パワハラのせいで生産系ギルドを抜け出した魔具師、王宮の魔法使いになる ~小さい頃に約束した少年は勇者様だったようです。運命の再会を果たした私は幸せのため、遠慮なく魔法をぶっぱなします~
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『運命の選択が見えるのですが、どちらを選べば幸せになれますか? ~私の人生はバッドエンド率99.99%らしいです~』
よろしくお願いいたします。
「おいクロエ! あと十分以内に残りの商品用意しろ!」
「は、はい」
「返事が小せぇーんだよ! テキトーやってっとクビにするぞ?」
「す、すみません!」
毎日のように怒声を浴びながら、私はひたすらに魔導具を作り続ける。
器となる道具を作り、特定の魔法を付与。
この作業を早朝から初めて、ノルマ達成まで終われない。
「あと四十……」
一人で担当するような量じゃない。
本当なら私と同じ魔具師複数人で取り掛かる作業のはずだ。
それを一人でやっているのだから、当然時間はかかってしまう。
「ちっ、いつまでやってんだよ」
「すみません」
「それが終わるまで休むんじゃねーぞ」
「はい……」
上司はそう言いながら、一人そそくさと帰宅する準備をしていた。
他のメンバーたちも同じだ。
今、このギルドで私一人だけが働いている。
働かされている。
誰も手伝ってくれたりしない。
魔導具作りが出来るのは、付与の魔法が使える私だけだ。
だとしても、他に手伝える作業はあるわけで。
何か手伝えることない?
とか。
終わるまで待ってるよ。
とか。
いつも遅くまでありがとう。
なんて労いの言葉は、今まで一度も貰ったことがない。
一人で働いているのは当たり前。
みんなそれぞれノルマを達成しているのだから、終わっていない私が悪いのだと。
ノルマの量に明らかな差があることに、誰も異を唱えない。
私が言うべきなのだろう。
だけど、それはもう試した。
ノルマを減らしてほしいと真摯にお願いした結果、怒鳴り散らされ叩かれ、逆に増やされる始末。
それ以来、意見するだけ無駄だと悟ってしまった。
「パワハラ……っていうんだよね。これって」
とか呟いてしまった。
もうみんな帰宅して、ギルドには私しか残っていない。
どれだけ文句を言おうと誰にも聞こえない。
「はぁ……」
こんなに大きなため息も、誰もいないホームの中で響くだけ。
本当は聞こえてほしい。
気付いてほしいと思っても、周りの人たちは気付かない。
いや、気付いていながら無視している。
面白がっている人もいれば、自分もそうなりたくないから避けている人もいる。
つくづくこのギルドは理不尽だ。
王国で一番大きな生産系ギルド、その支部の一つだからといって、働く人をこき使って好き放題にしている。
それでも私が働き続けているのは、たった一つの恩があるから。
私は孤児だった。
生まれてすぐに両親を失い、教会に預けられた。
教会にも似たような境遇の子たちがいたけど、私だけは馴染めなかったんだ。
理由は……私の派手な桃色の髪。
この国では見かけない色の髪を、周囲の人たちは気味悪がった。
悪魔の子供だとか、病気持ちなんて言われて蔑まれて。
そんな生活が嫌で、自由に生きたくて、私は早くから魔法の勉強をした。
幸いにも魔法の才能はそれなりにあったから、役に立ちそうな知識を身に着け、その中で魔法を付与した道具を作る魔具師を知った。
魔具師になった私は、早々に教会を出ることにした。
周りの子供たちも大きくなるにつれ、私への当たりも強くなっていて。
もう耐えられないと思ったから。
逃げ出すように教会を出て、働き口を探した。
魔具師は貴重だからほしがる所もあったけど、私のこの髪を見て不思議がり、不気味に思って雇ってくれない。
そんな中で唯一、今いるギルドが雇ってくれた。
拾ってもらった恩がある。
だから頑張らないといけない。
恩を返すために……
それって、いつまで?
どれだけ頑張れば、恩を返したって言えるのかな?
私はもう十分に頑張ったんじゃないかな?
