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今日、私は貴方の元を去ります。  作者: 蓮宮 アラタ
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悪役は動揺する

 転寝をしてすっかり日が暮れた頃、馬車はようやく隣国キネーラに到着した。

 馬車は検問を終え、キネーラへ入国を果たし、しばらく進んだ後、ようやくその歩みを止めた。


「――罪人クラリス。聖女リーン様を貶めた罪により公爵令嬢の身分を剥奪、追放。貴殿が祖国の土を踏むことは二度と有り得ない。貴殿の咎はそれだけの大罪である。そのことは充分に理解しているな?」

「……はい」

「よろしい。貴殿はレイン殿下の恩情により、これよりキネーラ北西部チャーチル自治領のリダ・テンペラス教会へとその身柄を送られる。先方は貴殿を修道女(シスター)として迎えてくださるそうだ。殿下の采配に感謝するが良い」

「はい。承知致しました。ご配慮に感謝致します」

「うむ」


 唯一同行していた護衛役のグレイブル王国の騎士が書状を読み上げ、恭しく一礼すると護衛役の騎士は頷いて馬車へと戻る。

 私を送り届けてくれた彼らの役目はここまで。これより私はキネーラ側の迎え役のシスターに連れられて北西部チャーチル自治領へと向かうことになるのだそうだ。


 チャーチル自治領を治めるレイダスト公爵家は、レイン殿下の母君であられる王妃エリス様のご実家。

 レイン殿下が王妃殿下に掛け合って私の受け入れ先を見繕ってくれたのだろう。

 心の底から嫌い、憎んでいるはずの元婚約者のためにわざわざこのようなことをするなんて。


 最後まであの人は、なんてことをしてくれるんだろう。

 こんなことをされたら、忘れられる訳が無い。

 ――否、忘れられるはずなどない。

 私はこれからもずっとこの想いを無くすことはないのだろう。


 どうせ前世の記憶を思い出したのならこの気持ちや記憶から解放してくれれば良かったのに。

 ことが既に終わった後に思い出して、今更後悔することになるなんて。

 いっそ、思い出さない方が楽だったかもしれないのに。


「……でも、それは駄目ね。そんなことをしたら私は多分――」


 ――恨みに支配され、祖国を滅ぼしてしまうことになるから。


 ……いつまでもこんなことを考えるのは良くない。

 それよりも、迎えが来るという話だから早く合流しなければ。

 護衛役の騎士から迎えはすぐ来ると聞いている。そのまま待っていれば大丈夫だろうと言われたので私はとりあえずこのまま待つことにした。


「それにしても……やっぱり寒いわね」


 季節は冬。

 グレイブル王国よりやや北に位置する隣国キネーラは、今も雲におおわれて薄暗い空から降りしきる雪に加え、気温は氷点下を下回っている。


 冬用の毛皮で作られたケープを頭から被り、唯一公爵家から持ち出しを許された厚手のドレスを身にまとい寒さに耐えながら私は迎えが来るのを待った。

 数分が過ぎ、手を擦り合わせてはーっと白い息を吐いたところで私は後ろから声をかけられた。


「――失礼。水色の髪を持つクラリスという令嬢はあなたで間違いないかしら?」

「はい」


 返事をして振り返ると、キネーラ特有の彫りの深い顔立ちをした壮麗な美女が目の前に立っていた。

 分厚い外套をはおり、その間から艶やかな漆黒の髪が覗く。

 黒髪の美女は私を一度見て頷くと、皺のない麗しい顔に笑みをたたえ、鮮やかな翠の双眸を細めた。


「初めまして。わたしはあなたの案内を任されたリダ・テンペラス教会のシスター、リゼリア・ミジェーラと申します。これからあなたの世話役を任されるように仰せつかっておりますの。よろしくお願いしますわ」

「こちらこそ、よろしくお願いします。ええと……」


 なんとお呼びすればいいのだろう。

 少し迷って言葉を濁したところで女性は朗らかに応えてくれた。


「シスターリゼリアと皆からは呼ばれているわ。改めてよろしくね、クラリスさん」

「はい、シスターリゼリア」


 何となく高齢の皺が深いキビキビしたシスターが来ることを想像していた私は思ったより……いやそれよりはるかに明るい黒髪の美女が来たことに驚いていた。


「それにしても本当に寒いわね。早く馬車に入りましょう。温かい紅茶を用意しているわ」

「あ、はい……」


 シスターリゼリアに連れられて雪が降る道をしばらく歩くと、止めてある馬車が見えてきた。

 見事な毛並みの栗毛の馬が繋がれた革張りの豪奢な馬車。

 キネーラに来るまでに乗ってきたものとは違う、明らかに貴族用のものと思われる馬車に私はたじろいだ。


「あの、これに乗るんですか?」

「ん?」


 思わず聞いてしまった私にシスターリゼリアが意外そうに振り向く。


「え? なんで? 貴方は貴族令嬢でしょう? それ相応の迎えをしないと失礼じゃない。それにこの天気だもの。中には毛皮が敷き詰めてあるし、なかなか快適よ?」

「いえ……私はグレイブル王国で貴族の身分を剥奪され追放されたのですが……」

「ああ、そのこと?」


 シスターリゼリアは、私の問いに眉を顰めると、フンっと鼻で笑った。


「それはグレイブル王国でのことでしょう? 今のあなたは戸籍上キネーラの住民。どう扱おうとこちらの自由よ」

「そういう……ものなんですか?」

「ええ! そういうものよ。――さぁ乗りましょう」

「あ、はい……」


 戸惑いながらもグイグイと手を引っ張ってくるシスターリゼリアに釣られて、私は豪華な馬車の中に乗り込んだ。


「クラリスお嬢様。お待ちしておりました。さぁ温かい紅茶です。どうぞ」

「えぇ、どうもありがとう…………えぇ!?」


 馬車に乗り込むなり紅茶の入ったカップを差し出してきた人物を見上げ、私は素っ頓狂な声をあげる。

 馬車の中にいた人物は、予想だにしなかった人物だった。

 カップを受け取るのも忘れて、私は震える手で()を指さし、叫んだ。


 目の前には、見覚えのある朱金の髪に紫水晶の瞳を持つ美少年。


「なんであなたがここにいるの……!? ゼスト!!」




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