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双子の妹にはめられて力を失った廃棄予定の聖女は、王太子殿下に求婚される~聖女から王妃への転職はありでしょうか?~

 どれだけ意識を失っていたのだろうか。もしかするとほんの数分のことなのかもしれない。背中を蹴られる感覚で、私はぼんやりとする意識を取り戻した。



「ああ、まだ生きていたのですね」



 見上げるとそこには、私と同じ顔をした双子の妹のエレーネがいた。そして何とも残念だと言わんばかりに、盛大なため息をつく。


 私は一瞬意味が理解できず、瞬きをした。まだ? それってどういう意味なの?



「あー、でも全然動けないところを見ると、禁忌だった生命力の魔力変換を行ったんですねお姉さま」

「え……レーネ?」

「やだ、汚い手なんてわたしに伸ばさないで下さいな」



 やや小馬鹿にしたように、エレーネは地に伸ばした私の手を踏みつけた。



「ああああぁぁ!」



 痛みと胸の痛み、そして感じたことのない感情が全身を締め付ける。


 どうして? なんで? 私はエレーネのために身代わりになったというのに。



「あはははは。笑える。全くワケが分からないといった顔ですね、お姉さま」

「ぅぅぅぅ」

「やだ、ホントに惨めすぎるわ。こんなことなら一思いに死んでしまった方が、聖女としての華がありましたのに~。ざーんねん」


「なん、で?」

「あら、ホントに分からないんですの? そんなの決まってるじゃないですか。目障りだったからですよ、お姉さま」

「めざ……わり?」


 私はエレーネの言った言葉の意味を、回らない頭で考える。どうしてこんなことになったのかしら。


 私がいけなかったの? 全部はこの子のために、ただ頑張った結果だというのに……。



     ◇     ◇     ◇



 幾日も前から、雨期でもないのに降り続く雨。そのせいでこの広い王都にはいろんな報告が上がっていた。


 土砂崩れや川の氾濫、そのために幾人もの命が失われていく。異変を感じ取った王家と教会は、国の隅々までに兵や人を派遣した。


 そこで一つの異変が見つかった。


 王都の最北にある北の山の麓には、大昔に初代聖女が施した結界の大魔方陣が敷かれている。その魔方陣に亀裂が入っているというものだった。


 大神官は今置かれた王都の状況を、ただ分かりやすく端的に説明していく。このままでは王都だけではなく、この大陸をも滅びるかもしれないことをーー



「大神官様、その話は本当なのですか?」



 私たち姉妹以外にも、ほぼ全ての神職の者たちを集めた聖堂には小さな声で話すたくさんの声で溢れていた。


 先ほどされた大神官の話を、誰もが信じられなかった……いや、信じたくなどなかったから、だ。


 初代聖女は、私たちからすればほぼ伝説上のお方だ。凄まじい魔力と、恐ろしい戦闘力を持って、仲間と共に北の地に厄災と呼ばれた魔物たちを封じ込めた人。


 魔法も剣も使えたというのだから、相当な強さだったと思う。


 この時代にも魔力と言うものは残ってはいるものの、厄災を封じ込めた頃よりどんどんその力はこの地から消失しつつある。


 だからこそ、魔力を扱うことが出来る私たち姉妹は聖女としてこの教会に迎えられた。


 