そんなことを考える日々だ。
特に仕事の終わりがけ、一人になると悶々と考えてしまう。
今日も同じように考えて、いつの間にか手元が空っぽになっていた。
「……休もう」
仕事を終えた私は、建物の最上階に向かう。
最上階とか言って、実際はただの屋根裏部屋だ。
本来は物置に使われるような狭くて暗い部屋が、私にとって唯一のプライベート空間。
仕事だけじゃなくて、住む場所まで提供されている。
言葉だけ聞けば素晴らしい職場かも?
まぁ今さら、前向きに考えることすら出来ないけどね。
「はぁ、今日も疲れたなぁ」
私はベッドで横になり、手を伸ばせば届きそうなほど近い天井を見つめる。
身体は疲れているのに眠れない。
考えてしまうからだ。
自分の髪を触りながら、これさえなければもっと楽に人生を送れたのだろうか?
ただ桃色で目立つだけなのに。
だけど昔、一人だけいたんだ。
この髪を素直に褒めてくれた優しい人が。
私は彼のことを思い出しながら、ゆっくりと目を瞑る。
◇◇◇
教会の裏手、小さな湖の辺。
そこが私の遊び場で、一番静かに過ごせる場所でもあった。
同年代の子たちは、きっと今頃教会のすぐ近くで遊んでいることだろう。
楽しそうに駆けまわって汗を流しているに違いない。
そんな中私は一人で、教会から持ち出した本を読んでいた。
魔法に関する本だ。
いつか力をつけて、自分だけで生きて行けるように。
この先も一人で……
「あれ? 誰かいるのか?」
「え?」
その時、不意に声が聞こえてきた。
ここは私だけの場所。
誰も近づかないし、誰も知らないはずなのに。
私は慌てて振り返る。
そこに立っていたのは、太陽の光に照らされる綺麗な金髪の少年だった。
「おっかしいな~ 誰もいない場所だと思ったのに」
「だ、誰? 何しにきたの!」
「え、そんなに怒らな……」
ついつい怒鳴るように叫んでしまった私。
そんな私のことを、彼はしゃべるのをやめてじっと見つめる。
視線でわかる。
彼が見ているのは、私の桃色の髪だ。
ああ……また同じことを言われる。
「綺麗な髪」
「……へ?」
「初めて見た! そんなに綺麗な髪があるんだね!」
「え、え?」
驚きと困惑で、私の頭は混乱した。
蔑まれると思っていた。
なんだその変な髪とか、馬鹿にされることだって覚悟した。
それなのに、実際に彼の口から飛び出したのは純粋なほめ言葉だった。
意味がわからなかった。
戸惑う私を他所に、彼はぐいぐい近寄ってくる。
「あ、あのさ! もっと近くで見て良いかな?」
「あ、え……」
「出来れば触ってもみたいんだけど!」
「……こ、怖くないの?」
「怖い? どうして?」
キョトンとする少年。
問いの答えは聞くまでもなく、言うまでもない。
私の髪は普通じゃないから。
みんな怖がって、気味悪がっているから。
でも彼は、一切そんなこと思っていないように見える。
それどころか興味津々で、楽しそうに笑うんだ。
「さ、触りたいの?」
「うん!」
「……いいよ」
「本当かい!?」
私はこくりと頷いた。
生まれて初めて、自分の髪を素直に褒めてくれた。
それが本心だと思えるくらい堂々と。
嬉しくて、触らせるくらい許せてしまう。
私が許可すると、彼は優しく丁寧に髪を触った。
撫でられているような感じもあって、少し気持ちが良い。
「わぁ、やっぱり綺麗な髪だな~」
「そう思う?」
「ああ! 僕が見た中で一番だよ。間違いないね」
「そ、そっか……私クロエ。貴方は?」
「僕は名前は――」
◇◇◇
「ぅ……」
また、絶妙なタイミングで目が覚めてしまった。
せっかく懐かしい思い出に浸っていたのに。
「もう朝……」
憂鬱だ。
日が昇れば、仕事に行かないといけない。
昨日と同じように、理不尽な叱咤を受けながら働く。
そんな一日の始まりは、抑えられないため息。
「はぁ」
来る日も来る日も、仕事仕事仕事。
日に日に増えるノルマにも、諦めの意味で慣れつつあった。
どうせまた……と思ってしまう。
やる気のなさそうな態度を見せれば、上司からきつく注意される。
「クロエ、お前ちゃんと期限以内に終わらせろよ。お前だけだぞ? 毎回期限ギリギリになってノルマが終わるのは」
「……はい」
そんなの当たり前でしょ?
