悪役は稀代の愛し子
「あら、そういえばクラリスさんはグレイブル王国出身だったわね。じゃあ知らないのも無理ないわ」
そう言うとシスターリゼリアは『精霊王の愛し子』について説明してくれた。
「『精霊王の愛し子』というのはまぁ、その名の通り精霊に愛された者のこと。精霊の中にも序列があって、その一番偉い精霊王に好かれた人間は、無条件で精霊に愛されるのです。まぁ要するに今のあなたの状態ですね」
『愛し子!』
『僕たち愛し子大好き!』
『精霊王さま認めたにんげん!』
『クラリス、僕たちの友だち!』
テーブルの上ではいはーいと、挙手をして話す精霊たち。
小さいサイズのそれらが群がるようにして私の元へ来ようとするのを見て、何となく愛し子がどういうものであるのかはわかった。
しかし、なぜ私が愛し子に選ばれたのかが分からない。
「どうして私が?」
「それは私にも分かりませんわ。ただ一つ言えることはあなたはどこかで精霊王に会い、そして好かれた。だから精霊たちがこうもあなたに構おうとするのね」
「どこかで会った……? 全く身に覚えがないのですけれど……」
「まぁ精霊王は強大な力を持つ存在ですので、まずめったに姿を現しません。そして人間に化けることもできるそうですから、案外あなたの側にいて、見守っているのかもしれませんわ」
「近くで見守る……」
そう呟いて、ふと、ゼストと視線があった。
朱金の髪を煌めかせて、にっこりと微笑むゼスト。
その不意打ちの微笑みに頬を赤く染めた私は、慌ててゼストから顔を背けた。
「そ、それは分からないけれど! 愛し子は何かできたりするんですか?」
「そうね……色んなことができるわ。それこそ空を飛んだり、天候を操ったり、なんでもできる。望めば、精霊が手を貸してくれるから。だから『愛し子』はキネーラでは神聖な存在とされるのです。グレイブル王国でいう『聖女』と言ったところかしら」
「なんでも……」
「そう。だからあなたはシスターとしてではなく、『精霊王の愛し子』としてもてなすためにこの屋敷へと案内しました。これからもここに住んでいただいて大丈夫ですわ」
「……はい」
精霊王の愛し子。
精霊に愛された特別な存在。
無条件で精霊に愛され、しようと思えばなんでもできる特別な存在。
それはまるで――。
……聖女のよう。
グレイブル王国では奇跡の御業を授かった聖女も同じ。
神に愛された使徒。神の愛し子。尋常ならざる奇跡を起こし、全ての怪我や病を治癒する力を与えられた人間。
――リーン様は今、何を思っているのかしら。
殿下の新しい婚約者となり、私の座を奪った正当なヒロイン。
突然強大な力を手に入れた人間は、どうなるのか――。
どうか間違った方向へ進まないといいのだけれど。
ゲームでの災厄の顛末を知っている私は、ただ祈ることしかできない。
群がってくる精霊を腕に抱きながら、私は開け放たれた窓からもう帰れなくなった故郷に思いを馳せた。