(32)カレンダー
(2025/10/13)「追記」を追記しました。
早いもので、今年もすでに神無月……日中とかまだ暑いのになあ。
書店や文具店の店頭に、来年のカレンダーやスケジュール帳がカラフルに並ぶ季節となった。家庭用の可愛いもの、おしゃれなモノ、ポップなものから、ビジネス用のシンプルかつ機能的なものまで、実に多様。
子どものころは、雑誌の付録やアイドルモノ、アニメモノが主流で、「カレンダーとして購入する」という習慣がなかった。社会人になってからは、必須となった。
カレンダーというよりも、手帳――スケジュール帳。
男子は週刊、女子は月刊――という事例に漏れず、月単位でマトリクスになったカレンダー形式のものを愛用している。さらには、職種的に、月曜始まり、六曜(いわゆる大安吉日とか仏滅とか)が記載されていて、透明カバー付き(つまりポケット機能として使える)のものが大好物。――必然的に、選択肢はぐっと縮まる。イベントシールが付属品として挟まれているキャラクターものが好感度高かったが、最近ではあまり見かけない。
依然として「日曜始まり」が主流のようで、デザインは圧倒的に多い。――なんで?
宗教的な事情が語られるが、それなら週単位の手帳も日曜始まりにすればよいのに、こっちは、圧倒的――というよりも、ほぼすべてが月曜日から。……なんなのだろう、このダブルスタンダードは?
私の学生時代には、バインダー式のノートはすでに一般的だった(ただし、B5サイズ)。その延長で、「システム手帳」も一世を風靡した。しかし、私の場合、何故だか深入りしなかった。中身の様式がまちまちで統一感を保てないのが主要因だが、なにより分厚くなりすぎて、女子用の可愛いバッグに収納しきれないのがイヤだった。……当時はね、ケータイもスマホもないですからねー、アドレス帳とか持ち歩かないとお友だちに電話も出来なかった時代なんですからねー、手帳に書くことがいっぱいあったんです。
二千年代に入ると、「電子手帳」が席巻した。
特に――ザ●ルス。
タッチパネルに専用ペンで入力する方式のものが代表的だと思う。ビジネスマンの必須アイテムにまで成り上がり、なんと当時の通信教育講座では「ザ●ルス活用術」的なコースが存在した。それも、上級者・中級者・初心者向けと「各種取り揃えております」状態。末期のモデルではPCとの互換性も考慮されていたようだが、その後急速に収束してしまう。
結局のところ、スマホ時代に取り残されるしかなかったのだろう。
プライベートな予定なんかも記入するスケジュール帳を会社では晒せないから、卓上カレンダーも併用している。こちらも最近はweb上のスケジュール管理アプリケーションに駆逐されつつあるが、令和の時点ではまだ現役。
カレンダーは販促品でもあるから、資材や調達のセクションには、取引先さまからのカレンダーや手帳がとにかく集まる。それが社内にシェアされる。毎年異なる仕様というのも使いづらいし、某生命保険会社の営業レディからいただく卓上用を愛用している。選択肢はふたつで、動物か世界遺産。「どちらにしますか?」と問われて、昔は後者だったが、ストレス過多の現在は犬猫の赤ちゃんに癒されている。
シェアに出されたカレンダーは、特徴的なものからすぐ捌ける。キャラクターもの、タレントものよりも、日付の大きなもの(近視族でも見やすい)、余白が大きなもの(カキコミ放題)なんかが人気。
某航空会社が発行の「世界の美女」カレンダーの人気は絶大。世界各地を旅行した気分になれるし、モデルさんの笑顔が眩しくて、意味もなく心ウキウキ。一般的な壁掛けサイズより少し大判だから迫力もあるし、カレンダーというよりもアートに近い感覚かもしれない。
取引先からいただいたカレンダーは、シェア用として担当セクションに引き渡すまえに、簡易包装を解いてすべて中身を確認することにしている。この会社はこういうポリシーでカレンダーを作成しているのか……かなり参考になります。次の商談時の話題にも使えます。
……カレンダーにも時代の流れというものがあって。
今では考えられないが、平成初期ぐらいまでは、ヌードカレンダーが堂々と配付されていた。男性社員のデスクで金髪ナイスバディが躍っているのは、なんともシュール。でも、これがあると、男性社員が喧嘩しないという声もあった。――なるほどなあ。
――2025年、令和7年。
皇紀で数えると2685年の来年は、なんと昭和100年に当たるという。
うわー……昭和原人としては、「記念すべき」というか、なんとも「感慨深い」一年である。
来年はどんなカレンダーに出会えるのか、地味に楽しみにしていよう。
(追記)
会社近くのショッピングセンターの本屋さんでは、来年のカレンダーが並び始めた。おいおい日中まだ三十度超えだよ、まだ早いよー……と思いつつ、陳列台に視線を落とす。私のターゲットは、カレンダーよりもスケジュール帳。
――ところが。
どれも帯に「日曜始まり」と書いてある。
……いやいや社畜は「月曜始まり」が欲しいんですけどー。
いつものシリーズの「日曜始まり」を持って、スタッフさんに問うてみた。
「このシリーズの月曜始まりありますか?」
スケジュール帳も「書籍」らしくISBNコードが付いてるから、チャッチャッと調べてくれた。
「月曜始まりはこれだけです」
表紙に西暦しか記載のない、カラーバリエーションだけのシリーズのみ。……違うんだよー、女子はとにかく「可愛い」がないと生きていけないんだよー。
スタッフさんによると、在庫も入荷予定もないらしい。「考えます」と言って場を辞した。
ショッピングセンターをぐるっと回っても、文具売場や特設コーナーにファンシー系のスケジュール帳はあるものの、私が探しているシリーズものはない。
次の休日、別のショッピングセンターに出掛けてみた。
――やはり、ない。
同じように、「このシリーズの月曜始まりありますか?」と問いかけた。某店舗のスタッフさんとは、回答が少し違っていた。
「月曜始まりはシンプルなシリーズしか発売されていません」
な、なんとーっ。
店頭に「ない」のではなく、そもそも「存在しなかった」。
ここで社畜は二択を迫られる。
「可愛い日曜始まり」か「シンプルな月曜始まり」か。
……こういう場面で強く実感するのだが、やはり社畜も女子である。「可愛い」を捨てられなかった。いつものシリーズの「日曜始まり」を購入した。
週末の予定が分割されるのが気持ち悪いが、それ以上の不利益変更はないはず。
……甘かった。
毎年同じシリーズを買っているのは、そのタイプの仕様が気に入ってるから。だから安心して「いつものシリーズ」を手に取ったのに。
去年まではたしかに綴じ込まれていた便利ページがなくなっていた。年号変換とか年齢一覧とか度量衡換算とか――そりゃあね、スマホですぐ調べられるけどね。メモのように使えるミシン目加工ページもなくなった。そりゃあね、今ドキはパチって撮って画像処理するからね、書いて切って渡すなんてやらないですけどね。
……でも、手帳って、「心の安心」をも携帯するものでしょう――?
そういうのもスマホに置き換わっているのかと思うと、昭和原人としては少し寂しいかもしれない。
――反面、合理的でないこともたしか。
新しいスタイルって最初は抵抗だらけでも、未来に向かっていくからには順応するしかないのだろう。
まずは、新鮮な気持ちで「日曜始まり」に向き合うか。
――あ、表紙はもちろん可愛いですよ。ここだけは妥協しなかったんで。