要求されてるのノルマがみんなの五倍以上なんだよ?
それをギリギリでも期限以内に終わらせてるんだから凄いと思わないの?
口では謝りながら、心では抗議する。
もちろん言葉に出していないから、私の本心は届かない。
「ったくノロマだなぁ。こりゃーまた減給もあるぞ」
「そ、そんな」
今でも大して貰えていないのに。
これ以上減らされたら……って、別にいいのか。
毎日仕事で忙しいから、お金を使う暇もないわけだし。
お金を持っても使う時間がないんだから仕方がない。
一日が終わって、ベッドで眠る。
起きたらすぐに働き出して、夜遅くまで残業。
終わったら疲れて寝てしまう。
そんな毎日が、これからも続く。
続く……嫌でも続く。
ここにいれば。
「もう――」
明日も明後日も、代り映えしない毎日を送る。
辛くても働いて、忙しさに文句すら言えないようになって。
今よりも心をすり減らして。
そんな生活に、何の意味があるのかな?
「――うんざりだ」
やってられない。
我慢を続けて三年、ついに限界が来た。
こんな場所にいたらおかしくなる。
こき使われるだけで幸せなんてひと時も感じない。
身体は勝手に動いていた。
ベッドから起き上がり、お金と貴重品だけを手にして、気づけば私はギルドを飛び出していた。
「やってられないよもう! 私ばっかり仕事押し付けて! 私だって偶には休みたいのに!」
夜中、誰もいない街の中を急ぎ足で進みながら、口から愚痴が漏れ続ける。
興奮していて周りなんて気にならない。
気付かないまま歩き続けて、いつの間にか夜も明けていた。
開けた頃には興奮も治まり、冷静さを取り戻して……
「……や、やっちゃったぁ」
後悔に打ちひしがれていた。
我慢の限界に気持ちが高ぶって、何も考えずに飛び出しちゃった。
今頃、ギルドでは私のことを探す怒声が響いているはずだ。
勢い任せに逃げ出したから、行く当てなんて当然ない。
戻ったら戻ったで、どうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。
「ど、どうしよう……」
「お困りのようですね? 綺麗な髪のお嬢さん」
「私の髪のことは放っておいて――え?」
咄嗟につき放そうとしたけど、今の悪口じゃなかった。
私の髪を褒めてくれていた。
あの日の、彼のように。
顔を見上げると、彼はフードで隠した美しい金色の髪を少しだけ見せ、青い瞳がこちらを見つめる。
「もしかして……」
「久しぶりだね。クロエ」
その時、私は思い出していた。
夢に見たかつての記憶。
懐かしく、楽しかった日々の始まり。
彼は微笑みながら名乗った。
僕の名前は――
「ユリウス君?」
「おう」
「本当に……本当にユリウス君?」
「そうだって。さっきから言ってるだろ? ていうかあんまり名前を連呼するな。いろいろと面倒になるから」
わしゃわしゃと髪をいじる。
フード越しだったけど、その仕草が小さい頃と重なって映る。
ずっと会いたいと思っていた。
教会を出てから、キッパリ会えなくなってしまったから。
何度も夢に見るくらい……
「あっ……」
だから、自然と涙がこぼれてしまったんだ。
嬉しくて。
「ちょっ、なんで泣いてるんだよ」
「ち、違う。嬉しくて」
「僕との再会がか? 君に泣くほど喜んでもらえるとは思わなかったな~」
「むっ、ちょ、調子に乗らないで」
「君が先に言ったんだけど?」
こんなやりとりも懐かしい。
ユリウス君はよく口で意地悪なことを言ってきて、それに私が怒って言い返す。
他愛のない会話から喧嘩みたいになったこともあって。
それでも別れ際には仲直りして、また会おうと約束するんだ。
「本当にユリウス君なんだ」
「そう言ってるんだろ? 三年ぶりか」
「そのくらいだね」
「時間あるか? ここ道の真ん中だし、どこか喫茶店でも入ろう」
「うん」
ユリウス君の提案に頷いて、私たちは場所を移す。
近くにあったおしゃれな喫茶店に入ると、店員さんが彼のことをチラチラ見ていた。
フードで顔を隠しているから怪しまれているのかな?
