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人と悪魔の見る景色

転生者たちは組織を立ち上げ、亜人たちと同盟を結び、その勢力を着実に拡大させていく。


そして先のノゥム領での天使たちの衝突を経て、その活動はついぞ隠しきれるものではなくなりつつあった。



連邦ケセドニア領。

連邦中央部からやや南寄りに位置し、領土面積こそさほど広くはないが交通の要所として栄えている連邦でも指折りの有力国家。豊富な水源が領内にいくつも存在し、大陸屈指の酒どころとしても有名だ。


そんなケセドニア領の領都ギーグの庁舎の一室で、一人の政治家が男と向かい合い報告を受けていた。


「なるほど……ノゥム領は教国の侵攻を跳ね除けましたか」


政治家の名はヨーゼフ・ゲアハルト。ケセドニア議会で選出されたケセドニア領の首相であり、行政のトップに立つ人物だ。


まだ五〇代と政治家としては若いが、人好きのする笑顔と巧みな弁舌で民衆の人気を掴み、連邦次期大統領の座に最も近いと噂されている。


そんな国のトップに立つ男は、しかし目の前の存在に対しピンと背筋を伸ばし、畏まった態度を崩さないでいた。


「ああ。薄汚い魔女がゴブリンやオーク共扇動したという話だけど、その程度で追い払えるほど白羽共は甘い相手じゃぁない。恐らく裏で手を貸した連中がいる」


ヨーゼフの前に立つのは軽薄な笑みを浮かべた若い金髪の男。


顔立ちは美男子と表現する他ないほどに整っているが、その身なりは旅人風でだらしなく、とてもこの場に相応しい存在には見えなかった。


「手を貸した連中とは一体?」

「さぁね」


ヨーゼフの問いかけの若い男は肩を竦め馬鹿にしたような笑みを浮かべる。眉を顰めるヨーゼフに、男は悪びれることなく続けた。


「別に誤魔化してるわけじゃないよ? 弱小とはいえ、あそこは蝙蝠共の領域だ。あまり僕らも大っぴらに動くわけにはいかなくてね」

「……なるほど」


ヨーゼフは口元に手を当て、それらしいポーズをとった後、さして考えるでもなく提案を口にする。


「では、私どもの方で調査いたしましょうか? 人間であればノゥム領に出入りしても怪しまれることはありますまい」

「好きにしなよ」


男の態度は突き放しているというより、ただただどうでも良さそうに見えた。


困ったような表情を浮かべるヨーゼフを見て、男は苦笑しながら補足する。


「今回の一件、蝙蝠共が勝ったことは意外だったけど、白羽どもが本気──いや、全力だったとも思えない。蝙蝠共に限らず、どこの勢力も隠し玉の一つや二つは持ってるだろうし、結果自体はそこまで気にするほどのことじゃないさ。仮に蝙蝠が何か企んでいたとしても、このまま行けば白羽共にすり潰されて終わりだ。調べるのはいいけど、無駄骨に終わる可能性が高いんじゃないかな?」

「……なるほど、確かに。教国の防波堤となってくれるのであれば、わざわざ問題視する必要はないかもしれませんな」


今度は納得した様子で深々と頷くヨーゼフ。


若い男はその愚鈍な反応に内心呆れながら笑みを浮かべて付け加えた。


「まぁ、調べるなら蝙蝠より白羽の動きだろうね。ついこの間もあの国じゃテロ騒ぎがあったばかりだろう? 今は国内の引き締めを優先すべきだろうに、今回の急な出兵だ」


その言葉にヨーゼフはしばし考えるそぶりを見せる。


「……つまり、先の教国の内紛は国内の敵対勢力を排除するために仕組まれたものである、と?」

「あるいは周りの目を誤魔化すための芝居か。何にせよ、いつ連中がここに攻め込んでこないとも限らない。君たちにも備えは必要だろう? 僕らも白羽相手に君らを守り切るほどの余力はないんだからさ」


ヨーゼフは顔を青くしてコクコクと何度も頷いた。




──ったく、少しは考える頭がないのかよ。あれがホントに国のトップに立とうって男なのかねぇ……


ケセドニア領を庇護し、裏から牛耳っているヴァン神族に連なるその男神は、ヨーゼフの執務室を後にし庁舎の廊下を歩きながら胸中で呆れた。


すれ違う職員たちは場に相応しくない男神のラフないで立ちに一瞬顔を顰めるも、すぐに胸の黒い徽章に気づいて顔をそむける。この徽章をつけた者に迂闊に話しかけ行方不明になった職員の噂話は、庁舎に勤める者の間では枚挙にいとまがない。


