後編(終)
……結局卑山さんが犯人扱いされて連れてかれてしまった。
いや、もしかしたら本当に犯人だったのかもしれないけれど。……もはや俺自身も自分がやったのかどうか分からなくなってしまっている。
つーか、隠したはずの証拠が出てきてそこからバレて有罪とかならまだ分かるけど、知らないアリバイが出てきて無実の証拠になるってなんだよ。どういうことだよ。怖すぎるだろ。
探偵が犯人を特定しようとしていた時はあまりに異常な状況に混乱しているせいでうまく頭が回らなかったけど、落ち着いて考えてみてもワケ分からん。なんだコレ……。
「お疲れさん、省吾君」
「っ! 漢田……!」
呆然としながら立ち尽くしているところに、ヘラヘラと笑いながら漢田が話しかけてきた。
クソ、こいつに罪を擦り付けるつもりだったのに、なんで卑山さんが……!
「ダメだよぉ、捜査の邪魔しちゃ。自分を犯人だって言ってまで庇おうとするとか、どんだけお人よしなんだよ君」
「あ、アンタに何か言われる筋合いは……うわっ!?」
な、なんだ? 反論しようとしたところで、急に肩を組んで顔を近づけてきた。
密着したまま周りに人がいないことを確認してから、小声で俺に囁いてくる。
「大変だったぜ、君に疑いの目が向かないように立ち回るのはさ。そのうえで卑山が殺したってことにしなきゃいけないんだからホントに疲れたよ」
「……は?」
「いや、君が半端な準備ばっかしてたもんだから、それの辻褄を合わせるのにどんだけ苦労したかって話さ。監視カメラの時刻を誤魔化したりできる専門家がオレの伝手にいて助かった。割って捨てたグラスもアルコールでよく洗ったから君の仕込んだB型薬物も検出されずに済んだだろ?」
何を言っている……?
コイツは、何を言っているんだ……!? まさか……!!
「ジョッキグラスにA型薬物を仕込んだのはオレだよ。卑山に難癖つけて、ジョッキを奪い取った隙にチョチョイとね」
「まさか、アンタが悪島を……!?」
「感謝してくれよ。オレが上手く立ち回りながら殺ってなけりゃ、ブタ箱に放り込まれてたのは卑山でもオレでもなく省吾君だったんだぜ?」
嘘だろ!? 俺が罪を擦り付けようとしていた相手が、本当に悪島を殺していたってのか!?
それも卑山さんに冤罪をかけて……!? 何もかもコイツの掌の上だったのかよ!
なんでそんなことを、なら、俺はなんのためにあんな手間をかけてたってんだ……!!
「あ、そうそう。このことを警察にチクってもいいけど、あれだけ状況証拠が揃っているうえに卑山自身が罪を認めていて、おまけに君は捜査の妨害をしたと認識されてるから多分まともに取り合ってもらえないと思うぜ。時間の無駄だからやめときな」
「くっ……! ……なんで、アンタが悪島を? アイツの下にいれば、存分に甘い汁が吸えただろうに」
「確かに金魚のフンになってりゃ楽に稼げただろうけどな。でも、そりゃあできねぇ。それだけは無理な話ってもんだ」
「あんな奴の下に着くのは耐えられなかったってか。そりゃそうだろうけど、アンタなら殺さなくてもどうとでもできたんじゃないか……」
「違う違う、あのクズのことなんざどうでもいいさ。重要なのはそこじゃない」
「なら何が不満だったってんだよ! アイツは、あの野郎は俺がぶっ殺してやりたかったってのに……!!」
「声がでかいっての。いいから落ち着きな」
怒鳴りながら問いかけると、漢田は苦笑いしながら加えた煙草に火を点けて深く吸い込んだ。
天井を見上げつつ紫煙を吐き出して、俺の目を見据えながら答えた。
「恩人の、有沢博士の研究成果を横取りした金儲けなんか許せねぇってことだよ。オレはそんなこたぁ絶対にしねぇし、ホントは博士が進めてきた研究だったってことも近いうちに公表する」
「え……」
お、恩人?
親父が、漢田の? どういうことだ?