「聖女イリーナ、残念ながらその質問は本当だと答えるしかないのだよ」

「そんな……」



 落胆する大神官の言葉に、ざわつきは大きくなるばかり。 誰もが皆、不安でしかなかった。


 だってもう、初代聖女のような力を持つ者は誰もいないから。そう私たち姉妹ですら、おそらくその足元にもおよびはしない。



「でも、その大魔方陣を敷きなおせば良いだけではないんですかー?」

「エレーネ、でも敷き直すって言っても私たちでは……」

「だって大神官様の話では、まだ完全に破られたワケではないんでしょう? それなら、今ある大魔方陣の上に重ねちゃえば何とかなるんじゃないかなぁ」

「重ねる……」



 確かに今は亀裂が入っただけの状態で、全部が破られてしまったわけではない。


 前の大魔方陣を繋ぎ合わせるように塞いだり、上からもう一枚被せてしまえればなんとかなるのかしら。



「さすが聖女エレーネ」

「聖女エレーネは聡明でいらっしゃる」



 ざわつく声が、妹を褒めたたえる声に変わった。確かに妹の言うように、それが出来るのならそんなに大きな魔力がない私たちでも出来るかもしれない。



「可能かもしれないし、可能ではないかもしれない」

「それはどういう意味ですか?」



 大神官様にしては、ずいぶん歯切れの悪い言い方だった。可能かどうかわからないというより、むしろその言い方ではほぼ無理と言っているようだわ。



「封印の大魔方陣自体、発動させるのに多くの魔力が必要なのだ。しかも、先程の聖女エレーネが言った通りに術を行うのならば北の地に行かなければならない」

「大きな魔力に……しかも、北の地で儀式を行う」



 つまり、だ。


 おそらくこの術の発動は、私には難しいと遠巻きに言っているのね。しかも北の地で術を展開……。今、北の地は溢れた厄災により魔物が多くいると聞くし。


 そんな地に、()()()エレーネが赴くだなんて無茶だわ。



「北の地に行くのはさすがに危険すぎるのでは?」

「いや、それよりももっと大きな問題があるのだよ聖女イリーネ」



 大神官はその視線を落とし、私たち姉妹から目を背けた。北の地に、エレーネを連れて行くだけでも大変なのにそれ以上にまだあるだなんて。



「もっと大きな問題と言うのは、何なのですか大神官様」

「……あの術、第魔方陣は多大なる魔力を必要とするばかりか、己の魔力を引き換えに発動させるものなのだよ」

「魔力と引き換えにって、魔力ってなくなるんですか!?」



 今まで静かに隣で聞いていたエレーネが急に大きな声を上げる。


 それもそうね。魔力がなくなってしまったら、私たちはどうなるのかしら。だって私たちが聖女でいられるのは、この魔力があるおかげ。


 なくなったらただの人でしかない。そうなったら、ココにいれるのかしら。



「でも、行わなければこの国は滅びるでしょう。我々教会は、なんとしても滅亡を回避しなくてはなりません」

「わ、わたしは無理です!」

「エレーネ……」

「だって、だってイリーナお姉様、わたしには無理ですわ。北の地に赴くだなんて」



 それは分かっている。少なくとも北の地までは馬車で三日。距離もそうだけど、前線に出るなんて無理だろう。



「しかし聖女エレーネ、聖女イリーナの魔力ではおそらく術に耐えられない」

「そんなのやってみないと分からないではないですか!」

「だがそなたの方が、成功する可能性が高い」


「でも!」

「この国の聖女を二人も失うワケにはいかないのだよ」

「でしたら大神官様は、わたしに死ねとおっしゃるのですか!」


「エレーナ、誰も大神官様はそんなことをおっしゃってなどいないではないの。落ち着きなさい」

「だってしょうでしょう? わたしたちはココでずっと聖女としてだけ生きてきたのよ。今更、この力を失ってしまったらどうやって生きていくというのよ」



 どうやって、か。


 ここから追い出されたら、残るのは元聖女という称号だけ。確かにそれだけでは生きていくのが難しいのは分かる。


 幼い頃、ここに引き取られて以来、私たちは外の世界などほとんど知らないから。普通に生きていくの、普通が分からないものね。


 鳥籠の中で生きてきて、このまま鳥籠の中で死んでいくモノだと思っていたのだけど。



「どのみち先代の聖女様が施した結界が壊れてしまえば、みんな死んでしまうかもしれないのよ? そうなればどうやっても何もなくなるわ。だからこそ、私たちは今出来ることをしていかないと」