──操りやすくはあるんだけど、やっぱ馬鹿の相手をすんのは疲れるなぁ。偶には誰か代わってほしいよ。


男神が属するヴァン神族はこの大陸でも指折りの武闘派で、かつての大戦の折に一神教と最後まで戦い抜いた猛者も数多く生き延びている。


ただ一方、彼らは酒好きで好色な脳筋ばかりで、人間の管理や情報収集などの面倒な仕事は一部の神に任せて遊び惚けているのが実情だった。


──あーもう、気分転換に一杯やりにいこうかね。


とは言えこの男神も比較的頭が回るというだけで全知全能の存在とは程遠い。


自分たちの力を頼み、人を見下すが故に多くのものを見落としていた。




一方、監視役の神を送り出した後の執務室では、首相のヨーゼフが先ほどまでの恭しい態度とは打って変わってふてぶてしい表情で溜め息を吐く。


──日がな一日酒を飲んで遊び惚けているだけのクズ共が偉そうに……


ヨーゼフは彼ら神に何の敬意も忠誠も抱いていない。表向き彼らに忠実に振る舞っているのは、彼ら神が超常の力を持ち、逆らえば命がないという単純な理由に過ぎなかった。


だが彼らを疎ましくは思っても排除しようなどと考えたことはない。排除したところで他の神族や悪魔が出張って来るだけだし、新しくやってきた連中が今より扱いやすいとも限らないからだ。心情的には古い馴染みのヤクザを容認しているのに近い。


──しかし、それも連中が十分な力を持っていることが前提だ。連邦内では幅を利かせているのかもしれんが、所詮は一神教に敗北した負け犬ども。教国が本格的に攻めてくるとなれば……奴らもそう長くないかもしれんな。


神や悪魔の争いから用心棒として自分たちを守れるだけの力があるのであれば今まで通りの関係を続けてやっても良かった。


だが、あの様子ではヴァン神族にそれほどの力はなく、いざとなれば一神教への尖兵として自分たち人間をすり潰しかねない。


──民主共和制によって市民の代表として選ばれた政治家としては、神ではなく人のために最善を尽くすべきだろうな。


そう胸中で独り言ち、ヨーゼフはニヤリと笑う。


──必ずしも我らが信ずる神が奴らである必要はないのだ。我らを庇護してくれるだけの力さえ持っていれば、別に何であろうと。天使共にとっても俗世の体制などさほど重要ではあるまい。奴らの排除に協力し、一神教を国教に据えると持ち掛ければ、当面の体制維持と私の地位程度は……


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……教国が連邦に攻め込み、失敗したというのは意外ではあるが特に驚くべきことではない。元々連中は自分の力に驕って失態を犯すことは珍しくないのだ。かつてのザースデンの敗戦のようにな」


若き金髪の美丈夫が執務机に肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せて呟く。


帝国宰相ルードヴィヒ──この帝国の皇太子であり、既に皇帝に代わって事実上帝国の舵取りを行っている若き傑物だ。


「…………」


彼の前に立つのは、黒い布で両目を隠し妖艶な雰囲気を漂わせる黒髪の美女。彼女は黙したままジッとルードヴィヒの次の言葉を待つ。


「だが、その後も中途半端な侵攻を繰り返し、一方で我らに警戒の目を向けるというのは些か腑に落ちんな。連邦が何か小細工をしたのやもしれんが、あまりに動きがちぐはぐだ。ふむ……」


ルードヴィヒは十数秒ほど虚空に視線を漂わせ思考を巡らせた後、アッサリと結論を下した。


「連邦の背後に帝国の影を見た、といったところか。帝国が手を貸したという確証はないが、その何者かを炙り出そうとしているのだろうな。この様子だと元々ノゥム領の侵攻自体がその何者かを炙り出すための作戦だったのかもしれん」


不完全な情報から正解に近い推論を導き出し、ルードヴィヒは黒髪の女に指示を下す。


「恐らく国内にも教国の調査の手は伸びていよう。そ奴らを監視し、可能であれば捕獲して情報を吸い上げろ。ただし無理をする必要はない。教国が無為に時間を浪費するのであれば好都合だ」

「御意」


女は頷きを返した上で、いくつか問いを発した。


「念のため、国内に今回の一件の糸を引いている者がいないか調査しなくともよろしいので?」

「不要だ。そのような動きがあれば私の耳に入らぬはずがないし、仮に私の耳目をかいくぐれる程の傑物ならば、この情勢で内輪揉めを起こし戦力を損なうほど愚かでもあるまい。好きにさせておけ」

「では、連邦は? 天使共を跳ね除けたとなれば、彼らは我らが想像する以上の力を蓄えていたことになりますが」

「それこそ不要だ」


ルードヴィヒの答えは簡潔だった。

無言でその理由を問う黒髪の女に、彼は椅子の背もたれに身体を預け背筋を伸ばしながら続けた。


「……多少奴らが刃を砥いでいたところで教国には対抗できぬ。その刃を帝国に向ける余力があろうはずもなし、戦端が開かれた以上、遠からず強国に踏みつぶされて終わりだ。下手に関わって教国に目を付けられても面白くない。連邦には手を出さず、外から監視するのみに留めろ」

「…………」


黒髪の女は黙して僅かに俯く。その反応に何かあると見たルードヴィヒは存念を訊ねた。


「どうした? 言いたいことがあるなら言え」

「……それではお言葉に甘えまして。閣下は些か連邦を軽視し過ぎでは? 確かに先の大戦で一神教に敗北したとはいえ、連邦に棲みつく神群の勢力は馬鹿にしたものではありません。教国に対抗するためには彼らと手を組むことも選択肢に入れるべきかと愚行致しますが……」