「オレにゃ妹がいてよぉ、そいつが難病に罹って余命何年もねぇって時に、有沢博士が病気の進行を抑える薬を開発してくれたんだよ。悪島が利権を独占しようとしたのは、その特効薬を作るための研究でもあったんだ。おかげで妹もあと数か月ほど治療を続けりゃなんとか元通りの生活に戻れそうだ」
「な、なんだって……?」
「オレぁヤクザとも繋がりがあるし、今回みてぇに人殺しだって平気でするクズだ。だが実の妹を助けてくれた恩人を陥れて金儲けするほど腐っちゃいねぇ」
「だから、悪島を殺したのか。……だが、卑山さんに罪を擦り付けやがったのは許せねぇぞ。あの人だって悪島の被害者なんだ! それを……」
冤罪を擦り付けたことを非難すると、落ち着けと言いたげに手を広げて突き出してきた。
そして、漢田の口から信じられない言葉が紡がれた。
「卑山は博士の研究成果を悪島に売り渡した張本人だよ」
「っ!? ひ、卑山さんが!?」
「ああ。被害者ヅラして恨みつらみを並べちゃいたが、悪島から研究成果の横流しと引き換えに莫大な報酬を約束されていたんだよ。表向きは降格されていたし雑用ばっか押し付けられていたことも事実だがな」
「あ、悪島に父親の会社を潰されたって話は、嘘だったのか?」
「いいや。潰されたからこそ、その際に生じた借金を返すために大きな金が要る。そしてそれを全部チャラにできるほどの報酬を悪島にぶら下げられて、その誘惑に乗っちまったんだよアイツは。マッチポンプもいいトコだけどな」
「そう、だったのか……」
「もっとも、アイツが流されやすい性格なうえにあそこまで精神的に追い詰められてなきゃうまくいかなかっただろうけどな。……あるいは、博士を裏切った罪滅ぼしのつもりでわざと自分を犯人だと言ったのかもしれねぇが、もう本人にしか分からねぇことだ」
……つまり、俺は何もかも間違えていたってのかよ。
罪を擦り付けるべき相手は漢田じゃなくて、卑山さんのほうだったんだ。
それどころか、そもそもハナから俺が余計なことをする必要は全くなかった。
とんだピエロだったんじゃねーか、クソ……!
「正直、まだ信じられねぇ。あの、人のよさそうで気弱な卑山さんが、そんな……」
「人が表に見せてる姿なんてのは案外あてにならねぇもんさ。悪島も表向きは多くの人たちを救う製薬会社の重役だが、知っての通り化けの皮一枚剥がれれば真っ黒だしな。まあ要するに、卑山も似たようなもんだったんだろ」
「でも、親父はあの人に何度も助けられたって……いや、だからこそ、親父の研究成果を間近で見て、それを理解できる同僚だったからこそ悪島は…………っ?」
待て。
何かが、何かが引っかかる。
悪島の殺害に使われたA型薬物は、親父が入院してる今じゃ卑山さんしか持ち出せないはずだ。
機密上厳重に保管されていて、その保管庫の暗唱キーを開けられるのも現状じゃ卑山さんしかいない。
なのに、なぜ。
「漢田さん、アンタどうやってA型薬物を保管庫から持ち出せたんだ……?」
「……気付いちまったか。まあ、ちょっと考えりゃ分かることだし当然か」
嫌な予感がする。
何か、とんでもないことを見落としているような……。
「なあ、アンタは本当に自分の筋を通すためだけに悪島を殺したのか? それとも……」
「有沢博士が倒れた時に、オレはすぐに博士のところへ見舞いに行った。病室には、飯もろくに喉を通らずガリガリにやつれた博士がベッドで横たわってた」
俺の言葉を遮って、漢田さんが口を開いた。
これまでのどこか軽い声ではなく、苦々しく重苦しい表情のまま低い声で言葉を続けた。
「その時の博士は、見れたもんじゃなかったな。あの温厚で誰よりも優しい博士が、泣き喚きながらオレに縋り付いてきたんだ。『許せない、難病に苦しむ多くの人を救うために進めてきた研究成果を奪った悪島だけは絶対に許せない』って、これまで見たこともないような顔でな」
「親父が……?」
「状況証拠から、卑山が裏切ってたことも博士は気付いていた。だから代わりに復讐をすると言ったオレに、博士はA型薬物が置いてある保管庫の暗証キーを渡したんだ」
「ま、まさか……!!」
「有沢博士はもう動けない自分の代わりにって、オレにA型薬物を託したんだよ。卑山に罪を被せたうえで、悪島を殺せるようにな……」
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翌日、『卑山による悪島殺害事件』の内容が報道され、数日ほど経つと嘘のように誰も話題にしなくなった。
それとほぼ同時期に発表された親父の研究成果は、後に数えきれないほどの人を救うことになる。
親父が漢田さんに悪島の殺しを依頼したことは、誰も知らない。
仮に俺や漢田さんが真実を告発したとしても、もはやそれを誰も信じはしないだろう。
探偵や刑事に俺が殺したんだってことを話しても、聞き入れてもらえなかったように。
親父の計画通りに事件は、復讐は終わった。
復讐を果たした影響か、病んで寝込んでいた親父もみるみる回復していき、ついには完治して復職し新たな研究室を開いて研究と業務をこなしている。
「省吾、薬剤の運搬を頼む」
「ん、了解」
「いやぁ、お前がここへ入ってきてくれて助かってるよ。この細腕じゃ重いものを持つのがしんどくてねぇ。あー腰が痛いなー」
「無理すんなよ」
俺もそこで助手として働き始めているが、俺が見る限りじゃ親父は事件の前と何も変わらない穏やかで優しい様子のままだった。
この、虫も殺せないような顔した親父が、漢田さんへ殺しの依頼をしただなんて誰が信じられるだろうか。
……ああ、ホントに人は表の顔なんてあてにならないもんなんだな……。
↓元ネタはあにまん掲示板のとあるスレのまとめより
https://animanch.com/archives/20751183.html