23 呪われた王女は選択する
ルイス王子がキネーラに滞在した期間は二ヶ月。
その間にキネーラとグレイブル王国の同盟については前向きに話が進み、全ては順調に進んでいた。
ルイス王子とメドウィカはこの二ヶ月の間に随分と親しくなった。互いに「ルイ」、「メディ」と愛称で呼び合い、ルイス王子の視察に合わせて様々な場所を訪れた。
時には息抜きと称して平民の格好をして街を周り、人々が生活する営みを覗いては互いの王国の将来を語り、よい国を作り上げようと誓ったりした。
その中でルイス王子の人となりを知り、彼の考えを知り、またそれらに触れることで、メドウィカの中で彼の存在はどんどん大きくなっていった。
「私はルイス王子のことを好きなってしまったのです。彼はとても誠実で、国の将来について誰よりも考えていた。王としての彼の器に、私は最初こそ憧憬していました。しかし、それがいつしか恋へと変わってしまったのです」
キネーラ王家の第一子として生まれながら、王女であったこと。次に生まれた第二王女がキネーラ王家の先祖返りであったこと。王位継承について臣下の意見が割れ、どうすればいいかと悩んでいたメドウィカにとって、自分の理想を現実にしようと突き進むルイス王子の姿はさぞ眩しく見えたはずだ。
その彼に憧憬の念を抱いたことは自然なことであったし、また異性としても魅力的だったルイス王子に自然と惹かれてしまったのはある意味必然と言えたかもしれない。
「何よりも驚いたのは、彼もまた私のことを好きになってくれていたことでした」
ルイス王子のグレイブル王国への帰国が一週間に迫ったある夜。
キネーラ王家主催の夜会が催された。
キネーラを除いた各王族も招かれ、ルイス王子をひと目見ようと、貴族たちがこぞって列をなした。
グレイブル王国とキネーラの同盟締結。それが実現すれば、両国の関係はより親密なものとなる。同盟締結の証として両国の友和を示すために最も効果的なものが王族同士の婚姻。
近い将来グレイブル王国の王となるルイス王子と婚姻を結べれば……と政略結婚を前提にした貴族たちの思惑と私利私欲が混じった夜会に参列したキネーラ以外の王家の令嬢たちは、ルイス王子がダンスに誰を誘うのかと彼の一挙手一投足に注目した。
その皆の注目が集まる中、彼が選んだのはメドウィカだった。
『――メドウィカ・セリス・ウィンゼルキネラ王女殿下。どうか私と踊って頂けますか?』
騎士の礼を取り、跪いてダンスの許しを乞う彼に、メドウィカは胸が高鳴るのを抑えられなかった。
「はい、喜んで! と舞い上がるような心地で私は彼のダンスを受けました。あの時は本当に、夢のような時間でした」
ダンスの時間はあっという間だった。一曲踊り、二曲、三曲と続けて踊った二人は暫くするとホールを離れ、テラスで向かい合っていた。
そこでメドウィカは、更なる驚きと遭遇することになる。
突然ルイス王子が真剣な表情になると、メドウィカと向き直り、こんなことを言ったのだ。
『メディ。これから私は王子としてではなく、一人の男として君に乞う。君のキネーラ王家としての立場も分かっているつもりだ。けれど、この気持ちを抑えることはできなかった。同盟が締結してしまえば、政略結婚は避けられない。それは私も承知している。王家に生まれた者として、政略結婚を受け入れるつもりだ。けれど……』
そこでルイス王子は言葉を切り、再度メドウィカに真剣な眼差しを向けた。
――願わくば、君を生涯の伴侶として迎えたい。
小さくそう呟いた彼は、今度は大きな声でメドウィカに歩み寄る。
『君と、これからの将来を歩んでいきたいんだ』
君のことが好きだ、と。
そう言ったルイス王子の言葉を聞いた瞬間、メドウィカは時が止まったかのような、信じられない心地でルイス王子を眺めた。
「ルイス王子に生涯の伴侶として迎えたい、と言われた時、私の中は嬉しさでいっぱいでした」
いずれはグルイブル王国の王となる彼。同盟が締結されればその証として王族同士の婚姻が成されるのは必須。その候補の中にメドウィカが加えられる予定はなかった。
いくら王女であれ、メドウィカはキネーラの第一王女。臣下の意見は割れているとはいえ、王位継承権第一位であることは事実。
キネーラ王家の第一子である限り、メドウィカが彼の伴侶となることは許されないことであった。
それはメドウィカもルイスも分かっていたことだ。
だからこそ、メドウィカは芽生えてしまった自分の気持ちに蓋をして、ルイス王子がグレイブルへと旅立つその日まで泣かないと決めていた。
そしてルイス王子も、それを知りながら、自分の気持ちを偽ることはできなかった。二ヶ月という中でメドウィカの人となりを知り、それに触れて惹かれていったのは彼も同じ。二人は同じ気持ちを抱いていたのだ。
「それを知った瞬間、私は自分の気持ちを抑えることはできませんでした」
ルイス王子と、彼と未来を歩んでいきたい。
彼の傍で、国王となる彼を支えていきたい。
その望みを、一度は捨てようとした望みを、メドウィカはついぞ捨て去ることができなかった。
「私はキネーラ王家の王女としては本当に失格です。自分の気持ちを最後まで捨て去ることができませんでした。ルイス王子と生きたい。その望みを私は優先してしまったのですから」
メドウィカは長い葛藤の末、涙を流しながら、最後には自分の気持ちに素直になった。
是、と。ルイス王子の、彼の手を取り、将来を生きていくことを選択したのだ。
これよりメドウィカは、ルイス王子と同じ道を歩むための道を模索をすることになる。
父を、臣下を説得し、キネーラの安寧も保ちつつ、二人が手を取り合える未来を。
しかしメドウィカはもう恐れていなかった。傍らにはルイスが居てくれる。彼が支えてくれる。彼を支え、また支えている限り、もう迷うことはしないと。
メドウィカはとめどなく迷いの涙を流した末に、そう決意したのだった。
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