「勘違いするな。私はかの神群の力を軽視などしておらん。むしろその逆だ」


ルードヴィヒは溜め息を吐き、胡乱に目を細めて続けた。


「……いい機会だから言っておこう。私はかの神群と手を組むことを否定しているわけではない。現在の情勢を踏まえれば、むしろ積極的に利用せねば教国に対抗することは難しいだろう」

「ではなぜ? 彼らが天使共に対抗し得るだけの力を蓄えたというなら、それを支援して一神教の勢力を削るという考えもあると思いますが」

「無理だ。我らは弱い」


あっさりと言い放った弱気ともとれる発言に、黒髪の女は布の下の眼を丸くして絶句した。


「今はまだかの神群を御するほどの力が我らにはない。奴らと手を組むとしても、それはそのための力と技術を確立してからだ」

「…………」


そう言って自分を見るルードヴィヒの視線に、女は反射的に自分を支配する首輪を撫でそうになり、ぐっとこらえた。そして代わりに反駁を口にする。


「……直接神群と接触しなくとも、人間どもを通じて同盟──あるいは協力関係を構築するという選択肢もあるのでは? 彼我の国力差を考えれば、決して無碍にはされますまい」

「民主共和主義者どもと手を組むなどあり得ぬことだ。先ほどかの神群と手を組む可能性を否定しないとは言ったが、それは連邦と手を組むという意味ではない。それなら多少戦力を損なおうとも積極的に攻め滅ぼし接収した方がマシだ。無能な味方は敵より質が悪いからな」


ルードヴィヒが連邦、あるいは民主共和制をそこまで否定する意味が理解できず、女は首を傾げる。それを見てルードヴィヒは苦笑して補足した。


「民主主義とはつまるところ民衆に国家の最終的な意思決定権を委ねる制度だが、国家全体を見通し、舵取りができるほどの知見と能力をもった人間などほんの一握りだ。故に、民衆は原則として為政者を選挙で選ぶという形で間接的に政治に関与する。彼奴等は血筋ではなく民意によって為政者を選ぶことこそが為政者の専横や無能を排除することに繋がると主張しているわけだ」


別におかしな主張ではないように思える──が。


「だがここに一つの問題が生じる。そもそも政治的能力の低い民衆に為政者の良し悪しを判断することができるのか、という矛盾だ。人は自分の見たいものしか見ようとせず、自分に都合がよく耳障りの良い言葉しか耳に届かない。そうでなくとも流されやすい生き物だ。大抵の場合、為政者には口が達者なだけの中身のない愚者が選ばれることとなる」

「……そこまで愚かな人間ばかりとは思いませんが」

「勘違いするな。私は民が愚かだと見下しているわけではない。これは制度的な欠陥なのだ」


人ならざる女が人を弁護するという状況に苦笑し、ルードヴィヒはかぶりを振って否定する。


「国家に民が一〇万人いれば、民一人の権利と責任は一〇万分の一。一〇〇万人いれば一〇〇万分の一だ。政治を学ぶとは片手間でできることではない。たった一〇万分の一、一〇〇万分の一の責任しか背負わない民衆が、どうして真摯に政治を学び、向き合うことができようか。仮にいたとしてもそんな人間はほんの一握りだろう」

「…………」

「昨今、連邦の一部の領では政治に関心を失う民が増え『投票に行け』と呼びかけねばならぬ体たらくらしい。なんと程度の低い話か。形だけの投票に何の意味がある。それでは余計に声が大きく口の上手い詐欺師どもに利用されるだけだろうに」


女は肯定も否定もせずルードヴィヒの主張に軽く頷く。そもそも彼は専制政治の代表者。民主共和政治に否定的な意見を持っていて当然なのだ。


だが話を聞いている内にふと悪戯心が湧き、こんな質問を口にする。


「では参考までに。閣下は帝国の専制政治についてはいかにお考えなのでしょうか?」

「──はっ。まさか貴様は、私が帝国の専制政治こそが至高にして無謬の政治体制と主張していると思っているわけではあるまいな?」


ルードヴィヒは全く怒ることなく、むしろ面白そうに口を歪めて続けた。


「我が父と今の帝国の姿を見れば、専制政治が至高だなどとは口が裂けても言えようはずがない。どちらの政治体制においても無能で愚劣な為政者が立つリスクは存在する。しかし専制政治においてその誤りは力によって正すことが可能だが、多数派が力を持つ民主共和制においてはそれも難しい。また専制政治においてはただ一人有能な為政者が立てばよいが、民主共和制においては民の多数派が真に有能な為政者を見抜き、選ぶ必要がある。どちらが現実的かは敢えて語るまでもあるまい」


ルードヴィヒはそう結論付け、話を打ち切った。


女は彼が自分をその“ただ一人有能な為政者”と位置付けていることに皮肉気な感想を抱くが、敢えてそれは指摘せず、またそうでないとも思わなかった。


少なくとも目の前の男が実際に力によって帝国を正し、自分たち人外の存在を手玉に取るほどの傑物であることは間違いないのだから。

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