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第十話

 どうにか卒業論文を書き終えた勇次郎は、次回作の本番に向け稽古を再開していた。日を追うごとに芝居熱が増し、唐津の指導もこれまでになく厳しいものであった。特に今作で初めての濡れ場を演じる勇次郎には細かい指導が飛び、彼の台本は走り書きでびっしり埋められている。稽古が終わってからそれを反芻し、役を作っていくを繰り返すのだが、恋愛経験の無さがそれを難しくさせ、想像と見聞だけでは賄えなくなっていた。

「勇次郎」

 多少の行き詰まりを感じていた勇次郎に伏見が声を掛ける。彼は人差し指をくっと動かして人気の無い場へと誘った。

「創介さん?」

 勇次郎は誘われるまま付いていくが、伏見は何も言わず離れの倉庫に誘い込むと鍵をかける。

「勇次郎」

「はい」

「目ぇ閉じろ」

「はい?」

「いいから言う通りにしろ」

 先輩の有無を言わせぬ雰囲気に勇次郎は何も言えずに目を閉じた。それを見た伏見は勇次郎の肩に手を置いて顔を近付け、自身に唇を勇次郎の唇に触れさせた。

「えっ⁉」

 唐突の出来事に目を開けて体を離そうとするが、二の腕をがっちりと掴まれてそれを阻まれる。

「誰が目ぇ開けていいっつった?」

「いえ何してるんですかっ⁉」

 伏見は当然抵抗を始める後輩の後頭部に手を回し、先程よりも強い力で唇を押し当てた。直後勇次郎の上唇を食んで口を開けさせると、舌を入れて勇次郎の舌に絡める。

「んんっ……!」

 勇次郎はどうにかしてその状況から逃れようとするが上手くいかず、体力は予想以上に早く浪費していった。更には男に接吻をされていることで自尊心が打ち砕かれ、体に力が入らず膝が崩れてしまう。伏見はそれをいいことに勇次郎の身体を押し倒し、シャツのボタンを外して覆い被さった。

 彼は長い腕を勇次郎の体に巻きつけ身体の自由を奪う。武術にはそれなりの自信がある勇次郎だったが、性的な接近の仕方をする相手ではなす術が無い状態であった。伏見は容赦なく後輩の身体を弄び、今度はズボンのボタンを外して内股に手を入れる。

「何考えているんですか⁉」

 勇次郎は内股を触る先輩の腕を引き抜くが、それ以上の力が入らず逆に組敷かれて再び唇を塞がれた。濃厚な接吻に意識が朦朧とし始め、気付けば抜き取ったはずの腕で内股を触られている。伏見は唇を外すと首筋から胸元に唇を這わせ、勇次郎は不本意ながらも身体が疼き始めていた。

「あぁ……」

「いい声出すじゃねぇか」

 愉しそうに言う先輩にむっとする勇次郎だったが、男に裸体を晒された羞恥心から戦意はほとんど奪われている。

「勇次郎、お前はオトコとオンナってやつを知らな過ぎだ」

「……」

 伏見に図星を指された勇次郎は何も言い返せない。

「花街の姐さんを相手にするのも悪くない。けどそれじゃオトコ側以上のことは分かんねぇんだよ」

「だからって……」

 体力を浪費した彼は声を発するのもやっとであった。伏見は勇次郎の長めの髪を指で梳き、女を扱うように優しく唇を触る。

「性交ってのはオトコとオンナで見えてる世界がまるで違う」

 伏見は内股を触っていた手を股間に移動させ、身体をきつく抱き寄せてから指で弄び始めた。勇次郎は身体を捩らせて抵抗しても身動きが取れず、されるがまま乱されていく。女のような喘ぎ声を上げることしか出来ず、伏見の行為は次第に大胆になっていった。

「オンナになりきれ勇次郎」

 その言葉を合図に勇次郎の身体の中に激痛が走る。堪え切れずに悲鳴を上げたが、違和感は少しずつ奥に入り込んで男としての自尊心を奪い取っていった。それは勇次郎の体の中で(うごめ)き、これまで感じたことの無かった得も言われぬ感覚に頭がふわふわとしてきて、何もかもがどうでも良くなりすっかり淫らな状態になっている。

「オンナの性交は受動的なのさ、お前よりも小さく弱い体でオトコの本能を受け入れてんだよ」

「……」

 伏見はほとんど動けなくなっている勇次郎をあやしながら語りかけた。

「今してることを役に取り込め、でなきゃ意味が無ぇ」

「……えっ?」

 ぼんやりとした意識の中にいる勇次郎は、先輩の意図がすぐ理解できずにいた。

「役になりきれ、本番はこっからだ」

 役に……? 今請け負っている役柄は伏見が演じる主人公の男性に恋い焦がれる女性で……などと考えていると身体の中に熱いものが入り込むと同時に、先程とは比較にならない激痛で気を失いそうになる。勇次郎は反射的に伏見の体を蹴ったが、自身よりも大柄な先輩はびくともしない。

「全然なりきれてねぇ、もっと集中しろ」

「そ……んなこ……」

 伏見は口答えする猶予すら与えずに熱の玉を勇次郎の中にめり込ませる。いくら抵抗を試みても身体に力が入らず、呼吸の乱れで空気が体内に取り込まれない。

「くる……し……」

「まだ素が出てる、役に意識を向けろ」

 伏見はまだ抵抗しようとする後輩の身体を抱き締め、勇次郎の身体の中に挿れている熱の玉を動かし始めた。力が抜けきっている彼の身体もぐらぐらと揺れ、喉を絞った甲高い声を上げる。

