中編
漢田が管理しているはずのグラスを、なぜか卑山さんが用意したってことになっている。
さらに、B型薬物を盛ったはずなのに、全然違うA型薬物が検出されたらしい。
いや、どういうことだ、話が違うじゃないか……!
「皆さんに聞いた話によると、悪島さんはこのホテルのスイートにて愛用のグラスを使って一杯やるのが好きだったそうですね」
「……」
「A型薬物を持ち出せるのはあなたと入院中の有沢博士だけ。そしてグラスを用意したのは、あなただ卑山さん」
探偵の言葉に、卑山さんはなぜか俯きながら口を閉じている。
いや、なに黙ってんだよ! 何か反論しないとますます疑われるだけだぞ卑山さん!
「ここまで露骨な証拠が残っていると、逆に他の人間の犯行を疑いそうになるところだが、しかし他に条件を満たせる人間がいない。A型薬物を用意したうえで盛ることができるのはあなたしかいないんですよ」
「……そうですね」
「故に、犯人はあなただ、卑山さん!」
違うっつーの! 俺だよ俺! もっと言うならグラスを管理してるはずの漢田に疑いを向けろよ!
卑山さんも黙ってないで反論しろよ! って思ったところで、卑山さんの口から消え入りそうな声で言葉が紡がれた。
「……はい、私がやりました……」
な ん で だ よ ! ?
なに認めちまってるんだよ! 違うだろ! どう考えてもおかしいだろ!
ヤバい、このままじゃ卑山さんに冤罪がかかっちまう!
……くそっ、仕方ねぇ! 親父が世話になっている人に罪を着せるわけにもいかねぇから、俺が自供するしかねぇ!!
「違います! 卑山さんは犯人じゃありません!」
「ん? なんだね君は?」
「省吾君……?」
「悪島を殺したのは俺なんです! 卑山さんは人殺しなんかできる人じゃありませんよ!!」
ああくそ、言っちまった!
これで計画が全部パアだ!
でも、もう自白することでしか卑山さんの疑いを晴らすことができねぇ! 畜生……!
「悪島のワイングラスに薬物を塗ったのは俺なんです! あとA型じゃなくてB型薬物を塗ったはずです! もう一度調べなおしてください!」
「ワイングラスぅ? 悪島さんの使っていたのはワイングラスじゃなくジョッキ型のグラスだぞ?」
「は、はぁ!?」
「なんでも、お気に入りのワイングラスを誤って割ってしまったとかで、急遽代わりのグラスを用意したらしいぞ。そしてそれを用意したのが卑山さんだっていう話なのだが……」
え、じゃあ俺が薬物を塗ったグラスは割れちまって使われなかったってことか? ダメじゃん。
……待て。そうなるとA型薬物はどっから出てきたんだよ!?
「省吾君、いいんだよ。庇う必要はない。君のお父さんの同僚だからって、自分が罪を被ってまで助けようとしなくていいんだ」
「ち、違っ、そんなつもりじゃ!」
「ほほう、彼は有沢博士の息子さんなのですか。なるほど、いきなりなに素っ頓狂なことを言い出したかと思ったが、まさか自ら冤罪を受けてまで庇おうとするとはな。随分と情に厚いというか……」
「いやだから違うっつーの!! グラスに薬を塗った時間だって覚えてる! 監視カメラに映らないようにしてたけど、間違いなく午後7時25分くらいに仕込んだはずだ!」
「んー? おかしいですね、その時間帯には君を含めた人たちの映像が、会場のカメラに写っていたはずですよ。ほら、コレ君でしょ? 赤みがかったスーツだから分かりやすいし、間違いないでしょ」
「え、なんで!?」
探偵がノートPCを取り出し、ホテルの監視カメラの映像らしきものを見せてきた。
7時から8時までの会場の様子を早送りで映しているが、そこには確かに俺が映っていて一度も退席した様子がなかった。
……俺その時間そこにいたっけ?
知らないアリバイができてる……!? なんだよコレは!? こえーよ!!
「……省吾君、無理しなくていいよ」
「これで決まりだな。君の言い分には何一つ証拠もないし、筋も通らない。よって、君は犯人ではない」
やめろ! 探偵も卑山さんもそんな『いいんだよ……』みたいな顔でこっち見んな!
ホントに俺が犯人なんだって!
「違うんです! 勘違い、なにかの間違いなんですって!」
「ええい、しつこいぞ! もうネタは上がっているんだ! 君が何を言おうと状況は覆らない!」
「だから、その人は犯人じゃありませんって! 俺が犯人なんですよ!!」
……今更だけど、なんで俺はこんなに必死になって自分が犯人だって自供してんだ?
「んなわけあるか! もう証拠は揃ってるんだ! 犯人は卑山さんで、君は無罪だということをいい加減認めろ!!」
「はい……私が犯人です……」
「いやなんでだよ!? アンタ関係ないだろ!!」
「卑山さん、動機を伺っても?」
「……私は、私の父親の会社は、かつて悪島部長に潰されたんです。それが原因で借金地獄に陥って、父も母も心労が祟って早逝し、私も毎日毎日死にたかった」
なんか知らない動機を自供し始めた!?
しかも俺より動機が重い!
「それでもなんとか私なりに頑張っていたんですが、勤めていた研究室での成果も悪島に奪われて、主任からヒラに落とされてしまい毎日コキ使われる日々を過ごしていました」
「それは、なんとも……」
「毎日毎日、悪島を殺すことばかり考えていましたよ。夜、夢に見るどころか、白昼夢すら見るくらいにね。今日だって何度も何度も……まさか本当にやってしまうとは自分でも驚きでしたが」
俺より殺意が高い!!
そんな事情知らなかったぞ俺!? てかやっぱ悪島は死ぬべきだったと思う。うん。
……どうしよう、ホントに俺が犯人じゃない気がしてきた……。
てか卑山さんも『ホントに私が殺したんです』みたいな感じで語ってるし。いいのかそれで。
「動機も証拠も全て揃っているし、本人も自供している。これで解決だな」
「いや、でも……!」
「ああ、念のため割れて廃棄されたワイングラスのほうも調べてもらったんだが、薬物の反応は特に検出されなかったそうだ。君はやはり卑山さんを庇おうとして嘘を吐いていただけだ。気持ちは分かるが、捜査の妨害をしてはいけないよ。まあ事情が事情だし、今回は見逃そう。では、1時55分、殺人の罪で逮捕する!」
「はい……」
警部が俺を諫めた後に、卑山さんの両手に手錠をかけた。
……いや、はいじゃねーんだよ!
なんか俺の証拠だけことごとく消えてて知らないアリバイが増えてるのはどういうことなんだよ!?
ちょっと! 警部! 探偵! 卑山さん! 行くな!
まだ解決してない! 多分なんかすっごい重要なこと見落としてるぞ!
ちょ、待って! 待てって! おぉぉおおいいい!!