ゴブスレさんはいない
今年最後の投稿です。
『長老長老! 羽の生えた白い悪魔が襲ってきた!』
山間の洞穴に設けられたゴブリンたちの小集落に、若いゴブリンが飛び込んできた。
その叫び声に広場に身を寄せ合っていた十数体のゴブリンたちはビクリと身を震わせ声にならない悲鳴を上げる。
『……落ち着け。悪魔どもの数と発見した場所は? 既に戦闘に入っているのか?』
羽飾りを頭や肩につけた老ゴブリンが努めて平静な声で問い返す。群れの長の普段通りの態度に、怯えていたゴブリンたちもほんの少しだけ落ち着きを取り戻した。
『えと……北にたくさん!』
『……それでは分からん。北とは具体的にどの辺りだ? たくさんとは百より多いのか? ギド、貴様にとっては両の手の数で数えられん物は全て“たくさん”かもしれんが、ワシらにとってはそうではないのだよ』
老ゴブリンは周囲を落ち着かせようとからかう様に言う。そのワザとらしい言葉が功を奏したのか、戦う力がなく集落に残っていたゴブリンたちからほんの少しだけ笑い声が漏れた。
一方、報告に戻ってきた若いゴブリンは笑われたことを気にする余裕もなく、両の手をあわあわと動かし視線をキョロキョロ虚空に漂わせて襲撃者のことを思い返す。
『えとえと……十が二つ……三つ、ぐらい? 場所はクロサギの沢と木苺の丘と、柘榴の木と……えと、えと……』
若いゴブリンは上手く説明できずに焦るが、老ゴブリンはその言葉や仕草から概ね必要な情報を察していた。
──ギドの様子だと悪魔の数は三〇前後……多くとも五〇程度かの。しかし場所は妙に分散しておる。クロサギの沢と木苺の丘など東西に二里は離れておるぞ。これは……
『ギドや。戦士長は今どうしておる? ここに来る前、お主に何か言うておらなんだか?』
『戦士長……戦士長たちは今悪魔たちを見張ってる! 悪魔どもは何か探してるみたいだったから穴の中に隠れてろって!』
なるほど。どうやらやってきた白い悪魔たちは本隊ではなく斥候役ということかと老ゴブリンは状況を把握した。
──北の同胞が白い悪魔に襲われたと聞いて警戒しておったが、ついに本格的にこの地に攻め込んできたか。しかも斥候役でその数……一人一殺としても我らでは手が足りぬ。本隊はその倍では利かぬじゃろうし、勝ち目はないの。
あるいはその悪魔たちは斥候役でもなんでもなく、ゴブリン程度どうとでも殲滅できると考え分散している可能性もあったが、老ゴブリンはその可能性を意図的に頭の中から追い出していた。
『長……』
老ゴブリンがしばし思考に耽っていると、戦いで左腕を失った補佐役のゴブリンが判断を仰ぐように呼び掛けてきた。
『……うむ。悪魔どもの意図がどうあれ、我らだけでは到底太刀打ちできぬ。ギドは戦士長の元に戻って、決して手を出さぬよう伝えよ』
『分かった!!』
それ以上話を聞こうともせず飛び出して行こうとする若いゴブリンを押し留め、隻腕の補佐役は続けて尋ねた。
『救援要請はいかが致しますか?』
『……近隣の集落にトバトで状況を知らせよう。既に知っているかもしれんし、こちらに援軍を送る余裕はあるまいが、念のためな』
『……大神に対しては?』
大神とは彼らゴブリンが信仰する神々に対する敬称で、この一帯のゴブリンや山岳民族の実質的な支配者でもある。本来、支配者とは侵略者から被支配者を守る責務を負っているが──
『クレイオス様とデイモス様には一応救援要請を送っておけ。無駄ではあろうが、一応な』
『……はっ』
しかし神々にとって彼らゴブリンは庇護の対象ではなく、ただの道具でしかない。救援要請を送ったところで見殺しにされるのは分かり切っていたが、しかし連絡を怠れば後からどのような叱責を受けるか分からない。
『それとパムフレド様には……お逃げ下され、と』
『…………』
神々の中にもゴブリンを我が子のように思って下さる方もいらっしゃるが、そのような善神は力を失って久しい。
悪魔との戦いに神々の助けはあてにできず、独力で対処する他ないということだが……それがどれだけ絶望的な戦力差か、老ゴブリンは溜め息を吐くこともできなかった。
──ん? そう言えば最近、オーク共を通じて交易の話を持ち掛けてきた者がおったの。オーク共はそ奴らと同盟を結んでおるという話だったが……
駄目で元々。老ゴブリンは、藁にも縋る思いで補佐役にオーク共への文をしたためさせた。
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★アークス緊急幹部会 part4
1:★管理人
つい今し方、ノゥム領のゴブリン勢力が天使の軍勢に攻められているとの情報が入りました。
ゴブリン勢力からの救援要請に対しどのように対応するか、アークスとしての方針を円卓メンバーで協議します。
なお、合理爺は既に現地に向かってもらっており、会議には不参加。
まずノゥム領方面の交渉担当・地面師、状況説明よろ。
2:地面師
かしこまりました。
まず今回救援要請を送ってきたのはノゥム領に点在するゴブリン勢力の一つ。
詳しい天使の数は不明ですが、少なくとも数十体以上が確認されています。
今のところ本格的な戦闘には入っておらず、天使側の戦略目標は不明です。
3:TS聖女ちゃん
ちょっと待ってや。
確認されとるって、その天使共は白昼堂々姿を晒しとるんか?
