エルフの姫と鬼①
一人になった鬼神の娘を、私は城へ連れていくことにする。
見ず知らずの他種族のために、仲間と別れてまで残ってくれた者をこのまま見捨ててしまうほど、私は非情ではなかった。
「今宵は妾の暮らす城で過ごすと良い。そこで今後について話をしようではないか」
私の申し出に鬼神の娘は首を傾げる。
「ありがたい話ではあるが、得体の知れない他種族を連れて帰って問題ないのか?」
もっともな質問に、私は自信を持って頷く。
「そこのところは心配ない。妾には優秀な従者がおるからな」
そんなことを話していると、その優秀な従者が城の方から血相を変えて走ってくる。
「姫! また勝手に城を出て……」
小言を言いかけたギルノールが、私の横に立つ鬼の姿を見て身構えた。
「姫。そちらの方は?」
警戒しながらそう尋ねるギルノールへ私は答える。
「妾の友である。妾の元へ遥々遊びに参ったのだ。失礼のないようにな」
私の言葉に不審な顔を見せるギルノール。
「姫にそのようなご友人がいらっしゃれば、私が知らないわけはないのですが……」
ギルノールの言葉に私はきっぱりと言い返す。
「ほほう。妾のことは何でも知っていると? そなたの知らぬことなどいくらでもあるぞ。妾の肌のなめらかさも、エルフの中では大きい自信がある胸の柔さも、そなたは知らぬであろう」
私の言葉に顔を真っ赤にするギルノール。
「わ、分かりました。私の知らないご友人がいらっしゃってもおかしくないですね」
いい歳して初すぎる優秀な従者のことが心配になるが、気にしないことにする。
ギルノールも、本当に危険だと思えば、ちゃんと止めるはずだ。
「それでは先に城へ戻ってご友人の部屋を用意するようにします」
そう言って駆け出そうとするギルノールへ私は告げる。
「不要である。今宵は妾の部屋で過ごす。無駄に広いベッドにもたまには役に立ってもらおう」
その言葉を聞いて、ギルノールだけでなく鬼神の娘も驚いた表情を見せる。
「ひ、姫。さすがにそれは……」
ギルノールのその反応に、私はつい揶揄いたくなる。
「何を心配しておる? よもや妾が女性相手にダークエルフになってしまわぬか心配しておるのか? そんなに、心配なら、そなたも同じ部屋で過ごすことを許すぞ」
私の言葉を聞いたギルノールは、ようやく落ち着いたばかりの顔色を、再び真っ赤にする。
「そ、そこまでおっしゃるなら信用いたします。ただ、何がございましたらいつでもお呼びください」
ギルノールの言葉に私は頷く。
「分かった」
城に着いた私たちは、他の場所にはどこへも行かず、真っ直ぐに私の寝室へと向かった。
「城の者たちへの説明は頼む」
私にそう言われて、嫌そうな顔をしながら頷いたギルノールと別れた私たち。
城の中をキョロキョロと見渡しながら歩く鬼神の娘に苦笑しつつ、私たちは私の部屋へと入る。
部屋の中を物珍しそうに眺める鬼神の娘へ私は促す。
「来客用の机も椅子もなくて申し訳ないが、とりあえずそこのベッドにでも腰掛けてくれぬか」
私の言葉に鬼神の娘が疑心に満ちた目で私を見る。
「貴女はその……女色の気があるわけではないよな?」
鬼神の娘の言葉に私は笑う。
「そのようなことはない。男とも女とも肌を合わせたことはない。まあそなたが望むなら考えてやらんでもないが」
そう言って頬に差し伸べる私の手を鬼神の娘は払いのける。
「私は遊びに来たわけではない。匿ってくれたのはありがたく思うが、私はこれから一人でエルフを救う術を考えなければならないから、遊んでいる暇はない」
鬼神の娘の言葉に、私は姿勢を正し、頭を下げる。
「失礼した。妾の不躾な態度を許して欲しい」
そんな私に、鬼神の娘は頷く。
「王族であるにもかかわらず、素直に頭を下げられるその姿を見て安心した。貴女は素晴らしい王になるだろう」
頭を上げた私は真面目な顔で鬼神の娘の目を見る。
「そなたはなぜ仲間と別れてまで他種族であるエルフを助けようとしてくれるのか? そなたがよく鍛えられているのは分かる。だが、言い方は失礼だが、一人で国を相手にできるほど飛び抜けた力があるわけでもないのに」
私の言葉に鬼神の娘は思い詰めたような顔で答える。
「先ほども話した通り亡き父と親友に恥ずかしくない生き方をするためだ。滅びゆく貴女たちを見捨てて仇を討ったとしても父は喜ばないし、私を送り出してくれた親友にも顔向けできない。父ならきっと貴女たちを救ってみせるし、親友もきっと命を賭して戦ってくれるだろう」
鬼神の娘の言葉を聞いた私は、この少女のことを心底羨ましく思う。
「そなたは良き父と友に恵まれたのだな」
私は自分の身を顧みながらそう呟く。
「私の父もかつては尊敬できる良き王であった。強く賢く民を思う素晴らしい王。……欲に溺れ、国に目を向けられぬその姿は、今や見る影もないが」
呟く私に鬼神の娘は、憎悪のこもった声で答える。
「神国の人間どものせいなのだろう? この世の断りを無視した奴らの力であれば、聡明な王も愚物に変えられる」
鬼神の娘の言葉に、私は頷く。
「きっとそうなのだろう。この国の惨状は、父がおかしくなったことは分かっていたのに見て見ぬ振りをした、妾のせいでもある」
そう言って項垂れる私に、鬼神の娘は尋ねる。
「友はいないのか?」
鬼神の娘の質問に、私は首を横に振る。
「いない。幼馴染は二人いるが、主従の関係となった今、彼らを友とは呼べない」
