優先すべきは一の仲間か見知らぬ千か
211:氷弓兵
経験を積ませようと思って派遣したんだけど、そんなことになってたんだ。
212:毒エルフ
結局、アタラ領の蛮族はただ利用されただけで、外から悪魔崇拝者が生贄を集めてドラゴンを召喚したってとこ?
213:童帝
う~ん……それはどうかな?
214:地面師
蛮族側にも何か目的がある、と?
215:童帝
いや、どうかなって言ったのは生贄でドラゴンを召喚したって部分でさ。
悪魔崇拝者が召喚したとすれば、それはその信仰する悪魔に連なる何かってことになる筈だけど、無関係の地元住民をいくら生贄に捧げてもドラゴンを召喚するのは無理があるんじゃないかな。
216:TS聖女ちゃん
何でや? 聞いた限り千人近い人間がおったわけやろ。
そんだけ生贄に捧げたら相当強いドラゴンが喚べそうやけどな。
217:童帝
ドラゴンや悪魔から見れば人間なんてただの餌だよ。
無関係な餌の命に大した価値なんてない。
対価としてもエネルギー源としても上位存在を喚んで使役するにはちょっと弱い気がするね。
仮にそれで喚び出せたとしても大したことはできないんじゃないかな?
218:TS聖女ちゃん
ほ~ん。つまりチェーン店の牛丼で動かせるような奴は大したことないし、何時間かすれば腹ペコですぐに動けんようになる、と?
219:氷弓兵
俺はキムチ牛丼奢られただけで休日出勤付き合っちゃうタイプだったけどね。
220:童帝
まぁ、その辺りは人それぞれだからね。俺も牛丼は好きだったし。
悪魔やドラゴンにとっては、無関係な人間より自分たちの信者の方がより美味で栄養価の高い生贄だろうって話さ。それにしたって人間が期待するほどの価値はないだろうけど。
221:★管理人
……よく分からないな。結局、童帝は何が言いたいの?
222:童帝
うん。つまりね、その程度の雑な儀式で喚ばれたドラゴンなんて合理爺の敵じゃない──というか、国外に派遣されるレベルの戦闘班なら十分対処できるんじゃないのかな、って。
223:合理爺
その通りだ。
倒すだけなら一太刀で断つ自信があるし、儂でなくとも現地の調査員だけで十分だったろう──
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ぐぅっ……!」
「堪えろ! 精神回復薬はまだある!」
数名の調査員たちが協力して結界を張り、現れた黒い蛇龍を抑え込む。
蛇龍の抵抗は決して激しいものではないが、調査員たちの額からは汗が滲み疲弊していた。見る者が見れは一目瞭然だったが、黒い蛇龍には周囲のエネルギーを吸収する能力があるようで、少しずつではあるが調査員たちの魔力と体力を奪っていた。
結界術に適性のないノーバイライダーは周囲を警戒しながら仲間たちを叱咤するが、かえってきた反応は苛立たしげで冷たいもの。
「うるさい、黙ってろ……!」
「まだあるじゃねぇお前が代わりに飲んでろ。こっちは飲みすぎてもう腹タプタプなんだよ」
「…………はい、すんません」
ノーバイライダーはシュンとして言われるがまま精神回復薬を一瓶喉に流し込む。結界術に参加していない彼の消耗はさほどではなかったが、それでも回復することに意味がないわけではない。
蛇龍が出現し、この均衡状態が作られて既に三時間が経過。氷弓兵と童帝のしごきが無ければもうとっくに力尽きていただろうが、口では文句を言いつつも彼らの体力には余力があった。体感的にはあと五~六時間はこの状態を維持できる。
だが能力的に可能であることと、実際にそれが可能かはまた別の話。掲示板を通じて救援要請は送ったが、それがいつになるかは分からない。不安感は本人たちが思っている以上にその心を蝕み削っていた。
──ピシッ!
