前編
「違うんです! 勘違い、なにかの間違いなんですって!」
「ええい、しつこいぞ! もうネタは上がっているんだ! 君が何を言おうと状況は覆らない!」
弁明しようとする俺を、探偵が怒鳴って諫めてくる。
どうして、どうしてこうなっちまったんだ……!
俺は確かにアイツを、悪島を殺した。
そしてその罪をあの野郎に擦り付けてやろうと思って、綿密な計画を立てて暗殺を実行したはずなのに……!!
「だから、その人は犯人じゃありませんって! 俺が犯人なんですよ!!」
……なんで俺はこんなに必死になって自分が犯人だって自供してんだ?
「んなわけあるか! もう証拠は揃ってるんだ! 犯人は卑山さんで、君は無罪だということをいい加減認めろ!!」
「はい……私が犯人です……」
「いやなんでだよ!? アンタ関係ないだろ!!」
なんか罪を着せようとした奴と全然違う人が犯人扱いされてるんだけど!
しかも本人が認めてるってどういうことなんだよ!? アンタマジでなに言ってんの!?
なんの罪もない人に冤罪おっ被せるわけにもいかないから、観念して自白したってのに全然聞き入れてもらえねぇし!
なんだこの状況は、いったい何がどうなっているんだ……?!
~~~~~
俺こと『有沢省吾』がヤツを殺すことを決心したのは、大切なものを奪われたショックで心身を壊して寝たきりになってしまった親父が、病室で一人啜り泣いていたのを見た時だ。
とある難病を治すために、必死になって頑張ってきた親父の研究成果を横取りして、自分の私腹を肥やすための材料にしやがったあの野郎、『悪島黒蔵』を絶対に許さねぇってな。
これから数えきれないほどの人を治すための成果を、あの野郎がかすめ取って限られた金持ちだけに提供して、自分だけに利を集中させるようにしやがった。
クソ野郎が、テメェなんざ生まれてきたことそのものが間違いなんだ!
テメェさえいなけりゃ、親父は……!
殺す、絶対に殺してやる!!
そう誓いを立ててから、悪島を殺す計画を練った。
殺すタイミングは研究成果の発表を終えた後に開かれる祝賀会、その後に宿泊する部屋にいる時だ。
親父の代理人として形ばかりの出席を頼まれたのは幸運だった。
おかげで悪島を殺すための場を整えることができたぜ。
部屋の中に悪島以外誰もいない状況で、俺に疑いが向かないように立ち回り、なおかつ特定の人間が犯人だって思われるような状況をつくる。
回りくどい手だが、親父の無念を晴らしてなおかつ捕まらないようにするためにはこれくらい入念にしなきゃダメだ。
……本当は、あの優しい親父はこんなこと望んじゃいないだろうけどな。
親父のためとか言っておきながら、本当はただ俺が勝手にムカついて殺そうとしているだけだ。
そのくせ、自分が捕まるのが嫌だから、悪島の仲間も一緒に制裁するなんてお題目立てて冤罪を着せようとしてる。
……俺も立派なゲス野郎だな。
ゲスでもいい。悪島を殺してその仲間を陥れられるなら、それ以下のクズになってでもやり遂げてやる。
「……大丈夫? なんだかつらそうな顔してるけど……」
小太りの中年男性、親父の同僚の『卑山』さんが心配そうに声をかけてきた。
「あ、いえ……ちょっと昨日夜更かししちゃって眠いんですよ」
「そうか、あまり無理はしないでね」
「すみません」
そう言って、どこか疲れたような笑顔で気使ってくれるのを見ると申し訳なさすら感じてしまう。
というか、俺よりもむしろアンタのほうが顔色が悪いだろ。ちゃんと寝てんのか?