それを聞いた鬼神の娘は、私の方へと手を伸ばす。
「今から私のことは花と呼んで。貴女のお父様を元に戻すことはできない。でも、共に神国の人間どもと戦えるのなら、友になることはできる」
思いがけない申し出。
私は深く考えることなく、鬼神の娘……花の手を握り返していた。
「感謝する、花。妾に……いや、私にまさか友達ができるなんて。でもいいの? 会ったばかりの私を友達にして」
恐る恐る質問する私に、花は微笑む。
「もちろん。貴女は私の最も信頼する親友に良く似ている。……まあ、神国の人間に騙されたせいで、ちょっと人を見る目に自信をなくしかけているけど」
そう言って項垂れる花に、私も微笑み返す。
「それじゃあ私が、花の人を見る目が間違いじゃないって自信を取り戻してあげなきゃだね。花。私のこともフローラって呼んで」
私の言葉に花は頷く。
「分かった。今からそう呼ばせてもらうね、フローラ」
そう言って微笑んでいた花は、すぐに真面目な顔になる。
「それじゃあどうやってこの国を救うか考えようか。グレンやサーシャさんがいなくなった今、さっき私が話した作戦は使えない」
花の言葉に、私は少しだけ考えて答える。
「そうでもないかも。神国の奴らにとって、この国で脅威となるのは父である王と長老だけだと考えていると思う。父が傀儡になった今、警戒しているのは長老だけ。長老と信頼できる精兵たちに敵を引きつけてもらっている間、敵の主力である妙な力を使う者たちを私が倒せば、どうにかなるんじゃないかな」
私の言葉に花は私の目をまっすぐに見て尋ねる。
「フローラは、敵の主力と戦えるだけ強いの?」
花の当然の質問に私は答える。
「そうだね。この国で唯一、長老とまともに戦えるくらいには」
私の言葉に花は目を見開く。
「長老の闘気量は化け物並だった。そんな長老とまともに戦えるのか?」
私は力強く答える。
「闘気っていうのは魔力のことかな?」
花は頷く。
「恐らくそうだと思う。鬼は基本、魔法は使えないから魔力とは呼ばないのだろう」
花の言葉に私も頷く。
「分かった。それじゃあ紛らわしいから魔力って呼ぶね。確かに長老の魔力は恐ろしいほど多いけど、だからといって戦えないわけじゃない。単純な魔法の打ち合いでは負けても、そこに弓や体術を交え、近接戦へ持ち込めば十分勝機はある」
私の言葉に花は下を向く。
「……そうか。弱くないのは分かっていたけど、そこまでの強者だったなんて。足手纏いにならないよう気をつけないといけないのは私の方だね」
花の言葉に、私は首を傾げる。
「足手纏い? 少ししか見てないけど、花ほど洗練された動きを取れる人なんてそういないと思うよ。エルフや魔族と違って鬼の寿命はそんなに長くないのに、あれだけの動きができれば尊敬に値すると思うけど。だからこそ私は花を連れて帰ってきたんだし」
私の言葉に、花は首を横に振る。
「ううん。私の力は知れている。お父様にも勝てなかったし、称号の力を使った人間たちにも遅れをとった」
私は花の目を見る。
「そうだ。言ってなかったけど、私なら貴女をもっと輝かせられる」
私はそう言って花の唇に己の唇を近付ける。
「だ、だからそういうことはやめてって……」
慌てる花の唇に私の唇を重ねた。
甘く柔らかい花の唇。
昔お母様がそうしてくれた時と同じ味がした。
しばらくして、目を白黒させる花から、私は離れる。
「エルフの王族の女性に伝わる秘技だよ」
私がそう言うと、花の体に纏う魔力が輝き出す。
「私は相手と唇を重ねて相手に魔力を流すことで、相手の魔力の蓋を開けられる。それが花の本来の力だよ」
私の言葉に、花は目を丸くする。
「……すごい。お父様にはまだ及ばないけど、一気に闘気……魔力が跳ね上がった。私、フローラになんて感謝したら……」
そう呟く花に、私は微笑みかける。
「感謝するのは私の方。おかしいのは分かってなのに、一歩踏み出せなかった私に、貴女はきっかけをくれた。国を救うチャンスをくれた。……父とは敵対することになるかも知れないけれど、私は私の大好きなこの国のために戦いたい」
そう告げた私に、花も微笑みかける。
「お父様と敵対するのは辛いと思うけど、私も全力で戦う。だから、この国を救えたら、私の敵討ちも手伝ってもらえないかな? これ以上、この国や鬼の村みたいな惨事を繰り返さないためにも」
花の言葉に私は頷く。
「もちろん。その時はぜひ一緒に戦わせて」
私の言葉に、花は嬉しそうな顔をした。
ただ、しばらくして花は少し照れたような顔になる。
「さっきのはその……ありがたかったんだけど、私、口付けするのは初めてだったんだ。まさか初めてが同姓の友達になるなんて……」
花の言葉に、私は笑う。
「まだまだ子供なんだね、花は」
私は5歳の時に二人の幼馴染に同じことをしたことがある。
私の方が大人だ。
「えっ? フローラはしたことあるの?」
私は笑顔で答えない。
初めての友達相手に優越感に浸りたい気持ちがあったからだ。
「誰とも肌は合わせたことないって言ってたのに……。フローラって破廉恥姫だったんだ」
花の言葉に私は慌てる。
「だ、誰が破廉恥姫よ! 身も心も清いままだって言ったでしょ!」
花と戯れあっている場合じゃないのは分かっている。
でも、閉塞感を抱え、どうしようもなかった気持ちが前進することができた今だけは、この初めての友達との時間を楽しみたかった。




