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雑魚(=転生者)と思って油断したな?

「皆さん、こちらで~す」


童帝が開いたワープゲートで木々が生い茂る森の中に転移した三十一名の転生者たちは聞き覚えのある男の声に振り返り──


『────』


──視界に入った異形の姿に思わず身を固くした。


そこにいたのは自分たち転生者仲間の一人で『地面師』と呼ばれるノームの青年と、その背後に立つ武装したオークの小集団。更にそこから少し離れた場所で、やはり武装したゴブリンが四人こちらを窺っている。


事前に今回の作戦ではオークやゴブリンたちと共闘することは聞いてはいたものの、ほとんどの転生者にとってオークやゴブリンたちは初めて見る存在。ヒューマンの美的基準では醜く恐ろしいその姿に、転生者たちは思わず身を固くしてしまっていた。


その緊張が相手にも伝わったのか、あるいは元から相手も緊張していたのか、オークとゴブリンたちは警戒を隠し切れない様子で転生者たちを見つめていた。これではとても背中を預け共に天使相手に戦おうという戦友の姿ではない。


「オークの皆さんとゴブリンの皆さんの面通しは先に済ませてあります」


地面師は敢えて空気を読まずマイペースに話を続けた。


「こちら派遣されたオークの代表がウルガさん。こ~んな大きな大猪を仕留めたこともある猛者なんですよ」


ワザとらしく両手を大きく広げて紹介されたのは身長二メートル以上はゆうにある巨躯のオークで、その肩には鉄の柱のような太い槍を担いでいた。ウルガはギロリとこちらに視線を向けたのみで会釈すらしなかった。その視線が『本当にこいつらが戦えるのか?』と言っているように思えたのは、決して転生者たちの被害妄想ではあるまい。


「そしてこちらがゴブリンの戦士を率いているギドさん。ここにはいませんが、他の戦士の皆さんは敵の斥候を見張っています」


続いて紹介されたのは隻眼のゴブリン。一般的なゴブリンは身長一五〇センチ未満とされているが、ギドと呼ばれたゴブリンは一七〇センチ以上あり、胸板も分厚い。ひょっとしたらホブゴブリンなどの上位種かもしれない。彼が転生者を見る目には明らかな失望の色があった。


失礼な反応にムッとする転生者もいたが、大半は『そりゃそうなるよな』と納得気味。ここにいる転生者の大半は実戦経験のない素人。精霊契約を済ませアークスで訓練は積んできたものの、傍目には貧弱な一般人でしかなかった。


期待していた援軍にこんな連中を寄越されればオークやゴブリンの反応も当然だろう。せめてやってきたのが氷弓兵たち精鋭メンバーならまだ反応も違ったのだろうが……


「それで彼らが私たちアークスのメンバーです。指揮官は今、敵主力の偵察に行っていて不在なんですが……えと……」

『…………』

『…………』


重苦しい空気に気圧されて地面師の言葉がとうとう途切れる。


オークやゴブリンの不信の視線と、それを向けられ理性で分かってはいても『わざわざ来てやったのになんだその反応は?』と面白くない転生者たち。一触即発とまではいかないが、誰かが口を開けば途端に何かが壊れてしまいそうな不穏な空気がその場に流れた。


地面師の頬を一筋の冷や汗が伝い、地面に落ちたその刹那。



「──待たせたな」



何の気配も感じさせず唐突にその場に現れた老人に、オークとゴブリンはハッと息を呑み、逆に転生者たちは安堵の息を吐いた。


「合理爺じゃん、おひさ~」

「……遅いですよ」

「今回は氷弓兵もいないし指揮宜しくね~」

「うむ」


老人に気軽に話しかける転生者たちを信じられないようなものを見るような目で見つめるオークとゴブリン。


老人は一見したところ白髪で細身、決して身長も高いとは言えないごくごく普通のヒューマンだった。腰に黒い鞘に包まれた湾刀を差しており、剣士であるということ以外に特筆すべき特徴はない。


にも拘らず、この時オークとゴブリンは自分たちの喉元に刃が添えられている光景を幻視し、老人のほんの気まぐれで自分たちの首が地面に転がるだろうことを理解させられていた。敵意も殺気もなく。威圧されているわけでもない。その理解不能の事実が何より恐ろしかった。