教国は表向き天使の存在を秘匿しとる筈やけど……
4:地面師
>>3 ゲームだと天使の存在が公になるのは中盤以降ですから、それを気にしておられるのですね?
これに関してはノゥム領の地理的要因が影響しており、すぐに情勢に劇的な変化があるわけではないものと考えております。
5:TS聖女ちゃん
地理的要因?
6:毒エルフ
教国出身の聖女ちゃんはノゥム領がどういうところかまでは知らないか。
簡単に言うとね、ノゥム領っていうのは連邦を構成する小国の一つではあるんだけど、その領土の九割以上がほとんど人の手が入ってない山岳地帯なのよ。
ゴブリンや厄介な山の民が棲みついてることもあってヒューマンが近づくことはほとんどなし。
多少派手に動いても天使の存在が広まる可能性は低い──そういうことでしょ?
7:地面師
おっしゃる通りです。
もう少し補足しますと、ノゥム領はザースデンの東、霊峰サザンピークの北に位置し、教国とも国境を面しておりますが、極めて貧しく扱いにくい土地のため、今までどの勢力からも無視されてきたというのが実情です。
正直、何故このタイミングでノゥム領に天使たちが姿を見せたのか不思議に思っておりまして……
8:氷弓兵
見間違いや罠の可能性も?
9:地面師
否定はしません。
10:★管理人
>>7 ひょっとしたら新たな実験場を求めてのことかもしれないね。
ほら、つい最近俺たちが教国内の実験場を根こそぎ潰しただろう?
11:氷弓兵
……ああ~。
そっか、純粋に実験場を求めるなら、人目に付きにくいノゥム領は都合がいいのか。
人目につかないってことはある程度自由に天使の力を振るえるってことだし、防衛にも向いてる。
俺らを炙り出そうって狙いもあるのかもな。
12:親方ドワーフ
なんじゃ。ワシらが原因ということか?
13:★管理人
あくまで可能性の話だよ。
14:地面師
話を元に戻しますね。
ノゥム領のゴブリンたちは多くとも一〇〇人程度の小部族であちこちに点在して暮らしております。
彼らが信仰しているのはノード神族。
ゴブリン以外にも一部の暗殺者など邪教徒にも広く信仰されています。
一応、ノゥム領トップの背後にもノード神族の影がありますが、旨味の薄い領地のためかその支配は緩やかで、むしろ連邦全土に広く浅く手を伸ばしている神群と言えるでしょう。
15:親方ドワーフ
その言い方じゃと、その神群はゴブリンの庇護者という訳ではないのか?
16:童帝
ノード神族は所謂コウモリというか詐欺師みたいな連中でさ。
神話の時代も、他の神群や信徒を上手く盾にして自分たちはほとんど被害なく切り抜けてるんだよ。
ゴブリンはその盾にされた連中の末裔で、ノード神族はゴブリンに道具としての価値しか見出してないって聞いてるよ。
17:地面師
そうした事情もあって、私たちもゴブリン勢力に対しては積極的な接触を控え、これまで軽い情報収集程度しか行ってこなかったのですが……
18:TS聖女ちゃん
下手にその──ノード神群やっけ?
そいつらに目を付けられても面倒やろうしな。
でもそれなら何でワイらに救援要請っちゅう話になるんや?
19:地面師
それは、その……
20:★管理人
地面師が取り込んだオーク勢力が勝手にゴブリンにも声をかけてたんだよ。
21:地面師
あ、いえそれは私が──!