……この人も大変だよな。親父と一緒の研究室にいたってだけで主任からヒラへ格下げされちまって、今では悪島のパシリみたいな扱いらしい。
今回の祝賀会会場となるホテルの段取りとか、そのまま泊まるための部屋の確保といった雑用ばかり押し付けられている。
親父はこの人に随分と助けられてたって言ってたし、悪島が死んで人事が正しく整理されれば卑山さんも主任へ戻れるかもしれない。
そのためにってわけじゃないが、なんとしても悪島の野郎は殺さねぇと。
「おい、卑山! こんなトコでなぁに油売ってやがる! グズグズしてないで記念撮影の準備手伝いに行けや!」
「え? き、記念撮影の準備は、相沢さんが担当では……?」
「あぁ!? 相沢は体調不良でドタキャンしやがったからいねぇよ! 相沢がいねぇ時はテメェが担当だって事前に説明受けてただろうが! ったく、そんなだからヒラにまで落とされんだよグズが!」
「そ、そうでしたか……うぅ……」
そんな卑山さんを怒鳴りつけている強面でガラの悪い男が、悪島の側近というか腰巾着の『漢田』。
俺が悪島殺害の罪を擦り付けようとしている相手だ。
自分以外の人間、特に卑山さんに対しては酷く高圧的な態度をとる男で、ヤクザだと言われても信じてしまいそうなほど厳つい。
現にヤクザらしき男たちと話しているのを見たことがあるって話もチラホラある。
営業スマイルを見せるのは顧客相手か悪島くらいなもので、それも明らかに『自分の利』のためだ。
ただ、俺の親父には妙に丁寧な態度をとっていたらしいが、どうせそれも研究成果を掠め取るために近付きやすい雰囲気を出していただけって話だろう。
「漢田さん、そんな説明されてましたっけ……?」
「いや全然。アイツ、自分に自信がねぇうえに思い込みが激しくて、ちょっと怒鳴ってやりゃすぐ言いなりになって動くから雑用押し付けただけだよ。ありゃもう自己催眠のレベルだなハハハッ」
漢田の隣にいた男が問いかけると、そんな最低なことを抜かしやがる。
悪島の側近に相応しい小物だ。せいぜい冤罪でムショに叩き込まれてクサい飯を味わえばいいさ。
祝賀会はつつがなく進行し、終わったころには悪島もバカ騒ぎに疲れたのかすぐに予約していた部屋へ入っていった。
悪島の部屋は、このホテルの最上階にあるメインスイートルーム。
その夜景が最高だとか何度も何度も聞かされてうんざりしていたと親父が言っていた通り、今日もその部屋へ宿泊する予定になっていた。
テメェの見る最後の夜景だ。存分に堪能すればいいさ。
~~~~~
そうして悪島が部屋に入ってから数時間後、悪島のいる部屋のほうから悲鳴が聞こえてきた。
ルームサービスを持って入ったホテルの従業員が、既に事切れている悪島を発見したようだ。
……うまくいったようだな。
『ホテル内の皆様にお知らせします。恐れ入りますが、一階のホールにお集まりいただき待機してください。捜査の都合上、現在ホテルの外へ出ないようにお願いします―――』
店内のスピーカーからそんな放送が響く。
すぐさま警察に通報され、祝賀会に参加した者たちはもちろん、ホテルにいた人間全員が広間に集合して待機するように指示が出された。
悪島はこういった行事の後に、専用のスイートルームで景色を眺めながら一杯やるのがいつものパターンらしい。
毒殺してくださいと言わんばかりに、おあつらえ向きに専用のグラスまで用意してな。
その専用グラスに、漢田がよく取り扱っている『B型薬物』を塗っておいた。
無色透明で無味無臭、しかも布で拭いたり水洗いしたくらいじゃまともに落ちない特殊な溶剤だ。
アルコールなんかを含んだ液体によく溶ける性質があって、そこに酒を注げばB型薬物入りの毒酒の出来上がりってわけだ。
B型薬物は開発中の新薬で、強心作用があるがちょっとでも過剰に摂取すると心不全を引き起こして死に至らしめる。
本来なら色々と混ぜ物をして希釈してから取り扱う薬物だが、今回は原液を仕込んでやった。
その効果は、すぐに悪島が死んだことを見ればどれだけ覿面だったかがよく分かる。
親父の研究室にサンプルとしていくつか置いてあるのを失敬して使ったんだが、普段からB型薬物をよく取り扱っているのは漢田だ。
親父や卑山さんへ疑いの目が向けられることはないだろう。他の研究室にも常備してあるらしいし、万が一そこまで遡ったとしても薬剤使用記録を書き換えておいたからバレやしない。
放送があってからおよそ2時間が経った。
ずっと警察が現場検証しているようだが、果たしてうまく誘導できているだろうか……。
『皆様にお知らせします。10分後に現状の説明および事情聴取を行いますので、それまでにお手洗いやお電話などの御用事を済ませて頂きますようお願いいたします』
……事情聴取?