ほんの少しの弱気が重なり、結界に綻びが生まれる。
普通であれば気づくこともないだろうその歪みに、知性なき蛇龍の本能は鋭敏に反応した。
──ドシャァァァァン!!
「う、お……っ!?」
振るわれた巨大な尻尾が結界を割る。
調査員たちは反射的に結界を張りなおそうとするが間に合わない。高々と持ち上げられた尻尾が、彼らに向けてその大質量を振り下ろす。
「やらせるかぁぁっ!!!」
それを迎え撃つのはノーバイライダー。
彼は勢いよく尻尾に向かって跳び上がると、頭の上でその両腕をクロス。鋼の精霊力により自らの質量を極限まで高め、物理法則を無視した動きで蛇龍の巨体を押し返した。
「今のうちよ!!」
蛇龍がよろめく隙に急いで結界を張りなおす調査員たち。間に合うかどうか今度はギリギリのタイミングだ。
ノーバイライダーがもう一度攻撃を防げるようにグッと腰を低くした──その時。
「──待たせてすまん」
後方から勢いよく駆けて来たのは見覚えのある人影──アークス最強の武人、合理爺だ。
合理爺は目で追うのがやっとの速度で自分たちを追い抜くと、腰だめに刀を構え、その一刀で蛇龍の巨体を両断せんと抜き放──
「駄目だぁぁぁっ!!!」
「────!?」
そこに強引に割って入ったのはこともあろうかノーバイライダー。
合理爺が咄嗟に峰を返さなければ彼の身体は豆腐のように両断されていただろう。無理な体勢で動きを変えたため、空中で衝突し、硬直する二人。背後から振るわれた蛇龍の尻尾が彼らの身体を打ち、二人はゴロゴロ地面を転がった。
幸いにもその殴打に大した力は込められておらず、結界の構築が完了したためそれ以上の蛇龍の追撃はなかった──だが。
「何を──!?」
「駄目なんだ!!」
殺意の籠った合理爺の詰問に、ノーバイライダーはノータイムで反駁した。
「あの竜は生贄になった人たちの命を吸って動いてるんだ! 攻撃したら、中にいる人たちまで死んじまう!!」
「────!?」
そう言われて合理爺は蛇龍に視線を向け目を細める。よく見れば黒い身体は実体ではなくうっすら透けていて、中では無数の人影が折り重なるようにして蛇龍を形作っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
268:童帝
なるほどね~。
ドラゴンそのものを喚び出したわけじゃなく生贄をドラゴンに見立てて動かしたわけか。
269:教授
ガワを取り繕ってるだけなんで大した力はないでしょうけど、ドラゴン召喚しても今の異界深度じゃどうせ大した力は振るえないっす。
なら召喚コストをカットして、世界からの拒絶反応を抑えた方が効率はいいかもしんないっすね。
270:童帝
だねぇ。どこの悪魔が糸を引いてるのかわかんないけど、そんな面倒くさい術式よく考え付いたもんだよ。
271:教授
敢えてドラゴンの形を模してるのは、少しでも概念を補強するためっすかね?
272:童帝
どうかな~。
いくら拒絶反応が抑えられてると言ってもそれだけの巨体だ。多少概念を補強したところで、あまり長時間維持はできないんじゃないかな。
273:教授
でも、周囲のマナを取り込みながら動いてるんでしょ?
274:童帝
それにしたって消費と吸収が釣り合ってない。
俺たちが手を出さなくても、餌に釣られて人里に近づいたところを、どっかの神族にズドン、と──ああ。ひょっとしてそれが狙いか?