 伏見は朦朧としかかった意識の中で淫らになる勇次郎の首筋に接吻をし、皮膚を吸い上げて痣を作っていく。痛みと快楽が交互に来る性交に翻弄されていく中、勇次郎はこれまでの稽古で頭に叩き込んだ役の情報を必死に引き出していた。最初は男としての自尊心が邪魔をしてなかなか上手くいかなかったが、時間が経つと現状に多少慣れて思考に少しずつ役が入り込んでくる。

 そうなると素の思考と役の思考との乖離が始まり、役に取り込まれていく自身の姿を俯瞰していた。これまでなかなか開けられなかった目を薄っすらと開けると、霞んだ視界の中にいる伏見が劇中で恋い焦がれる相手の男に見えてくる。

「そのまま意識を役に移行させるんだ」

「……はい」

 対話は役者同士として交わしていたが、身体は役として交わり志垣勇次郎の意識は鳴りを潜めてきた。代わりに表面化した役柄の女は、抵抗するどころか惚れた男に抱かれる悦びの中にいて、その意識と同化した勇次郎は伏見の身体に腕を回す。反応が変わった後輩に満足げな表情を見せた伏見は、半開きになっている勇次郎の唇を塞いだ。勇次郎は最初とは全く違う対応を見せ、役になりきって体を擦り寄せる。

「その調子だ、今感じてることを役に叩きこめ」

「はい……」

 伏見はぐらつく後輩をしっかりと支えて身体を密着させた。役柄が憑依した勇次郎は痛みと快楽に踊らされ、女顔負けの艶っぽい喘ぎ声を上げている。

「いいぞ、その感覚を忘れるな」

 伏見は更に腰を動かして結合を強め、雌と化した勇次郎を冷静に見下ろしていた。


 二人だけの秘密裏の稽古は日が傾くまで続き、ようやっと男同士の性交から解放された勇次郎は、体を起こすことすら出来ないほどに体力が消耗している状態だ。意識はまだ役柄が残っており、現状と幻想を行き来している感覚でいた。

「疲れたか?」

 一方平然としている伏見は座っている状態で壁にもたれかかり、煙草をふかしながらぐったりしている後輩を見やる。勇次郎は顔だけを動かして先輩を恨めしそうに見上げていた。

「まぁそんな目向けてくれるなって、最高の役作りが出来ただろうが」

「……」

 伏見は悪びれる態度すら見せず、居直ったかのように軽く笑う。

「衆道の素質あるぞお前」

「……嬉しくありません」

 徐々に役柄の意識が薄れてきた勇次郎は、男の意地を見せたくなって体を起こそうとしたが、腰から下に重い痛みが伝わって予想以上に体が動かなかった。伏見は後輩の体を片腕で軽々と抱え、自身の胸に身を預けさせる。

「……」

 これじゃまるで女じゃないか……しばらく鳴りを潜めていた男の意識を取り戻した勇次郎は、打ち砕かれた自尊心が疼いて先程までの情事を受け止め切れずにいる。それが滲み出る形で視界が歪み、涙となって吐き出していた。

「ううっ……」

 伏見は身体を縮こませて男泣きする後輩の頭をあやすように軽く叩く。

「よく耐えたな勇次郎」

 伏見は自身が吹っ掛けた難題から逃げなかった後輩を労い、泣き止むまで付き添っていた。


 伏見との性交の後から記憶がぷっつりと途切れ、次に意識を取り戻した時には下宿場自室のベッドにいた。どうやって帰宅したのかも思い出せず、身体のべたつきも消えて浴衣に着替えている。

「よぉ、起きたか?」

 人生初の性交相手となる伏見が土鍋を持って台所から顔を出した。しかし今となってはその目的が分かっているため、気まずさや恥ずかしさは特に感じない。

「あの、僕どうやって……?」

「あぁ、あの後お前寝ちまったからここまで抱えてきた」

 伏見は土鍋を机の上に置き、蓋を開けて空の椀に粥を入れる。

「すみません、お手間掛けました」

「いや、そもそも俺のしたことが元凶だからな」

「それはもういいんです、泣いたらある程度落ち着きましたので」

「そうか。ならもう一回くらい……」

「お断りします」

 冗談半分で再度襲おうとする伏見をするっと躱した勇次郎だが、下半身の重い痛みはまだ取れていなかった。

「っつ……」

「ハハハ、明日は休め。念のため主宰には『熱出した』っつっといたから」

「いえでも……」

 これ以上稽古の遅れを取りたくなかったが、何となく熱っぽさも感じて今更ながら軽いふらつきを覚える。

「実際身体も熱かったからな」

 伏見は勇次郎を軽々と抱えて土鍋を置いている机まで運び、座布団に座らせて粥の入った椀を手渡した。

「今日は食って休め、明日熱が下がらないなら医者を呼ぼう」

 体調を気遣う伏見の言葉に頷いた勇次郎は、まだ温かい粥を腹に入れる。

「美味いか?」

「はい」

 勇次郎は伏見が作った粥をきれいに食べ切り、早々にベッドに潜り込んで目を閉じた。

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