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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ばらから様

作者: 泡沫影法師

人が群がる居酒屋にて、金髪の男達がけらけらと笑い合っていた。身振り手振りを混じえ、武勇伝を披露している。


「そういえば先輩、先日の良い女の話って聞きました?」


「いやあ、初耳だな」


「凄え美人でねえ、彼氏が居るってんですけどもうすんげえの!ここに居る五人で相手しましたよ」


「おいおい、とんだ尻軽だな」


「いやこれが、ねえ」


へらへらと笑う男達に、年長者の男の顔から、さあっと血の気が引く。


「まさか、無理矢理か?」


「ええ、まあ」


そう聞くと、年長者の男は財布から乱暴に金を取り出すと、机の上に叩きつけて席を立った。


「そんな奴らとは知らなかった。もう俺に関わるなよ。一緒の人間と思われちゃたまらん」


そそくさと帰る先輩の背中に、男達は嘲笑する。


「なんだ、あれ?」


「ああ、あいつ都市伝説信じてんだよ。うちの町じゃ有名なんだけどさ」


「ああ、お前あいつと同郷だったな。しかし、あの年で都市伝説かよ」


「ばらから様って言ってな。まあ、単なるオカルトだよ」


ははは、と笑うと男達は酒を煽った。むかつく奴はぶん殴り、女だったら無理矢理にでも。犯罪だろうがなんだろうが、やりたい事をやれる。楽しい毎日だ、と笑い合った。



──────



ある町の路地裏に、一坪の空き地がある。不自然な程何もないそこに、ある一人の男が足を踏み入れた。手にはたんまりと荷物を抱え、決意を秘めた鋭い目の下には、深い隈があった。


「ばらから様、か……」


ネットで目にした都市伝説を真に受けて、遠く離れたこんな町をわざわざ訪れるなんて。正気じゃないな、と男は自嘲する。その場所の写真をネットで見たが、ただの空き地だったのに。明かりの無いその場所は、夜に訪れたために真っ暗だった。


恨みつらみを胸に秘め、貢物を手にしていれば、どこからともなく現れるという、ばらから様。曰く、恨んだ相手の何処かを食うとか。普段ならそんな話、馬鹿馬鹿しいと一蹴するのに。


ふらふらと吸い寄せられるように、男はその空き地にたどり着いたが、しかし何も無い。誰も居ない。物すら無い、まさに空白地。


ああやっぱり、と男はため息をつき、都市伝説をアテにする方が馬鹿なんだ、とその場を離れようとした、その瞬間だった。


「おや、帰るのかな?君は私に頼み事があると思ったんだけど」


玉を転がすような、美しい声がした。振り返ると、そこには中学生くらいの少女が居た。何故、どうして。だってそこには、今の今まで、誰も居なかったし、気配も無かったのに。そう言おうとして、男は唾を飲み込んだ。思わず目を奪われた。


美しい子だった。整った顔と、腰まで伸びた黒い髪に、黒い服。しかしその肌は不気味な程白く、夜の暗い路地裏に、顔や手足だけが浮いているようだった。にたり、と人の限界まで口角を上げて笑うその少女に、男は声を絞り出した。


「あなたが、ばらから様ですか?」


「んふ、そうだよ。私を知ってるって事は、そういう事だろう?さあ、君の願いを聞かせてくれ」


男は意を決した表情を見せると、跪いて額を地面に擦り付けた。


「俺には恋人が居ます。自慢の恋人です。その子が、ある日突然攫われて──攫われて、酷い事をされた。何日か後に帰ってきた俺の恋人は、廃人のようでした。部屋に籠り、ただ啜り泣く声が聞こえてくる日々。最悪なのは、そんな事をしたクソ野郎達の顔も分からない事。五人居たのは分かるけど、何処の誰かも分からない奴等に、俺の彼女が!──無茶なお願いなのは分かっています。それでも、出来るなら……」