22:★管理人
事情は正確に把握する必要があるから、地面師もオークを庇うのは無しにしてくれ。
別に俺は君は勿論、オークたちを責める気もない。
これは最初にキチンとそのあたりを取り決めていなかった俺たち全員のミスだ。
23:地面師
…………はい。
24:親方ドワーフ
二人だけで分かりあっとらんでワシらにも説明してくれ。
要は、オークが勝手に同盟を広げようとしたということか?
25:★管理人
ザックリ言えばその通りだよ。
オークとゴブリンたちは元々交流があったから、まずは俺らと交易から始めてみないかって話を広めちゃったみたいなんだ。
それでゴブリンたちは“俺たち”が最終的にゴブリンとの同盟を希望してると解釈したんだろうね。
26:TS聖女ちゃん
あ~……オークたちも善意でやってしもたわけか。
27:地面師
おっしゃる通りです。
私が彼らに最初にキチンと説明しておけば良かったのですが……
28:毒エルフ
それは現実的に難しいんじゃない?
ゴブリンとの交渉を控えてきたのは、バックにいる神群が信用ならないというか、ゴブリンがそいつらに対する人質にならないからでしょ?
それをオークに伝えるってことは、私たちがオークを人質扱いしてることを暴露することにもつながりかねないわけだし……
29:闇商人
適当に誤魔化して伝えるにせよ、どっかでボロが出るリスクはあったやろうな。
これはミスというか、他の勢力と接触していけばどっかでぶつかる問題なんちゃう?
30:★管理人
そうだね。
反省は一旦置いておいて、差し当たって俺らがこのゴブリンたちからの救援要請に対し、どう対応するかを話し合おうか。
31:親方ドワーフ
ん? それは救援要請に応じぬ選択肢もあるということか?
32:教授
そりゃそっすよ。
俺らはゴブリンと同盟を結んでるわけじゃないんだから、連中のためにわざわざリスクを負って助けてやる義理はないでしょ。
33:錬金術師
いやしかし、ここでゴブリンたちを見捨てれば、オークを含めた他の亜人たちとの同盟関係に亀裂が生じませんか?
むしろ積極的に救援要請に応じた方が今後、同盟を拡大する上で有利に働くのではないでしょうか。
34:教授
その為にメンバーにリスクを負えって言うんすか?
戦闘班も戦える面子は増えてきたけど、まだまだ天使クラスと戦える人間は僅かっすよ。
35:毒エルフ
そもそもゴブリンと手を組んでいいのかって問題もあるわよね。
裏にいるノード神群の問題もあるし、ゴブリンたち自身の気質的な問題もある。
私はエルフだから特に悪く伝わってるのかもしれないけど、あいつらって人里に下りてきて悪さしてるイメージしかないのよねぇ……
36:TS聖女ちゃん
確かにゴブスレさんがおったらあり得へん選択肢やな。
実際問題、この世界のゴブリンはどうなんや?
ゴブスレ系なんか、それとも転生ゴブリン系のほのぼのさんなんか。
それによっても話が大分違ってくるやろ。
37:童帝
それに関しては若干ゴブスレ寄りだね。
あそこまで悪辣じゃないけど、略奪種族として人里を襲うことも珍しくはない。
38:TS聖女ちゃん
ならあかんやん。
39:童帝
ただ、それに関しては一概にゴブリンたち自身の責任とも言えないんだ。
彼らは強い者に従順というか、言われたことを忠実に守る種族でもあってね。
悪さをするのは神代でノード神族の尖兵としてヒューマンと戦ってた時の名残でもあるんだよ。
40:TS聖女ちゃん
なら、連中の神さんが悪さすんなって言えば、大人しくなるっちゅうことか?
41:童帝
ノード神族も一枚岩じゃないから断言はできないけど、そうなると思うよ。
42:教授
なら論外っすね。
そのノード神族が信用ならない種族なんすから。
救援は拒否。
オークにはまだ戦力が整ってないって言うしかないんじゃないっすか?
というか、オークはどうするつもりなんすか?
43:地面師
……部族としては動けないものの、一部の有志が救援に向かうつもりだと聞いています。
44:錬金術師
オークたちに与える印象を考えれば、何もなしというのは問題がある様な気がしますね……
45:親方ドワーフ
どうせ天使共の戦力は削らにゃならんのだし、難しいこと考えず助けてやればいいんじゃないか?
46:教授
だ~か~ら~!
戦うにしてもそれが今なのか、リスクを負うメリットがあるのかって話をしてんでしょ!
