(22)クリーニング
(2023/4/16)一部追記、文末にも追記を入れました。
――今日から四月。
すっかり季節も変わったので、寒い時期にお世話になったコートを仕舞いたいなと思って、近所のクリーニング屋さんを訪れた。
「3月をもって閉店いたしました」
お店のドアに、貼り紙が掲げられていた。
――なんと。
春だというのに、世の中は新年度だというのに、新たな決断をされたか。
……これまでありがとうございました。
気分を切り替えて近所のクリーニング店(取次店)をスマホで検索してみたところ。
――案外、ない。
……いや、行動範囲を五キロ、十キロと広げればそれなりに存在するのだが、お散歩圏内には確認できない。……むむむ。
そういえば、最近の衣類は結構かっちりしたものでも「ホームクリーニング可」だし、オフィスもビジネスカジュアルが定着した。……っていうか、テレワーク推奨などで出社の頻度も低下傾向。クリーニング必至の礼装で参列すべき慶弔イベントも、身内だけの小ぢんまりしたものが増加した。加えて、昨今の燃料費高騰――そりゃあ、街のクリーニング屋さんには痛手かもしれない。
かつての時代は、クリーニング店(取次店)は、鉄道の駅ごとに存在していた。
駅の出口のあっちとこっちとか、横断歩道渡るとさらに一件とか、探さなくてもいつも身近に確認できた。二十四時間臨戦態勢の昭和時代、取次店は、だいたい朝八時から夜十時ぐらいまでは営業していて、――つまり、出勤時に預けて帰宅時に引取可能というシステム。新規で店舗を構えるのではなく、家事従事者が自宅を利用して展開していたので、そんな無茶ぶりも可能だったのだろう。とにかく動線の無駄がないので、非常に便利。ただし、このころは「当日仕上げ」というサービスは普及していなかったので、若干の日数は必要だった。
実のところ、「ホームクリーニングOK」と表示の商品も、クリーニング屋さんに出してしまうことがある。洗うのは洗濯機にお任せだが、そのあとが――自分ではなかなか。
だって、クリーニング屋さんの仕上げはよいのだ。さすが職人さん。ボタンは包んでから洗ってくれるし、シミもきれいに消えているし、シワだってしっかり延びている。……自分では絶対にこうはいかない。クリーニング代は適正な付加価値を伴っている。
平成を越えて、令和の現在は、宅配クリーニングが主流かもしれない。「クリーニング」と検索したら、まずトップに表示された。
クリックして確認してみると、ふむふむ――それなりに便利らしい。
けど、大家族でじゃんじゃん洗濯物が出るならともかく、シーズン単位で数着ずつだとちょっと気が引けてしまう。
果たして、物流業界の悲鳴が大きくなりつつある今、「宅配」というサービスもどこまで展開可能だろうか――?
いっそ、コンビニで取次を扱ってくれれば便利なのかもしれないが、業務従事者講習とか必要だろうし、コンビニの汎用性ゆえ逆に難しいのかもしれない。
ショッピングセンターの中には、取次店が入っていることもある。――当然、有資格者だろう。
やっぱり、お買いものがてら持ち込むしかないのかな。
……少し寂しい気分の四月初日。
(追記)
ショッピングセンター併設のクリーニング店で、無事に取り扱ってもらえた。やっと冬シーズンを締めることが出来た心境になって、……ほっ。
ショッピングセンター併設ということは、つまり、チェーン店。
驚いたことに、街のクリーニング店とは異なる傾向(サービス)が台頭していた。
なんと、保管サービスが、本当にサービスになっていたのだ。
これまでの感覚からすると、クリーニング業における保管サービスとは「有料オプション」だった。保管をすればスペースを取るし管理が必要だし当然経費が発生する。それが「料金」に発展するのは自然な流れだろう。
ところが、そこの業者は、会員限定ではあるものの、指定期間の保管であればクリーニング料金のほうを割り引くというのだ。――逆転の発想。
……なるほど、燃料高騰の昨今、保管に要する経費とグロスとしての燃料費を秤に掛ければ、より多くの衣類を一括して洗濯したほうがよりコストパフォーマンスが優れているということか。
さらには、一定数は存在するであろう放置客に対する心理的圧力も減少する。いつ来るかと待つよりも、最初から「保管します」と意思表示しておいたほうがおたがいに心穏やか。
……時代が変われば価値観も変わるという一例。