「そんなの綺麗ごとじゃない。お姉様は自分のことじゃないから、そんなことをおっしゃるのよ! ひどいわ」

「私はそんなつもりでは……」


「もしわたしの力がなくなったら、教会だって困るのに。それなのに見捨てるだなんて……」



 私よりも魔力量の多いエレーナは、確かにこの教会の柱であった。この子が柱で、私はあくまでも補佐。

エレーナの力がなくなれば困るというのは分かるけど。



「仕方ないのですよ、聖女エレーナ」



 取り乱すエレーナに、大神官は首を横に振った。自分のことじゃないから、か。代われるものなら、代わってあげたい。

 なんで私には力がないのだろう。



「仕方がないって、それは大神官様がわたしではないからそんな無責任が言えるんです。力をなくした聖女なんて、使い道ないじゃない!」

「言いすぎですよ聖女エレーナ。この国のために尽くした者が、どうしてそんなことになるのですか」


「なるに決まってます!」

「落ち着きなさい、エレーナ」

「嫌よ、絶対に嫌! わたしはこんな方法、認めないわ」



 叫ぶエレーナに、聖堂内は混沌となった。


 収まりがつかないと判断した大神官は、また個別で話そうとだけ告げ、その場は解散となった。エレーナの落胆と言うか、取り乱しぶりは大変だった。


 あんなに叫んで泣き崩れたから、きっと今日は熱を出すわね。何度思い出しても、どうしようもなさだけがこの胸を駆け巡る。


 私はあまりにも非力だった。



   ◇     ◇     ◇



 神からの啓示などそんなに都合よく降りるわけもなく、ただ私の祈りは虚しく聖堂に消えていった。


 大神官の話があってから数日、エレーナは案の定熱を出してしまい面会出来なかった。やっと許可が下りた時にはもう、明日この王都を出発する予定となっていた。


 もちろんエレーナはこの出発に納得などしていない。部屋で泣き続け、具合が悪くなる一方だということで今日やっと面会が許可されたのだ。


 私はエレーナの部屋の前で深呼吸をしてから、入室する。



「エレーナ、大丈夫?」

「イリーナお姉様!」



 私の顔を見るなり、ベッドから今にも飛び出してくる勢いでエレーナが上体を起こした。いつも以上に白く血色の悪い肌。前にあった時よりも少しやつれたようになっている。


 ふわふわと羽根のようなその髪も一つに結われ、ぱさぱさしてしまっていた。



「ああ、すっかりやつれてしまって」



 私はエレーナのベッド横に置かれた椅子に腰かけた。そしてエレーナの頬に触れる。冷たく、元気の欠片もない顔だ。


 こんなになるほど……嫌なのね。私とは違いエレーナは聖女というものに固執していたから、仕方ないわね。



「お姉様、わたし嫌です! 明日出発などしたくない。怖いんです、お姉様、お姉様!」

「エレーナ……私も行くわ。どこまで役に立つかは分からないけど」

「役に立つかとかじゃなくて!」

「でも、私では術を成功させるのは無理よ?」



 妹の望みは知っている。私に代わってもらいたいことなど。


 

「わたしを見殺しにするのですか?」



 私の膝に、エレーナは泣き崩れた。どうすればいいのだろうか。もっと力があれば、代わってあげられるのに。


 もどかしさと、悔しさが入り混じった感情がぐるぐると胸の中を渦巻く。



「見殺しにだなんて……」

「だってそうではないですか。お姉様の言っていることは綺麗ごとです。自分のことじゃないから、そんな風に言えるのですわ」



 