275:毒エルフ
ちょっと。二人きりで盛り上がらないでよ。
276:教授
あっ、申し訳ないっす。
277:童帝
ごめんごめん。
ともかく、合理爺を止めたノーバイライダーの判断は正しいと思うよ。
伝聞情報だから断言はできないけど、蛇龍の中に囚われた生贄はまだ生きてる可能性が高いね。
蛇龍は生贄の生命そのものを束ねて作られていて、攻撃受ければその生贄の命を消費するって術式なんじゃないかな。
278:合理爺
うむ。実際に儂が到着する前にノーバイライダーが一度反撃してしまったらしい。
蛇龍の体内で人影が弾けて、与えたダメージは即座に回復したそうだ。
279:TS聖女ちゃん
ダメージを他人に押し付ける系かい。
総理大臣がおったら大惨事やったな。
とは言え、流石にそれだけの人間を無視してぶっ殺せとは言えんわなぁ。
合理爺は中の人間を斬らずにそのドラゴンを構築しとる術式だけを斬るとかでけんの?
そういうの、ファンタジーで剣の達人と言えば鉄板やん。
280:合理爺
ふっ。馬鹿を申すな。
儂の至った剣理は唯全て斬ること。
斬るものを区別するような無粋はせぬよ。
281:TS聖女ちゃん
ひゅ~。忘れとったわ。
この爺さん、剣聖系やのうてゴリゴリの剣鬼系やったで。
282:地面師
悟る気ゼロの方は今更なので置いておくとして、術式というなら専門は教授でしょう。
神婆ちゃんにお願いしてもいいですが、そちらからアプローチして解呪を試みるしかないのでは?
283:教授
う~ん……まぁ、そうっすね。
ただ現物を見てないのでハッキリしたことはまだ言えないっすけど、正直難しそうっすね。
ほら、術式がキレイに解けるタイプならいいんすけど、ダメージ押し付けが発生してるってことは多分ゴリゴリに癒着してるタイプだと思うんすよ。
となると解体しようとすれば切開するか溶かすかしないといけなくて、でもそのダメージは即座に中の命に押し付けられて回復するから……
284:合理爺
解呪できない可能性が高いか?
285:教授
一週間ぐらいじっくり解析できれば何とかなるかもしれないっすけど、一から調べるとなると……
286:合理爺
ふむ……結界の交代要員を連れてくれば封印はどうにかなるだろうが、生贄にされた人間が持たんだろうな。
287:教授
そうっすよね~。
288:童帝
付け加えるなら、あまり時間をかけると敵が追加で何かことを起こす可能性が高いからおすすめはしないな。
詳しい説明は時間がないから省くけど、敵の狙いは恐らく騒ぎを大きくすることそのものだ。
追加の襲撃か……それか君たちが手を取られてる隙に他所で何かしでかす可能性もある。
289:教授
ふむん……となると選択肢は大きく二つっすね。
290:毒エルフ
具体的には?
291:教授
一つは生贄の千人は諦める。
元々アタラ領には手を出すつもりはなかったんだし、見捨てても大勢に影響はないっす。
292:合理爺
儂個人としてはそれでも構わん。
が、その場合、最前線で戦っている者たちのモチベーションに影響が出るかもしれんな。伊達と酔狂に浸ることで戦いの恐怖を誤魔化している者は多い。無辜の民を見捨てたとあれば戦う意味を見失う者もいよう。
293:地面師
交渉担当者としても極力その選択肢は避けて欲しいですね。
噂というのはどこからともなく悪く伝わるものですから、今後の他勢力との交渉に影響が出かねない。
294:教授
なら二つ目。
その悪魔崇拝者の生き残りか大元を捕まえて術式を吐かせる。それなら解析の手間が省けるし、絶対とは言わないっすけど、解呪できる可能性は高いと思うっす。
295:毒エルフ
つまり氷弓兵はアタラ領に向かわせた方がいいってことね?
296:合理爺
そうしてもらえると儂個人としてはありがたい。
敵を斬れというならどうとでもしてみせるが、封印を見張りながら敵の襲撃に備えてとなると氷弓兵の方が適任だろう。
297:童帝
う~ん……管理人は静かだけど、それでいい?
298:★管理人
いいよいいよ。
元々こっちは氷弓兵じゃなくても良かったんだし。
まさかその状況で万全を期して俺を助けに来て欲しいなんて言えるわけないじゃん。
299:氷弓兵
……いや、それなんだけどさ。
俺が迎えに行くって言ったのは、帝国の本拠に潜入するからってだけじゃなくて、管理人が泳がされてる可能性があるんじゃないかと疑ってるからなんだわ。
300:TS聖女ちゃん
ふわっ!?
