(37)悪役令嬢
一時期の全盛期を過ぎた感もあるが、今なお「悪役令嬢」というジャンルは隆盛である。
一世を風靡した「婚約を破棄する」から、今は、「妻として愛するつもりはない」にムーブが変遷した感じ。死に戻りとかループとかいろいろなバリエーションがあって、マンネリ感満載なのにまったく色褪せることなく、今なお引き込まれる。
私が初めて「悪役令嬢」というキーワードを知ったのは、妹の影響である。当時放映されていたテレビアニメを見て、まず妹がハマった。小説とマンガも読み漁って、姉である私にも回ってきた。――それがきっかけ。
妹を夢中にさせていたあの作品……アレですよ、アレ、小説家になろう様において超人気、今では草分け的というか伝説的というか別格の貫禄すら感じる。
異世界に転生した主人公――ノープランであればどう転んでも破滅するのだから、とにかくひたすら前向きに生きる。……なんだか元気が出ますよね。とても楽しく拝読しました。
その後、悪役令嬢モノにもいろいろなテイストがあることを知り、……そんで、まあ、自分でも書いてみるとか今に至るのだが。
あれから数年、「悪役令嬢」というテーマにはいまだ執着がある。
……私はなんでこんなこのテーマに惹かれるのだろう――?
ふと気付いた。
それは私が現実社会で「悪者」だったからだ。……ああ自虐的。
私は、平日は日本社会に埋もれる社畜である。
社畜が社会人デビューしたころにはすでに平成というステージに上がっていたが、会社組織に巣食うのは依然として昭和のモーレツ社員たちだった。不適切にもほどがありすぎ――男女雇用機会均等法はとっくに施行されていたが、とにかく肩身が狭かった。生保レディがヌードカレンダー配付してたり、喫煙族が自席で堂々と煙草吹かしてたり……二十世紀っていうのはそういう時代。
中でも罪が深いのは、「特例を認めさせるのが管理職の仕事だ」と思い込んでいるカン違いおじさん。
各種法令や会社規程に照らし「ダメです」と言ってるのにゴリ押ししてくる主人公がいる。何故だか周囲は主人公の味方。「知りませんでした、次からは気を付けます」と責任者の一文まで添えてくるから特別に初回だけお目こぼししたら、二回目も堂々と申告してくる常習性……本当にタチが悪い。
さらに許せないのが、私の上司がハシゴを外すこと。社畜を悪者にすることで、上司は英雄。――ああ無情。
長いものに巻かれるにしてもルールというものがあるでしょう……そんな愚痴を言い続けたら、見事、職場を追い出された。
そのころには私の職場は他職場から召喚された女王様に占拠され、各種法令よりも会社規程よりも女王様の判断を第一に優先するイエスマンのみになっていた。
……しかし、そんな状態で組織が維持できるわけもなく。
半年ほどで、呼び戻された。
ただし、女王様とそのシンパを総入替など出来るわけがなく、社畜はあいかわらず孤立していた。社畜を仮想敵とする女王様が存在するからには、社畜はやっぱり悪者なのだ。
しかし、幸いにも、他職場のひとは社畜のほうが良識的だと認識していてくれた。――嬉しかった。だから、孤立しつつも継続できた。
――コロナ禍でこれまでとは正反対のワークスタイルが標準になって、世の中のオフィスも様変わりした。
社畜の職場環境も変化して、かつてのような疎外感というのは感じなくなった。
――そんな、ある日。
隣りの職場の部長が提出書類を持ってきた。
「これお願いします」
「はい」
「えっ、いいの?」
「いいですよ。必要事項はちゃんと整ってるし」
しばらくの無言ののち、――いい笑顔。
「こんなに早く受け付けてもらえるなんて思いませんでした」
――は?
そこで、直感した。
彼の部下に、事務作業が苦手な若手女子がいた。
苦手なことはやりたくないから、何度「内部統制」の重要性を説明しても「合理化」という名目のもと握り潰そうとする。例によって理由にならない理由で事務処理を端折ろうとするから、適正な業務運営を指導した。どうやら、彼女、「取引を進めたいのに社畜が邪魔する」と部長に泣き付いたようだ。
あーっ、……社畜、久しぶりに悪者にされてたのかー。
喫煙族は今や絶滅危惧種だが、自己中心的主人公っていまだ健在なのね。
しかし、かつての時代ならカン違いおじさんがなんとかしてくれたかもしれないが、令和の管理職はコンプライアンス意識も実装してるから生半可な魅了では逆効果だよー?
――このような日々が、社畜が悪役令嬢に魅せられてしまう原点なのだろう。




