24 そして王女は呪われる
「また必ずここに来る。今度は同盟締結の記念式典にて会おう」
最後にそう言い残し、ルイスはグレイブル王国へと帰っていった。メドウィカはそれを少しだけ心苦しく思いながらも見送った。
「次に会う時は彼の横に立つに相応しい自分であれるように。そう決意し、私は行動を開始しました」
もう頼りない国の未来を憂うだけだった第一王女には戻らない。その一心の元、メドウィカは動き始めた。
まず最初に取り組んだのは二分されていた国の情勢を戻すこと。
革新派と保守派に分かれていた臣下の軋轢をとくために各派閥の代表格を呼び寄せ、心ゆくまで国の未来を議論しあった。
三日三晩にも及ぶ議論は白熱したが、結論は出なかった。
『国の未来を真剣に考えているのはどちらも同じ。双方が手を取り合えば、より良い未来を目指せるはずです。ですから王位継承者を争うのでなく、国の将来のために王女である私に力を貸してください』
議論の果て、王族でありながら自ら頭を下げたメドウィカに双方は呆気にとられていた。
そして力を貸して欲しいと懇願するメドウィカに、双方の代表は互いに今までの自分たちの行いが、第一王女を貶めていたこと。国の混乱を助長させていたことに気づいた。
これにより二つの派閥は結束し、一応の落ち着きを取り戻した。
それだけに飽き足らずメドウィカは連合王国の各王族に呼びかけ同盟の内容を見直し、関係性がより強固になるよう計らう等、第一王女としてできることを見つけ、こなしていた。
「ルイス王子とはずっと手紙でやり取りをしていました。互いに会える日を心待ちにして、励みあいながら。時には自分の近状を話したり、国で出会った面白い話を書いてくれたり。ルイス王子はこまめに手紙を送ってくださっていたので、寂しいとはあまり感じませんでした」
同じ志を共にする仲間がいる。将来を誓い合った大事な人がいる。
だからまずは目の前にあるすべきことをなす。
再会の時を夢みて。
「同盟の締結については順調にことが進んでいると聞いていました。私もお父様や臣下と話し合いを重ねていましたから」
その頃にはメドウィカとルイスの関係性も明らかになり、同盟締結の裏側で二人の婚約の話も進んでいた。キネーラの王位継承者に関してはまだ議論が成されていたが、リジェリカを王女として復帰させいずれは王位を継がせようとする動きもあった。
ルイスの手紙には婚約について父である国王陛下にも了承を貰い、議会の承認も得た。後は同盟の内容をまとめ、各大臣とも認識の擦り合わせをしたり、細々とした雑事を片付けるだけだと書かれてあった。
待ち焦がれた再会の時は近い。
「互いに再会を約束し、分かれてから二年の月日が経っていました。ようやく会える。私はその日を楽しみにしていました」
再会する頃にはメドウィカも二十二歳になる。誕生日にはとびきり素敵なプレゼントを贈ろう、とルイス王子は手紙に書いて張り切っていた。
「誕生日、その贈り物が届きました。宛名はルイス王子からのもので、私はなんの迷いもなく、それを手に取りました」
可愛らしい布に包まれていたのは可憐な銀細工とこぶりの宝石をあしらった手鏡。夜会でも持ち運びできそうなサイズで、可愛いながらも実用的なプレゼントだった。
ルイスらしい選択だ。
そう微笑みながら手鏡を手に取り、二つ折りになっていた蓋を開けた瞬間。中から飛び出してきたドス黒い『何か』が身体に覆いかぶさってきた。
「何かがおかしい。そう思った瞬間には、もう遅かったのです。精霊の加護すら通り抜けてその『何か』は私の身体の奥底にまで入り込み、蝕み始めました」
助けを呼ぶ暇もなかった。
黒いモヤのようにも見えるそれは悪意の塊だった。人に取り付き、身体を浸食しようとしてくる。
加護を強化して抗おうともすり抜けてくる。
「これが呪いと呼ばれるものだと気づいた時、私は不味いと思いました。このプレゼントの贈り主はルイス王子。私が今ここで倒れれば、状況的証拠により原因はプレゼントにあると特定されてしまう。そうなればルイス王子の立場が危うくなる、と」
そうなれば、キネーラとグレイブル王国の関係性も悪くなってしまう。
まだ自分は倒れる訳にはいかない。
ルイス王子の存在が邪魔になった悪意を持った第三者の仕業だと、誰かに伝えなければ。
今ならまだ暫くこの呪いに抗える。きっと誰かが気づいてくれる。だから何か残さないと。
「黒い何かに浸食されながら、私は机まで歩いて必死に手紙を残しました。誰かに気づいて貰えるように、これはルイスの仕業では無い、私が倒れたことは内密にしてほしいと書き残して」
どうか誰か、気づいてくれますように。今頃グルイブル王国ではどうなっているのだろうか。このことが判明すれば、ルイスも無事ではすまないだろう。
ルイス、どうか無事でいて。
そう願いながら、最後に涙を流してメドウィカは意識を手放した。
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