計画とそれを実行した悪魔崇拝者にあまり興味がないこと。


矛盾しているようだが悪魔にとってこの計画は成功しようが失敗しようがどうでも良いものだった。天使共の内輪揉めや【掲示板】とやらの登場もあって停滞していた情勢に変化がもたらされ、折角だからそれを加速させてみようかと面白半分で実行してみただけのこと。


唆しことを実行させた悪魔崇拝者たちも、自分の信徒というわけではなし使い捨てても惜しいとは感じない。


彼らが本来信仰していた悪魔は既に滅んでいた。他でもない、彼らが主と信じるこの悪魔によって。悪魔は悪魔崇拝者たちを騙し利用していたが、実のところそこに実利的な意味合いは薄い。


彼らは手駒として有能というわけでもなく、こだわりが強くて使いにくかった。


また他神の信者を寝取って得る信仰心は珍味ではあるが、それ以上の魅力はない。スパイスも過ぎればクドくなるように、俗な言い方をすれば既に悪魔は飽きていた。


「残った連中をけしかけたところで彼らの力をはかるのは難しそうだ。でもだからと言って僕本人がちょっかいを出すのはあまりに品がない。せめて彼らにその価値があるかだけでも試したいところだけど──」


新しい玩具への期待についはしたなくも舌なめずりしてしまう。


『────』

「──っと。危ない危ない。まさかこの距離で視線に気づかれるとはね」


視線に混じったほんの僅かな情欲に反応し、刀を携えた老人の視線がギョロリと悪魔の方へと向けられる。


術を使っている気配もなく、この距離──そもそも射線が通っていないので物理的に見えるはずがないのだが、確かに老人は視線に気づいていた。


「……思ったより冷静だね。僕に気づいていながら動く気配がないのは、陽動を警戒しているのかな?」


悪魔は独り言を言いながら我知らず唇の端を吊り上げる。老人への期待値が上がり、好奇心と嗜虐心が蛇のように鎌首をもたげていた。


「この際、残った連中に特攻でもさせてみようかな? 蛇の中の人間を人質にされてどんな反応をするか、それによって今後の遊び方が変わってくるよねぇ」


移り気な悪魔はこの時既に本来の計画や用いた道具への興味を失くし、新しく見つけた玩具の具合を確かめることに意識が傾いていた。


「ああでも、あの様子だと間違いなく援軍を呼んでるよね。どうせならそれを待ってまとめて味わいたい……だけど今の手札じゃちょっと力不足か。もったいない……もったいないけど、無理をしてショボいと思われるのも癪だしなぁ。いっそホントに直接味見しちゃう? でもそれならせめて出て行く切っ掛けぐらいは欲しいよね。このシチュエーションで出て行ったんじゃ、どう取り繕っても『我慢が利きませんでした』としか見えないもんなぁ──ああもう……!」


悪魔は両腕で身体を抱き、くねくねと体をよじらせる。


しばし『ウフフ』と笑い声を漏らし気味悪く悶えていた悪魔だったが──


「────!」


自身の魔力知覚が送ってきた信号に悶えるのをやめて目を丸くする。


「……なるほど。こう来たか」


百を超える力ある気配が蛇龍の元へ集まっていた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


──退屈ね……


鏡面魔神ドッペルゲンガーは主命に従い、逃亡した研究者の少年を監視していた。


少年は逃亡してから既に丸一日以上、帝都を脱出することも他の誰かと接触しようとすることもなく、貸倉庫に隠れてジッとしている。


相当やましいことがあったのだろう。倉庫には水や保存食だけでなく、ご丁寧に簡易トイレまで準備されており、一週間は動くことなく籠城できる体制が整っていた。


──流石に何日もこのまま詰まらない監視をさせられるのは遠慮願いたいわ。


鏡面魔神ドッペルゲンガーはとっとと動くか誰かと接触してくれと願うが、少年が彼女の意を汲んでくれるはずもない。


これ以上動きがないようならいっそ殺してしまおうか──そんな誘惑が鎌首をもたげた。皇太子には逃げられそうになったとか適当に理由を説明すれば──


──いえ、絶対にバレるに決まってるわね。


鏡面魔神は誘惑を振り払うようにかぶりを振った。


この女の肉体を食べてから、どうにも思考がそちらに引きずられて困る。我慢が利かず移り気で、これではまるで本物の人間の女のようではないか。


さらに厄介なことに、この肉体には皇太子への畏怖が強烈に刻み込まれており、本来上位者であるはずの魔神じぶんが、皇太子にだけは逆らう気力が湧かないでいる。


今の自分は皇太子の飼い犬だ。


皇族に近づき操ってやろうと考えたあの日の自分を殴ってやりたいが、愚かだと馬鹿にすることもできない。


だってそうだろう? どうしてただの人間に過ぎない皇太子が自分ドッペルゲンガーのような存在に狙われていると察知し、しかもその対抗策にワザと手駒を喰わせるなんてことを思いつくのだ。いや思いついたとして、魂のレベルで皇太子に従順な手駒なんてものが存在して、しかも自分ドッペルゲンガーの行動がそれに縛られるなんてことが想像できるか?


あの皇太子は無茶苦茶だ。

鏡面魔神である自分が言うのもおかしな話だが、あれは絶対に人の皮を被った何かに違いない。


肉体に刻み込まれた畏怖と魔神本来の自意識に折り合いをつけ、鏡面魔神は意識を監視中の少年へと戻した。


──例の【掲示板】とやらを開発した研究者。私には理解できないけど、殿下はあれを革新的な発明だと警戒していた。


しかし鏡面魔神には皇太子の言葉の一割も理解できていなかった。


──言うほどのものかしら? 確かに離れた場所の人間とやり取りできるのは便利だけど、話し合いなら直接会った方がスムーズだし、命令だって伝令か……旗や狼煙とかでどうにかなるでしょうに。


軍人や商人などはこの発明を絶賛していたが、人ならざる彼女は情報伝達の重要性が理解できておらず、そもそもこの任務自体に懐疑的だった。


皇太子が掲示板でのやり取りが外部に漏れる可能性を危険視し、開発者の少年に揺さぶりをかけたことも『危ないと思うなら最初から使わなきゃいいじゃない』と呆れていたほど。


だが理解はできなくとも命令された以上は仕方がない。背後関係を洗う前に殺してしまえば掲示板を覗き見られるリスクが残るとか、出来れば捕まえて自分たちが掲示板を諜報に使いたいとか、面倒だとは思うがそれが皇太子の命令である以上、自分は従わなくてはならないのだ。


──周囲の様子を探るでもなく潜伏してるってことは、救援のあてがあるということなんでしょうね。準備していた物資から推測して救援がやってくるまで長くて三、四日……国内、国外どちらの可能性もある微妙なラインだわ。


退屈を紛らわすように意味があるのか自分でも分からない思考を巡らせる。救援早く来い──と、鏡面魔神と少年の心の声が重なった。


その願いが届いた訳ではあるまいが──


「────四人、いえ五人かしら」


鏡面魔神が貸倉庫を覆うように張り巡らせていた探知網に反応がある。彼女は慣れない肉の凝りをほぐすように肩を回し、囁くように溜め息を吐いた。


「せめて白い羽が混じっていないことを祈りましょう」

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