待機している間に簡単な質問をいくつかされていたが、それとは別に何かあるのか?
なんて思いながらしばらく待っていると、警部と思しき人たちとともに一人の男性がホールへ入ってきた。
ベージュのトレンチコートを着込みブラウンのハットを被り、パイプを咥えて紫煙をふかしている。
……なんてアナクロでコテコテな格好だ。百人が見て百二十人が探偵だって答えそうなくらい探偵らしい恰好をしている。
これでホームズとか明智とかいう名前だったら噴き出しちまいそうだ。
「関係者とホテルの従業員全員を集めたが、これでいいのかね光秀君」
「はい、ありがとうございます」
いや光秀?! そっちの明智かよ!
警部が呼んだ探偵の名前に、俺の後ろに座っていた人たちも同じことを思ったのか、何人か鼻から噴き出してしまった音が聞こえた。
た、耐えろ、笑っちゃだめだ。目ぇつけられたら犯人が俺だってことがばれちまうかもしれねぇ。
「さて、お集りの皆様へ大事な話があります。どうか落ち着いて静かに聞いてくださいますようお願いいたします」
笑いそうになるのをこらえているところに、光秀とかいう探偵が妙に渋い声で呼びかけた。
……これはアレか。探偵ものの小説やドラマなんかでよくある推理パートってヤツか。
「二時間ほど前に、このホテルの一室で悪島黒蔵さんが亡くなっているのが発見されました。発見された時点で既に救命措置も間に合う状態ではなかったようです」
そう告げると、会場が一気にざわついた。
大半の人間は驚く表情をしていて、一部は恐怖からか顔を青くして震えている。
そしてごく一部の人間は口元を押さえて一見ショックを受けているように見えて、しかし目元は笑っているのが分かった。
……悪島が死んで嬉しいのは俺だけじゃないってことか。
「静粛に。重要なのはここからですよ。検死の結果、悪島さんの死因はとある薬物の過剰摂取によるものと判明しました」
最新の薬物なのに、たった二時間でよく死因の薬物まで特定できたな。
まあ死因が心不全で、それを引き起こす危険性のある薬物を取り扱っている会社なら、最新のB型薬物を含めて検証するのは当然。
さらに、愛用のグラスを含めた悪島の身の回りの物を管理しているのは漢田だ。B型薬物も漢田が取り扱うことが多い。
だから真っ先に疑われるのは漢田だし、それを狙ってB型薬物を使ったんだ。
なのに―――
「悪島さんが飲んでいたと思しきワインからは『A型薬物』が検出されました。鎮静作用のある薬らしいですが、過剰摂取するとオーバードーズの後に死に至る薬です。これは入院中の有沢博士と同僚である卑山さんの研究室でしか扱っていない薬物だそうですね」
……は?
A型? ……B型じゃなくて?
「そして、悪島さんの使っていたグラスを用意したのは……卑山さん、あなただそうですね?」
「っ……!」
え、卑山さんが!?
ちょ、ちょっと待て! 漢田がグラスを管理してるんじゃなかったのかよ!?
何かが、何かがおかしい!
もしかして俺は、とんでもないポカをやらかしてしまったのか……!?