 力を失う()()。そう。だけ、なんだけどね。別に死ぬわけではない。言うのは簡単だけど、この子にとってはそれ生きることと同じなのね。



「お姉様……助けて下さい。わたしを見捨てないで……」

「……エレーナに変装して私が行くわ。でもおそらく術は……。だからね、もし私が失敗したらあとはお願いね」

「お姉様! お姉様大好きです」



 私の言葉に、さきほどまでの涙が嘘だったかのように大輪の花が咲く。こんなことをして大丈夫なワケがない。


 でも可愛い妹の切実な願いを聞き届けないほど、非情にもなれそうになかった。髪の色以外はとても似ているから、隠してしまえば見た目だけならなんとかなるけど。


 ただ私が失敗してどうしようもなくなれば、きっとエレーネも諦めてくれるかもしれないわね。


 この子一人にだけ背負わすわけにはいかないもの。私も覚悟を決めるわ。エレーネの髪を撫でながら、明日のことを考えていた。

 


     ◇     ◇     ◇



 ベールの中に全て髪を隠し、私たちは二人で国の用意した馬車に乗り込んだ。騎士たちが私たちの馬車を囲むように馬に乗り森の中を進んで行く。


 

「イリーナお姉様、いくらわたしたちが似ているといっても、声を出したらバレてしまいますからね」

「ええ、分かってるわ」

「それに外の国王軍の方たちには見分けがつかなくても、神殿の者ならば髪を隠しただけではきっと意味がないですし」

「それも何度も聞いたわ」



 私が身代わりになることで心に余裕が出来たのか、エレーネはいつになく饒舌だった。


 馬車に乗り込むとすぐに私に封印のやり方を伝え、いかに私とエレーネの入れ替わりがバレたら大変なことになるか懇々と伝えている。


 封印の大切さと重要さ。聖女を仕事と割り切る私なんかよりも、使命感においてはエレーネの方が情熱的なのかもしれないわね。


 私はただ、成功させなければいけない。その頭しかなかったけど、エレーネを見ているとそんな風に思えた。熱意っていうのかしら。エレーネにとったら、聖女であることは本当に誇りなのね。


 それも分からなくはない。私たちは孤児であり、この力が発現するまではとても貧しく……みすぼらしく生きてきたのだから。



「お姉様、そんなにぼんやりとなさっていて大丈夫なのですか?」

「ちゃんと聞いているわ。今回の封印が上手くいかなければこの国だけではなく、世界にも危機が訪れることをね」

「それなら!」


「でもねエレーネ。何度も言うけど、私はあなたよりも力がないのよ?」

「そんなの分かってます!」



 分かっていても、なのね。聖女にしがみ付いたって、この世界が滅びてしまったら意味がないというのに。


 それでも私の術が失敗すれば、この子が逃げることも出来なくなるでしょう。自分だけが力を失うのが怖いのね、きっと。私は姉だから、最後までこの子の前に立ち続けましょう。



「私はあなたの盾となるわ。だから何かあった時は頼むわね」

「ええ、もちろんですわお姉様」



 その花のような笑みが、私にはどこか毒を持っているような気がして思わずゾクリとした。



「聖女様、聖女様、大変です!」



 不意にガタガタという大きな音を立てながら馬車が停まり、外から雄たけびにも似た声が上がった。私は隣に座るエレーネをかばうように、その肩を抱く。


 一体、何が起きたというの? すごい音と声だわ。



「何が起きたのですか?」



 私の代わりにエレーネが声を上げた。



「外に魔物たちが! このままではこの馬車も危険です。封印まではこの道を真っすぐいった少し先にあります!」

「この先に……」



 馬車の小窓から外を覗き見れば、騎士たちが馬から降り戦闘を始めていた。その魔物の数は、騎士たちの二倍はいるだろうか。この数が街へと考えたら、それはもう絶望的に近い。


 封印を急がなければ、騎士様たちも危ないわ。



「ここは死守します! どうかこの先の封印へ!」

「分かりました。もしもの時のために()はここに残します。ですので、あとを頼みます!」



 私はエレーネの顔をもう一度見た。大切な大切な私の双子の妹。もしかするともう二度と会えないかもしれない。だからこそ、行かなければ。


 