「出来るよ」


その言葉に、男が顔を上げると、黒髪の少女はにたにたと笑っていた。


「うん、分かる。君は嘘を付いていない。それなら、そういう相手なら──んふふふ、どれくらいいっても良いのかなあ……」


ばらから様は、じゅるり、と涎を舌で舐めとると、男が抱えて来た荷物に視線を落とした。


「それ、貢物?すごおく多いけど」


「はい。その、俺の気持ちを示したいと思って、買えるだけ」


「んふふふふふ……良いね、凄く良い……そういう気持ちも、良い調味料になるのさ」


がさり、と袋を開けると、その中には肉がぎっしりと詰まっていた。豚、鳥、牛、高級肉、安肉……肉だけを、様々に詰めていたのだ。


「んふ、人間ほど美味じゃないけど、腹が膨れるのは嬉しいねえ」


ばらから様は、肉を掴んでは空に放り投げる。すると、その肉はいつの間にか闇夜に消えていた。投げる、消える。投げる、消える──気がつくと、十キロになろうかという肉の山が、あっという間に消えていた。


「んふふふ、君の気持ちは確かに受け取った。それじゃあ、君の願いを叶えに行くとするよ……」


そう言うと、ばらから様の姿は、夜に溶けるように不意に消えた。男はしばし呆気に取られた後、ふらふらと立ち上がると、夜の街へ消えていった。



──────



夜の峠を走る、バイクが5台。深い眠りにつく森を叩き起こすような爆音を上げ、ふらふら左右に揺れながら峠を降りていく。


「ばーか、飲み過ぎだよお前!」


「うるせー!見ろこのドリフト!」


「おい、向こうから車来たぞ!」


「音上げてりゃ大人しく止まんだろーが!」


「止まんなかったらブッ殺せ!」


深夜の道路で、どんちゃん騒ぎだ。げらげら笑ってふと森に目線をやると、怪しい光がゆらゆらと揺れていた。誘うように、ゆらゆら、ゆらゆら。


「おい、何だと思う?」


「こんな夜中だぜ、自殺でもすんじゃねえの?」


「見に行くか!」


「笑ってやるか!」


そうしよう、と皆で決めた。


森に入ると、辺りは不気味なほど静かだった。虫の声すらしない、酷い静寂。だが、酒臭い息を吐く彼らは、五人という群れの中に居さえすれば、そんな雰囲気など恐れるに足らず。ずんずんと光が見えたほうに突き進む。


「カップルだったりしてな」


「なら女の方は頂こうぜ」


そんな事を話している時だった。


「やあ」


男達の目の前には、黒い服の少女の姿があった。月の光が降り注ぐ森の中、ライトに照らされながらも、口角を軋むほど上げて、不気味な笑みを浮かべている。


「何だ、お前?」


「君達、中々酷い事をしてきたみたいだね?」


その問いに、男達は腹を立てたのか語気を強めた。


「はあ?」


「おい待て、こいつ中々……」


ふと、目の前の女の顔に気がつく。上玉だ、と男達は舌なめずりをした。じりじりと気付かれぬように五人で囲む。


「んふふふ。嬉しいねえ、嬉しいよ。君達みたいな人間は、酷い目にあっても騒がれない。流石に五人も殺しては騒ぎになるだろうけど、んふっ、手足の一本や二本なら……んふっ、んふふふふ……」


不気味に笑う少女に、男達は襲い掛かった。

瞬間、驚愕した。手足を掴み、かなりの力で押しても、ぴくりとも動かない。ビルの柱を相手にしているような、途方も無い力の差。男の一人は恐ろしくなって、少女の顔面を殴った。しかしそれでも、ぴくりとも動かない。確かに殴った感触はあるのに、鼻が曲がったりもしない。何も姿形が変わらない。


