一方その頃ヒロインは、
グレイブル王国南西ミュラーに存在するミシュライン城の庭園にて。
リーン・アストライアは、庭園ある東屋で優雅にお茶を嗜んでいた。
周りには誰もおらず、リーン一人の空間。
聖女の力を利用して結界を貼ったため、誰もリーンがここにいることを知らないし、見つけられない。
誰もいないこの空間で、リーンは一人アフタヌーンティーを楽しむ。
爽やかな香りを立てるカップをテーブルにおいて、リーンは口元を歪める。
「それにしても、さすが『ヒロイン』よね。ここまでうまく事が運ぶなんて」
託宣により正式に聖女に選ばれたリーンはクラリス・エルダインから第二王子レインの婚約者の座を奪い、無事国外追放に追いやったことに大いに満足していた。
乙女ゲームの主人公、リーン・アストライアとしてこのゲームの世界に生まれて17年。
生まれた時から前世の記憶を持っていたリーンは、自分がこの世界の主役だと知っていた。
ヒロインのためにあるこの世界は、必ず彼女の望む方向へ収束する。
平民の出でありながら、聖女候補としての力を見出され、アストライア侯爵家の養女となった。侯爵家の支援を受けながらゲームでの知識を活かし、味方を増やした。
そしてレイン王子と出会い――恋をした。
ゲームでしか見たことがなかった彼は、実物の方が何倍も素敵だった。彼はいつだって真摯で、優しくて、まさに『理想の王子様』そのものだった。
実際に実物を見て、関わって、触れて――どうしても欲しくなった。
だからリーンは『レイン殿下攻略ルート』を駆使し、彼に気に入られるようにイベントをこなした。
「気に入ったおもちゃは手に入れなきゃ。ここは私の世界なんだから」
この世界の絶対的なヒロインであるリーンに、世界は味方する。
なぜなら自分はかの乙女ゲームのヒロインだからである。
神の使徒であり愛し子。悠久の女神アルキュラスに愛された聖女である自分に、できないことなどない。
「私はこのゲームのヒロイン。この世界のヒロインだもの。私が望むものはなんでも手に入れられるわ」
ふふふ、と紅茶の入ったカップを回しながら、彼女は笑う。
ただ無邪気に笑う。
さながらその様子は、気に入ったモノを手に入れて喜ぶ子どもそのもの。
しかし望んだものを意のままに手に入れられることを望んだ彼女は、このままでは止まらない。
「どうせなら、攻略対象全員オトして、逆ハー作るのもありかもね? どうしよう。リーンの時代来ちゃう!? イケメンに囲まれて、ハーレム三昧! いやー最高じゃない? ま、リーンはヒロインなんだし、モテるのは当然よね!」
そうと決まれば攻略攻略! とリーンは懐からメモ帳を取り出して覚えている限り書き出したゲームの情報をおさらいしていく。
「宰相子息のユヒトも、騎士団長の息子のリオンも攻略は簡単だわ。あーでもどうせならあの隠しキャラも攻略したいなー」
リーンはペラペラとメモをめくって、あるページで止める。
そこには攻略攻略のキャラの名前と、外見を絵にしたメモが描かれてあった。
描かれているのは、朱金の髪に紫の瞳を持った少年。
その名前は――、
「コレコレ、悪役令嬢の従者ゼスト君! 謎キャラで攻略難易度激高いけどオトせたら最高に気持ちいいだろうなぁ……」
基本の4キャラを攻略し終えた後に出てくる隠し攻略はキャラ、悪役令嬢の従者。
主人であるクラリス追放後に路頭に迷っている所をヒロインのリーンと出会い、保護する。
ゼストはクラリスから酷い扱いを受けていて、人間不信になっている彼をリーンが献身的に世話をしてその心を溶かしていくのだ。
クラリスを追放してからまだ日にちはそんなに経っていない。今頃王都の下町をうろついてるはずだから、戻ったら保護してあげないと。
――と、そこまで考えたところで、レインが自分を呼ぶ声が聞こえることに気づいた。
「あ、やば。レインが来ちゃう」
リーンはメモ帳を懐に戻し、結界を消してから、レインの方へ声をかける。
「レイン! 私はここですわ!!」
暫くするとリーンに気づいたレイン王子がこちらまでやってきた。
「探したぞリーン。何やっていたんだ?」
「ここはとても見晴らしがいい場所なので、お茶を楽しんでいたんですの」
「そうか。このミシュライン城はいいところだろう? ぜひ君を連れてきたかったんだ。気に入ってくれてよかった」
そう言ってレインはリーンを抱き寄せ、額にキスをする。
「うふふ、くすぐったいわレイン。でも連れてきてくれてありがとう。とっても嬉しい」
「そうか。ならまたここに来よう。今度は挙式した後の、新婚旅行にでも」
「まぁ、素敵だわ!」
そのまま二人は抱き合うように互いが互いを抱き寄せると、折り重なるように東屋のベンチに倒れる。
見つめ合った二人はそのまま自然と顔を寄せ合い、キスを交わした。
――愛し合い、結ばれたリーンとレイン。
クラリスを犠牲にしてできたその脆い絆は、絶対的なヒロインとしての自負と慢心にまみれ、正しく女神に愛されるために必要な清純な心を失った偽りの聖女を少しずつ蝕んでいく。
それが後に、クラリスが危惧した災厄の顛末を引き起こすことになるとも知らずに。