「あとは頼むわね」

「……ええ、大丈夫よ。心配しないで」



 私はその返事だけ聞くと馬車を飛び出した。


 鬱蒼と茂る木々。蒸し返し、肌に纏わりつくような熱気。私は何度も木の根や泥に足を取られながらも、ただ前に進んだ。少しでも早く。焦る気持ちを抑えかき分けるように進むと、急に森が開けた。


 その開けた空間だけはまるで異次元のように、音もなく、空気がひんやりとしている。



「ここが封印の地? すごいわね」



 山壁を綺麗にそぎ落としたような岩肌には封印の紋章が浮かび上がり、その前に祭壇があった。



「ああ。これは……」



 よく見れば封印には所々亀裂のようなものが縦に無数走っている。中から出来た傷なのか、外から出来てしまったものなのか。


 ともすればこの岩肌ごと、崩れ落ちてしまうのではないかという感覚を覚えた。


 そしてゆっくりと祭壇に近づくにつれ、封印の奥にから溢れてくる魔力のような力が私を押し戻そうとする。



「ダメよ、イリーナ……。逃げたらエレーネも騎士様たちもみんな助けられないわ。私がしっかりしないと」



 両頬を叩き気合を入れると、祭壇の中央に跪き祈りをささげる。



「聖なる御力は聖なる結界となりて、悪しき者たちを阻まん。ホーリーバリア!」



 祈りを捧げた腕を結界へと伸ばすと、網目状の術式展開が岩肌を覆っていく。そしてそれと同時に体内にある魔力をごっそりと奪っていった。


 ああ、でも……。


 元ある封印に重ねるようにかけた結界は、私の魔力全てを注いでも覆いつくすことは出来ない。



「くぅっっっ!」



 魔力だけではない、生命力を注ぎ込んでもこれでは無理だわ。諦めちゃダメだと言いながらも、心が折れそうな自分がいる。


 私にエレーネほどの魔力があったら……。もう少し力があれば……。


 でもそんな泣き言は誰の耳に届くこともない。本来は禁止されている生命量の魔力変換を行って、全て使い切ったとしてもこのままではどうにもならない。


 私は元の封印を覆いつくすことを諦め、代わりに魔力を糸のように細く縒り、元の結界を縫い合わせていく。



「かはっ! くっ、まだ、なのに……後、少し、まだ……ダメよ」



 抜けて行く力と比例するように、何かが心臓を締め上げていく。そしてその苦しみに口を開けば、口から血がにじみ出す。ダメよ。あと少し、もう少しなの。だからお願い。体よ、持ちこたえて。


 ゆっくりと丁寧に刺繍を施すように、魔力の糸で綻びた結界が縫い合わされていった。そしてすべての亀裂箇所に魔力の糸が行きわたると、封印の結界が強く輝き出した。その光はこの開けた空間から空にキーンという甲高い音をたてて、飛び立ってく。



「ふふふ良かった。なんとか……もったみたい、ね」



 息を吹き返した結界を見届けると、私は意識を失ったのだった。


 そして目を覚ました瞬間がコレだ。どうして? なんで? 私はエレーネのために身代わりになったというのに。



「あはははは。笑える。全くワケが分からないといった顔ですね、お姉様」

「ぅぅぅぅ」

「やだ、ホントに惨めすぎるわ。こんなことなら一思いに死んでしまった方が、聖女としての華がありましたのに~。ざーんねん」


「なん、で?」

「あら、ホントに分からないんですの? そんなの決まってるじゃないですか。目障りだったからですよ」

「めざ……わり?」


「だってそうでしょう? 同じ顔で、同じ聖女? 冗談じゃないわ。わたしの方があんたなんかよりもずっとずっと優れているのに!」



 エレーネは屈みこみながら、私を見た。ただ憎しみに溢れるようなその瞳が私を写す。


 いつからこの子の瞳は、こんなにも濁ってしまったのだろう。いつからこんな風に私を憎んでいたのだろう。


 今日まで私はずっと隣にいたのに、全く気づきもしなかった。踏まれた手が痛みを感じないほど、ただ悲しみが頬を伝い落ちる。



「邪魔だったのですよ。ずっとずっと、ずーーっと、ね。この世界に崇拝されるべき聖女はわたし一人で充分。だからとっとと死んでくださっていいのですよ?」

「私は……エレーネのこと……」


「可愛い妹? 冗談ではないわ。同じ顔だからこそ、嫌なのよ! とっとと死んで。そのために、これを計画したんだから」

「どういう、こと? まさか、あ……なた!」



 計画した? これを?