どうして隠しているのか気になったけど、それ以上に再会が嬉しくて、話したいことがたくさんあったんだ。
「君が教会を出て以来だな。元気そうで何よりだよ」
「ユリウス君も。ちょっと見ない間に大きくなったね! 顔も大人っぽくなってて驚いた」
「そうだろそうだろ? 身長も伸びたしな。そういう君は変わらないね」
「こ、子供っぽいままだって言いたいのかな?」
確かに身長は全然伸びないし、他の場所も成長……うっ、なんだか悲しくなってきた。
「別にそういう意味じゃない。あの頃から君は変わらず可愛くて綺麗だと思うよ」
「ちょっ、なにそれ。口説いてるの?」
「はっはっはっ、どうだろうね? そうだと嬉しいか?」
「か、からかわないでよもう」
こういう意地悪な所は相変わらずみたいだ。
でも嬉しい。
少し話しただけで、あの頃に戻ったような気分になれる。
とても落ち着く。
「君はあれからどうしてたんだい?」
「え?」
「確かほら、魔具師になって自分の力で生活するって言ってただろ? ここにいるってことは仕事は休みなのか?」
「……それは……」
唐突に、現実に引き戻される。
楽しさで忘れかけていたことを思い出す。
そう、私は今、喜んでいられるような状況じゃなかった。
「クロエ?」
「あの、その……色々あって」
「色々……」
「うん」
それが良くない色々だと、ユリウス君は察してくれたみたいだ。
重たい空気が漂う。
せっかくの再会なのに、嫌な気分にさせてしまっただろうか。
だとしたら申し訳ない。
そう思っていると、ユリウス君が口を開く。
「なぁクロエ、良ければ話を聞かせてくれないか?」
「え……」
「何かあったんだろ? 力になれるかどうかわからないけど、聞かせてほしいな」
「……うん」
彼と再会して、もう一つ思い出した。
意地悪なことも良く言う彼だけど、心の底から優しくて温かい人なんだ。
だから私は、彼に全てを打ち明けた。
情けなさを感じながらも、包み隠さず。
私が何をして、何をされて、どう思ったのかも。
話を聞き終わった頃には、彼は険しい表情をしていた。
「酷いな。明らかに個人の権利を蔑ろにしている。由々しきことだ」
「そうだよ。本当にもう……私が普通と違うからって」
「髪のこと以前だろ。どう考えたって働きすぎだし、そのギルドはやり過ぎだ。表向きじゃ見えない闇があるんだな……対策が必要か」
真剣な顔でブツブツと何かを呟くユリウス君をじっと見つめる。
その視線に気づいた彼は、ニコリと微笑んで言う。
「よく耐えたね。君のことだから、そんな酷い対応されたら上司も殴っちゃいそうなのに」
「な、殴らないよ! 私を何だと思ってるの?」
「え? だって君、教会にいた頃もイジワルしてくる子をコテンパンにして――」
「あーあー! そんなの知りません!」
お恥ずかしながら事実だ。
小さい頃の私はわんぱくで、教会で私のことを悪く言う子がいたら、問答無用で喧嘩をしかけていたくらい。
今から思い返すと、孤立の原因にはそのことも含まれていた気が……しないでもない。
だって馬鹿にされたらムカつくし。
「ははっ、その君が三年も耐えたなんて正直信じられないよ」
「し、仕方ないでしょ。他に雇ってくれる所も見つからなかったし……」
「そうか。で? 今は戻る気でいるのか?」
「それは……」
正直、戻りたくない。
戻った所であの日々の繰り返しだ。
いや逃げた今はさらなる仕打ちが……
「はぁ……」
さっきの百倍憂鬱だ。
「そういえば、ユリウス君は何してるの?」
「え……」
彼はひどく驚いた表情で固まった。
「え、え?」
「まさか……まだ気づいてなかったの?」
「な、何が?」
「名前も教えたし、顔だって見る機会はあったはずなのに……まだ気づかれていなかったのか。それはそれで複雑な気分だな」
ブツブツと何か言っている。
私には意味がわからなくて、首を傾げるだけ。
気付く?