47:毒エルフ
下手に手を出して天使や連邦の質の悪い悪魔勢力に目を付けられるリスクもあるのよ。
48:親方ドワーフ
おおう……そんな寄ってたかって。
49:★管理人
はいはい。みんな落ち着こうね。
メリットデメリットの問題もあるけど、現実問題具体的な数も分からない天使の軍勢相手に勝てるのかっていう問題もある。
そのあたり実際どうだろう、氷弓兵?
50:氷弓兵
う~ん……話を聞く限り、斥候役──実質威力偵察?──はかなり油断して分散してるんでしょ?
地理的なことも考えれば、そいつらに関しては俺一人でも問題なく狩れると思うよ。
51:TS聖女ちゃん
サラリと怖いこと言うなぁ……
52:氷弓兵
問題は数の分からない本隊の方だけど、連中の動きからするとゴブリンたちを舐め切ってるみたいだし、他の勢力に目を付けられるリスクを考えればそれほど多数ってわけでもないんじゃないかな。精々が二〇〇前後。
全滅させるのは難しいかもしれないけど、撤退に追い込むぐらいなら今の戦闘班の実力でも難しくはない。
ゴブリンやオークに前面に立ってもらえるなら、俺らの被害はかなり抑えられるんじゃないかな。
実際に相手を見てみるまで断言はできないけどね。
53:★管理人
なるほどね。
となると問題は戦いそのものより、その後の影響をどう考えるか、か。
救援に応じるメリットは、オークたちの心証と天使勢力を削れること。
デメリットは、天使や他の悪魔勢力に目を付けられるリスクがあることと、そもそもゴブリンたちと手を組みがたい、ってこと。
54:教授
拒否一択っしょ。
今回に限らず、俺らも救援求められたからって無条件に助けにいけるほど余裕はないんすから、同盟外の連中まで手を伸ばしてられないっすよ。
55:毒エルフ
そもそも信用できない相手のために手を貸すっていうのはねぇ……
56:親方ドワーフ
そうは言うが、選り好みして手を結べる勢力なんぞほとんど残っとらんぞ?
57:錬金術師
ですね。ゴブリンたちはとにかく数が多い。
勢力拡大を考えるなら、できれば取り込むチャンスは逃したくありません。
58:闇商人
そうはいっても、信用できない味方は敵より質が悪いぞ?
59:童帝
う~ん……ゴブリンは根っからの悪性生物って訳じゃないし、アルマスとも相性は悪くない。
個人的には手を貸してあげたいんだけど……
60:氷弓兵
……この戦場だけ考えればどうとでもなるだろうけど、今はまだ指揮を執れるのが俺か合理爺ぐらいしかいない。
あまり他の勢力に目を付けられて戦線を広げるようなことはしたくないかな。
61:★管理人
他の人たちの意見は?
62:地面師
私は冷静な意見を言うには亜人たちに少し感情移入しすぎていますので……
63:TS聖女ちゃん
ワイはどっちでもええかな。
実際にゴブリンを見とらんから、ゴブスレ派とも転生ゴブリン派とも言えんわ。
64:★管理人
ふむ……ここにいない合理爺は、多分戦えるならどうでもいいって言うだろうし、多分救援に賛成派かな。
となると、賛成と反対が四対四で同数か……
65:毒エルフ
管理人本人の意見はどうなのよ?
66:★管理人
俺? 俺は……中立寄りの反対かな。
今の話を聞く限り助けるメリットが薄すぎるし、その後ゴブリンをどう扱うかも厄介な問題だ。
ただそうは言って、いずれ天使とは戦わなけりゃいけないわけだし、これは丁度いい機会とも考えられる。
せめて、ゴブリン周りの問題をどうにかするアイデアでもあればなぁ、とは思うんだけどね。
67:教授
ならそんなアイデアは現実にはないんで、管理人も反対っすね。
反対多数で救援要請は拒否するってことで──
68:■▽★×▲□◇
待って待って~!
待って欲しいんだ~よぅ……!!
69:TS聖女ちゃん
誰やっ!?
70:★管理人
ここのセキュリティはガチガチで同じ転生者でも立ち入りできないはずだぞ!?
71:名無し■女神
落ち着いて欲しいんだ~よぅ!
あたしは敵じゃない!
72:★管理人
女神!? 何だこれ!?
システムが外部からハッキングされて──ああもうっ!
俺の権限でも排除できない!?
73:氷弓兵
落ち着け管理人。
悪意があるならわざわざ書き込みなんてしてこっちに存在を気づかせることしはないだろうし、話があるみたいだぞ。
74:名無しの女神
そうなんだよ!!
あたしの名前はパムフレド。どうかあたしの子供たちを助けてやって欲しいんだ~よぅ!!
来年も引き続きよろしくお願いします。
良いお年を。