 

「お姉様は、いつもとーっても偽善的でしたからね。きっとわたしの代わりに術を使ってくださると思ってたんですよ」

「そんなこと、もし……」

「ああ、国が滅びたらって説教ですの? やだやだ。さすがにその時はどうにかしましたわ。でもほら、現実お姉様は死にかけてくれてるじゃないですの」



 心底嬉しそうに笑うエレーネは、自分のしたことを少しも悪びれる様子はない。私に力を使わせて死なせるためだけに結界に亀裂をいれるなんて、狂ってる。


 もし封印が間に合わなければ、大惨事になっていたというのに。そんなこと、この子には何にも関係ないのね。


 同じ聖女としてずっと二人で生きてきて、同じものを見て、同じ方向を向いていると思っていた。でも現実はそうではなかった。


 むしろまったくの逆。エレーネは自分だけが聖女として崇められたかっただなんて。絶望が、さらに私の力を奪っていくようだった。


「でも最後に会えて良かったですわ」

「エレーネ?」

「だってその顔。苦痛と悔しさが滲む顔を見ることが出来たんですもの」


「……」

「あはははは。なんていうのかしら。そぅね。こういうのを快感って言うのかもしれないわ」



 こんなの聖女ではない。人が。それも、自分の身代わりになった姉が死にかけ、苦しむのを見て喜ぶだなんて。こんな子が、この世界の聖女として崇められるだなんて……。


 私にもっと力があれば……。ううん。もっと早くにこの子の憎しみに気づくことが出来ていたら。この結果は変えられたかもしれないのに。


 貧しい中、二人で離されまいと手をしっかり握りしめていた妹はもういないのだと、高らかに笑うエレーネを見ていると実感が沸いてきた。


 それでも死にかけたこの体は、自分では自由に動かすことも出来ない。



「案外死なないものなのですねぇ。ここで待っているのも疲れたわ。どうせ騎士たちも来ないし」

「まだ私は……」

「どうせ生命力も、魔力ももうないんですよお姉様。生きて帰ってもどーしようもないでしょう?」



 エレーネの言う通りだ。生命力はいつかは戻ったとしても、 魔力はもう戻ることはない。このまま戻れたとて、私は聖女ではいられない。良くて廃棄。悪くて、一生この子の下働きとして使われるわね。


 それならもういっそ、このまま助からない方が幸せなのかもしれない。


 

「さようなら、お姉様」



 本当にソレで幸せ? ここで諦めて惨めに死んでいくのが、本当に私のシアワセ?


 

「ふざけないで……ょ!」



 惨めでも何でも、まだ生きていたい。こんなことで負けたくない。こんなコが聖女としてこの先、人々を導いていくだなんて。


 

「な、なに!」



 私は残った力を振り絞り、踏まれていなかった反対の手でエレーネの足首を掴んだ。そしてありったけの力をその手に込める。


 