気付かない?
なんの話をしているの?
その答えは、ユリウス君の口から告げられる。
「じゃあまぁ、改めて自己紹介をしよう。僕はユリウス・アン・フェドリア」
「フェドリアって、この国のなま……え?」
「そうだよ」
国の名前をその身に背負うのは、この国でも唯一……王族のみ。
ユリウス……王族。
聞いたことがある名前だ。
この国の第四王子も、ユリウスという名前だった。
別人だと思っていた。
つまり彼は――
「ユ、ユリウス君ってお王子様――う!」
「ちょ、声に出すな! 周りに聞かれるだろ!」
「う、ううー!」
思わず叫びそうになった私の口を、ユリウス君が強引に手でふさいだ。
彼が被っているフードを見て、ようやくお忍びだと気づく。
落ち着いたのを見計らい、ユリウス君が手を退ける。
「ご、ごめんなさい」
「いや良いよ。僕もそこまで驚かれるとは……というかとっくに気付いてると思ってたから」
「き、気づかないよそんなの……お、王子様とか」
「君にそう呼ばれると歯がゆいな。できれば普段通りに接してくれよ? 今さら畏まられても気持ちが悪い」
「きも、わ、わかった」
釈然としないけど、とりあえず納得する。
しかし本当に王子様なの?
確かに高貴な見た目はしているし、小さい頃に着ていた服も貴族っぽかったような……
「隠してたつもりじゃなかったんだけどね。君って案外鈍感だよね。あと情報に疎かったりさ」
「そ、そんなことないし」
「そう? じゃあ俺が聖剣に選ばれた勇者だってことも知ってる?」
「それくらい知っ……え?」
聖剣?
勇者?
またしても予想外の単語が飛び出す。
「ほら知らなかっただろ。まっ、今は聖剣も持ち歩いてないけどさ」
「ほ、本当なの?」
「ああ。世間じゃとっくに広まってるぞ? 王国の第四王子が聖剣に選ばれたって」
し、知らなかった……
王国には代々受け継がれてきた聖剣がある。
その剣の使用者に選ばれた者は勇者の称号を得て、王国を守護する。
そんな重要な役割にユリウス君が選ばれた?
しかも王族が?
「す、凄いよねそれって」
「まぁね。王族で選ばれたのは百年ぶりくらいだって父上もおしゃっていたよ。だからこそ誇らしいとも」
「そ、そっか……凄いなユリウス君は」
それに比べて私は……
何をしてるんだろう。
「で、だ。そんな僕から提案があるんだけど聞いてくれる?」
「提案?」
「ああ。よければ僕の王宮で働かないか?」
「――へ?」
思わぬ提案に、思考が停止いた。
◇◇◇
朝九時。
ギルドでは人も集まり、せっせと働く姿がチラホラ見える。
そんな中現場を仕切る男は、腕を組んでイライラしている様子。
「チッ、あいつどこいきやがったんだ」
「逃げたんじゃないっすかー」
「はっ! だったらだったでお仕置き決定だな。どうせ行く当てもないんだ、そのうち戻って」
「あ、戻ってきましたよ」
ニヤリと笑う男は、入り口をギロっと睨む。
そこには逃げ出した彼女がいた。
「おいおいクロエ、良い度胸してるじゃねーか。何かいうことあるんじゃねーのか?」
「あの……」
「ま、謝っても許さないけどな? 今日から仕事量を倍にして――」
「今までお世話になりました! 今日で辞めさせてもらいます!」
「……は?」
腹から声を出し、彼女は頭を下げる。
一瞬、ギルド内がシーンと静まり返った。
誰一人予想できなかった言葉に驚き、耳を疑っている。
特に信じられない様子の男は、歪んだ顔で聞き返す。
「おい、聞き間違いか? 辞めるって? お前が? ここ以外で働けるとでも思ってるのか?」
「働き口ならあるさ」
「あん? 誰だてめ……え?」
「誰だ? クロエじゃないんだ。君たちは知っているんじゃないのかな?」
クロエの後ろから姿を見せたユリウス。
言葉通り、彼らは知っていた。
ユリウスが王子であることも、勇者に選ばれたことも。