「んふ、んふっ、んふふふふ……駄目じゃないか、こんな少女に手を出すなんて。そんな悪い子は、きっと、恨みも沢山買ってきたんだろうねえ。んふっ、そういう子は、何かあっても……んふふ……」


少女が、口が横に裂けるかのように笑うと、瞬間、少女の首元から何かが飛び出て、男の左腕が消えた。消えた、というよりちぎり取られた。血が噴水のように噴き出る。人生で味わった事のない痛みに、叫び声を上げようとするが、その前に他の男達の腕も同様にちぎり取られる。


「熱っ、痛、あう、うああああああ!」


わけが分からない。急に激痛が走ったと思ったら、腕が一本無くなっているのだ。


「んふふふ。苦痛、恐怖……味を良くする最高の調味料だ。しかし残念。折角美味なのに、腕一本に止めておかないといけない。騒ぎが大きくなっては困るからねえ」


にたり、と笑う少女。男達はひとしきり叫ぶと、うわ言のように、助けてと呟く。


「んふふ、助けるとも。人の死とはえらく重大に受け止められてしまう。血を少し流すと死んでしまう程に脆いのにね」


少女はいつの間にか取り出した針と糸を手に、男達に近付いた。怯える男達に構わず、少女はちぎれた腕にザクザクと針を通す。


「細かい作業は苦手なんだ。荒くても我慢しておくれよ」


あっという間に傷口を塞ぎ、一息つくと、ふと、少女の腹が鳴った。


「……んふ。別に、足をもう一本くらいは構わないかな。それくらいの事は、してきただろうし」


「助けて、助けて下さい……もう、やめますから……生き方を、変えますから……」


「……んふっ。違うねえ、違う。私は改心なんて君達に望んじゃいない。むしろ、そのままで居ておくれよ。だって、君達はとっても美味しいんだから……」


少女が笑う。男達の足がちぎれ飛ぶ。泣き叫ぶ男達を意に介さず、少女は傷口を適当に縫う。


「さて、救急車だったかを呼ばないといけないのかな。ええと、電話は……」


少し満たされたのか、上機嫌で少女が辺りを見渡す。


「……確か最近の人間は、これを電話のように使ってたねえ。ええと……」


男が落としたスマホを手に取り、色々と触るが、反応が無い。


「んふふ、こういうのには疎くてねえ。まあ自分達で頑張っておくれ」


不気味に笑うと、少女は溶けるように消えた。男達は呆然とした後、死に直面していた事で麻痺していた、痛みと恐怖を思い出した。このどうしようもないものへの恐怖は、脳内に深く深く刻み込まれ、最早二度と安眠出来る日は無いだろう。



──────



ある日の夜、ばらから様が居るという空き地に、男女が一組、足を踏み入れた。肉を袋に入れ、何も無い場所に供える。


「ばらから様、ありがとうございます。手足が無くなった五人組の事を聞きました。俺の彼女も、俺と一緒なら表を歩けるくらいにはなりました。本当に、ありがとうございました」


その言葉に、何の反応も無い。しかし、二人はそれでも良かった。今日はただ、報告に来ただけなのだから。静寂が支配する夜に、そのカップルのキーホルダーの音が鳴った。『橘堅五』と『泉杏歌』と名前が書かれた、お揃いのキーホルダーだ。



──────



ばらから様の居る空き地に現れる人間は、決まって深刻な顔をして、手には大荷物を抱えている。今日も、そうだった。


「んふ、こんな所に来るなんて。さあ、君の願いを聞かせてくれ」


「お願いです、ばらから様……橘堅五と泉杏歌が許せないんです……このお供え物で、やって頂けますか……?」


「んふふ、もちろん……」


そこには何も無い。ただ怪異が居るだけだ。善悪など気にも留めない、食い意地が張った怪異が居るだけ。人間の味方でも、敵でもなく、システマチックな法則も無く。気まぐれで、しかし狡猾に人を食う怪異は、今日も空き地で餌を待つ。

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