301:★管理人
…………どういうこと?
302:氷弓兵
うん。さっきも少し話題に出たけど、このタイミングで皇太子が管理人に手を出そうとするのはどう考えても不自然なんだよ。
でも向こうが何か疑いを持って動いてたんだとすれば、今度は管理人が逃げだせたことに疑問符がつく。
考えられるとすれば、特に疑う根拠があるわけじゃないけど念のためちょっかいをかけて背後関係を確認しようと考えた、とか?
今も捕まってないのは泳がせてどこと繋がってるかを調べようとしてるとかかな~って。
303:★管理人
え? いやいやいや。
何でわざわざ……絶対に裏切られたら拙い腹心とかならともかく、俺は皇太子にとってただのお抱え研究者だよ?
304:氷弓兵
掲示板の開発者じゃん。
掲示板は情報伝達速度を見込まれて今爆発的な速度で大陸中に広まってる。
管理者権限でそのやり取りを盗み見すれば、大陸中の情報のやり取りが丸裸だよ?
実際、今もそうして俺らのために情報を集めてくれてる重要人物じゃん。
305:★管理人
いやでも管理者権限のことは皇太子には──……だから怪しまれた?
306:氷弓兵
あるいは秘匿掲示板の閲覧ができるような仕組みを開発しろって命令する前に、念のため背後関係を洗おうとしたのかもね。
その技術が他所に流れたら大惨事だし。
それと最近のオカルト関係の情報の拡散は掲示板経由だろ?
掲示板の開発にそういう意図があったのかもって疑った可能性はあるよね。
307:毒エルフ
ああ……実際、それは全くこっちが意図したことじゃないけど、外からはこういうオカルトの情報を拡散する目的で掲示板を開発したようにも見えなくはないわね。
308:★管理人
…………つまり、俺、今、やばい?
309:氷弓兵
確証はないけど、想像の通りだったら物凄く。
310:★管理人
うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?
助けて! 今すぐ助けに来てっ!!
311:氷弓兵
うん。だから念のため俺が迎えに行こうとしてたんだけど……
312:合理爺
待て。
氷弓兵の懸念はあくまで想像だ。
そのためにこちらの無辜の住民千人の生存確率を下げることを良しとするのか?
313:★管理人
…………
314:TS聖女ちゃん
合理爺、そういう言い方はないやろ?
別にそっちかて氷弓兵が行かんとどうにもならんと決まったわけでもなし。
そもそも見ず知らずの千人と管理人一人やったら、ワイは管理人を優先するで。
315:★管理人
聖女ちゃん……
316:毒エルフ
……まぁ、そうね。
本当に管理人が泳がされてるんだとしたら、管理人だけじゃなくて迎えに行った人も……最悪皇太子に私たちの存在が知れ渡る可能性もあるわけだし。
317:地面師
言いたいことは分かりますが、今のところその説に想像以上の根拠があるわけではありません。
それを理由に現実にある千人の危機を軽視するのはどうかと思いますね。
318:童帝
それはそうだね。
悪くすれば組織内で『アークスは幹部を優遇しすぎてる』なんて不満がくすぶりかねない。
319:教授
……言いたい奴には言わせとけ、と言いたいところっすけど、今回は最前線で働いてるメンバーの話っすからねぇ。
320:★管理人
…………
321:合理爺
すまんな管理人。
儂としてもお主の存在を軽視するつもりはないのだが、指揮官として現場の声は伝えねばならんのだ。
322:★管理人
うん……分かってます。はい。分かってます……
323:TS聖女ちゃん
あ~あ。もう、すっかり凹んでしもうとるやんか。
324:毒エルフ
大人気だけど……貴方自身はどうしたい?
325:氷弓兵
う~ん……
 