故に声も出せず、ただ固まる。
「彼女はこれから王宮で働く。先に言っておくけど、辞めるのは本人の意思だよ。彼女は自らの意志で辞めることを選んだんだ」
「な、な……なんで王子が……ここに……」
「さぁね? 君たちが知る必要はないさ。ただ……このギルドの労働環境については、いずれ調査が来るだろうね。真摯な対応を期待するよ。クロエ、行こう」
「うん。あの、今までお世話になりました!」
最後に頭を下げ、二人で扉を潜って姿を消す。
唖然とした彼らは開いた口がふさがらず、しばらく仕事の手も止まっていた。
◇◇◇
「すぅーはー……言っちゃった」
「スッキリしたか?」
「少しはね。でも、本当に良いの? 私が王宮の魔法使いになんて」
「僕はそう思ってるよ。もちろん試験には合格して貰わないといけないけどね?」
ユリウス君からの提案、それは王宮で魔法使いとして雇われないか、ということだった。
しかもただ雇われるわけじゃない。
勇者であるユリウス君の補佐としてだ。
「勇者には一人以上の補佐が付くことになってる。勇者に順ずる実力者が選ばれるんだけど、中々相性の良い人が見つからなくて困ってたんだ」
「それで……なんで私?」
「君が小さい頃から魔法の勉強していたのを知っていた。あの頃から才能の片鱗は感じていたんだ。でも会えなくなって、諦めかけていた時、夢を見るようになった」
「夢?」
彼が見ていた夢。
それは奇しくも、私と同じ思い出の光景だった。
忘れるなと、思い出せと言わんばかりに。
あの頃の光景を、何度も見せられたという。
「聖剣の力で、僕も色々とわかるようになったんだ。僕が共に歩むべき相手が誰なのか、聖剣の光が差した方向に進んだら君と再会できた。つまりはそういうことなんだろう」
「そ、それってなんか……」
ロマンチックだ。
言い回しがまるで、運命の相手でも見つかったようで。
「まぁともかく、試験には合格して貰わないと困るぞ? 僕の独断だけじゃ採用はできないからな」
「う、うん。ちなみに試験ってどんなことするの?」
「簡単だよ。他の魔法使いたちが見ている前で魔法を披露するだけだ」
「それだけでいいんだ」
ユリウス君曰く、基準とかも曖昧らしい。
彼らが認めてさえくれれば、王宮で働く資格を得られる。
なるべく派手で難しい魔法ほど評価が高いそうだ。
「派手……じゃあ付与は駄目だね。攻撃系の魔法がいいかな?」
「その辺りはクロエに任せるよ。何を選んでも君なら合格するだろう」
「そんな簡単に言わないでよ。付与以外の魔法を使う機会なかったし、凄く久しぶりなんだから」
「大丈夫だって。昔みたいに湖の水を干上がらせるくらいしてくれれば」
「あーもう! そういう昔の話はやめてよね。恥ずかしいんだから」
ユリウス君の口からポンポン飛び出す昔話。
あの頃の私は派手好きで、魔法も攻撃系ばかり優先して覚えていたっけ?
付与を覚えたのなんて後になってからだった気もするし。
当時の感覚を思い出せばなんとかなるかな?
「それで、試験っていつなの?」
「今からだぞ」
「え……」
「何を驚いたフリしてるんだ? 今から王宮に向かうんだから当然だろ?」
う、嘘でしょ?
◇◇◇
気持ちの整理とか、気合いを入れるとか。
多少の時間を空けてから挑戦するものだと思っていた。
でも実際はあっさりと場が設けられて。
「ではこれより、王宮魔法使い資格の認定試験を始める! 受験者、クロエ殿は前へ」
「は、はい!」
王宮にある訓練場で、今から試験が始まろうとしていた。
まさかもまさか。
話に出たその日に試験を受けることになるなんて思わないよね?
周りには王宮で働く魔法使いの人たちが見ている。
その中にはユリウス君もいて、自信ありげな顔で腕を組み、私のことを見ていた。
まったくもう……いきなりすぎるんだよ。
絶対楽しんでるよね?