「──ふ」


老人が口元を緩めると、唐突に彼から放たれていた“何か”が霧散し、オークとゴブリンは緊張から解放されて全身からドッと汗を噴き出した。


「すまぬな。しかし、こうした方がお主らも安心であろう?」

『…………あ、ああ』


その言葉にオークとゴブリンは老人が自分たちの不信感を感じとり、分かりやすくその力を示していたことを理解する。


そんなやり取りがあったことなど露ほども理解していない転生者たちは、これから戦いに赴くとは思えないリラックスした様子で老人に話しかけていた。


「なになに? 何かあったの?」

「歴戦の戦士にしか分からないあれこれ的な? 解説してよ~」

「ふふ……また後でな」


しかしオークもゴブリンも、もう彼ら転生者のことを馬鹿にする気にはなれなかった。あるいは彼らも気配を隠しているだけで、この老人と同様の化け物なのでは、と──


実際にはそれはただの勘違いで、老人以外の転生者は見た目通りの素人だったのだが、その勘違いを訂正する者はここにいない。


「この戦いの主力はお主らだ。儂も極力フォローはするが全て手が回るとも限らん。リラックスするのはいいが、あまり気を抜き過ぎるなよ?」

『は~い!』


そんな長閑なやり取りに呆気にとられるオークとゴブリンに、老人は安心させるように笑みを浮かべる。


「心配めされるな。実戦経験は少く多少ふざけた所はあるが、この連中の腕は儂が保証する」

『い、いや、そんなことは……』

『……彼らが主力とはどういうことだ? 我らはパムフレド様から我らが前衛に立ち、貴公らは援護に回ると聞いていたが……』


ゴブリンの戦士長ギドは、事前に彼らアークスが未だ設立間もない組織で人も体制も整っておらず、今はまだ他勢力から目を付けられたくないとの事情を聞いていた。その上で、今回彼らは後方からの援護や支援を中心に参戦するという話だったが……


「間違ってはおらんよ。儂は貴公らと共に前衛に回るが、基本的にこ奴らには距離をとって遠距離から攻撃させる」

『…………?』


そうは言うがやってきた転生者たちで弓や投石機など遠距離向けの攻撃手段を持っている者はごく少数だ。


これで一体どうするつもりかと首を傾げるオークとゴブリンに、老人──合理爺は不敵な笑みを浮かべた。


「なに。それは見てのお楽しみというやつよ」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


『……全く、手間をかけさせてくれますね』


派遣された天使の斥候役は、ノゥム領の深い森の上を飛行しながら忌々し気に毒づいた。


探索を始めて既に六日目。この地に住まうゴブリンどもの姿は見え隠れするが、いざ近づけば蜘蛛の子を散らすように姿を消してしまい延々とかくれんぼを続けさせられている。


『いっそ、森ごと焼き払ってしまえれば楽なのですが……』


しかしあまり派手に活動すれば自分たち神の眷属の存在が人間どもに知られてしまう。この天使自身はそれでも良いと考えていたが、それは神の降臨に相応しい準備が整ってからというのが上位者たちの意見だ。下位の天使である彼がその意に逆らうことはできない。


また、そもそもこの地を攻めたのは新たな実験場を手に入れるため。実験材料を入植させる手間を考えれば、過度にゴブリンたちを蹂躙するわけにもいかない。可能なら生きたまま捕え、そうでなくとも極力死体は損壊することがないようにと命じられていた。


『……まだるっこしいことです。そのような小細工などせずとも、我らの力をもってすればこの地を平らげることなど容易いでしょうに』


愚痴を吐きながらも視界を巡らし上空からゴブリンたちを捜索する天使。その視界の端にゴブリンではない大柄な影を捉え、彼はおやと片眉を上げた。


『あれは……オーク、ですか?』


一体だけではない。木々や葉に隠れてハッキリとは見えないが、少なくとも五体以上はいるだろう。この地にオークが住んでいるという話は聞いていないが、下賤な者同士ゴブリンが助けを求めたのかもしれない。


小柄なゴブリンたちとは異なり、オークの巨体は普通に移動しているだけでも草木や地面を揺らして良く目立つ。本人たちは隠れているつもりなのかもしれないが、上空から見れば丸見え。あれでは狙ってくれと言っているようなものだ。


『ふふ……どうせなら集結したところを叩かせてもらいましょうか』


あの集団を殲滅するのは簡単だがそれでは芸がない。どうせなら後を追い、まとめて叩いてしまおうと天使は考えた。


それは決して油断でも驕りでもない。天使には飛行という圧倒的なアドバンテージがある。そもそもオークやゴブリンどもは空を飛ぶ手段がなく、遠距離攻撃は弓矢や投石程度。そんなもの、ある程度高度を維持しておけば重力で威力が減衰し、ほとんど脅威足り得ない。


適当に神の雷を落としていれば殲滅することは容易いし、非戦闘員のいる集落であればすぐに降伏してくることだろう。


天使がさもオークたちに気づいていないフリをしてユルユル蛇行しながらオークたちを追いかけている──と、木々の影から天使目掛けて何かが高速で飛来してきた。


──あのオークたちは囮、か?


奇襲を受けた天使だったが、その思考は至極冷静で落ち着いていた。


先ほども述べた通り、高く上空を舞う彼ら天使にとって、弓矢や投石といった通常の遠距離攻撃は重力が壁となって脅威足り得ない。それでも多少の手傷を負うリスクはあるが、軽く神力で風の障壁を作れば事足りる──


──ボフゥッ!!


『…………は?』


しかし飛来物は容易く風の障壁を貫き、天使の羽を燃やした。痛苦より先に呆気にとられ、間の抜けた声を出す天使。


続けざまに襲い掛かる飛来物に目をやり、その時になってようやく彼は飛来物が尋常の攻撃手段によるものではない、悪魔の加護を宿した魔術であることを理解した。


『────!!?』


そして当然、理解した時には既に遅い。


無数の炎の矢や風の刃に貫かれた天使はあっという間に全身を穴だらけにされ墜落していく。


──何者だ!? まさか、聖下の拠点を襲撃した正体不明の軍勢……!?


間際の瞬間、せめて自分を殺した者の正体を見極めようと魔術が飛んできた方向を睨む天使の視界に映ったのは──


『──……は? ゴブ、リン……?』


下賤で脆弱と蔑まれるゴブリンたちが魔術を操るあり得ない光景だった。

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