「離しなさい! ちょっと、離しなさいよ!」



 時間稼ぎでもいい。騎士様たちがここに来るまで、死んでも離してなんてやるものですか。道連れになんて出来なくても無駄なあがきだって分かっていても、諦めたくなかった。



「なんなのよ、この死にぞこないが!」



 頭を押さえつけ、大きな声で私を引きはがそうとエレーネは躍起になる。



「離せ、離せ! まったく、とっとと死ね!」

「何をしてるんだ!」



 大きな声と共に、エレーネが引きはがされた。そして大きな手が私の体を抱き起した。



「聖女様、聖女様! 誰か神官を呼んでくるんだ! そしてその者を捕らえておけ!」

「離しなさい、わたしこそが聖女なのよ! なんなの! 触らないで!!」

「魔物に魂を売ったような者が聖女のはずがない! すぐに牢へ入れるんだ!」



 両脇を抱えられ、エレーネが騎士たちに連行されていく。ああ、良かった。これでもう、思い残すこともないわね。



「しっかりして下さい、聖女よ。早く神官を!」



 温かなぬくもりを背中に感じながら、私は意識は飲まれていった。



     ◇     ◇     ◇



「ぅぅぅぅうぅ」



 気怠い体を起こす。ひんやりとした感覚が背中にあり、今自分がどこにいるのか一瞬困惑した。白く見たこともない天蓋には煌びやかな金のレースが施されている。


 ここはどこ?



「んっ? な、に?」

「ああ、良かった。気が付きましたか、聖女イリーナ」



 視線を上げた私の視界に、大きな人が写る。騎士様かしら? 大きな背に、同じくらい大きな肩幅。


 その大きな体をやや曲げて、私の手を両手で包み込んだ。この手、前に私を握った温かな手だわ。



「えっと?」

「体は大丈夫ですか? どこか痛いところはないですか?」



 薄碧色の大きな瞳が、不安げに揺れた。ああ、私、生命力も全て使い切って死にかけていたんだわ。でも……。



「体が動く?」

「ああ、良かった。あの後すぐに大神官を呼び、治療を行ったんです。でも貴女の生命力がほとんど残っていない状況で」


「ええ。あの封印を行うために足りなかった魔力を生命力で補ってしまったので……」

「あまりの危機的状況のため、あなたの妹や俺からあなたに生命力を分け与える術を施しました」

「まぁ、そんなことを」



 あのエレーネがよくそんなことを許したものね。自分の力を私に分け与えるだなんて。



「何からなにまで申し訳ありません」

「いえ、貴女がいなければこの国は滅びていたことでしょう聖女イリーナ」

「……もう私は聖女ではないですわ」


「それは……」

「大丈夫です。分かっていて自ら行ったことですから。むしろ生きているだけ、ありがたいことだと思いますわ」



 あの時はもう死ぬものだとばかり思っていたのだから。生きていれば、まだなんとかなるわ。それにここはおそらく城よね。


 そうだわ。神殿(あそこ)で力もないまま働くよりも、ココで使ってはもらえないかしら。



「あの騎士様? お願いしたいことがあるのですが」

「ああ、すみません。申し遅れましたが、俺はあの、一応この国の王太子でして」

「えええ、申し訳ございません! わ、私としたことがとんだ勘違いをしてしまいまして!」



 不敬罪だわ、王太子殿下の顔も知らなかっただなんて。だってガタイもいいし、大きいからてっきり騎士様かと思ってしまったのよね。あああ。穴があったら入りたいわ。


 

「いえいえ。こんなナリですし、王太子っぽくはないですからね。ところで先ほど言いかけたお願いと言うのはどういうものでしょうか? 貴女のためでしたら、どんなことでも聞き届けたいのですが」



 いいのかしら。先ほどから失礼ばっかりしてしまっているし。ぶしつけにお願い、だなんて。でも王太子殿下直で、働かせて下さいって言えば一番の近道よね。このまま神殿に戻されるのは嫌だし、



「えっと……殿下、そのですねぇ」

「ああ、俺のことはどうかガルシアとお呼び下さい」

「あの、ガルシア様?」


「はい。イリーナ殿」

「私をここで働かせて下さい!」

「え、あ、はい」



 呆気にとられたような顔を私はスルーし、手を差し出した。しかし私の差し出した手を、そのままガルシア様はふんわりと包み込む。


 ただ次に彼の口から出て来た言葉は予想外なものだった――


「次期王妃に、というのはどうだろか?」

「は? え? えええ?」



 今ガルシア様はなんとおっしゃったのかしら。王妃、王妃ってあれよね。国王陛下になる方の妻にということよね。えっと、今の王太子殿下はガルシア様なのだから、その妻に? 私が?