あとで文句を言ってやらないと。
「それではクロエ殿、魔法の披露をお願いいたします」
「はい」
説明された試験内容はいたってシンプル。
魔法を使う様子を見せて、その場にいる七割以上の人が同意すれば、晴れて私も王宮の魔法使い。
ただし今回は異例。
何せ勇者であるユリウス君の補佐になるんだ。
補佐になるためには七割ではなく、九割以上の同意が必要になるらしい。
要するに、この場にいるほぼ全員を納得させないといけないわけだ。
派手な魔法……出来るだけ強い魔法でいかなきゃ。
範囲は最大に、威力も絶大に。
私が知っている攻撃魔法の中で、この場の人たちを巻き込まず、かつ派手な演出が出来るものを選ぶ。
「よし……」
決めた。
まずは天候からだ。
今は快晴、雲一つない。
だから最初に【曇天要請】を発動させて、雲をこの場に集める。
「天候操作だと?」
「いきなりこれほどの魔法を披露するとは……」
「ははっ、まだ準備だぞこれ」
「殿下? それはどういう」
「忠告するよ。みんなも早々に防御魔法を使うか、かがんだほうがいい」
周囲がざわついている。
けれど集中している私には、何を言っているのかはわからない。
雲は呼んだ。
これで準備が終わった。
ここから攻撃魔法の重ね掛けを始める。
雨を呼ぶ魔法――【雨天決行】。
雷を呼ぶ魔法――【雷雷天下】。
風を呼ぶ魔法――【暴風祭典】。
合わせて放つは、街を飲み込む大嵐。
「――【暴乱将軍】」
巨大な竜巻が訓練場の中央に発生する。
雨と雷を纏いし風が吹き荒れ、空気をえぐり取るように暴れ回る。
「ぐ、お」
「なんだこの魔法は!」
「はははっ! 変わっていないじゃないか。やっぱり君は、この国でもっとも才ある魔法使いだよ」
ユリウス君の声が微かに聞こえた気がする。
周りを確認すると、みんな慌ててしゃがみ込んだり、防御魔法を展開していた。
や、やりすぎた!?
咄嗟に魔法をキャンセルする。
そよ風だけが残り、雲が四方に逃げていく。
しばらく待って、ユリウス君が拍手をしながら歩み寄ってきた。
「さすがクロエ! 相変わらず乱暴で豪快な魔法だったよ」
「な、なにそれ褒めてるの?」
「褒めてる褒めてる。ほら見てみろ。みんな凄すぎて驚いてるだろ?」
「そ、そうなのかな」
驚いているようには見えるけど……思っていた反応と違って困惑する。
「駄目……だったのかな?」
「逆だよ。今のを見せられて、疑う者なんていない。さぁ決をとろうか! 彼女を僕の補佐に任命する! 賛成の者は拍手を!」
彼がそう宣言すると、すぐに拍手が聞こえてきた。
誰か一人をきっかけにして、次々に拍手の波が押し寄せる。
四方をぐるりと見回す。
その場にいる全員が、私に拍手を送っていた。
「決まりだな」
「ほ、本当に……私が」
「君以外いないよ。こんな暴れん坊なことができるのはね」
「だ、だからそれ褒めてないよね!」
怒る私に、ユリウス君は底抜けに明るく笑う。
あの頃のように。
その笑顔が、私を安心させる。
ユリウス君が私に手を伸ばす。
「ようこそ僕の王宮へ! これからよろしく頼むぞ? 王宮の魔法使いクロエ」
「――うん!」
私は彼の手を取った。
これは始まりだ。
新しい毎日の……そして、語り継がれる伝説の。
今はまだ知られていない。
気付いている者はただ一人、勇者だけ。
私の魔法使いとしての才能が、世界すら変えてしまうほどだということに。
ご愛読ありがとうございます。
もし面白い、続きが気になると思ってくれたなら、ページ下部の☆☆☆☆☆から評価を頂けると嬉しいです。
作者頑張れ!っという方もぜひ!
さらにもう一本投稿しました!
『運命の選択が見えるのですが、どちらを選べば幸せになれますか? ~私の人生はバッドエンド率99.99%らしいです~』
よろしくお願いいたします。