「な、なななん、なにを急に」

「すみません。こんな便乗するような形で。本当はもっと雰囲気とか、場所とか考えるべきでしたね」

「いえ、そういうことではなくって」

「貴女が聖女ではなくなったと言われたので……働きたいと言われたので、思わず言ってしまいました」



 ガルシア様はやや顔を赤くさせながら、ガシガシと後頭部を反対の手でかいている。確かに私は聖女を職業の一つとしか見てはこなかったけど、王妃様っていうのは職業なの?


 えええ。もう。絶対になんか違う気がするんだけど。



「前向きに検討してはもらえないだろうか?」



 まるで小動物が耳を垂らしたように、しょげているのが見て取れる。こんなに大きい方なのに、中身はなんだか可愛らしいかもしれないわね。



「でも私なんかが王妃様にだなんて」

「いえ、貴女だからこそです。この国に多大なる貢献をしていただき、かつ国民からも愛される貴女なら」

「でももう、聖女としての力はないのですよ?」


「王妃という立場なら、それも必要ないですし。俺が支えますので大丈夫です」

「……職業・王妃としてなら……」


()()それで大丈夫です。絶対に落としてみせますから」

「んんん?」

「あ、いえ。それはこちらの台詞です! 気にしないで下さい」



 何やら分からないことがたくさんだけど、このまま神殿で下働きをするのも嫌だし。これはアリなのかしら。良く分からないけど、返事をしてしまわないと。



「私でよろしければ、お受けいたします」

「本当ですか! 本当の本当にですか!」



 ガルシア様は満面の笑みを浮かべながら、私と繋いだ手をブンブンと上下に振った。その力強さに驚きながらも、私も思わず笑みがこぼれる。力がなくなっても、まだ必要とされるところがある。それが何より嬉しいから。



「ガルシア様、私のことはいいのですがエレーネ……妹は……?」

「……聖女エレーネはこの度魔女裁判にかけられることになりました」

「魔女裁判」


「おそらくは死刑は免れないでしょう」

「……そう、ですか」

「彼女は魔物に魂を売ったのです。こればかりは……」

「いえ、いいのです。このまま聖女として人々を苦しめることになるのならば、その方がいいでしょう」



 あの子がやったことを考えれば仕方のないこと。聖女がいなくなってしまうのはきっと痛手だけど、きっと次代の聖女がどこかで生まれるハズ。いつの時もそうだったから。


 だからガルシア様と共に次の聖女を見つけ、正しい道を行けるように導いていけばいいわ。その先にきっと民の幸せがあるはずだから。



「貴女は本当に優しい人ですね。だからこそ俺は……」

「?」

「い、いえ。なんでもないです! 体調が良くなりましたら、今後の打ち合わせをいたしましょう」


「はいガルシア様」

「で、では失礼します」



 手と足が同じになり、まるで糸の付いた人形のようにカクカクとした動きでガルシア様が退出していく。今後の打ち合わせっていうのは、王妃の仕事って意味よね。


 どんなお仕事なのかしら。私に務まるといいのだけれど。そんな風に考えながら私は、明日からのことを想像してほんの少し明るくなりかけた未来に心が温かくなった。

 

お読みいただく皆様に激感謝。


この度はこの作品をお読みいただきまして、ありがとうございます。




ブクマ・感想・評価などいただけますと作者は激喜び庭駆け回りますので、ぜひぜひよろしくお願いいたします(庭はありませんけどネ)|ω・)



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― 新着の感想 ―
[良い点] 騙されてしまっていたとはいえ、最愛の妹と国民のために生命力すら犠牲にしようとしたイリーナの思いが無事に報われてよかったと思います。 本作は短編なので、今回の一件が起きるまで姉妹がどんなふう…
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